パルパタとトゲトコとの会談
1月20日――
昨日コトゲウメから、パタヴィアを治めている二人の長老、パルパタとトゲトコがラムリーザに会いたいと言ったことを聞いた。
前回は旅人、旅行者として会ったが、今回はフォレストピアの領主として、帝国の使節として会いたいのだそうだ。つまり、前回は半分遊びで私的な会合、今回は公的な会合となるわけだ。内容はどうであれ。
今現在、帝国とパタヴィアの間には国交は無い。
二国間の距離も離れているし、パタヴィアが出来て間もない国と言うのもあった。もともとクッパ国だったが、意味不明な滅亡をしたということもあり、パタヴィアはあまり他の国との外交に積極的ではない感じがしていた。
そんなパタヴィアが、初めてなのかどうかわからないが、帝国の使節と会う話になったのだ。
そういうこともあり、この日ラムリーザたちが呼ばれた場所は客室ではなく謁見の間であった。レフトールとユコは、そんな場所は落ち着かないと言って、参加せずにパタヴィアの町観光に二人で出かけてしまった。ラムリーザは主賓として呼ばれ、リゲルは参謀としてラムリーザに頼まれて参加した。ソニアは食事が出たら食べたいというので、大人しくしていることを条件に、去年のパーティのようにラムリーザの恋人特権で参加となった。こういう場にはロザリーンにも出てほしいが、まぁ仕方がない。
ラムリーザとリゲル、ソニアの三人は、コトゲウメの案内で前回訪れた時と同じ町で一番大きな屋敷へと向かった。
屋敷に着くと、コトゲウメは控室に下がり、ラムリーザを先頭にソニア、リゲルと謁見の間に入る。
そこは、客室とは全然違う会合の間であった。円形の立派なテーブルが部屋の中央にあり、それを囲むようにこれまた立派な椅子が並んでいる。
「円卓か、共和制の会合では使われている国もあるらしいな」
部屋を見て、リゲルはそう評した。
実際には、パルパタとトゲトコを中心にした長老たち「パたち」という集団が国を治めているのだが、今日は二人がラムリーザと謁見したいという話で、他の長老は参加していない。
その奥側の二つの席に、前回会ったパルパタ爺とトゲトコ爺が座っていた。その後ろには、使用人が二人控えている。これが執事とメイドなら、ラムリーザの屋敷での食卓みたいなものだ。
「これはこれはようこそ、エルドラード帝国宰相の次男で、隣国ユライカナンとの交流都市フォレストピアの領主ラムリーザ殿」
ラムリーザたちが部屋に入ってきたのを見て、トゲトコ爺が挨拶をした。
「こちらこそ宜しくです、パタヴィアの参謀長としてパルパタ爺を補佐するトゲトコ・シンジ殿」
ラムリーザは、コトゲウメにあらかじめ聞いておいた名前を言って挨拶する。
「あたしは赤軍――むーっむーっ」
ソニアが余計な自己紹介をしようとしたのを、ラムリーザは素早く口を塞いで防いでやった。赤軍曹の女爵は身内だけに通用する階級だ。こんなところで名乗られても、混乱しか生まれない。
ラムリーザたちは、二人の長老に促されて好きな場所に座った。ラムリーザは二人の正面に、ソニアはその左隣に、リゲルは少し離れた右側に座った。
軽く挨拶をした後、話し合いが始まった。
「何かお困りなことは無いですかな?」
パルパタは、老人にしてはちょっとあどけなさが残る声色で尋ねた。ラムリーザは困ったことと行っても、あるとしたらクッパの事件についてであった。
「順調ですよ」
しかし間違えて、相手を安心させるような返事をしてしまった。社交辞令としての癖か、「クッパの」はそれ程困っていないのか、いろいろと間違えた理由はある。
「そうですか」
「嘘! いちいち反クッパ同盟が襲い掛かってくる! あれ何なのよーっ!」
しかしそこに助け舟になるのか、ラムリーザの忘れかけていたことをソニアが指摘してくれた。ラムリーザはあまり脅威に感じていないが、確かにああもしつこく攻めてきたのでは鬱陶しい。可能ならば、パタヴィアの治安維持部隊に何とかしてもらいたいものだ。
「反クッパ同盟、まだあったのか?!」
パルパタは、トゲトコと顔を見合わせる。
「二代目か三代目でしょうな。初代はクッパ王の健在な時期から活動していたので、今ではもう高齢になっているはずです」
トゲトコの説明で、その同盟は昔から存在していた事が分かる。いや、反クッパというぐらいだから、クッパ王に反抗する集団だったはずだ。
「あやつらは、そなたらの気にかけるような連中ではない」
パルパタは、ラムリーザにそう言い放つ。
確かに奴らは戦力的にはそれほど脅威ではない。しかしいちいちしつこいのが問題なのだ。それに、本当に危険な相手なら護衛のレイジィが動くはずなのだ。彼が放置しているということは、たいしたことない相手なのだ。
例えばユライカナンのツアー中に襲われたときには、彼は動いて阻止した。護衛のプロであるレイジィは、相手の危険度を察する能力は一流だ。それが動かないのだから、脅威ではなく単なる邪魔者なだけなのだ。今はレフトールに任せているだけで大丈夫だろう。
「クッパのばぁという物をご存じですか?」
ラムリーザは、まずは自分が引っかかった謎のお菓子について尋ねてみた。見た目はリョーメンばぁと変わらないのだが、一体どういうことなのか。「クッパの」以外に出てきた、謎のクッパ製品だ。
「クッパのばぁ」
パルパタとトゲトコは再び顔を見合わせる。そして、パルパタはおもむろに歌なのか呟きなのか、その中間のフレーズを口ずさみだした。
「あすったかたったー、すったかたったー、おやじ? あクッパのばぁ、はむっ、そーらすったかたったー、すったかたったー」
「何ですかそれは?」
「CMですぞ。クッパ王が存命の頃は、よく流れていた物です」
「はぁ――」
CMで流して客に興味を持たせて、買わせたところで奪っていたのだろうか。いろいろと妙なところが多いクッパ王だ。そもそもCMに一国の王を起用することで、最大限に売り出そうとしていたのだろうか?
「そのクッパのばぁを、クッパと名乗る者に奪われたのですよ」
「あたし『クッパ』の取られた!」
ソニアも便乗して訴えた。
「――と言っても、知っての通りクッパ王はもう既に亡くなってから二十年は過ぎるのですぞ」
トゲトコの言う通り、やはり結局のところクッパ探求の旅はここで終わってしまうのだ。ならば、ラムリーザの遭遇したあのクッパを名乗る若者は、一体誰なのかということになる。クッパの霊か、クッパの名を騙る偽物か。
「クリボーを頼ってみるのもありかもしれんな」
唐突に、パルパタはクリボーの名を挙げる。
「廃墟に住むあの老人ですか?」
これまでの言動や情報からして、クリボー爺も妙な人物であるのが分かっているのだが、大丈夫なのだろうか?
「クリボーは、誰よりもクッパ王を愛していたというのは、パタヴィア――いや、クッパ国に住んでおった者なら常識。クリボーにそのクッパ王の名を騙る者を見てもらうのも手であろう。ひょっとしたら進展があるかもしれんぞ?」
トゲトコは、クリボーを使うことを勧める。しかしラムリーザは、あまり乗り気になれなかった。
「そんなものかなぁ」
だから、曖昧な返事しかできなかった。しかしここで、これまでじっと話を聞いていたリゲルが、ようやく意見を出した。
「試す価値はあるかもしれんな。クリボーがクッパを連れて帰るかもしれんぞ」
要するにリゲルの案は、クリボーをフォレストピアに連れて行って、クッパ王にぶつけてみるということだ。
しかし、あのクリボーを連れ出せますかねぇ?
それに、クリボーについては根本的な部分で気にしなければならない事柄がある。
「クリボーと言えば、クッパ国の滅亡について全責任があるということですが、そういう人に頼っても大丈夫なのですか?」
ラムリーザの質問がそうである。クッパ王が国内の犯罪行為を全てクリボーの責任にしたことで国に混乱が生じたというのは、歴史学では有名な話だ。そしてパタヴィアの住民は、その事柄を恥じている部分がある気がする。この二人の長老はどうだろうか?
「ああ、あれのことか」
トゲトコは、少し考えてから語りだした。
「我々『パタち』集団が、クッパ王かから独立して国政を仕切ろうとした時、クリボーが王政復古推進党なる物を掲げたところから始まったようなものですな」
サラッと聞いただけでは分かりにくいが、要はパルパタやトゲトコがクッパ王をないがしろにして国政を壟断してみようとした時に、クリボーがそれに反対したのだという。しかし、パルパタを寵愛していたクッパ王は、パルパタのやり方に反対するクリボーを不快に思い始めたのだという。
クッパ王の嗜好が歪んでいただけで、クリボーは間違っていない。彼はある程度までは正常だと言えることだ。
「当時、あなた方は子供だったのでは?」
そこにリゲルの突っ込みが入る。
「そうです。親に反抗する子供の戯れのようなものです。そこに入り込んできたクリボーが邪魔だったのでしょう」
「わかりました、クリボー爺に次に会ったら話してみます」
ラムリーザはそう答え、とりあえずクッパの対策については次の指針は決まった。クリボーに頼るのは不安が大きいが、それ以外に方法が思いつかない。
「ところで、反クッパ同盟と言えば、ミキマル・テツマロには注意しておいた方がよいでしょうな」
クッパのについての話が終わると、トゲトコは再び反クッパ同盟について語りだす。ミキマルと言えば、あの妙な雑貨屋ムェット店の店長だ。
「雑貨屋の店長ですね。不良品を売りつけてくるとの噂ですが」
「奴が反クッパ同盟のリーダーなのだ。人を見かけで判断してはいかんということじゃな」
でもよく考えてみたら、一味の一人はキャバクラの客引きだ。副業とか趣味で野盗をやっている集団と考えたら、不思議なものでもないし気にかけるような連中でもないのかもしれない。
「奴は二つの武器を得意としているのだ。それにだけは要注意じゃな」
そしてトゲトコは、反クッパ同盟のメンバーを語りだした。
「マンハとヒメンは兄弟だったりする。マンハは客引き、ヒメンはパタズモウの選手じゃな」
そう、レフトールの会った客引きがマンハで、パタズモウと言えばクッパ国の跡地に戦いの場が残されていたと思う。そして、トゲトコの話を聞くに、反クッパ同盟のメンバーは副業で野盗をやっているようだ。
「モートンは馬鹿で、ハナマは雑魚だ」
副業かどうか怪しい奴も出てきた。しかしこれらのことから考えるに、やはり反クッパ同盟は取るに足らない存在であるのだろう。ただし、ミキマルの使用する二つの武器については警戒しておくということで。
このようにして、クッパの製品や反クッパ同盟について軽い雑談をした後は、普通に国と国とのやり取りとなった。
ラムリーザ自身はそういった外交的な任務や権限は持たされていないのだが、パタヴィアからしたらチャンスと捉えたようなのだ。
パタヴィアは今現在帝国との国交は無い。それと、帝国と戦う力も無い。だからパタヴィアとしては、なるべく平和的な形で帝国と関わりを持ちたかったのだ。
そんな時に、帝国でそれなりの立場にある人物が旅行で訪れたのだ。それを利用しない手はないと考えたわけだ。
「そなたは現在帝国の民としてユライカナンと国交を進めていると知りました。どうでしょう、我がパタヴィアともどうでしょうか?」
「それなりの立場と言っても、地方領主ですからね。勝手に進めるわけにもいかないのですよ」
トゲトコから話を持ち掛けられたが、ラムリーザにはそう答えるしかなかった。
「すぐにはと言いません。そなたから口添えして国交に持ち込めるようして頂けないだろうか?」
「そうですねぇ……、ユライカナンの例を取っても、準備に数年は必要ですね。それにユライカナンと違ってここはものすごく遠いですから、ある程度帝国が近くまで広がらないと難しいかもです」
エルドラード帝国とパタヴィアの国交については、今の時点では決められない。ラムリーザの方から、ひとまずは父や兄に話を入れておくということで、この場の話し合いは終わった。
将来、ラムリーザの子供の時代には、ひょっとしたら国交が始まるかもしれない。そしてその時には、コトゲウメがパタヴィアを纏めているかもしれないのだ。
「ラムの子供はあたしの子供だよね?」
会合が終わった後、屋敷を出た時にソニアはラムリーザに尋ねた。
「それはどうかな?」
意地悪く答えたのはリゲルで、ソニアはリゲルに蹴りかかる。しかしひらりとかわされてしまう昼下がりであった。
前の話へ/目次に戻る/次の話へ