イシュト・ロックのコピー無理だわーの巻

 
 1月23日――

 
 学校で昼過ぎ、新たに生徒会長となったケルムの就任の挨拶が行われた。

 生徒は全員体育館に集められ、ケルムの挨拶と生徒会メンバーの発表と挨拶が行われる。そしてステージ上にケルムが上がった。

 ありきたりな面白みのない演説が続き、ケルムはその中でいくつか行おうとしていることを述べていた。

 一つ、乱れた風紀を正します。これは元風紀委員をやっていたところから来るものだろう。

 一つ、無駄を省く仕分けをします。何が無駄なのか分からないが、例えば機能していない部活動の予算を削ったりだろうか?

 一つ、五分前精神の実施。これは何事もスピーディに、次に行うことをあらかじめ意識して動こうという話だろう。

 一つはっきりと言えることは、これからはかったるくてめんどくさい一年がやってくるだろうということだ。

 

 そんなわけで――というわけではないが、ラムリーザたちは今日も放課後に、さっさと学校から立ち去ってジャンの店にあるスタジオへと向かっていた。生徒会ケルム政権とはあまり関わらないようにしようということだ。

「楽譜ができましたの、できましたよ」

 スタジオでは、早速ユコが新しい楽譜を取り出していた。ラムリーズの演奏は、ほぼ全てユコのコピーした楽譜で成り立っている。

「何の?」

 すぐにソニアとリリスが乗り出した。気に入った曲となると、リードボーカル争奪戦が始まるのもいつもの光景だ。

「イシュト・ロックよ」

「マジで?!」

 先日レコードで聞いた、前代未聞の音楽だ。ロックとバラードが混じり合ったような、独特の音楽。それですら、すぐに聞き取って楽譜に仕立て上げるユコの才能もなかなかだ。

「激しい音楽に聞こえますが、パターンは単純です。テンポが速いので難しそうに聞こえましたが、演奏してみるとなるとそれほど難しくないと思いますよ」

 ユコは、コピーした楽譜をメンバーに配って回る。

 ラムリーザは、早速楽譜通りにドラムを叩いてみる。確かにテンポが速いだけで、それほど複雑なフィルインもないし、二回ほど通して演奏してみると簡単に覚えられた。

「ね、パターンは割と単純でしょう? リリスもソニアもすぐコピーできると思いますよ」

 ユコの言う通りであった。ギターパートも同じようにテンポが速いだけで、本当に上手な人ならばアドリブをたくさん入れられそうだ。

 それでも音楽自体は乗りが良く、演奏しているだけで気分が高揚してくる、そんな感じの物であった。

「お前ら簡単にコピーしよってよ、天才だろ」

 店の準備の合間に様子を見に来たジャンは、既に演奏をほぼ完璧にコピーしている一同を見て驚く。

「曲自体は簡単ですよ」とユコ。簡単と言ってしまうところが、ジャンから見て天才なのだ。

「そう、あたしは天才」などと調子づくソニア。簡単にその気になってしまうところが、ジャンから見て単純なのだ。

「ソニアを絞って砂糖を作りましょう」とよくわからない煽りを入れるリリス。ソニアを簡単に煽ることも、ジャンから見て愛しい――のか?

「何でよ!」

 意味不明なことを言われて、簡単に挑発に乗ってしまうソニア。

「あなたてんさいなのでしょう?」

「意味わかんない!」

「喧嘩やめーい!」

 結局ラムリーザが仲裁する必要が出る。大体今の会話でなぜ喧嘩になるのかさっぱりわからない。てんさいの一言でどうしてこうなった? というわけだ。

 さて、演奏を一通り楽しんだところで、今度はリードボーカルを誰がやるのかといった話になる。

「それなら大丈夫、私に任せてもらうわ」

 リリスはさりげなくその座を掠め取ろうとする。

「あっ、ダメ!」

 しかしソニアがそう簡単に許すわけがない。

 そんなわけで、いつものようにリードボーカル争奪戦が始まる雰囲気となった。

「これはイシュトのオリジナルだからなぁ、あまりこちらでは手を出したくないのだけどね」

 一方でラムリーザは、コピーして公演するのに乗り気ではない。

「そうだなぁ。イシュトさんのオリジナルソング、ラムリーズでは扱わないか、ちゃんと話を付けてからカバーするか」

「権利とかじゃなくて、尊重かな?」

 ラムリーザは、イシュトの歌はイシュトの歌として尊重しているのだ。

「まあいいや、とりあえずリリスから歌ってみてん」

 それでもジャンは、とりあえず歌わせてみるようだ。レコードとか出さなくて、ジャンの店の中だけで演奏するのであれば、権利とかそんなに大袈裟に考えなくてもよい。

「何でリリスなのよ!」

「順番だよ、上手い方を採用する」

「むー……」

 ソニアは不満そうだが、妙な勝負で決着を付けられるよりはよっぽど合理的だ。それでもジャンは、リリスを優先していることが受け取られる。ソニアはラムリーザに優先されるから、ここはおあいこだ。

 そんなわけで、まずはリリスの方がリードボーカルに挑戦してみる流れとなった。

 ラムリーザのドラムスティックのカウントで、多少騒がしい激しいロックンロールが始まった。ラムリーザはかなりのハイテンポでドラムを叩き、ソニアのベースギターやリリスのリードギターがそれに乗ってくる。単調なパターンだが、とにかく速い。ソニアもリリスも小刻みに縦乗りして気持ちよさそうだ。

 それでもラムリーズの演奏は正確だ。あまり練習していないにもかかわらず、イシュト・ロックのコピーを完成させていた。

 さあ、ここからがイシュト・ロックの真骨頂。独特なスローテンポな歌が、このロックンロールに被さっるぞ。

 リリスは声を張り上げて、ゆっくりと歌い始めた。

 

 はあぁ~あ~、ユラ――あっ……

 

 途端にリリスのリードギター演奏が乱れて、うろたえたリリスは歌を止めてしまった。演奏を気にすると、今度は歌えないようだ。

「リリス失敗! 交代!」

 ソニアも演奏を止めて、自分を売り込んでくる。リリスは渋い顔をしているが、失敗したのだから交代で譲るのが筋だ。

 そして今度は、ソニア版が始まった。同じように速いテンポで楽器をかき鳴らす、ある意味喧しいハードロックだ。しかしボーカルが始まると、それが一転するのだから不思議だ。

 

 はあぁ~あ~、ユライカナーン名物数々あれ――あっ……

 

 よくできました、リリスより三秒ほど長く持ったかな。

「こらっ、ベースが乱れたわ」

 嬉しそうに指摘するリリス、そしてソニアはしかめっ面だ。

「こんなゆっくりズムの歌を歌いながら、こんな高速演奏できるかっ」

 ソニアは文句を言っているが、それならリリスにボーカルを譲るのだろうか。それにイシュトは歌えていたぞ、と。

「あれは先に演奏を録音して、後からボーカルを被せてレコードにしたのよ」

 リリスはそう言うが、とりあえずもう一度挑戦という話になった。

 しかし二度目の挑戦も失敗、どうしても演奏のテンポと歌のテンポを合わせられない。それはソニアの二度目の挑戦も同じであった。やはりどうしてもスローテンポで歌おうとすると、高速演奏が乱れてしまうのだ。

「これ絶対あのイシュトって人インチキしているわ」

 リリスは悔しそうに言い放つ。自分が出来ないことを他人がたやすく出来ると、人はとかくインチキ呼ばわりするものである。

「こらこら、人聞きの悪いことを言うなよ」

 ラムリーザはイシュトを庇ってやる。しかし何故イシュトはあの曲と歌を両立できるのだろうか。

 ジャンも不思議に思ったのか、スタジオに残っていたイシュトのレコードを再びプレイヤーで流す。先程ラムリーザたちが演奏した音楽がかかり、そこにイシュトのおっとりゆったりとしたボーカルが重なっている。

「ふ~む、イシュトはすごいな」

 ラムリーザが思わず呟いたことで、ソニアが反発。絶対に歌いきってやると言って、三度目の挑戦を要求した。

 結果的に、三度目の演奏でソニアは一応歌い切った。ただし、ソニアの奏でるベースは歌い始めてからは全く合っていなかった。一拍目だけ短い音でベンと鳴らすだけになってしまい、他の演奏と合わせる気は全くない感じで、スローテンポな歌に専念するのだった。

 そんな適当な演奏でも、歌い切ったソニアはリリスに対してドヤ顔を向けるところがいつもながら図太い精神だ。

「何その演奏」

「歌い切った!」

 リリスの突っ込みにも臆することなく、ボーカルをやり切ったことだけを主張する。

「ベースが地面と平行になってて妙」

「そんなの知らない!」

 リリスが指摘するように、ソニアは演奏だけでなく弾き方も適当になっていたようである。

「ソニアがそんな演奏するのなら、ラムリーザ様も一拍目にクラッシュとスネアを鳴らすべきですよ」

「そんなものなのか?」

 ユコに指摘されてラムリーザは言われたような演奏をしてみる。これはこれでなんだか独特なリズムになっていた。

 そこで何故か、そのリズムでイシュト・ロックをやってみようという話になって、今度はリリスボーカルで進めてみた。ソニアはリリスの妨害を兼ねて先程の一拍目ベースを敢行する。ラムリーザはそれに合わせて、一拍目にクラッシュとスネアを鳴らす4ビートを奏でてみた。

 まぁ結果はリリスが嫌気がさしたのか、途中で歌うのを止めてしまいましたとさ。

「よし、それをソニア・ロックとしよう」

 ジャンの命名で、適当な演奏にも名前がついてしまった。

「やだ! こんなのリリス・ロックでいい!」

「お前の妙な演奏が要になっているからなぁ」

 そんなわけで、一拍目にアクセントを置き続ける演奏は、ソニア・ロックと決まりましたとさ。

「そんなことよりも、このレコードの売上次第では、フォレストピアでイシュトのえーと――ゆらいかなんデンキKIRAKIRA合唱団をフォレストピアに招いてコンサートできるぞ」

「あっ、それ賛成!」

 いろいろな意味で、ジャンの持ってきたイシュト・バンドのコンサートを前向きに検討する一同であった。実際にコンサートをさせることで、この演奏不可能なイシュト・ロックの謎が解けるかもしれない。

「ま、イシュトがボーカルに専念しているのだろうけどね」

 ラムリーザの予想が一番無難なところであった。そうなると、本気でコピーするとなったら今日は来ていないミーシャがボーカルを担当するのが妥当なのかもしれない。

 

 以上、ソニア・ロック誕生秘話でした。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き