牡蠣ソニアに牡蠣番長
1月12日――
ラムリーザたちは、この日の朝を飛空艇の個室で迎えることとなった。
飛空艇の巡航艦ムアイク号の速度はかなり速く、日暮れ時である六時過ぎに出発してから、到着したのは九時を回った時であった。
晩御飯と朝食は機内食で済ませてから、パタヴィアの町まで徒歩で向かうこととなった。
飛空艇は南の国境から少し離れた場所に降ろし、そこから町までは徒歩で三十分程だ。南門からパタヴィアに入ったのは、午前中の九時前であった。
「車が無いと不便ー」
歩くのに疲れたのか、ソニアは文句を言った。
「ソニアはバストが邪魔で歩くの苦手だからね」
ユコも疲れているのか、まるでリリスのようなことを言ってくる。
「黙れ呪いの人形が歩くのは中に人が入っていてそいつクリボーだから――」
ラムリーザはソニアの肩を抱き寄せて黙らせた。悪口にクリボーを使うのは、すこし抵抗を感じる今日この頃であった。
南門から入ってすぐの場所は、あまり人通りも多くない。まず目指すのは、南地区の中央付近にある羽ばたく亀亭だ。そこを拠点にするのは同じにしようと考えていた。
そこから西の方へ向かえば、服屋のフクフクや、あまり評判の良くないムェット店などがある。
ラムリーザたちは、南地区の中央へと向かって歩みを進めていた。その時――
パーッパパパーッ
背後で突然車のクラクションが鳴ったのだ。
「うーっせーなっ!」
振り返って凄んだレフトールは、その車が結構大きな乗用車であることに少し驚いた。偉い人でも乗っているのだろうか? それとも危ない系? レフトールは権威主義なところがあり、ラムリーザみたいな権力者に対しては下手に出るといった欠点のようなものがあった。その事に関してレフトールは、常日頃から「権力者に媚を売っていたら、何かと見返りがあるだろう」などと豪語し、マックスウェルなどを呆れさせていた。
その立派な車は、ラムリーザたちの傍に止まった。こんな立派な車の人に知り合いが居たっけ? それとも何かの事件の前触れか?
窓が開くと、そこには久しぶりの顔が現れた。
「やぁ、ラムリーザくんだったかな、ひっさしぶりぃ」
「なあんだ、コトゲウメさんかぁ」
「えっ? こいつがなんでこんな車に?」
レフトールは驚いているが、ラムリーザとリゲルの二人はなんとなく納得していた。
このパタヴィアを取り仕切っているパルパタ長老の参謀役というか大臣役というか、そういった立場にあるのがトゲトコという者である。そしてコトゲウメは、そのトゲトコの孫だと言っていた。つまり、かなりの権力者の子息となる。立派な車を与えられていても不思議ではない。ラムリーザが飛空艇を借りられたのと同じように。
「また遊びに来てくれたんだね」
「うん、週末の休日だけの調査隊ってところでしょうかね」
「今日はどこを調べるのかな?」
「とりあえず羽ばたく亀亭に、話はそれからかな」
「なーるほど。でも今日は歩きなんだね、乗っていく?」
そして、こうなるから都合がよいというものだ。大きな車だから、五人ぐらい乗っても余裕がある。ラムリーザは、コトゲウメの好意に甘えることにした。
問題は乗り方だ。乗れる場所は、助手席に一人と、あとは後部座席に四人が座る。
ラムリーザはあえてリゲルに助手席を譲る。そして後部座席に、レフトールとユコを窓際に乗せて、ラムリーザは中央にどっしりと構える。ソニアはラムリーザの膝の上という特等席で抱かれている、よくある乗り方だ。
四人が横に並んでもきつきつだが座れる。だがソニアを抱えることで、後部座席が広々とするのであった。
「それいいな、ユコも俺の膝の上に乗る?」
レフトールが便乗しようとするが、ユコは「怖いですの」と言って、誘いには乗ってこなかった。
こうして、予定よりも数十分早く、一同は羽ばたく亀亭へと到着した。五人で一泊だけ、前回と同じ部屋が開いていたのでそこを借り、昼食はどうするかという話になった。
「折角観光にきたんだから、パタヴィアの名物でもある海産物を食べていきなよ」
コトゲウメは、お客を迎えていろいろと案内してくれるらしい。
「観光じゃない、クッパのを取り戻しに来たの」
ソニアが言うことも間違ってはいない。元々はそっちが目的だが、あまりにも抽象的な目的なため、観光という形になっている。
「海産物と言えば、スシ?」
「それはユライカナン。この時期、北の海ではカキが取れるんだ」
「柿? 海? 山じゃなくて?」
ソニアは食べ物の話になると食いつきが良い。カキという柿と言えば、山でよく取れる。時々渋いのが混じっているので注意が必要ではあるが、甘い柿を見つけた時は、ソニアは三つぐらい一気に食べる。そして渋いのによくかじりついて悶絶している。
しかしコトゲウメの言うカキは、海でとれるカキらしい。
一同は、荷物を部屋に置いて、パタヴィア観光を開始した。コトゲウメがいろいろと案内してくれるというので、今日は彼の車で移動だ。
「それで、今回はどこに行ってみたいかな? またクッパ国跡地?」
車の中での雑談。コトゲウメはどこにでも案内してくれるようだ。
「今回はパルパタ氏やトゲトコ氏に会えたら会って、話を聞いてみたいかなってね」
「トゲトコ爺さまでしたら、すぐに会えますよ」
さすが身内である。こんなに早く目的に近づけるとは幸運であった。そしてトゲトコ爺の口添えがあれば、パルパタ爺に会えるかもしれないとのことだった。
そうなると、今日の目的地はパタヴィアの中心地へと向かうこととなる。
その前に、大事な用事を済ませておく。銀行に行って、通貨の両替を行っておく。
「小遣いはまだ残っているよね」
「無い!」
ソニアはきっぱりと言うが、嘘だろう。ラムリーザは、少し多めに両替しておいて、余裕を持つことにした。ゲーム機を数台購入する予定もある。全く金のかかる仲間たちだ。小遣いを渡すと、平気で万単位の無駄遣いをするから困ったものだ。
それからしばらくコトゲウメの車で移動して、少し昼食には早いかな? という時間になる頃、車はとある店の前で止まった。
「ちょっと早いけど、ここで昼食にしてしまいましょう」
コトゲウメの示した店は、「かきまど」と書いてあった。噂になっているカキの窓口ということだろうか?
「かきまど?」
「うん。ここがパタヴィアの海産物専門の料理店、特にカキが美味いんだ」
ところがコトゲウメは、店まで案内するだけで同行まではしなかった。これから爺様、つまりトゲトコに会って話を付けてくるというのだ。昼食が終わる頃には、話がついて会えるよう段取りを組んでもらえることとなった。
「コトゲウメさんは食べないのですか?」
「いやぁ、昨日食べたばかりでして」
コトゲウメは決まりが悪そうにそう言って、「それでは後ほど」と言い残して再び車で出て行ってしまった。
ここはパタヴィア中心地区南方、人通りは結構人が多い。エルドラード帝国で考えると、帝都の外れと言う感じの場所に当たるが、それでも田舎よりは人が多い。
しかしこの「かきまど」と言う店は、まだ昼食時間から少し早いというのもあるのか、まだそれほど混雑はしていない。というより、コトゲウメの案内ということで、あまり人が多く入らない高級料理店かもしれない。
ぼんやり立っていても仕方がないので、一同は店の中へと雪崩れ込んだ。
店の雰囲気は、どこにでもあるような感じでもあるし、高級な感じもする。なにぶん異国の店なので、ラムリーザには判断しかねる部分が多いのだ。
フォレストピアの店では、店主との交流を兼ねてカウンター席に陣取るラムリーザであったが、ここでは観光と言うことでみんなと一緒を選んでおく。丁度空いていた六人掛けのボックス席を、五人で陣取った。ラムリーザ、ソニア、ユコの三人と、リゲルとレフトールの二人とで向き合うように着く。むろんソニアは真ん中に陣取って、ユコがラムリーザと接しないよう壁となっていた。
続いて席に備え付けられていたメニューを手に取った。
「確か、カキがお勧めって言っていたよね」
「貝みたいなものだな」
メニューに載ってた写真を見て、リゲルはそう評した。確かに白い殻を敷いていて、その上に貝のような白い身が乗っている。その身の縁は、少しだけ黒くなっていた。
「それじゃ、最初はこれにしてみよう」
ラムリーザは店員を呼んで、一個四百パタの焼きガキを人数分五個注文した。ついでにおすすめ料理を昼食として注文しておく。カキは高級食材らしく、そろそろ値段がするので数をこなせない。
しばらくしてから、カキと思われるものとランチセットがやってきた。テーブルの真ん中に置かれたそれは、丸い大きな皿、そこにカキと呼ばれている物が五つ円を描くように並んでいた。
見た目はメニュー通り、貝のような物だが初めて見るもの。五人は、少しの間じっとそれを見つめていた。警戒しているのか、誰も手を伸ばさない。
食いしん坊のソニアも、一度食べておいしかったものには容赦ないが、初めての物や慣れない物には手を出さない。だから夏休みのキャンプで、ラムリアースにゲテモノを押し付けられると「ふえぇ」となるわけだ。プールの塩素消毒錠剤は、ラムネと間違えて食べただけだ。
「誰も食べないのかい?」
ラムリーザは一同を見回した。
「ちょっとまあな」
リゲルとユコは、完全に様子見を決め込んでいるようだ。ソニアとレフトールは、興味は示しているが手を伸ばさない。
「しょうがないなぁ」
誰も動かないので、ラムリーザは仕方なく手を伸ばした。味方を鼓舞するために、領主自らが陣頭に立つのもあり得る場面だ。
ラムリーザは、手に取ったカキをしげしげと眺めた。残る四人は、それをじっと見守っている。
「では」
そう短く宣言してから、思い切ってカキの身を口に運んだ。皆の注目がラムリーザの顔に集中した瞬間――
「ぶふっ!」
ラムリーザは、口に含んだカキの身を、盛大に噴き出した。
「ふえぇっ!」
「うおっ!」
びっくりしたソニアと、ラムリーザの正面に居たために、噴き出したものを顔に浴びたレフトールが驚き叫び、思わずのけぞる。
一同に緊張が走る中、ラムリーザは慌てたように水の入ったグラスを手に取って、氷水をあおった。
「大丈夫か?」とリゲル。
「おいしくないの?」とソニア。
心配そうに声をかける二人と、残る二人は黙ったままじっとラムリーザの行動を見ている。
「いや、熱かった。こんなの無理だ」
なんてことなかった。熱い食べ物が苦手なラムリーザは、その熱々のカキを口に含んだ瞬間、その熱さに耐えきれずに噴き出しただけだった。
すぐにラムリーザは店員を呼び出す。早速クレームをつける――
「カキだけと、冷たいのあるかな?」
「かしこまり」
――わけではなく、新たに冷たいのを注文しなおすだけだった。
そしてこんどはすぐに、別のカキがやってきた。今度のは焼きガキと違い、生のカキだった。火を通したものと比べると、身は柔らかそうでとろりとしている感じだ。
「それでは改めて――」
ラムリーザは、今度は冷たいカキを手に取って口に運んだ。口の中で味わいながら、少し咀嚼する。その味を表現するとしたら、何だろうか? 口の中に海の香りが広がる感じで、それほどドロドロとはしていない。苦いわけではないが、その独特な味は他の物に例えられない物だった。
「うん、変わった味だけど、これはこれで有りだね」
ラムリーザの感想を聞いたら、次にすぐ手を伸ばしたのはソニアだった。焼きガキに手を伸ばし、今度は何のためらいもなく口に運んだ。その早さは、まるで文化祭でクレープをつまみ食いした時のように一瞬だった。
ソニアに続いて、残りの三人も次々に手を伸ばした。
「う~ん……」と、少し首をかしげるユコ。どうやらいまいちお気に召さないようだ。
「こんなのもあったのか」と、新たな発見を楽しんでいるかのリゲル。南国のエルドラード帝国では、カキを食べる習慣は無かった。
「んまい」と、簡単に評したのはレフトール。
「お代わり」と、まだまだ食べる気満々のソニアであった。
苦手そうだったユコは、魚料理を新たに注文しそちらに切り替えた。ソニアなどはお代わりを要求したので、今度は焼きガキをさらに十個ほど追加注文した。そしてラムリーザは、自分用に生ガキを新たに注文しようとしたが、ソニアがそっちも食べたいと言い出したので、生ガキの方は五個追加注文しておいた。
その後はラムリーザは適当に生ガキを頂きつつ、魚料理に手を付けだした。リゲルも続けて三つほど食べたところで、今度は好物のカニを注文して頂いている。カキを食べ続けているのはソニアとレフトールの二人だけとなった。よっぽど気に入ったのだろう。
「おい、食い過ぎだぞカキソニア!」
「うるさい番長! カキ番長!」
「なんだとコラ!」
「ええい、喧嘩やめい!」
ソニアとレフトールは、お互いに奪うようにカキを食べ続けている。ラムリーザが仲裁に入らないと、喧嘩が始まるし食べ続けてきりがない。
あまりにも二人が食べすぎるので、最後に焼きガキが五つ残ったところで、締めとしてみんな一つずつ頂くことにした。
食べた量はユコが二個、リゲルが四個、ラムリーザが八個ぐらい。ソニアとレフトールは二十個は食べただろうか? 圧倒的にこの二人が多い。
要するに、二人がののしり合ったように「牡蠣ソニア」と「牡蠣番長」の誕生であった。
結局のところ、起爆剤のリリスがいなくても爆弾ソニアがいる限り、誰かが起爆剤となって爆発するのである。
こうして一同は、満足するほどパタヴィアの海産物を楽しんだのであった。