イシュトレコード ~ゆらいかなんデンキKIRAKIRA合唱団~
1月21日――
この週末のパタヴィア探索は、反クッパ同盟に邪魔されてばかりでいまいち進展は無かった。ミキマルとの戦闘後、結局クリボー老人に会えぬまま帰還したのであった。
コトゲウメからの土産物にはパタヴィアだんごも含まれており、無事に帰還できたということで、ソニアはパタヴィアから帰ったらだんご食べるんだという希望を叶えられたのであった。
そして翌日からは、普通に学校に登校。週末探検隊といったところだろう。
「どうだ? 『クッパの』の謎は解けそうか?」
フォレストピア駅では、探検隊に加わらずにリリスと二人きりを楽しんでいるジャンが、ラムリーザに尋ねる。
「いやぁ、何つーか反クッパ同盟に邪魔ばかりされて話が進まないよ」
必ず現れて邪魔する集団、旅人ばかり狙っているようだが、そういうことなのだろう。
ポッターズブラフ駅では、反対方面から来たリゲル、ロザリーン、ユグドラシルと合流する。そして学校指定寮桃栗の里から、ミーシャが駅まで来ている。
「珍しいのが居るな」とジャン。今日は、レフトールとマックスウェルの悪々コンビも一緒だ。
「マックの奴がここんところずっと堅気に目覚めやがってだな」
レフトールは何だかめんどくさそうだが、付き合っているのは仲間意識というやつか。
「俺プロレス同好会だもんよ、プロレスやろうぜ」
「俺軽音楽部だし」
出席率は低いのに、堂々と名乗るレフトールであった。そしてよく見ると、このメンバーで集まるのは夏休みぶりかもしれない。ラムリーズ・フルバージョンだ。
さて、ラムリーザたちがパタヴィア探索に集中している間、学校で決まったことがあった。
ケルムが無投票で生徒会長に就任している。ユグドラシルの後任として立候補した彼女は、対立候補も上がらずそのまま決まっていた。ポッターズブラフで彼女に逆らえる者はほとんど居なかった。
ラムリーザもユグドラシルに勧められたわけだが、フォレストピアの方ばかり見ていて生徒会は狙っていなかった。
それ以外で対抗馬になり得るとしたらロザリーンであったが、彼女もラムリーザと共にフォレストピアを見ていた。
「この学校に整然とした秩序を作り上げます。皆さんには五分前精神を徹底してもらうでしょう。また、乱れた風紀も正します」
ケルムの政策は堅苦しい物であった。しかし、ポッターズ・ブラフ地方の住民は、彼女の言うことに従うしかないと考えている面が強かった。
学校が終わって、ラムリーザたちはいつものようにジャンの店にあるスタジオに集まって部活を始めた。今ではもう部室はこのスタジオである。学校の部室は、たまにソニアとリリス、ユコたちが雑談に使っている程度だ。まさに雑談部部室。
ただし集まるのは、フルバージョンの半分ぐらい。フォレストピア組にリゲルとロザリーンが加わったのみ。ミーシャとソフィリータは大抵カメラ片手に動画のネタ探しに出かけるし、レフトールは自分は軽音楽部と豪語するだけで現れない事が多い。
その一方で、先輩のユグドラシルが訪れている。
「あれ、先輩は受験勉強とかは?」
「いろいろ考えていることあるから任せておいてくれたまえ」
どうするのかわからないが、任せろと言えば任せるしかないのである。
しばらくの間スタジオで雑談したりジャムセッションしていると、店の準備の合間になったジャンが現れた。
「この週末休みの間、お前らがパタヴィア行っている間に、面白い物が出に入ったぞ」
「美味しいかな?」
食いしん坊のソニアが期待の視線を向ける。
「食い物でないんだな、面白いものだ。俺も最初聞いてびっくりしたからな」
「聴くものかな?」
「その通りだ。えーと、レコードプレイヤーはと――」
ジャンは、普段は使っていないレコードプレイヤーを棚から持ち出してきて、テーブルの上に置いた。どうやら持ってきた面白い物とは、レコードのようだ。
「何だ? またラムリーズのレコードを買い占めたのか?」
「なんでやねん、最近出してないだろが。というかまたって何? 俺はそんなことしてねー。それに、今日のレコードはこれだ!」
ジャンは、持ってきたレコードを掲げる。テーブルの周囲に集まったメンバーは、それはなんぞ? と覗き込む。
「ゆらいかなんデンキKIRAKIRA合唱団?」
「何だろう、ユライカナンのバンド? 初めて聞く名前だし、初めて感じるイメージだなぁ」
そしてジャケットには、数人の男女グループの写真が載っていた。
「あれ、この人イシュトさんじゃない? リーダーがイシュトさん?」
ラムリーザは驚いて、レコードを手に取り、もう一度じっくりとジャケット写真を見つめる。そこに映っているのは確かにイシュトだ。それに、他のメンバー三人のうち二人は見覚えがあった。兄のアッシュと妹のウルフィーナだ。
「さっそく聞いてみようか」
ラムリーザがジャケットからレコードを取り出してプレイヤーに乗せると、ジャンは「腰が抜けるぞ」と言った。
「そんなにすごいのか?」
「昨日受け取った時に聞いてみたが、びっくりしたからな」
「そんなにびっくり系なのか?」
ラムリーザは、自分の抱いているイシュトのイメージと、ジャンの言うレコードの感想との食い違いに違和感を感じていた。あのおっとりとした口調で「あらあらまあまあ」の台詞を口にする彼女のことだから、スローテンポのバラードをゆったりと歌い上げるのだろうと想像していた。そこに驚く内容は無いはずだ。それに、人を驚かせるようなことをするような娘とは思えなかった。
「それじゃあかけてみろよ」
ジャンに促されて、ラムリーザはレコードに針を落とした。その時に、なぜかドキドキしていたのだが、他の人には悟られないようにしている。
みんな固唾をのんでレコードプレイヤーの前に集まっている。
少しの間ジリジリとノイズ音が流れた後、音楽が始まったとたんにジャンの言った通り皆驚いたようだ。
そこから流れた音楽は、激しいロックンロールミュージックであった。かなりアップテンポで、ラムリーザはその瞬間自分の知っているイシュトのイメージが吹っ飛んでしまっていた。
ただし、レコードでは誰が演奏しているのかわからないので、イシュト自身がこの激しい音楽を奏でているのかはどうかはわからない。
どっちみちスローテンポの曲を予想していたラムリーザは、見事にその予想を裏切られたわけである。
ソニアなどは首を振り振りノリノリだ。それはリリスもユコもユグドラシルも同じであり、その一方でリゲルとロザリーンは冷静――に見えて、リゲルなどは指先が組んだ腕の先でトントンしている。ラムリーザ自身も、エアドラムというか何というか、膝を叩いてリズムをとっていた。ただし劇ではない。そしてジャン一人が、ニヤニヤしながら一同を眺めていた。
そして前奏が終わり、メインボーカルを取るイシュトの歌が始まった。
はあぁ~あ~、ユライカナーン名物数々あれど~、数ある中の~、名物は~♪
イシュトの歌が始まると、一同は盛大にズッコケた。
激しいロックンロールの伴奏に乗ったイシュトのボーカルは、美しい歌声であることは事実だが、いつも通りのイシュトの物。伴奏から大きくかけ離れた、おっとりとしたスローテンポなものであった。
ミルキーウェイ川を踏んまたぎ~、朝日きら~りと映えある姿~、その名も高き~、ゆらいかなん~デンキKIRAKIRA合唱団~♪
まるでスローテンポの歌をロックンロールに無理矢理乗せたような、それでいて音程がずれているわけでなく合っている所が不思議そのものであった。
「な、なんだこれは……」
ラムリーザは、思わずつぶやいていた。
「すごいよなー、あのお嬢さん新しいジャンルを作ってるよ」
ユグドラシルはイシュトのことを褒めている。確かに聞いたことの無いジャンルと言えるか、ちぐはぐなロックンバラード? 知らんけど。広まれば誰かが適切な名前を付けてくれるだろう。
「新しいジャンルか」
「そうだ、これをイシュト・ロックと名付けよう」
唐突にジャンは思い付きで言った。ジャンルに名前がつくとは何だかかっこよいかも。適切かどうかは置いておいて、イシュトにとって光栄な事――なのかな? そんなことを言うと、出しゃばりの――
「あ、ずるい、ソニア・ロックも作ってよ」
――などとなるわけだが。これまで大人しく音楽を聴いていたのだが、新しい物はすぐ欲しくなるソニアである。
「あなたは膝を叩きながらその場でクルクル回ってたらいいわ」
「それ劇!」
とまぁ騒々しい外野は置いておいて、イシュトグループの曲は、アップテンポで速くて喧しい伴奏と、おっとりイシュトらしいのんびりソングが驚くほど自然に混じり合っている曲に仕上がっていた。
「ソニアロック行くわ」
その一方でリリスのソニアに対する攻撃は続いていた。
お~っぱい~、お~っぱい~、ふう~せぇ~んのお~っぱい~♪
まるでイシュトの様に、おっとりとスローテンポで歌いだす始末であった。激しい伴奏が無ければ、歌詞の内容もあってただの嫌がらせにしか聞こえない。勉強はできないが、こんなしょうもないことにかけては才能を発揮する困った娘だ。
「まじょりーた!」
そしてソニアは、当然のごとく発狂している。魔女が発展して、なんだかよくわからないものになっている。
最後に、ジャンは人数分のレコードを持ってきて、ラムリーザたちに一枚ずつ買うように言った。
「以前俺たちのレコードも買ってくれたんだから、お前らも買ってやれよ」
などと言うが、ラムリーザは普通に承諾して買うのであった。イシュトレコードがどこまでランキングを上げるかはわからない。それでもジャンは、フォレストピアだけでなくポッターズ・ブラフ地方にも広めようと考えているのであった。
あとは余談であるが、ラムリーザとソニアは帰宅後にもう一度イシュトレコードを再生してみて、二人で再びズッコケるのであった。