ヒメントル・ブーダー
1月19日――
何度目かな? 四度目のパタヴィア訪問だ。
今回は何を見るかという話になり、車の用意ができなかったというのもあり、町を調べて回ろうという話になった。
パタヴィアはクッパ国が滅びたことを偽っているのか、クッパ王が実は生きているのを隠しているのか。それはクッパ城跡に行っても分からない。もしも隠しているのならば、あの廃墟は他国を欺くために作られたものだと考えられる。
そもそも滅亡の流れが妙なのだ。犯罪を全てたった一人に責任を押し付けて自滅など、普通に考えて有り得るだろうか? クッパ国の滅亡史は、何かを隠すために作られたものではないのだろうか?
飛空艇は町の外、それ程遠くない場所に着陸させておいた。クッパ城跡地には遠いが、パタヴィアには近い場所だ。飛空艇の船室で一晩明かして、船内食での朝食タイムである。この後午前中に町まで向かい、これまで利用してきた「羽ばたく亀亭」に拠点を移す計画だ。
「なんだかお前、クッパのに真剣になっとるな」
リゲルは茶化して言った。前回の探索では、隠された風呂探しなど意味の無いようなことをやっていたが、今回はもうやらない。風呂を探して何になると言うのだ? それはクッパ国研究家のコトゲウメ個人に任せておけばよい。
「僕は見たからね。クッパのというリョーメンではなく、クッパのばあという――リョーメンのお菓子みたいなものか。そしてクッパ王にも会ったから」
クッパのはインスタントリョーメン、クッパのばあはリョーメンを固めたお菓子。どちらもリョーメンに関係あり。そこにも何か意味があるのだろうか?
「まさかな……」
まだ見ていないリゲルは、半信半疑だ。ただし、ソニアとユコだけならばほぼ全疑であったが、ラムリーザが加わることで半信が生まれていた。
朝食を終えて飛空艇を出て、ここからパタヴィアまで歩きだ。町までそれほど遠くない、歩いて二十分も掛からないだろう。
「ステータスオープンって言ったら、自分のステータスが見られたらいいのに」
ソニアは、頭がファンタジーなことを言っている。
「それを使いたかったら、一度トラックに跳ね飛ばされて死ぬ必要がありますの」
その話に乗るユコも、ソニアとは相性が良い。ただし、リリスより設定が練り込まれている分、別の意味で厄介だ。今回も、謎の設定を持ち出してきている。
「何であたしが死ななくちゃならないのよ」
「死んで転生した時に使えるようになりますの」
「じゃあこの世界に転生する」
「それじゃあ異世界転生じゃなくて、輪廻転生ですの」
うん、ユコの話はいろいろとファンタジーな設定がてんこ盛りだ。ソニアも時々謎の設定を持ち出すので、上手く付き合わせて遊んでいるがよい。
「おいラムさん、誰か待っているみたいだぞ」
先頭を歩くレフトールが、町の入り口方面を見据えて言った。
ラムリーザも目を凝らしてみると、レフトールの言うように町の外に数人立っているようだ。
「クリボー炭田に行く鉱夫じゃないのかな」
正確にはクリボー炭田ではなくイログ炭田だ。元々クリボーイログ炭田だったが、名前が含まれているというだけでクリボーが所有権を主張するのでイログ炭田に名前を変えたという話は今はどうでもいい。
人影は一歩も動かず、ラムリーザたちが到着するのを待っているようだ。コトゲウメだろうか?
そしてはっきりと見える近さまで町に近づいた時、その人たちはこちらに駆けてきて――
「やあやあや、いらっしゃいっ!」
「またてめーらか!」
そこに居たのは、ハナマ、モートン、マンハの三人であった。反クッパ同盟だ、性懲りもなくまた現れた。これまでの行動からしてハナマとモートンは偵察役みたいなもので、三人のリーダー格がマンハであろうか。
ソニアとユコは、素早くラムリーザの後ろに隠れ、レフトールは三人とラムリーザの間に陣取り、リゲルはサイドに控えている。前列が縦となり後列を守る、いつもの陣形だ。
「ソニアあなたサイドに回ってください、そしたらインペリアルクロスの完成ですの」
「やだ! ユッコが前に出ろ!」
ただし、後衛が二人バージョンだった。
「今度はお前の妖術にも負けないぞ!」
モートンは、大きい声でラムリーザを指さして言った。
「妖術?!」
ラムリーザは、聞きなれない単語に戸惑いを見せる。妖術など、ゲームの中の世界でしか見たことが無い。
「やつら、ブランダーバスのことを妖術だと思っているみたいだ」
「へー、面白いね」
ラムリーザは、そこで思い出したように腰にぶら下げていた武器を手に取った。そのまま、先頭に居るマンハに銃口を向けてみた。するとマンハは、二歩下がってハナマとモートンの後ろに行ってしまった。
「妖術は食らわんぞ」
マンハは警戒している。そしてモートンとハナマは、二人でレフトールを牽制していた。
「これは何か待っているな」
その一方でリゲルはそう呟いて、周囲を警戒し始めた。
「待つ?」
ラムリーザは、マンハに銃口を向けたままリゲルに尋ねる。
「奴ら、それを警戒しているように見えて、時間稼ぎをしているようにも見える。レフトールにはすぐに飛びかかっていってよいものだがな」
「じゃあ伏兵?」
「ありうる」
リゲルはそう言うが、特に周囲に人の気配があるようではない。もっともラムリーザたちは、それほど戦闘に特化しているわけでもないので、こんな場所で人の気配を読むなんて好意は難しかった。
「なぁに、奴ら俺たちの強さを知りすぎているからな。攻めあぐんでいるだけさ」
レフトールは余裕綽々だった。
「念のためにリゲル、後方に注意しておいてくれ」
「わかった」
リゲルはラムリーザのサイドからバックに移動しようとして、ちらりとソニアとユコに目をやる。丁度リゲルの動きを目で追っていたソニアと目が合った。
ソニアはむっとした顔を見せる。
「ふっ、お前にラムリーザの背中を預けるのは不安だな」
リゲルは軽く笑って、ラムリーザの後方へと移動した。
「何よ! あたしだってラムと一緒に戦えるもん」
ソニアはラムリーザと背中合わせになって、戦いのポーズを取ってみせた。片足で立って、両腕を横に広げて手首から先はくの字に曲げている。どこかテレビかゲームで見たポーズを真似しているのだろう。
ラムリーザも、伏兵が現れたらすぐにでもブランダーバスを発射できるよう構えていた。
その時、銃口がマンハから外れた。その瞬間を見逃さなかったマンハは、モートンとハナマに目くばせをする。その瞬間、二人はレフトールに飛び掛かってきた。
「来たな! 二人がかりだと勝てると見込んでのことだろうが、俺はお前ら二人に勝ってるぞ」
「ふんっ、俺たちもあれから一週間、修行に修行を重ねて戦闘力は向上した」
「見せてもらおうか!」
なんだかかっこいいやり取りなのか、芝居がかったやりとりなのかわからないが、それなりの場面を演出しつつレフトールと二人の戦いが始まった。
ラムリーザはその動きに反応して、銃口を二人に向ける。だめだ、射線にレフトールが入ってしまう。百発百中の腕前ならば、レフトールを避けて二人を狙撃できるだろう。しかし今のラムリーザには、そこまでの技量は無かった。
「数を減らしておけ」
リゲルのアドバイスで、ラムリーザは気がついた。ハナマとモートンはレフトールと交戦中で狙いにくいが、離れたところに待機しているマンハは一人だ。
ラムリーザはマンハに銃口を向け、照準器を覗いて引き金を引いた。
ドウン!
毎度ながら、重みのある破裂音が周囲に響き渡る。
「うっ――!」
マンハは、左足のふとももを押さえて倒れ込んだ。ラムリーザは細かいところまで狙って命中させる腕前はまだ無いが、どうやらそこに当たったようである。結果的にそれで十分、脚を負傷させれば機動力が低下して、戦いを有利に展開させることができる。
「よし、これで相手は二人だ。伏兵に注意して、一人ずつ片づけていこう」
ラムリーザは、今度は引き金をレフトールと交戦中のハナマとモートンに向ける。少しでも距離が離れたら、その隙を見逃さずに打ち込むつもりだ。
「レフトールごと撃ってもいいぞ」
リゲルは面白いことを言った。
「ちょっと待て、そりゃないよかーちゃん」
「知っているか? 人間の行為の中で自己犠牲がもっとも崇高な行為だという話だ」
「じゃあてめーが――お?」
「どうした? おおう――っ」
戦いながら余裕があるようで雑談しているレフトールと、その相手をしているリゲルだったが、二人の会話が一瞬途切れる。突然後方から現れた黒い影にぶつけられて、リゲルはバランスを崩して転倒する。
「ちょっと何よいきなり!」
悲鳴を上げるソニアとユコ。ラムリーザは「ん?」と振り返る。ハナマとモートンはレフトールと交戦中だし、マンハの動きは止まった。しかしリゲルは、跳ね飛ばされている。
そこでラムリーザは、リゲルの転倒した先を見据えて武器を向ける。
「ぬっ、でかいな」
見た目はそんな感じだった。縦にはラムリーザと同じぐらいだが、横には二倍弱はある。
「おお、ヒメントル・ブーダー、待っていたぞ」
「にょう!」
モートンにヒメントルと呼ばれたその巨漢――という程でもないが、如何にも重そうな相手はラムリーザと向かい合う。リゲルはそいつの重さに恥じ蹴飛ばされたために、まだ態勢を立て直していない。
「また新しいのが出てきたな、こいつが伏兵か?!」
「にょう!」
妙な掛け声を上げる奴だ。
ラムリーザが「は?」と聞きなおすと、再び「にょう!」と言った。変な奴。
その時、モートンがレフトールから少し離れているのにラムリーザは気がついた。ヒメントルの登場で、攻める方法を変えようとしたわけか、見た感じ三方向から包囲しようとしている。
チャンスだ――。
ラムリーザは、モートンの方へ素早く銃口を向けると、照準器を覗いて射線を整えて引き金を引いた。
「ぐわっ!」
左肩に命中したのか、モートンは左回りに回転して倒れた。二人目上がりだ、結構命中するようになっていていい感じだ。
ブランダーバスの威力は、殺傷兵器となるほどではない。しかし、長距離から思いっきり殴られたような物、戦闘不能にはならないが一撃で戦意喪失に持ち込める。
「にょーうっ!」
ラムリーザが銃口をモートンに向けたことにより、無防備となったそこに向かってヒメントルがドスドスと突っ込んできた。体重を生かした体当たり攻撃で、ラムリーザも跳ね飛ばすつもりなのだろう。
「にょっ?!」
しかし、ラムリーザの少し手前でヒメントルも転倒。リゲルが足を挟むようにひっかけてきて、転倒させたのだ。いわゆるカニばさみという技である。
すかさずリゲルはヒメントルに飛び掛かり、腕を取って首を絞めにかかる。
「さっきは脅かせてくれたな」
「にょっ、にょうーっ」
チキンウィングフェイスロックだ。リゲルは戦闘において関節技が得意である。
「こいつ『にょう』しか言わんのか」
モートンがやられたので、レフトールとハナマの一騎打ちとなり、これはレフトールが圧倒している。その一方で、リゲルはヒメントルを関節技で極めている。マンハもモートンは、ブランダーバスの一撃で戦意喪失だ。
「今回も勝ったな」
ラムリーザは小さくつぶやいて、ブランダーバスから残った一発の弾を抜き取って腰に戻した。とっさに撃ち込むことはできないが、移動中に万が一暴発したら大変なので、使い終わったら弾倉を空にしておくのを習慣にしているのだ。それにまだ腕がいまいちなので、とっさに撃って当てられる自信が無いので、安全を優先しておくのが正しいと言えるだろう。
「げふっ!」
レフトールの強烈なミドルキックをどてっばらに食らったハナマが吹っ飛んでマンハと重なる。
「ぐにょう……」
リゲルに締めあげられたヒメントルが、カエルの潰れたような声を出してぐったりする。
勝負あったりだ。
レフトールがモートンとヒメントルを、マンハとハナマが重なっている場所に投げ飛ばす。四人が重なっている所に向かって唾を吐きながら、
「おととい来るのも早すぎる、去年来やがれ!」
なんだかよくわからない啖呵を切って脅している。
「お、覚えてーろっ!」
真っ先にマンハが、痛めた足を引きずりながらかけ去っていく。
「にょうっ、にょーうっ!」
それをヒメントルが、妙な掛け声を上げながらドスドスと追いかけていった。
「つっ、次はこうはいかんからなっ!」
続いてモートンが、大きな声で捨て台詞を残して去っていき、最後にハナマはレフトールに蹴られた腹を抱えてヨロヨロと立ち去った。
「おうっ、また来いよ!」
レフトールは凄んで見せるが、反クッパ同盟にこうも絡まれたのではいちいち鬱陶しい。やられてもやられても立ち向かってくる、その姿には哀愁さえ――浮かばない。
こうしてラムリーザたちは、もう何度目になるか分からない反クッパ同盟の襲撃を退けたのであった。
結局伏兵みたいに現れたヒメントルもわけのわからない奴であり、それ程脅威に思えないのが困ったところ――いや、幸いなところである。
奴らの目的は、一体何なのか?