パタヴィアの生い立ち
1月12日――
昼食でカキを堪能したラムリーザたち一行は、そのまま店の中で雑談タイムとなっていた。今日は、これからトゲトコ爺や、可能ならばパルパタ爺にも会えたら会ってみるといった話になっていた。店の中で、コトゲウメの帰還を待っている。
食後のデザート代わりに、ナマコを酢に漬けたものを出してもらい、時々つまんでいる。これもパタヴィアで初めて見た物で、コリコリとした食感が面白い。
「お爺さんに会ってどうするの?」
お腹いっぱいカキを満喫できて、なんだか上機嫌のソニアはラムリーザに尋ねた。
「そりゃあ『クッパの』のことを知りたいのだろう?」
ラムリーザはソニアの前では建前としてそんなこと言っているが、今はもうこの不可解な行動の多いクッパ王やクッパ国のことについて、より多くを知りたいといった好奇心でいっぱいだった。
「別に知らなくていい。あたしはクッパのを返してもらったらそれでいい」
ここまで執念深いソニアも珍しい。よっぽど強引に奪われたことに対して腹を立てているのだろう。
「取り返すためには、相手をよく知らないとダメだろう?」
その相手であるクッパ王は、もう十数年前に亡くなったというのだから、事態を余計にややこしくさせていた。
しばらくして、コトゲウメが店に現れた。どうやらトゲトコ爺と面会できる取次ができたようだ。
ラムリーザが会計を済ませようとしたところ、リゲルが割り込んできて領収書を要求した。いつものことながら、リゲルは自分の物はきっちり払うタイプで、ラムリーザに遠慮なく奢ってもらおうとしない。対照的なのがレフトールで、こっちはたかる気満々である。彼曰く、だから権力者に媚びておくのだよとのことだが、リゲルから見たら手のかかる番犬だということになっている。ソニアに関しては、ラムリーザと生活費を分け合っている関係なのでいつものことだ。ユコはまぁ、サービス。
店の前に停めてあった車に乗り込んで出発、行先は「パタち議事堂」という場所らしい。名前の由来は、パルパタ爺が幼少から若者の時代に、仲の良い者たちとの間にできたグループがあり、その名から取ったらしい。元々「パルパタたち」だったのが、短く省略され「パタち」になり、そのままその名前が議事堂の名前になったというのだ。
車の中で、再びクッパ王について雑談をする。
「コトゲウメさんは、クッパ国やクッパ王についてどう思っていますか?」
「ん~、生まれた時からパタヴィアでしたので、クッパ国は歴史でしか知らないのですよねー。ただし――」
「ただし?」
「自分たちのルーツがクッパ国にあることは理解しているよ」
これはあれだ。クッパ国の滅亡というタイトルで、犯罪学などの教科書に載っているという不名誉を受け入れるという意味だろう。それほどクッパ王は、妙だった。
「クッパのを食べたことある?」
そこに口を挟んできたのはソニアだ。
「それはクッパ王が個人的に――」
「その話はもう何度も聞いた!」
結局『クッパの』についてわかっていることは、これまでに聞いた通りのことだけだ。クッパ王の独り占め、しかし本当に国王がそんなことをやっていたのだろうか? という疑問も残る。あまりにも馬鹿馬鹿しいし、せこい話だ。それほどクッパ王は、妙だった。
「パタヴィアにも売ってるの?」
ソニアの質問は続く。実のところ、買いなおせば済むといった話ではない。クッパから取り戻して、初めてソニアは満足するのだ。
「もう売ってないよ、クッパ王も亡くなったし、もう売る必要も無くなったからね」
「生きてた時は売ってたの?」
「僕は見たこと無いですねー。王様ではなくなった時、クッパのを無理矢理作るといった権力も無くなったのでしょう」
「なによもう」
コトゲウメの意見は、ソニアにとっていまいちであったようだ。
そうしているうちに、これまで見てきた家よりも二回りほど大きな屋敷が目の前に現れた。
「着きましたよ、あれが祖父の家です」
「へー、まあまあね」
などと、ソニアは余裕綽々だ。あたしの家より小さいなどと言っているが、ソニアが住んでいるのは彼女の家ではなくラムリーザの家だ。
「話はしてありますので、どうぞご遠慮なく」
屋敷の駐車場に車を止め、コトゲウメは一同を門へと案内した。門をくぐり大きな庭を通り過ぎ、玄関へと向かう。
「くれぐれも、行儀よくしてろよ」
ラムリーザは、特にソニアとレフトールに向かって釘を刺しておく。レフトールに関しては知らないが、ソニアについては幼少の頃からの前科がありすぎる。
ラムリーザの親戚や、親の仕事仲間の偉い人の家を訪問した際のこと。つまみ食いをする、ジュースを勝手に飲む、花瓶をひっくり返す、ぬいぐるみを持ち帰ろうとする、戦果を並べ始めるときりがない。
玄関前にて、大きな屋敷だった。流石パタヴィアナンバー2の屋敷だ。一番偉いのはパルパタ爺、そして二番目がここに住むトゲトコである。パルパタ爺が王のようなもので、トゲトコは大臣や参謀長に当たる。
そんなわけで、コトゲウメはトゲトコを祖父に持つ、何気に良い身分の青年であった。言ってみればそれはラムリーザたちにとって都合のいい話で、こうしてすんなりと話を聞ける状態に持ち込んでくれたわけだ。
屋敷に入ってからは、使用人らしき人の案内で応接室へと向かう。ラムリーザはソニアの手を握って離さない。こうしておけば、ソニアは勝手に動き出したりはしない。レフトールに関しては、さすがに異国のお偉方に向かってメンチを切るみたいな真似はするまい。ゲームセンターの店員に対しては怒鳴りつけている様だが……。
応接室には、既に白髪の老人が二人――?
「あれっ?」
「んん?」
思わずラムリーザはつぶやき、二人の老人と目が合う。
「まさかコトゲウメさん、ひょっとしてここは、あるところにお爺さんとお爺さんが住んでいましたですの?」
それはユコが得意とする怪談の設定だ。
「いえいえ皆さん、こちらがパルパタ爺、そしてこちらが祖父のトゲトコです」
コトゲウメは、二人の老人を紹介した。結局失礼な言葉は、ソニアからではなくユコから発せられた。思わぬ伏兵とはこのことだ。
こうしてラムリーザは、運よくこの国の指導者二人に会えたのであった。
「さて客人方、エルドラード帝国とは遠い所からよくおいでなすった」
「はい、お会いできて光栄です」
ラムリーザは挨拶をし、残りの者もそれに倣う。テーブルの上に出されたちょっとした食べ物に、ソニアはすでに手を出しているが、それはもういい。
ラムリーザは、どこから話を聞けばよいのか迷ったが、まずは差し障りのない所から話題にしてみようと考えた。
「パタヴィアの国は、クッパ国とどのような関係があるのですか?」
もともとパタヴィアに来たのは、ソニアとユコがクッパのを取られたことで、それを取り戻すためにクッパを探すことだった。しかしそんなよくわからない理由で訪れたというのは流石に妙なので、この場ではまずはパタヴィアの歴史を学んでみることとした。
トゲトコ爺の話では、パタヴィアは元々はクッパ国にある名も無き町に過ぎない場所だったのだ。クッパ国から離れた場所に作った隠れ里のようなものだって。
「へー? その隠れ里が、なぜこんな一大都市国家になったのですか?」
それは意外だった、クッパ国の一都市だったのかなと思っていたラムリーザは、思わず聞き返さずには居られなかった。
「それはある時、パルパタ殿から相談を受けてじゃな――」
二人は幼少の頃からクッパ王に寵愛されていたが、子供心にもすぐにクッパ王が妙だということに気がついた。クッパ王が全ての責任をクリボーに押し付け始めた頃から、こっそりと資産を少しずつパタヴィアの元となる隠れ里に移動させ始めたのだ。
「なんでまたそのようなことを?」
「そなたも知っておろう、クッパ国の滅亡についての話を。それ以外の理由もあるが」
「あ――」
二人はクッパ国とクッパ王に危険を感じて、そのような行動をこっそりと取り始めたのだ。
「しかし、国王に寵愛されていたのでしょう? 裏切る必要なんてないのではないでしょうか?」
「それじゃが、それがまた別の理由に繋がっておる」
トゲトコは、さらにクッパ王の危険さを語り始めた。
確かにパルパタやトゲトコはクッパ王に寵愛されていた。しかし、少しの間その寵愛から外れた時があったのだ。
ある日、キラーという美少年が現れた。そしてその時期、パルパタは干されていた。数か月後、キラーが病に倒れると、再びパルパタに戻ってきたという経緯があった。二人は、クッパ王のこの気分の移り変わりに警戒し始めていたのだ。
そこで歴史上有名な、クリボー事件が起こり始める。クッパ王は犯罪の解決に悩み、それを全てクリボーの責任にして、クリボーに賠償を支払いさせ始めた。これが有名な「クッパ国の滅亡」という話の第一幕だ。その話は、パタヴィアに来る前から知っているぐらい有名な話である。
しかしパタヴィア国については、今のところ歴史学には出てこない。こうしてクッパ国の跡地に行くつもりで出かけたら、そこにはパタヴィアと言う国ができていた。ラムリーザたちの行動の流れは、そんな感じになっている。
二人はクリボー事件が発生してから、資産を少しずつ隠れ里に移動させ、混乱の中路頭に迷ったクッパ国の民衆を、これまた少しずつ隠し村に移住させていた。そしてクッパ国がおかしなことになっていくのと反比例して、その隠れ里を発展させていった。
そのうちクッパ国は滅亡する。すると今度は、難民が頼ってやってくる。しかしクッパ国の治安は最低になっていた。そんなところからやってきた難民が――となるので、パルパタとトゲトコは、最初は治安維持のため劇薬を使用した。
すなわち、犯罪の質と量に関係なく、小さな窃盗であろうが公開処刑に処したのであった。
かなり厳しい処遇だ。その内民衆は、軽犯罪をも恐れるようになり、犯罪発生率はどんどん減っていった。
「やべーな、例えば俺がこの国で万引きしたら、公開処刑?」
「いや、万引きするなよ」
レフトールの呟きに突っ込むラムリーザであった。
「最初の頃だけじゃ。犯罪発生率が普通の水準より減ったところで、厳罰化は止めにして普通のやりかたになった。そうじゃな、牢屋に入ってもらおうか」
「いや、例えばの話だからな?」
しかしレフトールの弁明に耳を傾ける者は居なかった。
それでも今でも、例えば盗みに関しても厳しい。死刑にはしないが、執行猶予無しの懲役一年といったところだ。
「そこまでやらなければ、クッパ王のやったクリボー全責任論から民衆の目を覚まさせるのは難しかったのじゃ」
そう、物を盗もうが人を殺そうが、全て責任はクリボー一人に向かうのだ。そんな中で、秩序が保たれるわけはない。
「あほだな」リゲルが呟いた。
「あほだった」とパルパタ。
「うむ」とトゲトコ。
少しの間、応接室に沈黙の時間が流れた。何度聞いても妙な話だ。クッパ王っていったい――。
「クッパのはどうなってるのよ!」
その沈黙を切り裂いて、ソニアが声を張り上げて割り込んできた。
「クッパのとな? えらくまた懐かしい物を言うのぉ」
パルパタ爺はソニアを怒るのではなく、少し笑いを堪える感じで返事をした。
「知っているのですか?」
ラムリーザは、ソニアが話題として出してしまったので、仕方なく『クッパの』の話題に転換させた。
「クッパ王も暇だったからのぉ、『クッパの』を店に並べて監視して、客がそれを買ったら取り上げておったわい」
「その手口であたしやられたもん。クッパはまだ生きていて隠れているんでしょ?!」
「ほっほっほっ、あったあった、クッパ王の奇行は少なくなかったわい」
「あれには困ったもんじゃったて」
騒いでいるソニアを他所に、パルパタ爺とトゲトコ爺は、お互い笑いあっていた。
「やっぱり有名なんですね」
その様子を見て、ラムリーザはつぶやいた。
「また懐かしい物を持ち出しますな。クッパ王は、暇だったのか『クッパの』を店に並べて監視して、客が『クッパの』を買えばそれを取り上げていたな」
「その手口であたしやられたもん!」
「クッパ王はすでに亡くなってから二十年近く経っておるが……」
「それが今フォレストピアで――そこは問国とユライカナンとの国交のために作られた新開地なのですが、そこで発生しているのです。既にこの二人が、クッパと名乗ったものからクッパのを奪われたと」
ラムリーザの説明を聞いて、ソニアとユコはうんうん頷いている。
「妙な話じゃな」
「ところで、クッパ王の写真とか残っていませんか?」
「ありますぞ」
そう言って、トゲトコは少しだけ席を外す。次に現れた時、額縁に入った写真を持ってきた。そこには、壮年の男性の姿が映っていた。
「あっ、こいつ!」
その写真を見て、ソニアは素っ頓狂な声を上げた。
「この人に取られましたの!」
ユコも騒いでいる。
「それは奇怪な、これは若い時の姿で――」
そんな二人を見て、パルパタ爺もトゲトコ爺も困惑していた。
クッパ王は二十年ほど前に亡くなったはず。
しかし、過去に撮った写真の人物をソニアとユコは知っていると言う。