レフトールとユコの会談
1月20日――
ラムリーザとソニア、リゲルがパルパタ長老とトゲトコ長老と会見していた頃――
レフトールとユコは、ラムリーザたちに動向はせずに、会見のある屋敷の傍にある公園で散歩中であった。二人とも普通の一般市民で、偉い人との会見には乗り気ではなかったのだ。
公園をぐるりと回り、さらに屋敷周辺の街並みをぐるりと回ってみたが、ゲームセンターは見つからなかった。
慣れない異国の地で、下手に動き回って反クッパ同盟に目を付けられてもめんどくさい。そこで屋敷周辺の高級住宅街付近だけを散策してみて、近くにあった公園に入ってみたのだ。
公園はそこそこ大きかったが、三十分もすればぐるりと一回りして終わりとなった。
そこで二人は、公園の入り口付近にあった噴水脇のベンチに腰を下ろす。時間なのか地域特性なのか、公園の中を散歩している人は少ない。草原では子供が二人、キャッチボールをしている。
「レフトールさん」
二人はしばらく黙っていたが、そのうちユコが口を開いた。
「んぁ?」
レフトールは何も考えていなかったのか、妙な返事をする。
「こういうのって初めてですのね」
「そう言えばそっか?」
二人はゲームセンター仲間で、ユコがそこに行きたいときにレフトールは用心棒として同行する。二人の関係はただそれだけであった。始まりは去年の秋、つまり一年と数か月の間、ずっとそんな関係であった。
そもそもレフトールなどは、普段から公園などでのんびりするなどと言ったことに縁が無かった。子分たちと公園でスポーツするなど、そんな健全なグループではない。精々縄張り争い程度の扱いであった。
「レフトールさんって、テストの成績良いのになんで反抗的なことばかりやっているんですの?」
ユコは、年末の試験勉強で初めて試験勉強でレフトールと一緒になった。そこで知った、レフトールの試験だけはできる特技である。
「俺はやりたいことをやりたいように生きる、ただそれだけだな」
「そんなのもったいないですのね、私はきちんと将来を考えています」
「ほー、何を目指しているんだ?」
「なんでレフトールさんに話さないとダメなんです?」
「そだな」
レフトールは、ベンチから公園の芝生に移動して大の字に寝転がった。するとユコもベンチから立ち上がると、レフトールの横に大の字に寝転がる。そのまま少しの間、静かな時が流れた。
「私たちって一体何なのでしょうね?」
ユコはぽつりと漏らした。
「俺は悪の双璧の片割れと呼ばれているぞ」
そう言いながら、レフトールは芝生に寝転がる二人に何か言いたげに寄ってきた人を睨みつける。その睨みにビビってか、その人は目をそらして離れていった。二人は気がついていないが、寝転がっている場所から少し離れた場所に立札があり、そこには「芝生に入るべからず」と書いてあった。
「もうそれ、全然怖くないですの」
「お前らが馴れ馴れしくするから、他の奴も馴れ馴れしくなってきて困ってんだがよ」
「いいじゃないですの、レフトールさんも根は優しい人ですし」
「ケツがこそばゆい! かゆい、けつ」
レフトールは、転がってユコに背を向けてしまった。
「何ですの!」
ユコは、身を起こしてレフトールの背中を睨みつけた。しかしレフトールは動じることは無い。
「ほらみろ、そうして怒鳴りつける。お前らに会う前は、俺にそういう風に言える奴って敵しか居なかったぞ」
「番長ですものね」
「二年前になるな。その頃はポッターズブラフ地方に派閥が多数存在していて群雄割拠状態だったなぁ。んでもって番長とかそんな呼称では無かったが、いろいろ争い合った結果、でかい顔して残ってられるのは俺とウサリギぐらいになったな」
レフトールはそう語るが、ユコはそこまで知っているわけではなかった。当然のごとく関わろうとはしていなかったので、いつの間にか悪の双璧という名前をちらほら聞くようになった程度だ。ツッパリ同士の抗争など、堅気(?)からみたらその程度の認識でしかない。
今現在も、ユコはレフトールとウサリギの抗争について詳しいわけではない。たまにゲームセンターで変なのに絡まれると、ウサリギ派だったこともある。そこで動いてくれるのが、ゲームセンター仲間のレフトールだ。ユコの知っているレフトールは、そんな人であった。
「今になってだけど、お前にだけ話しておくが、俺とウサリギの抗争って、ラムさんとケルムさんの代理戦争みたいなものなんだなこれが」
「ラムリーザ様とケルムさんは対立しているんですの?」
「しているような――していないような――。ただケルムさんが生徒会長になったら、いろいろと圧力かけてくるだろうなぁ」
レフトールはごろりと半分転がると、再び仰向けに寝転がった。半身を起こしているユコと、目が合う。
「私はラムリーザ様が生徒会長になったらいいと思いますの。でもラムリーザ様はフォレストピアに専念するの一言なんですのよね」
「そうだろうな。たかが一つの学校の支配権と、領地の支配権、どっちを選ぶかは自明の理だと思うけどな。ま、俺はそれもいいと思うぞ。おかげでゆるゆるのフォレストピアでは好き勝手させてもらえるし。知ってるか? 憲兵の奴らが文句を言ってきた時に『ラムさんに言ってやるぞ』と言ったら黙るんだぜ」
勝手にラムリーザの威を利用していたレフトールであった。
「あなたみたいな人がいるから、クッパってのが横暴するんですの。クッパの一人や二人捕まえて締めあげてください」
「そいつ死んだんだろ?」
「生きてます! クッパのを取られましたの!」
「わかったわかった」
そこまで話すと、レフトールはユコから目をそらしてつぶり、再び大の字になって寝転がった。少しの間そんなレフトールを見ていたユコだったが、同じように横になる。
公園に入った時は天頂近くにあった太陽が、気がつけば西の空の真ん中あたりに移動していた。南国の帝国と違って、北国のパタヴィアは冬は普通に寒い。しかし二人は、ラムリーザたちと一緒にこの国で買った厚手の上着を着ていたので、それほど寒くは感じていなかった。
そんな中、二人は黙ったまま芝生の上に寝転がっていた。
「私はレフトールさんにとって、どういう立場ですの?」
「あ? なんだ唐突に?」
再び出た言葉はユコからの物で、最初の質問とよく似ているが少しニュアンスの違う物だった。
「さあさあ、遠慮なく」
「ゲーセン仲間? でも恋人にするならお前みたいなタイプかな」
そろそろ西の空が赤くなってきた。昼食後にラムリーザたちと別れて数時間。この二人はゲームセンター以外での付き合いに関しては、付き合いと言えるのかはよくわからない。
「ラムさんの取り巻き、それ以上でも以下でも無いだろ俺たちは」
レフトールは、先程とは違う答えを出す。確かに今では、この表現の方がより的確に二人の状況を表しているかもしれない。
「そうですの……ね、取り巻き。そうねぇ、ラムリーザ様あっての私たちですよね」
ユコもなんとなく納得している。
「俺はラムリーザさまに付いていくさ」
「ねぇ知ってますの? ラムリーザ様の屋敷に居るメイド、あの人はラムリーザ様のお母様の使用人だから、ラムリーザ様が独立した時には居なくなるんですのよね」
ユコの口調がぼんやりしたものではなくはっきりしている物に変わっていた。
「なんだ突然? メイドがお前と何か関係あるのか?」
「私はその後釜を狙っているんですの」
この時が初めて口にした、ユコの野望だったかもしれない。かつて進路希望ではフォレスター家メイドと書いたこともある。しかしあの時は、ソニアに対する嫌がらせを含んだものであった。あの時は半分冗談だったものが、今では本気へと変わっていたのである。
「俺もラムさんのガードを目指そうかなと思っているぞ」
レフトールはユコの野望に自分も乗せた。しかし彼には分かっていた、レイジィというラムリーザ専用の護衛が居ることを。確かにメイドは居なくなって後釜に据えられるかもしれないが、護衛が変わることはない。
「いいんじゃないですの? 二人でラムリーザ様のサポートをして差し上げましょうよ」
「おおそうだな、俺たちが居ないとあの風船が幅を利かせるだけになるからな」
「ホント邪魔な風船ですの」
いつの間にか、ソニア攻撃になっている二人であった。
「ところで思うのだけどさ」
「何ですの?」
「メイドがお嬢様言葉ってどうなん?」
「あうん……」
ユコは別にお嬢様というわけではなく、普通の住民だ。ただ、何かのキャラの真似をしているのか、ラムリーザたちが会った時からそんな言葉遣いであった。
「俺は、お嬢様言葉って趣味じゃないな」
「――そうです――か」
少し風が吹いた。
太陽は西に傾き、空の赤みはますます強くなっていた。