進路希望は何ですか? はい、ヤンデレです
7月12日――
「おはようゴルァ!」
「おはようゴルァ! ラムリーザ様」
「なに怒ってるのよ……」
この日は、朝のショートホームルームで担任の先生から「進路アンケート」なるものが配布されて、今日の昼休みまでに書いて提出しておくこと、という話になった。
アンケートは、高校を出た後にどのような進路に進みたいかというもので、第一希望から第三希望まで記入することになっている。
だがとくに深い意味は無い。これで進む道を決める、というものではなく、ちょっとした意識調査のようなものであった。
ラムリーザは、そのアンケートを目の前にして少し悩む。希望を書くべきか、現実を書くべきか。
現実のまま書くとしたら、「領主」と書くことになってしまう。これは希望ではなく、「定められた未来」である。帝国の政権に大きな変化が生じない限り、それは変わることはない。
だが、学生の進路希望として「領主」と書くのはどうだろうか。
そこでラムリーザは、リゲルの意見を聞いてみることにした。
「なあリゲル、第一希望だけでいいから教えてくれないかな?」
リゲルは、この地方から帝都にかけての鉄道全てを取り仕切っている「シュバルツシルト鉄道」の支配者の跡取りだ。ある意味進路は決まっているという点で、ラムリーザと同じ立場だ。
「ん? 天文学者」
だがリゲルの答えは、自分の趣味の延長を挙げた。
ラムリーザは、「なるほどね」と答えて、自分も趣味の延長を書くことにした。
第一希望:グループバンド、第二希望:宰相補佐官、第三希望:帝国騎士
まずは、「ラムリーズ」のメジャーデビュー。少なくともソニアとリリスは付いて来るはずだ。
そして第二希望、これは父の補佐、将来は兄の補佐をしたいと考えているのだ。
それから帝国に仕える騎士。
このようにしてラムリーザも、趣味の延長と帝国の臣民として模範的とも言える内容で提出したのだ。
そして昼休み。今日も女の子たちは、たわいない雑談に花を咲かせている。
「ところでさー、リリスってクーデレ?」
「突然何を言い出すのかしら?」
「いや、普段クールだけどラムの前ではデレるとか」
「クールなのは、リゲルみたいなのを言うのよ。ってか、ラムリーザの前であからさまにデレてもいいの?」
「いや、よくないけど、リリスもクールだよ。ちっぱいなのに余裕綽々でさ」
「はいはい、Jカップ様には敵いません、完敗」
リリスはそう言いながら、ペン尻でソニアの胸のはだけている部分を突く。ペンは、そのやわらかい胸にめり込んでいったが、すぐにソニアは「触るな!」と言って、リリスの手を払いのける。
「それでー、ユコはラムにツンツンするからツンデレっと」
「何でそうなりますの? 別にラムリーザ様にツンツンする必要性を感じませんわ、というかしてません。それにツンデレって、出会ったときはツンツンしているけど、ある時点でデレるってのを言うのですよ。私はラムリーザ様と出会ったときから好意的にしてますの。あなたの言ってるのは、ただの意地っ張り属性ですわ」
ラムリーザはその会話を聞きながら、今日の話もわけわからんな、と考えていた。クーデレとかツンデレとかいう単語、聞いたことはあるが詳細まではよくわからなかった。
「ユコのツンデレ解説はいいとして、それならソニアは……ヤンデレ?」
「なん――、だと?」
リリスの突然のヤンデレ発言に、表情を強張らせるソニア。
「だってねぇ、あなたは『あたし、ラムが居ないと生きていけないんですよ?』って言い出しそうだし」
「そっ、そんなことないよ!」
「そう? ラムリーザと結婚できなかったら死ぬとかありそう。あ、それとも私が殺されるのかな? くすっ」
「くっ……」
ソニアはそれ以上反論はせずに、大きな胸を机の上に乗せて、頬杖をついてぼんやりと黙り込んでしまった。
その様子をリリスはしばらく見ていたが、不意にラムリーザの方を向いて問いかけた。
「そういえばラムリーザはソニアが一番ってことは、やっぱりおっぱいが大きい娘が好きってことなんじゃないかしら?」
「君はいきなり何を言い出すのでしょうか?」
突然話を振られて、ラムリーザは思わず丁寧語で答えてしまう。
「だったら、少なくとも私はユコよりは上に見てもらえるってことね」
「何ですの?! バストはただの脂肪の塊です、そんなもので優劣を決めるなんて横暴ですわ! ラムリーザ様はそんな分かりやすい記号に左右される方じゃありませんの!」
「いやだから君たちね、僕は何もそんな事言ってないよ」
「ラムは胸が大きいのが好きって言ってくれた。あたしは覚えてる」
ソニアは頬杖をついたまま、むすっとした感じで呟いた。先程のヤンデレ呼ばわりで、気分を害しているようだ。
「くすっ、やっぱり」
「そ、そんな酷いですわ!」
「ああもう、全く君たちは!」
ラムリーザは救いを求めるようにリゲルの方を振り返ったが、彼はにやっと笑っただけでどうこうしてくれる様子はない様だ。
「あれ、リゲル何やってんの?」
リゲルは、紙の束を一枚一枚見ながら、別の紙に何かを記入している。
「今朝の進路アンケートの確認と集計だ」
「ああラムリーザさん、これはクラス委員の仕事だけど、ちょっと数が多いので男子の分はリゲルさんに手伝ってもらっているのよ」
つまり、リゲルとロザリーンは、アンケートの結果を見ながら集計をしているのだ。
その時、ロザリーンはため息をついて、一枚の用紙を脇にどけた。記入漏れでもあったか? それにしては機嫌が悪そうだ。
そしてしばらくした後に、「また……」と呟いて、さらに一枚用紙を脇にどける。やっぱり機嫌が悪そうだ。
ラムリーザは、そんなロザリーンの様子を気にしながら、リゲルの捲るアンケート用紙を覗き込んでいた。
「何これ……」
今度はロザリーンは、アンケート用紙を手に固まってしまった。
すかさずリゲルは、「どうした? 大丈夫か?」と言ってロザリーンを気遣う。
ロザリーンはリゲルの方を見た後、ラムリーザの方に視線を持ってきた。そして、一瞬ソニアの背中を、気持ち悪いものでも見るような目つきでチラッと見た後、ラムリーザの方に哀れむような姿勢を向けた。
「え? 何? 僕が何か?」
「……いえ、なんでもないわ」
ロザリーンは、またしてもため息をつきながら、そのアンケート用紙も脇にどけ、残りの用紙に目を通し始めた。
そしてしばらく経った後、二人は結果の集計を終わらすことができた。
気になるのは、ロザリーンが脇にどけた三枚だ。彼女は何やらため息をついていたが、誰かふざけて書いた人でもいるのだろうか。というより、こんなアンケートで小学生ならともかく女子がふざけるのかな?
集計の終わったロザリーンは、三枚のアンケート用紙を手に、前の席で輪になって「ツンデレ」だの「ヤンデレ」だの、生産性のない雑談をしている、ソニア、リリス、ユコの所にやってきた。
そして、怒ったような厳しい声で言った。
「あなたたち、これは一体何ですか? 何を考えているの?」
ラムリーザは、アンケートで何かやらかしたのが自分の身内だったということが分かり、なんとも言えない気分になってしまった。そう言えば、ロザリーンはチラッとソニアを変な目で見ていた気がする。
「まずリリスさん、これは何?!」
第一希望:クラブ歌手、第二希望:ギタリスト、第三希望:ラムリーザの愛人
それを見てラムリーザは、クラブ歌手か、リリスなら慣れる事さえできれば十分やっていけるだろうな、と思った。ギタリストにしてもそうだ。人の目さえ気にしなければ、すぐにでも一流プレイヤーとしてやっていけるだろう。
そして第三希望を見て、「え?!」と思わず裏返った声を上げてしまう。
言葉を失ったラムリーザには目もくれずに、ロザリーンは、すごい剣幕でさらに厳しくリリスに追求する。
「ラムリーザの愛人って何? そんなのが許されると思うの?」
「そうかしら? よく考えたけど、夢が叶わなかった時は、ラムリーザの愛人になったほうが将来安泰だと思うんだけど」
リリスは悪びれる様子もなく、真顔でロザリーンの顔を見て言い返した。ロザリーンは呆れ、その影でソニアの瞳が険しい光を発するのに誰も気が付かなかった。
「たとえそうだとしても……いえ、そんなこと堂々と表向きに書かないで! ですよね、ラムリーザさん」
「……え? あ、ああ、そうだね。そんなので提出されたら、リリスが怒られるどころか、僕が何を言われるか分かったものじゃない。他のにしてくれ……」
固まっていたラムリーザは、ロザリーンに呼ばれて我に返ることができた。
「仕方ないわね……」
リリスは少し考え、ペンを指先でクルリと回すと、第三希望に「モデル」と書き換えた。
まぁ、リリスのスタイルだったら、モデルとしてもやっていけるだろう。
だがラムリーザには、リリスのモデルとしてのワンシーンが頭に浮かんだ。
きらびやかな衣装に身を包んだリリスが、ステージに颯爽と現れ、ランウェイを進もうとする。そこに注目する観客の目、目、目。ランウェイを進むことができずに固まってしまう姿を想像するのは難しくなかった。
「次にユコさん! あなたの進路も問題ありすぎです!」
第一希望:自治領主夫人、第二希望:フォレスター家メイド、第三希望:作曲家
これまた突っ込みどころが多い。
ラムリーザは、再び「えっ?!」となって固まってしまう。自治領主って何だ? この辺りに自治領ってあったっけ? ユコはどこに行こうとしているんだ? それと、うちのメイド?
ロザリーンは、リリスに引き続いてユコにも口調を荒らげて追求する。
「自治領とか訳の分からないこと書いているし、フォレスター家メイドって何? メイドはアニメやゲームの中だけにしときなさい!」
「何ですの?! ロザリーン、あなたはソニアのお母様をディスるのですね?! メイドはちゃんとした仕事ですわ!」
「じゃあ『フォレスター家』限定にしている所を外しなさい。あなたたちはラムリーザさんに依存しすぎ。自治領ってのも、ラムリーザさんが自治領主になるって勘違いしているだけでしょ? 困るよね、ラムリーザさん」
「う、うん。僕が何を言われるか分からないから、僕の存在を匂わすことは省いてくれ」
ラムリーザは若干声がかすれている。人の進路希望で自分がなんでこんな目に会わなければならないんだろう、と思いながらなんだかズキズキと痛くなってきた頭を抱えて呟く。
その傍らで、ソニアの瞳がまた険しく光った。
「……しょうがないですわね」
そう言ってユコは、リリスの真似をしてペンを回そうとするが、ペンは指を離れてころころと転がっていった。そして慌ててペンを拾おうとして、その先にある睨みつけるソニアの視線に気が付いた。
「どうしたんですの? 怖い顔をして……」
ユコの問いにソニアは、「ふんっ」と言ってそっぽを向く。
ユコは、ソニアが何を怒っているのかわからなくて釈然としない顔をしていたが、すぐに気を取り直してアンケートを書き直し始めた。
まず第一希望の自治領主夫人を消して、そこに作曲家と書く。第二希望は、フォレスター家を消してただのメイドとする。そして第三希望は、第一希望に持ってきた作曲家を消して、しばらく考えた後に、リリスの書いたものをチラッと見て、モデルと書き込んだ。
モデルが二人に増えたが、ユコもスタイルがいいからモデルになっても不思議はないだろう、とラムリーザは考えた。
「そしてソニアさん、あなたが一番ふざけています!」
「何よー……」
ロザリーンは、めんどくさそうに顔を上げるソニアの目の前に、アンケート用紙を力強く叩きつけた。
第一希望:ラムリーザと結婚、第二希望:それ以外無い、第三希望:死ぬ
「…………」
ラムリーザは絶句した。突っ込むとかそういう次元の話ではない。そして、何故先程ロザリーンがソニアを変なものでも見るような目つきで見たのか、完全に理解することができた。
リリスはソニアの書いたものを見て、「やっぱり思ったとおり」と呟いてくすっと笑う。
「ソニアさん、あなたヤンデレ入ってない? 死ぬって何?」
「だって、だって、ラムと一緒になれなかったら、あたしどうやって生きていけばいいのよ……」
ロザリーンの詰問に、ソニアは不貞腐れたように力無く答える。
「自分の夢とか無いの?」
「ソニア、その時期が来たら結婚してやるから、このアンケートにはもっともらしいこと書けよ。まさか本気でそれで提出するって考えてるわけじゃないよね?」
ロザリーンのチェックが入らなければ、それで提出することになっていたのだが。というより、クラス委員にはそれで提出している。
ラムリーザは、ソニアの肩に手をやって優しく言ってあげたが、ほんの少しだけソニアに対して危険なものを感じ取っていた。
「ラムリーザさんも、結婚してやるって言い方もどうかと思いますよ」
「それはまあ、置いといて。ソニア、普通にまともなこと書きなさい」
ソニアはラムリーザに諭され、口を尖らせ不服そうな顔をしていたが「ふん」と小さく呟き、とても提出できそうにない内容の進路ネタを消し始めた。
だが、なにやらふにゃふにゃな消しゴムを使っている。
「なんだその粘土みたいなものは」
ラムリーザは、横からそれを奪い取って指でつまんでみる。ソニアが使っていた消しゴムは、粘土のように自由自在に形を変化するのだ。
「それ、練り消しですわ」
「練り消し……なんでこんなものを?」
「もう、返して!」
ソニアは、ラムリーザに取り上げられた練り消しを取り返そうとしてつまんで引っ張る。ラムリーザが練り消しを手放さなかったので、つまんでいるところからソニアが引っ張った先までびよーんと練り消しが伸びてしまった。そしてそれを見たユコが「ぷっ」と噴出す。
「いつも手遊びしていると思ってたけど、それで遊んでたのね」
ロザリーンは呆れたように言い、後ろからリゲルの「ガキか……」と呟く声が聞こえた。
「書き換えたよ! これでいいでしょ?!」
第一希望:医者、第二希望:弁護士、第三希望:モデル
「いやモデルって、お前モデルが着るような服を……いや、まあ別にいいどさ……」
ラムリーザは、ソニアにはその胸的にモデルよりもグラビアアイドルの方が向いているだろと思ったが、口には出さずにいておいてやる。
「赤点まみれな奴が、医者に弁護士か。笑わせるな」と、リゲルも辛辣な事を言う。
「とりあえず、ソニアがお医者さんの病院には行きたくないわ。なんか逆に殺されそう」リリスもくすっと笑って言う。
「半分お尻を出して半ケツ! とか法廷で言うの?」ユコもよく分からないことを言う。
「何よ文句ばっかり! あたしが何を目指そうが、あたしの勝手でしょ?!」
それは正論である。だが、正論だからといって突っ込みが無いわけではない。
それでも、とりあえずは無難な回答を得ることができたということで、それで提出することになったのである。