空の旅、携帯型小型端末キュリオ
1月18日――
再び週末がやってきた。今回も二日の休みを利用して、パタヴィアに行ってみよう。
それに、今はラムリーザもソニアやユコと同じだ。先日雑貨屋で、クッパのばあというお菓子を掴まされて、クッパらしき者に奪われている。クッパ製品は確かに存在し、クッパらしき者の奪う手口はソニアやユコの言っていた内容と同じだ。
ただし、あれから二日が経過したが、憲兵隊からはクッパらしき者の姿を捉えたという情報は入ってこない。
クッパは一体どこに逃げたのか? 我々には知らない秘密の通路があって、クッパ国の跡地へ素早く逃げ込んだのか?
いろいろと調べることが増えてきた。クッパ王は生きている、そして今もなおフォレストピアで迷惑行為を繰り広げている。その理由と目的を調べなければならないのだ。
「ラム、だんごが食べたい」
しかしソニアは、パタヴィア探索よりも食い意地の方が上回っているようだ。
「わかったよ、パタヴィアから戻ってきたらだんご買ってやるから」
それで簡単に決着がついた。ソニアは「あたしパタヴィアから帰ってきたらだんご食べるんだ」などと言っている。楽しみにしておくが良い。
今日は、リゲルの車も飛空艇で運んで、現地ではそれを使って移動する予定だ。
飛空艇は小回りが利かず、町外れに着陸した後は空からラムリーザたちを見守るぐらいしかできない。町の中を移動するときは、やはり車があった方が楽である。先週はコトゲウメの運転する車に頼ったが、いつまでも頼り続けるのも悪いから、今回は自前の物を用意するのだ。
ラムリーザとソニアは、リゲルの到着を待っていた。その内近くに住むユコがやってきて、それから十数分後、リゲルの運転する車が現れた。週末のパタヴィア旅行はレフトールも参加することにしているので、助手席に乗っていた。
車が到着したので、ラムリーザは飛空艇の格納庫を開いた。荷物とか物資を輸送する場所として利用されている空間だ。
「んん? あまり大きくないなぁ」
「何をしているのですか?」
ラムリーザが格納庫を覗いていると、そこに船長が現れた。
「いえ、車を輸送できたら現地で便利かなと思いまして」
「ああ~、車ですか。ちょっと厳しいかな」
「え~」
どうやらこの巡航艦ムアイクには、車を乗せるスペースに余裕は無いようだ。
「でも輸送するための格納庫でしょう? それにしては小さいような」
「巡航艦ですよ。大きな戦艦や輸送艦なら乗せるスペースはあるでしょうが、これはどちらかと言えば小型の巡航艦です。それほど輸送に特化しているわけではないのです」
「そうですか、仕方がないなぁ……」
「リゲルだけ車で行ったらいい」
ソニアは適当に提案して、リゲルの「たわけ」を食らっている。飛空艇だと二時間もあれば到着する距離だが、それは車だと十時間以上かかる。この差は大きかった。
予定が崩れてしまった。今回もコトゲウメに頼れたら頼ろう、そう考えてラムリーザは、一同を促して飛空艇へ――
「おお~い、ちょっと待ってくれえ~い」
そこに現れたのは、ごんにゃ店主であった。
「珍しい人が来たな」
ラムリーザの屋敷にごんにゃ店主が来ることは、月の始まりのパーティぐらいだ。それにラムリーザたちが会うのも、平日の夕方以降や休日に店で会うぐらいで、屋敷に会いに来ることはなかった。
「珍しくない、知ってる」
そういう意味では無いのだが、別に間違いでも無いことをソニアは言った。
どうやらごんにゃ店主は、パタヴィアに行ってみたいとのことだった。この休日を臨時休業にして、パタヴィアから食材を仕入れたいと言う。
「カキですか」
「そう、カキ。先日緑のお嬢さんが自慢そうに言っていたのを聞いて、カキ料理を取り入れてみようとフォレストピア飲食店会議所代表としてやってきたのです。同行の許可を出してください、出してくれないと困ります」
「別に構いませんよ」
乗客が一人増えたところで飛空艇が浮かび上がらなくなることは無い。ごんにゃ店主も乗員リストに入れてもらい、改めてパタヴィアに向かって出発となった。
ごんにゃ店主は、パタヴィア名物のカキを輸入するために、その取り引きに向かうのだ。
飛空艇に乗り込み、それぞれ自分に割り当てられた部屋に向かった。
ラムリーザは、船室で艦長と話をしていた。ソニアも一緒に居るが、要らんことを言わせなければ別に邪魔にはならない。
この飛空艇ムアイクの艦長ムシアナスは、フォレストピアで飛空艇を飛ばさないときはメトンの騎士団配属となっている。
「ムシアナスさん、先週から一週間フォレストピアの生活はどうですか?」
元々帝都に住んでいた人だ。地方暮らしは不便していないだろうか、ラムリーザにはそんな心配があった。
「この地はいいですねぇ、私は都会よりものんびりとした田舎が好きで、週末の休みとなるとよく人気のない郊外に行ってゆっくりしていたものです。フォレストピアにはそんな場所が多くて満足ですよ」
「そうですか、よかった」
ラムリーザはムシアナスの話を聞いて安心した。退屈していたら気の毒なものだったのだ。
「よかった?」
「いえ、帝都に住んでいた艦長を田舎に呼び寄せて、迷惑していたらと心配していたのです」
「はっは、領主さんが気にすることは無いですよ」
そこで艦長は離陸命令を出す。飛空艇がふわりと浮かび上がる感触は、まだ慣れない物であった。
「私はね、あまりうだつの上がらない副官だったのです」
「それは、まぁ――」
なんだか自虐的に語る身の上話に、ラムリーザは返事に困る。
「それが、たまたま君のお兄さんの目に留まって、フォレストピア行きの船の艦長に命じられたのです」
「そうだったのですか」
「帝都で埋もれるよりも、フォレストピアで艦長の方がやりがいがあります。いやぁ、楽しいですよ。パタヴィアに行くのも、ここにこなければ一生体験することもなかったでしょう」
ラムリーザもそうである。クッパの事件が発生しなければ、パタヴィアなど眼中になかったのも確かだ。
それに、艦長もそういう考えがあるのかとラムリーザは思っていた。
「それよりもですが領主さん、知ってますか?」
「何をです?」
「今、フォレストピアは帝都で結構有名なのですよ」
「そうなのですか?」
「いろいろと出世話が転がっていると気づき始めたようで、君のお兄さんに取り入ろうとしている者が多いみたいですよ」
「新開地開拓は、新しいことの始まりばかりでしたからね。例えば憲兵もですが、今は自警団がそのままきちんとした組織化にしただけなのですよね。早いうちに帝都から、それなりのまとめ役に来てもらわないとクッパの――」
そう言いかけてラムリーザは口をつぐんだ。クッパの事件はフォレストピアの恥だ。あまり関係ない人には言うべきか言わないべきか微妙なところである。
「ああそうそう、君のお兄さんが、君に戦艦をプレゼントするとか言ってましたよ」
「戦艦?! 別に戦争なんてしないのに……」
「来週か再来週には届くそうです。いやぁ、楽しみですなぁ」
「そう、ですか?」
「いよいよ私も戦艦の艦長、帝都の軍隊に居たのでは辿りつけなかったでしょうなぁ」
「それはよかったですね」
「あなた階級何よ」
そこに、これまでずっと黙って聞いていたソニアが割り込んできた。戦艦に反応したのだろうか?
「まだ中佐ですが、地方の新開地に配備された戦艦の艦長ということで、大佐ではなく中佐でもよいだろうとのことでした」
「なーんだ、あたしは赤軍曹――むーっ、むーっ」
またソニアが妙なことを言い出すと察したラムリーザは、すぐにソニアを抱えて口をふさぐ。中佐をたいしたこと無いように言いそうになっていたが、軍曹より格上である。もっともソニアは赤軍曹という架空の階級であるが、しかも女爵。
「元気なお嬢さんですな」
艦長は、ははっと笑うとラムリーザの部屋を出て艦橋へと戻っていった。そして入れ替わるように、ごんにゃ店主が現れた。
「あっ、リョーメンが来た」
「違う」
抱きかかえられて口をふさがれているソニアは、ラムリーザの手をかいくぐって要らんことを言う。
「こんばんは、飛空艇は初めて乗りますが、便利なものですねぇ」
ごんにゃ店主ヒミツはそう言うが、軍事以外で飛空艇を使うことが稀なのだ。このように私用で使うことは、かなり例外な話で合った。
「所でどうしたのですか? なんだか浮かない顔をしているような」
「おうん、顔に出ていましたか。ちょっと困ったことがあってね」
「あたしにリョーメン作ってあげられなくて困っ――むーっむーっ」
ラムリーザは、ソニアを抱きかかえたままソファーに腰をおろした。そして後ろから顔に手をまわしてソニアの口をふさぐ。
「はっはっ、いつも仲が良いですな」
「困ったことを口にしなければ可愛いのですけどね」
ラムリーザがそういうと、ソニアはもがくのを止めて唸るのも止めた。黙っていれば可愛いと言われたことを真に受けたのだろうか。
「これが動かなくなってね」
ごんにゃ店主が取り出したのは携帯端末だった。帝国産のキュリオとは少し違う、ユライカナン産であろうか。
「そうですか?」
ラムリーザは、自分の携帯端末を操作してリゲルを呼び出した。
「何だ?」
「うん、繋がった。問題ないね」
「通話確認に俺を使うな」
機能は全く問題ない。
「またリリスに電話したなっ?!」
ソニアは振り返ってラムリーザの手から逃れながら追及した。毎度のことながら、ラムリーザが携帯端末で誰かと連絡をするのを見るとこうである。
「そんなら確認したらいいよ」
何もやましいことの無いラムリーザは、ソニアに携帯端末を渡して黙らせた。
――と思ったが、リゲルに聞きたいことがあったのでそのまま渡さずにソニアを押さえこんだ。
「ごんにゃ店主が、携帯端末使えないのだってさ」
「ああ、ユライカナン産のだな。あれは帝国のと仕様が違うからそうなるんだ」
リゲルの話では、ユライカナン産の携帯端末は「シルフ」と言って無線を利用している。
その無線は、遠くまで電波が届かないらしく、いろいろな場所に基地局を建てて中継しているのだ。
町の中では大抵の場所では使えるが、こうして辺境に向かうと使えなくなるのが不便なところである。
ユライカナン産のシルフと、帝国産のキュリオとでは、一つの大きな仕様の違いがある。
それは、キュリオも基地局を中継した通話が主なのだが、それ以外にキュリオ端末を小さな基地局として扱えるといった点であった。町では基地局を中継して遠くに連絡もできる。基地局を離れると、先日ユコが使ったように今度は親しい者同士でキュリオを使って通話などができるのだ。
つまりパタヴィアに行くと、フォレストピアやユライカナンとは通常の通話はできず長距離電話を使わなければならない。しかし、キュリオならばパタヴィア内である程度近くに居る者同士の会話だけはできるのだ。
ごんにゃ店主と連絡が取れないのでは困るので、この旅の間だけは飛空艇に備え付けのキュリオを使ってもらうことにした。念のために、ラムリーザはその端末を登録しておいた。
ごんにゃ店主と入れ替わりに、今度はリゲルがやってきた。
「あっ、心の狭い人が来た」
ソニアの一言は置いておくとして、リゲルが聞きに来たのは昨日ラムリーザが遭遇したクッパらしき者についてだった。ソニアとユコの二人なら戯言の可能性も否定できなかったリゲルだが、ラムリーザも遭遇したとなると無視できない。
「クッパは実は生きていた、そう考えるしかないんだよね」
「パルパタやトゲトコ、もしくはクリボーを問い詰めて、クッパ王を使って何を企んでいるか聞き出さないとな。生きていることを隠して他国に潜入させて、内部で混乱を起こそうとしているのかもしれん」
リゲルは、クッパ王が生きているとすれば、このような形で侵略を仕掛けたと考えていた。
「しかし商品を奪うだけというせこいことするかな?」
「現実にお前は今、それを調べるためにフォレストピアを留守にしている。この時に反乱軍が動き出したらどうする?」
「ぬ……」
リゲルの指摘に、ラムリーザは黙り込んでしまった。確かにその策は使える。しかしパタヴィアがフォレストピアを攻める理由は?
「いいもん、そんなことしてもラムはここだからやられないもん。それにクッパがフォレストピアで反乱起こしても、ラム兄の反撃を誘うだけだもん」
ソニアの言うことも一理ある。ラムリーザがここに居る限り安全だし、パタヴィア規模の国であれば飛空艇の戦艦を一隻でも派遣すれば制圧できるだろう。
そう言えば戦艦をプレゼントしてもらうといった話が上がったような気がする。これはやはりパタヴィアとの戦争を見越しているのか?
ラムリーザもクッパの事件に巻き込まれてから、パタヴィアというよりクッパ国に不穏なところを感じていた。実はクッパは生きているだけでなく、実はクッパ国はまだ滅亡していないかもしれないのだ。
まだまだクッパ国跡地で調査する事柄は多そうだ。
「どうする? 本国に連絡を入れておくか?」
リゲルの言うように、ひょっとしたらもうラムリーザたちだけ、いや、フォレストピアだけで考えられることではないのかもしれない。
「そうだね、今回の調査で何か怪しい物を感じたら、一応兄さんの耳には入れておこう」
その兄、ラムリアースがラムリーザに戦艦を贈呈するなどと言い出したのだ。
クッパのをクッパに取られるといったしょうもない事件というよりいたずらは、こうして国と国との問題事に発展――するのかな?