隠された九つの風呂
1月13日――
クッパ国跡地にて――
クリボー老人は立ち去ってしまったが、さてどうするか?
老人から聞いた話は、クリジュゲだのギョウニョウだのどうでもいいこと。「クッパの」については何も聞けず、ラムリーザにとってはクリボーがクッパ王の成れの果てかという疑問を解消するには到らなかった。
「クッパのよ、クッパを見つけなきゃ」
ソニアはそう言っているが、クッパ王は二十年前に亡くなっている。やはりソニアの見間違いか? となるが、ユコも同じ被害にあっているのだからソニアの戯言とは言えなくなっている。しかし、ソニアとユコが口裏合わせをして物語を作っている可能性もあるが、それにしてはこだわりすぎている感もある。
「さて、どうするか」
ラムリーザは、同じことを何度か呟いている。それに答える者は居ない。こうしてクッパ国の跡地に来てみたものの、どこから調査をすればよいのか見当もつかないのだ。ここにきて目的が曖昧になっている。
クッパ王が亡くなっているという話を聞いた時から、調査は難航しているのだ。
「実は生きていて、フォレストピアにこっそり来ているんですの」
ユコはそう言うが、それならパタヴィアに来る必要は無かったということになる。それに、フォレストピアの住民はしっかりと誰が住んでいるか管理されていて、よく分からない浮浪者が紛れ込むと隠れていない限り一発ですぐにわかる。
「隠れ住んでいて、あたしたしからクッパのを奪って食いつないでいるのよ」
ソニアはそう言うが、わざわざクッパのに限定して食いつなぐのが謎だ。それに、勇者店などの雑貨屋では、クッパのは扱っていないと言うのだ。確かにラムリーザは、クッパのが売っている所を見たことが無い。
「さて、どうするか?」
「することが無いのでしたら、クッパ王の、隠された風呂を探してみませんか?」
ようやく意見を述べたのはコトゲウメだ。
「風呂?」
「はい、風呂です。噂によれば、クッパ王は九つの隠された風呂を持っていたというのです」
これまた荒唐無稽な話だ。風呂を九つも持つなんて聞いたことが無い。隠す必要があるのかどうかというのも謎だ。
「どうせ風呂に行くなら、お姉ちゃんの出る風呂がええんとちゃーう?」
レフトールは軽口を叩くが、そういった風呂に入ったことがあるというのか?
「不潔ですの!」
「いや、風呂だぞ? 不潔は無いだろう?」
「いーえ、ダメですの!」
なんだかユコとレフトールの言い合いが始まってしまったが、とりあえずどうでもいい。
「そんな隠した風呂を探して意味があるのですか?」
ラムリーザは二人を放っておいてコトゲウメに尋ねる。風呂を探したところで、何か新しい情報が出てくるとは思えない。
「そうですねぇ、クッパ王が実は生きていて、隠された風呂に隠れているかもしれませんよ」
「探そうよ!」
クッパ王が居るかもしれないということを感じ取ったソニアは乗り気だ。
「――とまぁ、流石にそれは無いか。でも何かが見つかるかもしれませんよ。目的もなくブラブラしているよりは、ずっと良いと思います」
コトゲウメとしては、噂が本当なのかクッパ国の歴史を調べる者として知っておきたいだけなのだ。本当に九つも風呂があるのか、隠されている意味は何なのか。
「それでは、固まって探す? 分かれて探す?」
「そうですもぇ、反クッパ同盟は追い払いましたし、少なくとも今日は安全でしょう」
「それならば三手に分かれて――」
ラムリーザがそう言いかけると、ソニアは素早く駆けてきてラムリーザに引っ付いた。まるで体育の授業時の組み合わせみたいだ。
「――と思ったけど、やっぱりバラバラになって大丈夫かな?」
ラムリーザは、はぐれてしまうことを気にしていた。こんなところで迷子になっては大変だ。
「これがありますの」
ユコが取り出したのは、いつも使っている携帯端末のキュリオだった。
「なるほど、それがあったか」
ラムリーザも懐から取り出した。ラムリーザたちはグループメールに登録し合っているので、お互いにすぐに連絡が取れるのだ。
しかしユコは、いつもと違う使い方をした。
「無線機能行きますの、ラムリーザ様聞こえますか?」
「なっ、なんだっ?!」
ラムリーザは、手に持っていた携帯端末から、通話モードにしていないのにユコの声が聞こえてきてびっくりした。
キュリオには電話の通話機能以外にも、小型無線送信機能も兼ね備えていたのだ。中継点を介さずに、端末自体が発信源となって端末同士を繋げる方法もあるのだ。むろん誰にでもというわけではなく、グループ登録をしている仲間だけでの機能ではあった。
これがあれば、皆の安否がすぐに確認できる。便利な道具もあったものだ。
「あ、レフトールさんはグループ登録してないですの」
「ん? ああそうだな」
そこでレフトールも登録して、それぞれ三方向に分かれて調査することになった。ラムリーザとソニア、レフトールとユコ、リゲルとコトゲウメのグループに分かれて、城の跡奥地へと向かっていったのだ。
ラムリーザとソニアは、城跡入り口付近のホールから東へ向かった区画へと入っていった。そこは食堂だった場所のようで、部屋の真ん中に大きなテーブル、そしてその回りに椅子が立っていたり転がっていたり。
「ラム~、お腹すいた」
食堂後をうろうろしていたソニアは、しばらくしてからラムリーザに引っ付いてきて甘えだす。大抵の場合、空腹を訴えてくる。
「風呂を見つけたら何か上げるよ」
まるでペットのおやつだな、などとラムリーザは考えながら、ソニアを引き剥がす。
ソニアはラムリーザから離れると、食堂の壁をコンコンと叩いて回りだした。叩くと埃がパラパラと降ってくる。流石に崩れることは無いだろうが、廃墟の城である。用心するに越したことはないだろう。
「食堂には何もないね」
二人は食堂を出て、廊下を進んでいった。この廊下も元々は立派な絨毯や壁掛けが飾られてあったのだろうが、今ではもう石の床がむき出しになっていて、壁も所々ひびが入っている。
「ソニアは風呂を隠すとしたら、どこに隠す?」
ラムリーザは、風呂を隠す理由が思いつかなかったので、ソニアに尋ねてみた。ソニアはぶっ飛んだ意見を言ったり、よく分からない物語を作ったりするが、これまでの経験上そんな所から斬新なアイデアを生み出してくれるということをラムリーザは知っていた。
「隠すなら地下かなぁ」
「地下か、玉座の落とし穴とかあったね」
そんな会話をしながら廊下を進んでいくと、左手側に大きな扉があった。そこを開いてみると、謁見の間に繋がっていた。
「あの玉座の前は、落とし穴になっていたはず」
二人は玉座の前を避けるように移動して、玉座の傍へ辿りついた。そこでラムリーザは玉座を調べてみたが、何も変わったところは見つからなかった。
「ねぇ、玉座の後ろ側から微かな風を感じるよ」
玉座を調べるラムリーザの傍で、ぼんやりと後ろを見ていたソニアが呟いた。
ラムリーザは玉座越しに後ろを見てみるが、壁まで少し距離がある程度で、その壁には別に扉などはついていない。
ソニアは壁際へ向かっていき、再びコンコンと叩いて回りだした。
「おかしいなぁ、さっき隙間風みたいなのを感じたのになぁ」
「廃墟だから、壁のどこかにひびが入っていて、そこから風が流れ込んで来たんじゃないかな」
季節は冬。フォレストピアは暖かくても、ずっと北にあるパタヴィアはそれなりに寒い。二人ともパタヴィアで買った厚手のコートを羽織っているので、寒さに凍えることはない。ソニアは相変わらずの際どいプリーツミニスカートだが、ソフィリータに借りたこれまた厚手のサイハイソックスで、肌の露出はほとんどない。もっとも、ソニア自体はそれを気に入っていないのだが。
廃墟となった城の天井は、所々崩れて空が見えている。いつの間にか曇天模様に変わっていて、周囲は薄暗くなっていた。
その時、天井に空いた隙間から、白い粉のようなものが降ってきた。あれは確か、雪? 去年の丁度今頃、異常気象によって帝国を数日間だけ銀世界に変えたものだ。
「あっ、き~らき~らだ」
ソニアは玉座に手をかけて、空に手を突き出してはしゃいでいる。雪は嫌いなどと言っていたが、もう忘れたのか寒く無ければ問題ないのか、普通に楽しんでいた。
その時、小さくカチリと音がした。見ると、ソニアに押された玉座が、少し前のめりに傾いていた。続いてゴリゴリと音がして、ソニアの身体が傾く。
「うわっ」
ソニアの片足が、玉座の裏側にできた穴に少しだけ沈み込んでいる。ラムリーザが駆け寄ってソニアの腕を取り、そこを見てみると床が開いて階段が姿を現していた。階段になっていたのでソニアは転落せずに、少し足が沈んだだけで済んだのだ。
「隠し階段だ!」
ソニアの動きで偶然見つけた隠し通路、この先にはいったい何が隠されているのか?
早速ラムリーザは降りてゆく――実際にはこういった怪しい場所には護衛のレイジィが先導するのだが、表現は省く――と、階段の先はラムリーザが立ってもまだ少し余裕があるぐらいの高さの通路になっていた。
明かりが無いので、玉座の間から差し込む光が頼りだが、薄暗い中どうやらその通路の先はすぐに行き止まりになっていた。そこは小部屋のようになっていて、その壁際には――
「風呂か?」
そこは風呂としか表現のしようのない場所になっていた。水は入っていないが、水を貯めるような仕組みにはなっている。
「これがお風呂?」
ソニアは風呂らしき場所に飛び込む。床に座り込んで壁にもたれて、
「わぁ、なんだか壁がスベスベで気持ちいい」
ラムリーザも風呂の壁面を触ってみると、ひやりとした感触と、滑らかな手触りが伝わってきた。
「確かに風呂っぽい。九つの隠された風呂か、何故クッパ王は風呂を隠していたのだろう?」
「たぶん盗んだクッパのを、風呂に隠していたのよ」
「それだと湯気でふやけてしまうだろ」
湯船につかってくつろいでいるつもりのソニアをそのままに、ラムリーザは小部屋を調べて回ったが、物は残されておらずこれといった収穫はなかった。
「他のグループはどうなっているかな?」
ラムリーザは、携帯端末キュリオを取り出して、まずはリゲルの方へ連絡を取ってみた。
「あーあー、聞こえてますかレンジャー?」
「ん? なんだその語尾は?」
端末からはすぐにリゲルの返事が返ってくる。
「何か見つけた?」
ラムリーザは、突っ込まれた事は流して話を先に進める。別に意味があるものではない、ソニアが最近プレイしているゲームで、通信の時に語尾に「レンジャー」と付けるキャラが居て、なんとなく記憶に残っていたので真似てみただけだ。
「とりあえず上から調べていこうと、城の二階から三階へと向かっていったぞ。最上階は、なんだかいくつかの小部屋が並んでいるだけだったな」
「兵士の詰所かな?」
ラムリーザは、リゲルの言ったことから連想してみる。
「詰所か監禁部屋ってところだろう。その中の一室に、地下室――じゃないな、三階だから二階――ってわけでもないから、中二階か?」
リゲルは表現に困っているようだ。
「中二階? 何それ?」
「隠し部屋みたいなものだ。そこに、風呂らしきものが置いてあってな、コトゲウメの話では隠された九つの風呂のうち一つらしいんだ」
どうやらリゲルも隠された風呂を発見したようだ。確かに城の中にいくつか風呂が隠されているようだ。
「風呂以外に何かあった?」
「古いスナック菓子と、たぶんクッパ国の通貨、クッパ金貨かな? それが大きめの袋にどっさり入っていたな」
「それって何の意味があるんだろう」
「俺の予測だが、敵が城に侵入してきても、この中二階の隠し部屋に隠れることで、敵の目を誤魔化して生き延びるためだと思う。金貨は隠しているだけで、非常食としてスナック菓子なのだろう。え~と、クッパのバー?」
「クッパの?!」
リゲルの声を携帯端末越しに聞いて、ソニアは風呂から起き上がった。
「そんなところだ、通信終わるレンジャー」
リゲルはソニアの接近を察してか、ラムリーザの真似をして通信を終わらせてしまった。それでもソニアはラムリーザに詰め寄ってくる。
「クッパのが見つかったの?」
「クッパのじゃなくて、クッパのバーって言ってたよ」
「なんだかそれも、あいつに俺のバーだとか言って取られそう」
ラムリーザは、次にユコとレフトール組に連絡を取ってみた。
「あーあー、聞こえてますかレンジャー?」
「はい、こちらキンメリア国。感度良好です、どうぞ」
すぐにユコの返事が返ってくるが、何だか設定を作っているようだ。
「あっ、ユコと電話してる!」
しかし、リゲルの時は何も言わなかったのに相手がユコとなるとソニアは文句を言ってきた。
ラムリーザは左手をソニアの肩に手をかけて、くるりと回転させて後ろから抱きかかえる。ソニアの行動を封じてから、ユコとの通信を続けていった。
「何か見つけた?」
「書斎の跡地を調べていたら、四つの真ん丸ボタンはお日様ボタンを見つけましたの」
「なんやそれ?」
「最初は適当に押してみたけど、何の反応もありませんでしたの。でも、一番右と一番左を同時押ししたら隠し部屋が開きましたわ」
「その中に風呂が隠されていたんだね」
「なんで分かるんですの?」
コトゲウメの言う九つの隠された風呂と言うものは、確かに実在するのかもしれない。そこでラムリーザは、残りの六つを探し続けるかどうかを考えた。しかしここでようやく気がつく。隠された風呂を探して何になるというのか?
どうもパタヴィアに来た目的を忘れかけているようだ。
「でもね、この隠された風呂で、青く光る破片を見つけたんですのよ」
「青い破片?」
「うん、ガラスみたいだけどよく分からないですの」
すぐにユコから、写真付きのメールが送られてきた。確かに青いガラスの破片のようにも見える。宝石にしては形がいびつだし、ガラスにしては青さが濃い。
「とりあえず持って帰って調べてみよう。クッパ王の隠し遺産――なわけはないか」
一国の王が残したものとしてはあまりにもショボすぎる。
結局この日、夕暮れまでにさらに三か所の隠された風呂を探し出し、その内二か所から青く光る破片を見つけたのであった。
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