飛空艇登場、巡航艦ムアイク
1月11日――
この日学校が終わって屋敷に帰ると、広い裏庭で大きな飛空艇が迎えてくれた。
「ホントに来たんだー」
ソニアはなんだか喜んでいる。この飛空艇で旅をすればよいという案を思いついたのはソニアだった。それが今、実現しようとしている。
今日の学校六限目にて、最後の授業は体育であった。その時ラムリーザたちは、東の空から西の空に向かって飛んでいく飛空艇を見ていた。
東の空に現れたかと思うと、一分も経たないうちに西のアンテロック山脈を越えていってしまった。噂にたがわぬかなりの速度だ。
その時リリスなどは「さすが徒歩の四倍の速度ね」などと言っていた。それだとそんなに速く感じないが、リリスの中ではそうなのだろう。ユコは「八倍のもあった」などと言っている。
ちなみに徒歩は時速4kmだと言う。それだと四倍でも時速16km、八倍でも時速32km。車よりも遅いことになってしまうので、二人の説は間違っているのだろう。
とにかく見た感じの速度では、車の倍以上の速度は出ている。あれならパタヴィアまで、結構早く着くかもしれない。
屋敷の玄関をくぐってすぐの所にあるホールでは、飛空艇の艦長が待っていてくれていた。
「君がラムリーザくんかな? 艦長のムシアナスです」
学校から帰ってきたばかりのラムリーザと握手したのは、艦長という肩書きだけあってか、壮年の男性だった。その隣でソニアは、両手を組んで手のひらを合わせ、人差し指と中指だけを立てて何かを突くようなポーズを取っている。それは「かんちょう」違いだからね。
「ありがとう、ムシアナス艦長。わざわざすみません」
艦長にとっては急な呼び出しとなってしまったことだろう。ラムリーザは、形式上にしかならないが謝罪を述べておく。
「いえいえ、ここの所戦いも無く暇だったのです。たまには飛ばしたくなるものですよ」
「軍人が暇なのは良いことではないのでしょうか?」
「はっはっはっ、そりゃそうだ。ところで今回は、どこを攻めるのですかな?」
「いや、戦争じゃないですよ」
ラムリーザの兄もそうだが、血の気が多気味の人が多いのだろうかと勘ぐってしまう。しかしこれはラムリーザの認識がちょっとずれているだけで、本来飛空艇は軍用に使うのが普通である。
「そうでしたな、聞いておりましたが念のため」
移動用で使うことの方が珍しいのだ。帝国の飛空艇を集めて編成された艦隊は、空の無敵艦隊と呼ばれ、百戦百勝と言っても過言ではないほどの戦果を誇っていた。
だが戦艦を民間で扱うことはこれまでに前例がない。そこで旧式となった巡航艦を回してもらったわけだ。
ここでラムリーザは、リゲル、レフトール、ユコに電話をかけて呼びつける。パタヴィアに行けることになったぞと言えば、ユコが一番喜んだのであった。
他のみんなが到着するまで、ラムリーザは巡航艦である飛空艇を見て回ることにした。巡航艦でも戦闘用ではあるので、しっかりと武装は付いている。正面には主砲となる巨砲が一つ、側面にも大砲がいくつかついていた。小さな村なら、この巡航艦一隻で壊滅させられるだろう。
「武装は外せますか?」
ラムリーザは艦長のムシアナスに聞いてみた。下手に武装して赴けば、余計な警戒を抱かせるのではないだろうか?
「ラムリーザくんを守るために、武装は必要ですがな」
「戦いに行くのではないのに?」
「もし、敵がいたらどうしますか?」
それを聞いてラムリーザはなるほどと思う。自衛のために武装していくと考えたら、もっともな行動だ。警戒するような相手は、こちらに対して何かやましいことを考えている可能性もあるだろう。
「艦長に全てお任せします。僕たちの安全な航路を確保して頂ければ、それで満足です」
「よっしゃ! 戦艦程でかくはないが、まぁ大船に乗った気分でいてください」
侵略しに行くわけではない、自衛に徹しよう。そう思いながらラムリーザは、船首に付いている主砲を見やった。筒の大きさは顔よりも大きい、つまり顔サイズの弾丸が飛び出すわけだ。
「もっとも――」
艦長は、最後にこう言った。
「皇帝陛下が攻撃をお決めになられたら、戦端は切られますぞ」
皇帝が絶対的な帝国では、いくらラムリーザが平和的でも、皇帝次第でどうなるかわからない危険はあるのだった。
「それで、いつ出発しますかな?」
「そうだなぁ、今から?」
「おお、ラムリーザくんは性急だ」
「あまり時間が無いからね」
週末の休暇は二日だけだ。移動時間の短縮はもちろん、余計なところでもたもたしたくない。
まだみんなが集まらないので、その間に行く準備も行う。特にソニアの服装については慎重にならなければならない。
パタヴィアやクッパ国はずっと北の国だ。帝国やユライカナンと比べて結構冷え込む。前回の旅行で、服屋で買った厚手のコートは結構役に立った。しかしソニアの問題点は下半身だ。
学校から帰ってきたばかりで、今は二人とも学校の制服を着ている。この場合ソニアは、スカートは短いが脚のほとんどを黒いサイハイソックスで覆われていて、露出はミニスカートの裾の間の少しだけだ。
「ソニア、その格好でパタヴィア行く?」
「やだ」
部屋に戻るなり、ソニアは部屋義に着替えてサイハイソックスを脱ぎ捨ててしまった。
「んやだからね、パタヴィアはここよりずっと寒いんだよ。去年の大寒波ぐらいの寒さになるかもしれないよ」
「だからなによ」
「そんなところに、そんなミニスカートで生足丸出しで連れていけないな」
ソニアは去年の大寒波の日については、もう忘れているのかもしれない。と言っても、際どい丈のプリーツミニしか持っていないのも事実だ。
仕方がないので、またソフィリータに借りることにした。ソフィリータは筋肉質な脚を隠すために、常日頃からサイハイソックスを愛用している。その中から、防寒に適した厚手の物を借りておいた。
そこから先は、前回初めて行った時と同じ流れ。文句を言うソニアに履かないと留守番だと言って無理矢理履かせる。
その間、これまた同じようにブランダーバスの準備だ。弾薬も邪魔にならない程度に十分用意しておく。そしてラムリーザは今度こそ当ててやるぞと誓う。照準器と言う素晴らしい味方ができたのだ。今回はただの脅し道具になることはないだろう。
食料に関しては、最低限度の非常食を用意して、基本的にパタヴィアで頂く。まさか旅行者に対して焦土戦術を取るといった無茶なことはやらないだろう。
こうして北国の探索に向けての準備は整った。
再び外に出て、飛空艇の周囲をぐるりと回ったりいろいろと見ている内に、リゲルたち他のみんなが到着した。
「飛空艇とは考えたな」
車から降りたリゲルは、ラムリーザにそう言った。
「どれ? 飛空艇どれ?」
レフトールは周囲をキョロキョロしているが、飛空艇は屋敷の裏庭に停泊しているので、玄関からは見えない。
ラムリーザはみんなを手招きして、屋敷の裏庭へと案内した。庭園アンブロシアとは逆方向、そこには少し広めの草原が広がっていた。そしてそこに、巡航艦クラスの飛空艇がどっしりと構えていた。
「うわぁ、これに乗るんですのね。飛空艇なんてゲームの中でしか乗ったこと無いですの」
ユコはそういうが、ラムリーザもソニアも飛空艇に乗ったことは無かった。初めてなのはみんな一緒だ。
船の入り口前で艦長が待っていた。
「これはこれはようこそ皆さん。君たちの旅は、艦長のムシアナスと、この巡航艦ムアイク号が面倒見て差し上げますよ」
「よろしくお願いしまーす」
元気よく一番に飛び乗っていったのはソニアだ。こういう時の行動は速い。
「ムアイク号ですか」
ここで初めて飛空艇の名前を聞いたラムリーザは、改めて船の全貌を見回す。形は海に浮かべる船に似ているが、若干細長いかもしれない。ずんぐりむっくりでは速く飛ぶのに空気抵抗が邪魔になるのか、先端に向かって細くなっている。細長い台形と言ったところで、先端には主砲が据えられている。
プロペラ式で浮き上がるようで、船の甲板に大きな柱が三本立っている。柱は三角形を描くように立っていて、先端近くに一本、船尾付近に二本並んでいる。
飛空艇の後ろは機関部になっているようで、横向きのプロペラが推進力を生み出すのだろう。
「ムアイク号、なんだかメタ発言でも呟きながら走り回ってそう」
そんなことを呟きながらソニアに続いてユコが乗り込んだところで、ラムリーザの母親であるソフィアが様子を見に来ていた。
「これはこれはソフィア様」
艦長のムシアナスは、恭しく一礼して見せる。今は辺境で子供の面倒を見ているが、ソフィアは現皇帝陛下の姉君にあらせられる。
ソフィアは艦長に軽く一瞥しただけで、ラムリーザの所へとやってきた。
「なんでしょう?」
「折角パタヴィアに行くのでしたら、何か名産品を買ってきなさい」
現皇帝陛下の姉君は、ラムリーザにとっては庶民的な母親であるのかもしれない。
「わかった、何か見つけてくるよ」
考えてみたら、旅行に行ったのに土産物と言えば、前回では三台のゲーム機と同じゲームソフト三本だけだった。家族に土産を買って帰るのも、当たり前だったかもしれない。
それに今回は、ジャンたちからもゲーム機を求められている。土産物が増えるために、飛空艇での移動は助かるというものだ。
リゲルとレフトールが乗り込むのを見て、ラムリーザも最後に乗り込んだ。
船内に入ったところ、ソニアは入り口の側で立ったまま動かないでいた。それはユコも同じだ。飛空艇の側面にある入り口から入ると、そこからは左右に伸びた廊下があるだけ。このままでは、どこに行ったらよいのかわからない。
「案内しますよ」
ラムリーザの後から入ってきた艦長が、船尾の方へとみんなを案内する。
「こっちだぞ」
ラムリーザは声をかけて、艦長に従った。
「ラムリーザくんは、司令官の泊まる部屋に案内しましょう」
「普通でいいよ、司令官じゃなくてただの客ですから」
「この艦は予備に回されたので司令官不在、空いているのですよ」
「だったら艦長が――」
「私には艦長室がありますので」
こっちが迷惑をかけているのに優遇されるのには気が引けたが、空いているのなら利用させてもらおう、ラムリーザはそう考えた。
「他のお友達方にも、兵士の泊まる部屋をお貸ししましょう」
「お願いします」
艦長はまずは下士官が泊まる部屋に案内した。一般兵士の部屋と違って、多少は大きくゆったりとできる。そして艦長は、最初は四部屋貸そうとしたが、ラムリーザは三部屋でいいですと最初から言っておく。どうせソニアは抜け出してラムリーザのところに来る。それならば最初から同じ部屋にしておいた方が、めんどくさくない。
ラムリーザは、リゲル、レフトール、ユコと別れて、ソニアを連れてさらに奥へと向かった。
本来ならば、この船は司令官や砲兵、降下隊など兵士たちで一杯だ。しかし今日は観光のための乗り物となっているので、航空するための最低限度の乗務員しか搭乗していない。だから、兵士たちの詰所となる後方の居住区は、シーンと静まり返っていた。
「戦闘員が乗ってないところを攻められたらひとたまりもないですね」
一応乗ってはいる。陰でラムリーザを警護している者たちが、表に出てこない場所に待機している。しかし、艦の戦闘員は今は居ない。
「なぁに、この艦への攻撃は、帝国の反撃を呼び込むことになるのだよ」
「いや、それに巻き込まれるのは――」
「ま、ユライカナンからパタヴィアにかけては、今のところ非武装地帯だから安心して部屋でくつろいでいてくだされ」
確かにその地方は今は戦時中ではないので、普通に車で行き来できるぐらいの安全さを保っていた。その上を飛ぶのだから、空の旅も安全なはずだ。
「あたし甲板に出てみたい」
「航空中の甲板は危険ですぞ」
艦長の言う通りだ。超特急の蒸気機関車の屋根の上に出るようなものだ。そして飛空艇は、超特急より速いのだ。さらに、プロペラからの風も舞っている。甲板に出たら、すぐに飛ばされてしまうだろう。
「でもゲームでは飛んでる飛空艇の甲板に居たよ」
「それならソニアは、ゲームの世界みたいにビキニアーマーに着替えてみようか。それなら甲板に出ることを許可しよう」
ゲームの世界を現実に持ち込むのなら、ゲームの世界の住民の格好をしてもらおうというわけだ。ただし、ラムリーザの思考もかなりの偏りを見せているようではある。
「ラムの変態!」
当然のごとく怒るソニアを引っ張って、ラムリーザは艦長に連れられて司令官の泊まる部屋へと案内された。
「それでは出発させますので、しばらくお待ちください」
そう言い残して、艦長は艦橋へと向かっていった。
ラムリーザとソニアの二人は、司令官の部屋を見回した。執務室ではなくて宿泊部屋なので、ある程度の広さと大きなベッドが備え付けられている。そして壁には帝国周辺に限定された世界地図が掛けられていた。
――と、なんだかふわっと浮き上がったような感触が身体を駆け巡った。