イログ炭田やクッパのパ
1月19日――
反クッパ同盟を追い払って一息つき、さてこれから改めてパタヴィアの町に入ろうかといったところだ。
その時、町の中から見覚えのある車が走ってきた。コトゲウメの運転する車だ。
コトゲウメの車がラムリーザたちの傍に止まると、窓が開いて中からコトゲウメが「やぁ、一週間ぶり」と挨拶した。
「おはよう、コトゲウメさん。よくわかりましたね」
「飛空艇がやってきたのを見たからさ。帝国からの旅人となると君たちしかいないからね」
「反クッパ同盟の方が早く来た!」
ソニアは、早速コトゲウメに噛みついている。悪者が居なくなるとすぐに元気になる娘だ。
「ちょっと大学の授業が終わらなくて出遅れてしまったよ。さっき反クッパ同盟の馬鹿共とすれ違ったけど、相変わらず君たちは強いねぇ」
「いや、向こうが弱いと思う。行き当たりばったりに攻めてきているだけのような――、それよりもコトゲウメさん、そういえば大学生だったのですね」
ラムリーザは、先輩に対して失礼なソニアの身体をくの字に折って誤らせようとしたが、逃げられてしまった。
「ほんとにソニアがごめんなさい。でもそれで宿屋に下宿していたのですね。何を勉強しているのですか?」
「パタヴィア大学歴史研究科だよ」
「なるほど、それでクッパ国について詳しく研究しているのですね」
「そういうこと。それよりも、君たちのことを研究の合間に息抜きで調べてみたよ」
「そんな有名な者でもないですよ」
ラムリーザは少し面食らった。他の国に情報として自分たちのことが流れているとはあまり思えなかった。精々帝国辺境の一領主だ。
「――と言ってもラムリーザくんだけしか分からなかったけどね。帝国宰相の次男で、ユライカナンとの国境都市フォレストピアの領主見習い、どうでしょう?」
「流石ラムさん、有名っすね!」
すかさずレフトールが持ち上げる。
「コトゲウメさん、領主夫人はご存じですの?」
そこにユコが入り込んでくる。嫌な予感満載だ。
「そこまでの情報は――、だって君たちまだ高校生でしょう?」
「私がラムリーザ様のお相手を勤めさせて頂いてますの」
「それはそれは」
「さりげなく勝手に寝取ろうとするな!」
当然のごとく、ソニアとの間に口論が発生する。ユコも自治領主夫人などと意味不明なことを言わなくなったことだけでも評価してあげよう。
「それで、今回は何を調べましょうか?」
「そうですねぇ、クッパ国の歴史をもう少し掘り下げてみましょうか」
ラムリーザは、コトゲウメに聞いてみようかと思ったが、もう少し自分たちで調べてから聞くことにした。実はクッパ王が生きてきて、フォレストピアに混乱を引き起こそうとしているのか? などという質問は、あまりにも荒唐無稽すぎるような気がする。しかし、ここでクッパ国についていろいろと調べていると、何か矛盾点などが出てきて、それがそのままラムリーザの仮説に繋がるかもしれないのだ。
何しろ、自分自身もフォレストピアでクッパ王の姿を見たのだから。
ラムリーザたちは、コトゲウメの車に乗って町中へと向かい始める。その車の中で、ラムリーザはあまり差し障りがないことを言ってみた。
「実は僕も、クッパのにやられましてねぇ」
「クッパに取られたのですね」
コトゲウメは、それほど驚いたようには見えずに淡々と返す。
「クッパのというリョーメンでなくて、クッパのばぁという物をいつの魔にか掴まされていて、それを取られました。本当はリョーメンばぁが欲しかったのですけどね」
「リョーメンばぁ? ああ、ユライカナン式か。ここではらうめんばあです。ああ、でもクッパのばあもCMで流れていたなぁ」
ラムリーザは、コトゲウメがあまり懐疑的でない所を見て、本当のことを尋ねてみようかなと考えた。
「ところでコトゲウメさん。実はクッパ王はまだ生きていて、フォレストピアに移り住んだという可能性はありませんか?」
笑われるかな? それとも、死者の冒涜だと怒られるかな?
ほんの少しの間だけ、車の中に沈黙の時間が流れた。
「ラムリーザくんは、クッパ王生存説支持者なのだね」
「そんなのがあるのですか?」
「生きているとしたら百歳ぐらい、不思議な事ではありません。それにそう考える人も、クッパ国歴史学者の中には少なくありませんよ」
「ふえー、そうなんだ」
意外な返答に、ラムリーザは思わずソニアみたいな返答をしてしまった。
要するに、可能性としてはゼロとは言い切れないのだ。実際にクッパ王は生きていて、フォレストピアに移り住んだ可能性もある。しかし、憲兵隊の報告ではそのような者は住んでいないということで、それに加えてクッパ王の姿が若いころのままだというのも気になった。
車が少し進んだところで、大きな炭鉱が見えてきた。パタヴィアの重要なエネルギー源として使用されている石炭を多く産出している、クリボー炭田――じゃなくて、何だったっけ?
「クリボー炭田ですね」
「それはクリボーの持論です。イログ炭田ですよ」
そうだった、イログ炭田だ。
コトゲウメは、すこし面白そうに言葉を続けた。
「この炭田には、出るって噂ですよ」
「出るのですか?」
「昔落盤で亡くなった人たちが、今もまだ魂だけで中に閉じ込められていると言うのです」
「ほう」
そこに興味を示したのは、ホラーやオカルトが趣味のリゲルだ。彼にはテーブルトークゲームでゲームマスターをやった時、ホラーネタを持ってこられてよくやられている。逆にソニアとユコは不満顔だ。レフトールなどは、幽霊見てみようぜなどとおどけている。
「残念ながら、鉱夫以外は立ち入り禁止です」
まぁそんな所だろう。落盤が発生するかもしれないところに、一般市民を入れないのは当然のことだ。
「そんなのラムさんの特権で、顔パスっしょ?」
「いや、帝国ならともかく、こんな他所の国で特権なんて無いよ」
「見せてくれないと攻め込むぞとか脅してさー、見てみようぜラムさん」
なんだか物騒なことを言い出すレフトールであった。それを聞いたリゲルは、鼻で笑って言った。
「戦争を始める理由は、とにかく呆れるような理由であることが多いってのは事実なんだな」
「なんだよてめー、見たくねーのかよ」
「俺なら鉱夫になって潜り込む」
「おっ、それいいね。ブランチマイニングやろうぜ」
クッパの探しの旅が、いつの間にか鉱山労働者になろうとしていた。
パタヴィア南部の町に着き、いつもの「羽ばたく亀亭」で荷物を置いて一休み。一階の酒場兼料理屋で軽食と飲み物を注文して、今日の計画を立てようという話になった。
「あっ、そうだ。明日パルパタ爺とトゲトコ爺に会ってもらえませんか」
突然の申し入れはコトゲウメの物であった。ラムリーザ的には、一番の情報源だと思っているので、二人の長老に会うのは願ったりかなったりであった。
「またー? お爺さんの話つまんなーい」
しかし、ソニアは文句を言っている。
「ま、あれだろう。前回は旅人として、今回は帝国の特使としてだな」
リゲルは腕組みをして、分かったようなことを言う。
「別に外交任務なんて引き受けてないよ。それにユライカナンとの国交でいっぱいいっぱい、パタヴィアとの国交は待ってよ」
ラムリーザは政治について話をしに来たのではない。クッパの事件の解明について話をしに来たのだ。ものすごくしょうもない話ではあるが、これは仕方がない。ただし、もしもクッパ王が生きていてフォレストピアにやってきて迷惑をかけているのが事実ならば、外交任務でクッパ王を引き取ってもらうという話にはなる。
「そうだ、ごんにゃ店主が来ているから、あのおっちゃんに外交させたらいいじゃない」
相変わらず、軍務なら赤軍曹待遇であるソニア女爵の発想はぶっ飛んでいる。
「あっちはカキの商談に行ってるよ。まぁ、明日会いますよ。友好関係を作っておくのは良いことですからね」
「ありがとう」
こうして、明日の予定が先に決まったのである。コトゲウメがトゲトコ長老との橋渡しをしてくれるので、やりやすいというものだ。
「ところで、イログ炭田の名前の歴史は知っているかな?」
コトゲウメは、先程見た炭鉱の話に戻した。炭鉱の話なら、以前少しだけ聞いた気がする。
「クリボー老人が所有権を主張したから名前を変えたあれですか?」
ラムリーザは、覚えている範囲で答える。
「そう、元々はクリボーイログ炭田だったのです
「クリボーね」
「うん、そしたらクリボーの奴が、自分の名前が付いているから自分の物だと主張し始めたのですよね」
その話を聞いて、ラムリーザはソニアとユコの動向に注意する。前回はユコがソニアをからかったはずだ。
「それじゃ、フォレストピアで金山見つけたら、ソニアちゃん金鉱って名前つけよ。そしたら金は全部あたしの物ね」
前回はユコにからかわれたことを、今度は自分で主張した。相変わらず奇行だけは人一倍得意な娘だ。
「クリボーはその程度のやつだったのだな」
鼻で笑っているリゲルの方が辛辣だ。リリスやユコのからかいとは違い、的確にダメージを与える。
「その地域がクリボーイログ地域だったから仕方なかったのです。ただし、クリボーとは関係ないけどね。それでもクリボーがしつこいので、まずはボイローグ地方にボイローグ炭田と改名されました。多少強引にね」
一人のおかしな人物のせいで、地名まで変えざるを得ないのは気の毒な話だ。
「それじゃあソニアちゃん金鉱は、ソニアが所有権を主張しまくるので、風船金鉱に改名しますの」
「なんでよ!」
結局ユコは、今度は風船を持ち出した。前回はてんぷらソニアだったっけか?
「そしたら今度は、『ボ』と『ー』がついているから俺のだ、などと言い出したのです。こっちが強引な手段に出たら、クリボーも強引なこじつけに出てきたわけですよ」
ソニアとユコの口論はそっちのけで、コトゲウメは話を続ける。
「じゃ、俺も主張していいのだな? 俺も『ー』が名前に付いているぞ」
「クリボーと同レベルだったらな」
レフトールの主張にも、リゲルは同じ返しを仕掛けた。
「だから、『ボ』も『ー』も取り除いて、イログ炭田となったのです」
やはりクリボー老人も、問題があるようだ。そもそも一人で廃墟に住んでいるという時点で、怪しい人であることは間違いないだろう。クッパ王がクリボーを冷遇したのもわかるような気がする。
「あ、そうそう、クッパのについて情報がありますよ」
「聞きます」
「クッパのは、クッパ王が独自に作った会社から出ていた製品だというのです。そこからクッパのやクッパのばぁなどが世に出ていたとなっています」
「やっぱり実在するのですね」
ただし、それが何故今頃フォレストピアに出没するのかは分からない。そして一番知りたいのはそこだった。
「クッパのはらうめん、クッパのばぁはらうめんを固めたお菓子、他にもいろいろ出てましたが有名なのはこの二つですね」
コトゲウメの言うらうめんとは、ユライカナンで言うところのリョーメンである。クッパのはソニアやユコが引っかかり、クッパのばぁはラムリーザが引っかかった。
「それで、クッパの作った会社は?」
「クッパのパです」
「ぬ……」
ラムリーザは、その名前を聞いたことがあった。確かクッパのについてごんにゃ店主に聞いた時、クッパのは知らないがクッパのパなら伝記で聞いたことがあると言っていた。
ごんにゃ店主が聞いたのは言い伝えだが、コトゲウメは調べた上での事実だ。やはり国王自らが会社を作って勤めてたのは事実らしい。
「そういえば、カブシキ会社でしたっけ?」
その時ごんにゃ店主は、そんな会社だと言っていたような気がする。しかしラムリーザは、そんな会社など知らない。
「ああ、株式会社ですね。株式ってものを発行してお金を集めて経営していく会社なのですよ。一人ではお金が足りなくても、たくさんの出資者を集めることで大きな事業ができるのですよね」
「ふ~ん、民衆が民衆からお金を集めて会社を作るんだ」
ラムリーザの住む帝国では、そのような形式は取られていない。基本的に領主が土地や資金を提供して、事業主は稼ぎの一部を領主に収めるといった形を取っている。だからフォレストピアなどは、ラムリーザの庭のようなものである。
「それで、今もその会社はあるのですか?」
もしも存在するのなら、一連の騒ぎはその会社が黒幕のような気がする。クッパのパの店員がフォレストピアまで来る理由は思いつかないが、その可能性しか考えられない。
「クッパのパはクッパ王しか勤めてなかったと言われているので、クッパ王が崩御されたときに会社も無くなったと思いますよ」
「それなら関係ないのかぁ……、やはりクッパは生きているのかなぁ……」