ミキマル・テツマロ

 
 1月20日――

 
 パルパタ長老、トゲトコ長老との会談を終えたラムリーザたちが屋敷から出ると、外は夕方になっていた。今日はもういつもの宿屋に戻ってゆっくり休もう、そう考えながらコトゲウメの車を待っていた。

 コトゲウメは、「パタヴィアにしかない珍しい食材を差し入れしてあげる」と言って、会談中から買い出しに出かけていたのだった。どうやら羽ばたく亀亭のマスターは、自分の食べたいものを持ち込んで来たら、その日の料理に仕上げてくれると言うのだ。

「へー、パタヴィアでも夕日は赤いんだね」

 ソニアは西の空を見ながら、大きく伸びをしてあくび交じりに呟いた。やはりソニアにとって、会談とは退屈なものだったのだろう。

「ほー、それ以外の夕日を見たのだな?」

 リゲルがそう尋ね、ラムリーザはまたソニアがやらかす警報を感じ取っていた。

「異国に行ったら夕日が青かったり東に沈んだりしても面白いのに」

 果たしてソニアは、ラムリーザの期待を裏切らなかった。期待していたことではないにしろ。

「流石赤軍曹の女爵は、独創的な見識を持っている」

 リゲルは鼻で笑い、ラムリーザは苦笑した。

 そこに、公園から屋敷の方へと向かってきたレフトールとユコと合流。二人も会談がそろそろ終わるのではと考えて、こちらに向かってきていたのだ。

「この辺りは何もないらしいから暇だったろう?」

 ラムリーザはちょっと申し訳なさそうに言った。

「レフトールさんといろいろ話せたからよかったですの――わ――よ」

「ん? ――どんなこと?」

 ラムリーザは、ユコの話す語尾がぶれたのに気がついたが、ここは流して話を続けた。

「ラムリーザ様のメイドを目指すんです」

「来んでええ!」

 すかさずソニアが割って入る。自分がメイドをやるつもりなのだろうか。

「むっ、じゃあラムリーザ様の奥さんを目指すにょ」

 語尾がおかしい、しかしソニアにとってはそんなことはどうでもよかった。

「死ね! 氏ねじゃなくて死ね!」

 メールでは意味のある言葉でも、口に出して言うと意味不明になる良い例である。

「えー」

 そしてレフトールも、なぜかがっかりだ。

「ちょっと待てよ」

 そこでリゲルが何かを思い出したように口を挟んできた。

「宿に戻るのか?」

「そのつもりだけど?」

「明日学校だろ?」

「あ――」

 すっかり忘れていた。パタヴィアに滞在できるのは週末の二日だけで、今日がその二日目だったということを。

 予定変更して、コトゲウメから頂く物は土産物にしようと考えるのであった。

 結局今週はクリボーに会えず、二人の長老から話を聞いたぐらいが収穫。あとは反クッパ同盟を迎撃したぐらいか。しかし慌てる必要は無い。来週に楽しみが回せたと考えよう。

 丁度そこにコトゲウメの乗った車が現れた。ラムリーザたちは、今日はもうフォレストピアに帰る旨を伝えて、町外れまで送ってもらった。買ってきてくれた珍しい食材は、予定通り土産物としよう。

 その中に、パタヴィアだんごというものも含まれていた。それで公約通り、家に帰ったらソニアとだんごを食べられるというわけだ。

 パタヴィアの町外れで車を降り、コトゲウメに挨拶して飛空艇へ向かって歩いていく。この分だと、陽が沈む前に辿りつきそうだ。しかし――

「ちょっと待てよ」

「なんだよリゲル」

 ラムリーザは、まだ何かあるのかとリゲルの方を振り返ったが、そこにリゲルは居なかった。その代わりに、

「また会ったな、待っていたぞ」

「またぁ? もう、飽き飽き」

 ラムリーザの視線の先にはいつもの三人、ハナマ、モートン、マンハの三人がいた。

「そして飛空艇側にデブが居るな」

 冷静なリゲルは、先日新たに加わった敵であるヒメンの位置を素早く察していた。包囲はされていないが、前後から挟まれているようだ。

「おいてめーら、頭出せやコラ!」

 すぐにレフトールは反応する。一発ずつげんこつでも入れるのだろうか?

「頭ですか?」

 ユコはラムリーザの後ろに隠れながら、レフトールに尋ねる。すると先に隠れていたソニアが押し出すので、謎の押し合いが発生している。

「こいつら下っ端のようなものだからな。絶対こいつらを操っている頭が居るはずだ。そいつをやつけないと何度でも来る。てなわけで頭出せや!」

 ラムリーザはパルパタ長老から親玉の話を聞いていたが、レフトールもいろいろと察しているようだ。

「てめえらなんか俺たちだけで十分でいっ」

 大きな声のモートンが言い返した。何度も迎撃されているのにどこが十分なのかはよくわからない。しつこさにうんざりするだけで、怖くない相手だ。

「それなら同じようにしよう」

 ラムリーザは、腰に吊っていたブランダーバスを取り出す。そして落ち着いて、弾薬を確認した。

 何度か撃たれている反クッパ同盟は、ラムリーザの行動に警戒の表情を浮かべた。

「ふははは、こいつらはラムさんの武器の威力を知りすぎているからな。また痛い目に合う前に消え去るんだな、へっへっはっはっはっ」

 まるでレフトールが悪役なのかのような振舞い。いや、元々悪役だ。今も世間的にはそうかもしれない。

 そしてリゲルは、反対側に居るヒメンの動向を注視していた。ラムリーザとリゲル、レフトールの三人がお互いに背を向けて周囲の敵に対応する。その中心で、ソニアとユコは応援中だ。これがユコではなくてリリスだったら、ソニアと組んで一人ぐらい任せられたかもしれないが、運動の苦手なユコではしょうがない部分があった。

 現在敵は四人、それに対してラムリーザたちは三人で迎撃しなければならない。

「ラムさん、数を減らしてや。んや、別にあんなのが三人居たところでたいしたこと無いけどめんどくさいからさ」

 レフトールはラムリーザに攻撃を依頼する。たいしたことないけどめんどくさい、この言葉にレフトールの考えがきっちり詰まっていた。

「そうだな」

 ラムリーザは、まずはマンハに照準を合わせる。ヒメンは前回と同じくリゲルに警戒してもらうとして、残りの三人のうちリーダー格はマンハであった。敵は大将から潰しておくと、何かと楽である。

 その時だ。誰も居ないと思われていた方向に、別の人影が現れた。ラムリーザは、警戒して武器をそちらに向ける。

「また新手の敵か?」

 レフトール一人でも、あの三人ならこれまでの戦いから見ると対応できる。しかし新たな敵となると、実力は未知数なのだ。三対五では不利な状況であり、これまで以上に迅速な敵数減らしが必要になる。

「あ、ムェット店の店長だ」

 そこに現れたのは、パタヴィアに来てから間もないころに訪れた、雑貨屋の店主であった。そしてパルパタ長老やトゲトコ長老の情報では――

「ボス!」

 とたんに調子づく反クッパ同盟の面々。そう、この場に現れたのは、反クッパ同盟のボスであるミキマル・テツマロであった。

「こいつが大将だったのか?!」

 長老の話を聞いていないレフトールは驚く。

「ミキマル・テツマロ」

 ミキマルは名乗り上げて、懐から何かを取り出す。

「レフトール・ガリレイ」

 続いてレフトールも名乗り出る。これではまるで、ツッパリ同士の抗争だ。反クッパ同盟と、レフトール軍の頭が出てきてやり合う、最終局面とはこのことか。

 その時、ミキマルは取り出したものを素早く構える。次の瞬間、風を切るような音がして、続いてビシッと音がする。

「あっつ――!」

 次の瞬間、ラムリーザはブランダーバスを弾き飛ばされていた。突然手首に鈍い痛みが走り、思わず取り落としたのだ。武器はゴトンと鈍い音を響かせて、ラムリーザたちから少し離れた場所に落ちた。

「おっと、頂き!」

 素早く動いたマンハが、落ちた武器を拾い上げる。どうやら奴らは、最初からブランダーバスを奪う作戦でくるつもりだったようだ。

「はっはっはっ、これでお前らの武器は奪ってやった。お前らが俺たちに対して優位で居られるのはこの武器があったからこそだ。奪ってしまった今、お前らは俺たちに絶対に勝てんのだ~あぁ~っ!」

 ミキマルは得意げに言い放った。最初に会った時と同じく、言葉の語尾を伸ばして、さらに力を入れてもう一度伸ばす独特な口調だ。そしてマンハに、やり返してやれと命じる。

「くっ」

 マンハに銃口を向けられたレフトールはたじろぐ。しかしその武器の扱いに長けているラムリーザは、マンハの持ち方を見て笑みを浮かべる。

「気にするなレフトール、あいつに突っ込んで奪い返してやれ」

 マンハはブランダーバスの使い方を知らないようで、確かに銃口はレフトールに向いているが、銃身を横からわしづかみにしているだけだった。これでは引き金は引けない。とりあえず奪ってみたものの、どうしたものかといったところだろう。

「そうだな、レフトールを盾にしてでもあの武器は奪い返さないとマズいな」

 リゲルは、ヒメンから注意を逸らさずに、ミキマルの方をチラリと見ながらそう言った。

 ミキマルが手にしている物は、一見先が二股に分かれた木の枝に見える。そのまたの先端に、紐のような物が張ってあって今はダラリと下がっている。紐の中央には、皮製にも見える平たい物が付いていた。

「あ、パチンコ持ってる」

 ソニアはそれを見て呟いた。

「パチンコ? そうか、スリングショットか」

 リゲルもそれを聞いて確信した。ミキマルはスリングショットの使い手だ。

「はっはっはっ、飛び道具はこちらの物。観念せ~えぇ~っ」

「レフトール、マンハって奴からブランダーバスを奪い返そう」

「しかたねーな、ヤケクソだ!」

 レフトールは、マンハに突進を仕掛けた。マンハは武器を突き出すが、もちろん何も起きない。レフトールの接近を許したマンハは、中段蹴りを腕ごと食らって武器を取り落としてしまった。武器は宙を舞いモートンの手に渡り、強烈な蹴りを食らったマンハは膝をついた。

 レフトールはマンハにとどめを刺そうと――

「待った!」

 モートンの大きな声。今度は武器を奪ったモートンが、レフトールに銃口を向ける。さらに今度は、マンハのようにわしづかみではなく、引き金に指をかけて持っていた。世の中に出回っている武器ではないので使い方を知っているわけではなく、たまたまその構えをしたのだろうか?

「うっ、ヤバい」

 レフトールの動きが止まる。

「構わん、動け!」

 ラムリーザは、さらにレフトールをけしかける。レフトールにとってはラムリーザの命令は絶対なので、撃たれる前に蹴りを放てとばかりにマンハの掃討はひとまず置いておいて、モートンの方へと立ち向かった。

 モートンはレフトールに武器を向けたまま――動かなかった。レフトールはモートンに接近し、顎を蹴り上げた。モートンは跳ね飛ばされ、手から離れた武器はハナマの手へと渡った。なかなかラムリーザの元に戻ってこない。

 レフトールはこうなったら武器を持った相手を狙う作戦に出て、モートンの掃討はそのままにして今度はターゲットをハナマに切り替える。ハナマは奪ったというより自分のところに飛んできた武器の使い方も分からず、リーダーであるミキマルの所へと逃げていった。

「使い方もわからんのか、見たらわかるだろうが貸せ~えぇ~っ」

 ミキマルは、ハナマから武器を奪うと、引き金に指をかけた状態で握って、迫るレフトールに銃口を向けた。

「はい終わり~」

「ぬっ」

 レフトールは、思わず足を止める。しかし――

「う、動かん?!」

 ミキマルは、武器に怪訝な視線を送る。その引き金はびくとも動かなかった。ミキマルの注意が武器に集中した時、ラムリーザも動いていた。

 ラムリーザはミキマルに接近し、顔面を掴み上げる。それを見たレフトールは、その動きに呼応して標的をハナマに切り替えて蹴飛ばしていた。

「な、なぜだーっ!」

 ミキマルは、ラムリーザに掴まれたまま悲鳴を上げる。

「君たちにはブランダーバスはまだ早いよ」

 ラムリーザは、ミキマルを掴む手を左手に切り替えて、右手で武器を奪った。そしてそのままあまりダメージを受けていないモートンの方に銃口を向けると、照準器を覗いて軸を合わせて引き金を引いた。轟音と共に、モートンは弾き飛ばされる。

「いかん、逃げろ撤退だ!」

 ミキマルはそう叫ぶと、ラムリーザの手から逃れて町の方へと逃げていく。それに続くように、残りの四人も駆け去っていった。

「はっはっはっ、一昨日来やがれ。タイムマシン使ってでも来やがれ」

 微妙に謎めいた台詞を、レフトールは逃げていく五人に投げかけていた。

「やっぱり辺境の住民は、その武器の使い方知らないのですの――知らないのね」

 ユコは、ラムリーザの持っている武器を見て言った。

「レフトールも使えないと思うよ」

「おおっ、舐めるなよー」

 レフトールはラムリーザから武器を奪うと、反クッパ同盟が逃げていく方へ銃口を向けて、引き金を引こうとした。

「ぬ、動かん……」

「ソニアが勝手に使って暴発したことがあったので、引き金を限界まで重たくして力が無いと動かせないようにしていたんだよね」

「あたし暴発させてない! ブランダーバスが勝手に動いた!」

「わかったわかった、勝手に動かないようにしておいたのさ」

 こうして武器を奪われはしたものの、ソニアのイタズラ対策として細工していたことが功を奏して、またしても反クッパ同盟を迎撃したのであった。

 懲りずにまた襲ってくるかどうかは、誰にも分からない。

 

 こうして今回の週末探索は終わった。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き