クリボー老人の秘密
1月13日――
クッパ国跡地にて――
ラムリーザたちは、門と城跡の中間点あたりにある広間らしき場所に集まっていた。自然とこの辺りが、拠点のようになっていた。
「さて、何から手を付けようか」
ラムリーザは一同を見回して問いかけた。
「ここは先週、あまり話を聞けなかったクリボー老人を探し出して話を聞くべきだな」
リゲルは情報収集を提案する。
「クリボーなんかより、クッパの方が大事!」
それに反論するのはソニアだ。ソニアはクッパと名乗る者からクッパのを取られたので、それを取り戻すことで頭の中は一杯だ。
「クッパ王はもう居ないからなぁ」
しかし、これまでの情報では、クッパ王は二十年ほど前に既に亡くなったとのこと。しかし、昨日トゲトコ爺に見せてもらったクッパ王の写真では、まさにその人に取られたと言うのだから謎だ。
「居たもん!」
だからソニアはこう述べる。
「それは追々探していくことで、まずはクッパ国についていろいろ調べてみよう」
「クッパは?」
「ここについて調べていたら、実は生きていたという結論に辿りつくかもしれないよ」
ラムリーザのふとした思いつきでは、クッパ王は実は生きていて、クリボーと名を変えて住み着いているのかもしれないということだ。歴史上でのクリボーの存在があまりにも荒唐無稽で、クッパ国の滅亡などは、クッパ王の自作自演ではないのかと思えるのだ。
そこで今回も、クリボー老人を探すという目的で、まずは城跡を詳しく探索しようと考えた。前回の城探索では、玉座の前に落とし穴があることが分かっただけで、それはあまり重要な情報にはなっていない。それに反クッパ同盟に邪魔されたというのもあるが、今回は事前に撃退しているので、今日は日中ゆっくりと探索できるだろう。
そして城の入り口付近に辿りついたところで――
「また来よったの」
突然城壁の内側から声を掛けられ、一同は身構える。反クッパ同盟か?!
「あ、クリボーさん」
そこに居たのは、先週会った時にクリボーと名乗った老人であった。
「クリボーさんかぁ」
なんだかソニアはがっかりだ。クッパさんだったら良かったのだろうね。
「今日もわざわざこんな辺境を訪れて、ご苦労なことじゃの」
クリボー老人は、軽く笑いながら言ってくる。確かに、クッパの騒動が無ければ、こんな辺境を訪れることはなかっただろう。
「ねぇ、リリスが言っていたこと聞いてみたらどうですの?」
ラムリーザの傍にユコがやってきて耳打ちする。そう言えば、クリボーには妙な言い伝えがいくつか存在する。それを何故リリスが知っているのかは謎だが、本人に聞けばその謎も解けるかもしれない。しかし――
「あれを聞くのかぁ……?」
ラムリーザは躊躇する。あまりにも妙過ぎて、どこから聞けばよい物やら。それに、なんだかアホくさい話も存在する。例えば「凝尿」など、どこからそんな話が生まれたのか謎過ぎる。
「ええと、クリボーさん。クリジュゲというインスタントリョーメンは、クリボーさんが発案だと聞きましたが」
ラムリーザは無難なところから尋ねる。特に重要な意味は無いが、話のとっかかりにでもという目的だ。
「リョーメンとな?」
「ああ、この国ではらうめんでした」
「クリジュゲか――クリジュゲ!」
落ち着いた感じだった老人が、突然くわっと目を見開いて興奮する。太い眉毛がつり上がって、その表情はまるで鬼のようだ。
「なっ、どうされましたか?!」
ラムリーザは慌ててなだめる。そんなに地雷を含んだ物だとは思えなかったのだが、クリボー老人にとって何かあったのだろうか?
「クリジュゲ、売っているのか? あんたそれを見たのか?」
先ほどまでとは打って変わって、クリボー老人はラムリーザに詰め寄った。
「お、落ち着いてください。ユライカナンでは普通に売ってますよ」
ラムリーザはクリボー老人に押される形で、多少あたふたとしながら答えた。フォレストピアでも売っているが人気はいまいちである、とは言わないでおく。
「そうか、ありがたいことですじゃ」
するとクリボー老人は、再び元の落ち着いた様子に戻った。それに、なんだか嬉しそうにも見える。
「そんなに嬉しいのか?」
リゲルはクリボー老人に尋ね、ラムリーザにこっそりと「これは何かあるぞ」と耳元で呟いた。そこでラムリーザは、クリボーに「クリジュゲ」に関して聞いてみることにした。今のところラムリーザたちが知っていることは、インスタントリョーメンの種類の一つで、栗入りリョーメンという変わったものであった。リョーメンと栗の組み合わせが、いまいち合っていないというのが住民たちの感想であり、一番売れていない。
「それはまだクッパ国が健在だった時のことじゃ――」
クリボー老人は、遠い目をしながら語りだした。
「ジュゲゾーという者と、共同で開発して作ったものだったんじゃがのぉ……」
しかし、その内だんだんと悔しそうな表情を浮かべ始める。
「奴は途中からわしを裏切って、クリジュゲの販売権を独占し、販売停止しようとしてきたんじゃ!」
そしてまた先程の、太い眉毛がつり上がった鬼のような表情である。
「まあまあ落ち着いて、ジュゲゾーとは悪い奴だったのですか?」
「はあぁぁ、そうじゃ。クッパ国では負けた。ジュゲゾーの意見が通って、クリジュゲは販売停止になってしまったんじゃ……」
今度は肩を落として、深いため息である。
「それは残念でしたね」
ラムリーザはなだめるが、クリジュゲの出来から言えば、それもやむを得ないのではないかと思うのであった。
「でも栗入りリョーメン、あんまりおいしくないですの。リョーメンと栗は合いませんわ」
しかしユコが言ってしまった。そういえば、ソニアとリリスにクリジュゲを押し付けられて食べている場面もちらほらあったような気がする。
「ぬぅ……」
しかしクリボー老人は怒ることなく、力なくうなだれるだけであった。
「そうか、クリボーのクリと、ジュゲゾーのジュゲを合わせてクリジュゲなんだな」
そこでレフトールが、ポンと手を鳴らして言った。そう言われてみると偶然か、そんな名前になっている。
「そうじゃ……。なのにジュゲゾーの奴、俺を裏切って……」
クリボー老人は、力なくボソボソと呟いている。どちらにせよ、あまり意味のない話であった。共同経営者との内輪もめについて聞いただけに終わったのだ。
「次はあれだ、牛乳か?」
リゲルはラムリーザに聞いた。
「いや、ぎょうにょうだったような気がする」
その瞬間、クリボー老人の太い眉がピクリと動いたが、誰も気がつかなかった。
「フルーツ牛乳じゃなかったか?」
「凝尿! クリボーフォローチョ凝尿ってリリスが言ってた!」
突然ソニアが大声を出す。気持ち悪い言葉なのに、遠慮なく言えるところがソニアの強み。いや、デリカシーが無いとも言えるが……。
「違うっ!」
そこで突然クリボー老人が叫んだ。
「なによー、このおじいちゃん」
突然叫ばれて、ソニアは不満顔だ。
「クリボーさん、えっと、その――」
今度はユコが聞こうと思うが、デリカシーのあるユコはなかなか口に出せない。
「てめぇ、凝尿作って売ってるんだろうが」
そこに助け舟を浮かべてくれたのはレフトールだ。改めてはっきりと聞いてみると、やはり意味が分からない。
「レフトールさん、汚いですの」
助けてもらっておきながら、やはりその言葉の不潔さに顔をしかめるユコであった。
「違うっ! 凝尿は奴らがわしを陥れるために無理矢理売り出したものだ!」
クリボー老人は、またしても突然取り乱したかのように叫びだした。
「奴ら?」
ラムリーザは少し異変を感じたが、ソニアは続けてまくし立てた。
「おしっこを凝縮して作ったんでしょ?! 変な物作って馬鹿みたい!」
ブタガエンという変な物を作って迷惑をかけている者が言う。
「違うっ! わしが作ったのはフルーツ牛乳だ! クリボーフルーツ牛乳! なのに奴らはフルーツ牛乳を奪い取り、代わりに凝尿にすり替えやがって!」
「待って待ってみんな落ち着いて」
ラムリーザは慌ててなだめるが、騒いでいるのはクリボー老人とソニアだけだ。ただし何故騒ぎ出したのかはいまいち分かりにくい。またしても凝尿が地雷ワードだったと言うのだろうか?
ラムリーザは一旦話し合いを中断させた。
「息を吸ってー」
ソニアとクリボー老人は、大きく息を吸い込む。別にクリボー老人が延々と吸い込み続けて巨大化するわけではない。なんとまあ。
「さて――」「凝尿」
落ち着いたところでラムリーザが話を仕切りなおそうとしたところ、被せるようにソニアが地雷ワードを発する。
「凝尿など作っていない! パルパタの野郎が勝手に!」
「いやぁ、パルパタ様や祖父は、クッパ王の命令でクリボー製品を犠牲にしていたとか」
「犠牲?」
コトゲウメの知っている情報に、ラムリーザは首をかしげた。
「でもクリボーさんが凝尿を――?」
「いい加減にしろ!」
しかし落ち着いてもソニアはそのまま凝尿発言。とうとうクリボー老人は、怒ってどこかに行ってしまった。
「ああ……」
ラムリーザは手を伸ばすが遅かった。クリボーは、城跡の中へと消えていったのだ。
「おいおい、爺さん行っちまったぜ?」
「あなたが変なこと聞くから!」
レフトールとユコは、ソニアを責める。
「リリスに頼まれていたからなぁ」
ラムリーザはとりあえずソニアを庇った。凝尿について尋ねたのが間違いだとしても、クリボー老人にとって変なところに地雷が埋まっているのも事実だ。
「あたし悪くない! リリスがクリボーフォローチョ凝尿って言ってた!」
そしていつものように、責任転嫁をするソニアである。
「ああ、その話ですか……」
コトゲウメはため息をついた。
「知っているのですか?」
「聞きたい?」
「聞く!」
ソニアはコトゲウメに詰め寄る。いつの間にか「クッパの」よりも凝尿の方に興味津々となっているようだ。
「では――」と一呼吸おいて、コトゲウメは説明を始めた。
コトゲウメの話では、最初はクリボー製品として、クリボーフルーツ牛乳を販売していた。
しかし、クリボーが稼ぐということが納得できないクッパ王は、妙な言いがかりをつけたのだ。それは、「フルーツ牛乳はクリブー製品だ、と。クリボー製品は、フォローチョ凝尿だと」決めつけたのだ。
「なんだその強引さは」
レフトールは呆れたような声を出す。
「無茶苦茶だね、意味も分からないし」
ラムリーザもそれに続く。
「しかし、きちんとした意味もあるのです」
しかしコトゲウメは、そこに理論があることを示してくる。これのどこに意味があるというのだろうか?
「凝にょ――、そんなものに意味があるなんて変ですの」
「クリブーって何よ」
ソニアとユコには、その理論は分からないようだ。
「それぞれの言葉の母音を合わせただけだろ?」
「御明察!」
どうやらリゲルは答えに辿りついたようである。
クリブーフルーツギュウニュウ
クリボーフォローチョギョウニョウ
クリブーは、ブー以降全部ウ行で言葉が出来上がっている。そしてクリボーは、ボー以降オ行で言葉が出来上がっている。ギョウニョウというか、ギョオニョオとも言えるが、同じような意味だ。だからフルーツ牛乳はクリブーの物、凝尿がクリボーの物というわけだ。
「クッパ王も、妙なところから嫌がらせを思いつくもんだね」
ラムリーザは、改めて呆れてしまう。
「クリバーなら何よ」
そこにソニアが、どうでもいい質問をする。
「クリバーファラーチャギャアニャアでしょう」
もはや意味不明そのものであった。
「やかましい猫みたいですの」
ユコが、なんとか意味のある物に持ち込んでくれたが、激しくどうでもいい。
「それで、クリボーや凝尿はどうなったのですか?」
「フルーツ牛乳の売り上げは全てクリブーのものに。クリボーは凝尿を販売するといった迷惑行為で牢屋入りです」
「クリブーってそんな人も居たの?」
「居ません。クリブー製品の売り上げは、全部クッパ王が取り上げました」
ラムリーザは返答に困った。暴君そのものだが、その矛先はクリボーだけに向かっているのが謎というか、なんというか――。
「アホみたいな話と言うか、クッパ国での出来事には今更驚かないが……」
「そんなクッパ王の奇行を止める者は居なかったのか?」
ラムリーザやリゲルの言葉に、コトゲウメは力なくうなだれた。
「国王のいうことは絶対なのです。それに、パルパタ爺もトゲトコ爺も、当時は――」
「五歳――か。自分が絶対的な権力を握るため、側近を子供で固めたのだろうな」
リゲルは、うんうん頷きながら仮説を述べた。
「妙な人が独裁政権を持つと、国が衰退するという良い例です。民草にはどうすることもできませんが、常に良い君主でありますようにと願うだけです。もっともパタヴィアでは、独裁政権を恐れてパルパタ爺とトゲトコ爺を始めとした評議会制度にしていますけどね」
「支配者が妙なことを考えると下々は混乱する。評議会なら、一人がおかしなことを言ってもまわりがブレーキ掛けられるといったところか。ラムリーザもフォレストピアでは気を付けろよ」
リゲルはにやりと笑って、フォレストピアの領主ラムリーザをからかってきた。
「僕は違うよ」
ラムリーザは憤慨して、そう答えるしかできなかった。
こうして今回は結局クリボーを怒らせてしまい、妙な話しか聞くことができなかった。