空の旅、空の夜
1月11日――
飛空艇、巡航艦ムアイク号にて――
司令官の居住区に案内されたラムリーザとソニアは、改めて部屋を見回した。
部屋の中央には大きく立派な机、部屋の端には大きなベッド、反対側には執務用の机が据え付けられていた。司令官は戦闘中、ここで休憩を取ったり作戦を練ったりするのだろう。
入り口から見て正面の壁は窓になっていて外の景色を眺められる。先程ふわっと浮き上がった感触と同時に、窓から見えていた木々が下の方へと消えていった。
そして入り口側の壁には、帝国近辺を記した地図が貼り付けてあった。
「あたしの家はどこかなー」
ソニアは、地図を見ながらつぶやいた。
「その地図だと、町の位置までしかわからないよ」
よく見ると、地図の上で二つの点が光っている。これは何を意味するのだろうか。一点は止まったままで、もう一つはゆっくりと上に動いているようだ。
ソニアは地図を見るのをすぐに止めて、窓辺へと駆け寄った。
「わぁ、屋敷がもうあんな下に行った」
飛空艇はまずは上昇してから、その後水平方向に動き出す。そしてその通り、北西の方向に進路を取ったようで、屋敷は後方に消えていった。西の空には、そろそろ太陽が沈みかけていて茜色の空が広がっていた。
「飛んでるよ、あたしたち飛んでる!」
飛空艇に乗るのが初めてなソニアは、普通にはしゃいでいる。ラムリーザも気分の高揚を感じていたが、一緒になってソニアと騒いでいたのでは収拾がつかなくなるため、ここは表面上は落ち着いたように見せかけていた。
その時、入り口のドアをコンコンとノックする音が聞こえて、すぐに「艦長のムシアナスです」と外から声がした。ラムリーザは「どうぞ」とだけ答えた。
「通常運転に入りました、あとはパタヴィア近郊まで一直線です。ゆっくりできていますかな」
艦長は、入ってくるとラムリーザたちに話しかけた。
「僕はゆっくりできていますが、ソニアはあの調子です」
表面上落ち着いて見えるラムリーザは、窓辺を左右にうろうろし、窓の外をキョロキョロと眺め続けているソニアを指さして言った。
「楽しんでいただけてなによりです」
ただし、空の旅というだけでなく、司令官の部屋というものは落ち着かない要因の一つになっていた。未来の領主とはいえ、軍事面には全く関与していないラムリーザ、それが司令官の部屋に住むなど場違い感ははなはだしかった。
「ねぇ、あたし赤軍曹だけど、司令官はあたしでいいよね?」
ようやく窓辺から離れたソニアは、不思議なことを口にする。軍曹は良いけど、赤とは何か? そう言えば以前、ソニアの階級を聞いたらそんなことを言っていた気がする。
「軍曹? 赤ですか?」
艦長は、きょとんとしている。
「気にしないでください」
ラムリーザは、ソニアの口を塞ごうと詰め寄ろうとしたが、ソニアはひょいと身をひるがえすと、そのまま執務用のデスクについてしまった。
「ラムリーザ七等兵、健闘を祈る」
ラムリーザは七等兵にされてしまった。確か帝国軍では二等兵から始まっていたはずだ。謎の赤軍曹の指揮下には、特殊な七等兵が就くのだろう。いや、知らんけど。階級低すぎるとか突っ込みどころはいろいろあるが、ソニアの戯言にいちいち突っ込んでいたらきりがない。
「軍曹は現場指揮官、飛空艇艦隊の指揮官は巡航艦クラスだと最低でも佐官が就きますが?」
真面目な艦長は、ソニアの戯言を戯言とは知らずに真面目に解説している。
「戦艦となるとどうなるのでしょう?」
「それはもう将官クラスでなければ」
だからラムリーザは、真面目な話でソニアの戯言をそらしてやった。
「ところでこの地図の上で二か所光っているのですが、それは何か意味があるのですか?」
ラムリーザは、先ほどから気になっていた点を質問してみた。夏休みにキャンプで見つけた石板の地図を思い出して、宝の隠し場所では? などと淡い期待を抱きながら。
「北側の一つは今回の目的地です。パタヴィアがあのあたりですよ」
艦長の説明を聞いてみると、確かにフォレストピアからずっと北の方を指していた。地図は北が上というのは常識だ。
「やっぱり遠いのだなぁ」
隣同士になっているフォレストピアとユライカナンと比べると、その距離の差は歴然としていた。フォレストピアから帝都までよりも遠いかもしれない。
窓から見える景色はすっかり夜になっていて、町の明かりがどんどん遠くなっている。
「どんどんフォレストピアから離れているね」
「いえ、あれはもうユライカナンの最北端ですぞ」
「ええ? もうサロレオームを通り過ぎたのですか?!」
どうやら想像以上に飛空艇の速度は速いようだ。フォレストピアから出発して、まだ二十分弱。車だと一時間弱はかかる距離をそれだけの速度で通過してしまった。車の三倍から四倍の速度は出ているだろう。
もう一つの光の点は、フォレストピアとユライカナンの丁度間辺りを少しずつ北に向かって移動している。
「こちらの光が、飛空艇の現在位置です」
「そういう仕組みになっているんだ。迷わなくていいですね」
「この分だと――恐らく二時間後ぐらいでパタヴィアに到着するでしょう」
「へー、五倍ぐらい速いんだ」
「こらっ、そこの七等兵と黄軍曹、コソコソ話してないでこっち来てよ!」
司令官のデスクを陣取っていたソニアは、一人放置されているのに気がついて怒ったように声をかけてくる。
「お話がしたかったら、まず昇進させるべきだね。なにぶん七等兵なんで、赤軍曹様と会話するのは恐れ多くて」
「それではゆっくりと空の旅を楽しんでください」
艦長はそう言い残すと、部屋から出ていった。どうせなら昼の空を飛んでみたいものだが、今は移動用と割り切ろう。
「では五等兵に二階級特進させてあげる」
「戦死したのね」
ラムリーザはソニアの側に行かず、窓の外をずっと見ていた。ユライカナンの最北端を示す町の明かりはどんどん小さくなり、やがて窓の外は真っ暗な大地と星空しか見えなくなった。
「ソニア、見てごらん。町の明かりも遠くに消え去り、星空しか見えなくなったよ。さすが飛空艇は速いね」
「サラマンダーとどっちが速い?」
ソニアの比較対象は、相変わらずよくわからない。ラムリーザの知っているサラマンダーとは、最近ゲームセンターで新しく追加されたゲームで、キリバスの鍵だっけか? 面クリアタイプのパズルゲームに出てくる敵キャラだ。カミラの鏡という場所から出現してはプレイヤー目掛けて歩いてきて、近くに来ると炎を噴き出すモンスターだ。
「えーと、ソニアが僕から離れていくなら飛空艇が速い。僕の元に残るならサラマンダーが速い」
二つの関連性の分からないラムリーザは、適当に答えておいた。
「うわっ、この飛空艇、おっそ!」
ソニアは飛空艇に向かって悪態をつきながら、司令官のデスクを飛び出して窓際にいるラムリーザの元へと駆け寄った。ソニアが言うには、サラマンダーの方が速いようだ。割とどうでもいいけど。
その時、ノックも無く部屋の扉が開き、ユコを先頭にリゲルとレフトールの三人が入ってきた。
「うわっ、なんか来たー」
わざとらしげにソニアは嫌そうな顔をしてみせる。ユコはソニアを睨みつけながら言う。
「ソニアに用はありませんの。ラムリーザ様に会いに来たんです」
「六百七十五等兵のユコなんか、五等兵のラムと話するなんておこがましい!」
階級設定が適当過ぎて、ユコの階級から一つずつ階級の高い兵卒を一人ずつ集めたとしても小規模の一個連隊が編制できてしまう。
「どうしたん?」
ソニア主体だと話が進まないので、ラムリーザはソニアの話は聞かなかったことにしてユコに尋ねた。
「この分だとすぐにパタヴィアに着きそうだから、計画を立てようと思ってな」
どうやら用事があるのはリゲルのようだった。ユコとレフトールは付録だ。
「うん、一晩かけて朝に着くのかなと思っていたけど、どうやら今日中に着きそうだからね」
「ねえ、この飛空艇使えば、他の皆もパタヴィアに連れていけると思いません?」
ユコの言うのももっともだ。一台の車なら六人ぐらいまで乗るのが精いっぱいだが、この飛空艇だと十人ぐらい乗るのは全然問題ない。戦争に行くとなると、五十人ぐらい乗り込むかもしれない規模だ。
「そうだねー。リゲルもロザリーンやミーシャ連れてきたらいいのに」
「それだと調査がデートになってしまう。それにたまには二人の相手をしない日があるのもいいし、俺もその方が調査に集中できる」
ラムリーザは、リゲルの言うことがもっともだと感じていた。確かにソニアが居たのでは、いつもかき回されていてよく分からなくなることもしばしば。しかし逆に、ひょんなところからアイデアを持ち出してくるから使い方が難しい。
「つまり、倦怠期というわけだ」
レフトールの突っ込みに、リゲルは「たわけ」と一言だけ返しておいた。
この司令官の部屋には、中央に大きなテーブルが置かれている。そして収納を探ると折り畳み式の椅子を見つけたので、それを周囲に並べて作戦会議室のように整えた。恐らく実戦の時も、こうして会議をしたものだろう。
「それではパタヴィアに到着するまでに、明日、明後日の計画を立てる。諸君の活発な討論を期待するぞ」
ラムリーザの開会宣言で会議は始まった。
パタヴィアに今日中に着くということは、明日明後日の休暇を日中まるまる使えることとなる。明後日の日暮れと共に帰還しようとすれば、その日のうちにフォレストピアに帰ってこられるという流れだ。これは本当に、飛空艇を思いついたソニアの功績大である。
「明日はパタヴィアで過ごす。パルパタ長老に会えるなら会ってみたいものだ」
パルパタ長老は、コトゲウメの話からその名前を聞いただけだ。実際に会えるかどうかわからないが、コトゲウメのコネ頼みで何とかなるかもしれなかった。会えたのなら、クッパのことはもちろん「クッパの」についても聞いてみたい。
逆に、パルパタ長老が五歳にもかかわらず重用されたということは、大人以上にすぐれた天才児だったのかもしれない。
「パルパタ長老か、天才少年だったのかもな」
ラムリーザのパルパタ長老発言を聞いて、リゲルはある仮説を立てた。
「そうでなかったら?」
「クッパ王がショタコンだっただけだ」
しばし沈黙。やはりクッパ王のことを考察しようとすれば、気味の悪い仮説に行きつきがちだ。そもそも「クッパの事件」そのものが、意味不明な出来事である。
なぜクッパ王は亡くなってから何十年もたった今、フォレストピアに現れて人々に迷惑をかけるのか……
「そういえば、この飛空艇には車は積めたのだっけな?」
妙な空気を吹き払うかのように、リゲルは話題を変えた。
「車は要らないだろう?」
「いや、この飛空艇だと、着いてからの細かい移動が大変だぞ」
「ああ、そうなるか」
前回の旅行では、最初から車だったので考えもしなかったことだ。このことについては、艦長に尋ねてみることにした。
艦長が言うには、飛空艇の格納庫には十分のスペースがあって、車も載せられるとのことだった。ただ、通常任務の時は軍用の車を積んでいたりするのだが、今回はあくまで私用とのことだったので、予備の食糧や日用品ぐらいしか積んでいないとのことらしい。
「それじゃ、やっぱりパタヴィアで過ごすということで計画を立てようか」
ソニアやユコは、クッパ国跡地でクッパ王を探すと言い張るが、今のところ現地調査してもクリボー老人が居るぐらいしか目立った発見は無い。それよりも、パルパタ長老の話を聞く方が重要だし、問題解決の糸口を掴めるかもしれない。
「あとあれね、色々と土産物を要求されたから、買い物も済ませなければならないよ」
ジャンたちにはパタヴィアのゲーム機、母親のソフィアにはパタヴィアの名産品を。妹のソフィリータには、同じくゲーム機でいいだろう。同じゲーム機を五台程買うことになる、まるで転売師だ。
「そうなると、車が無いのが厄介だな」
「飛空艇を町の近くに止めてもらおう。後は現地で、トラックでも借りる?」
「それなら買い出し組と調査組に分けて行動するか?」
「ん~、反クッパ同盟が絡んで来たらめんどくさいし、まとまって動こうよ」
そんな感じに、作戦会議は進んでいった。
「あっ、町の光だ」
会議は上の空で窓の外を見ていたソニアは、飛空艇の進行方向に宵闇の中遠くに光が見えてきたのに気がついた。
時計を見てリゲルは、「二時間ちょいか、車の五倍ぐらいの速さだな」と呟いた。
改めて飛空艇の速度に驚かされたが、こうしてあっという間にパタヴィアに着いたのも事実だ。まだ日付が変わる前に、到着しそうである。
こうして、予定よりも早く移動でき、再びパタヴィア、そしてクッパ国の謎を解く調査が始まったのであった。
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