戦艦ソフィア
1月25日――
再び週末がやってきた、週末探検隊の集まりだ。
いつも通りに学校が終わった後に、リゲル、レフトール、ユコの三人が集まった。パタヴィアに行くメンバーは、固定されている。
リゲルの提案で、今回は出発前に目的を明確にしておこうという話になった。ただし、前回も計画を立てたつもりだったのだが、結局のところ反クッパ同盟が邪魔なのだ。如何に奴らの妨害を受けずに探索を続けられるかといった話だ。
「半殺しにして入院させてやればええやろが」
レフトールは物騒な案を出した。だがやりすぎると傷害事件となってしまう。反クッパ同盟が中途半端に脅威ではないのが困りもの。襲い掛かってきたところで怖くない、ただ邪魔なだけである。
そういうわけで、ちょっと乱暴だが反クッパ同盟は次に遭遇した時にはとことんぶちのめすといった話になった。こちらも中途半端に対応するから、「お~ぼえ~てろ~」で次回が発生してしまうのだ。恐怖を植え付けるぐらい叩きのめして、二度と邪魔はさせないように。
「それで、目的は?」
リゲルは話を戻す。
「クリボーを捕まえて、クッパに会わせる」
ソニアが珍しくまともな意見を述べる。時が流れてクッパの騒動は落ち着いてきたか。
「町でクッパのについてもっと聞きたいです」
などと、前回会議に参加しようとしなかったユコが言った。
「『クッパの』についてはもうどん詰まりだよ。クリボーを頼ってクッパに会わせるしかないね」
ラムリーザは、ソニアの意見を採用して、探索場所をクッパ国廃墟に絞り込むことに決めた。
さて、今回も巡航艦ムアイクで――とその時、東の空からまた別の飛空艇のプロペラ音が響いてきた。最初は夕方の空に溶け込んでいたが、近づいてくるとやがてその姿がはっきりと見えてきた。
「おおっ、金色の飛空艇、しかも三機やってきたぞ」
レフトールが驚きの声を上げる。
飛んできている飛空艇は、巡航艦よりも大きい。そして、左右に二機並行に並んで飛んできていた。そしてさらに近づくと、その三機は繋がっていて、まるで三隻の飛空艇が一つに合体したような形になっていた。
巨大な飛空艇、しかも金色。
その飛空艇は、フォレスター邸の広い裏庭に降りた。巡航艦ムアイクよりも、少なくとも二倍は大きいだろう。いったい何なのか?
飛空艇の入り口が開いて、そこから顔を出したのはラムリーザの兄であるラムリアースであった。
「兄さん?! いったい何?!」
「おー、集まってたか。フォレスター家に戦艦がやってきたぞ」
「戦艦~?!」
「すっご~い!」
ソニアとユコは、すぐに金色の船体に群がっていった。
「マジかよこれ、さすがラムさん!」
「しっかし戦艦とはな……」
レフトールやリゲルもそれぞれ驚いている。
現在帝国には、これで十隻の戦艦が存在している。北の防衛に二隻、東の防衛に二隻、帝都防衛に四隻、南の港町アントニオ・ベイに一隻、そしてこのフォレスター家に回ってきたものを合わせて十隻だ。
「西の端ということで一隻回ったぞ、喜べ」
ラムリアースが言うには、そういうことなのだ。
リゲルは船首へと回ってみる。船の前には大きな穴がいくつか開いている。
「なるほど、主砲が一つ、副砲が六つか」
中央に大きな主砲と、それに並ぶように左右に三つずつ副砲が付いていた。それ以外に、船の横側にもいくつか大砲が付いている。
「ちょっと待って、戦争始めるんじゃないのに」
突然の贈り物に、ラムリーザはちょっとうろたえていた。
「うろたえるな、防衛のための戦艦にもなりうる。それに、もし争いになってもこの中が一番安全になるからな。それに――」
「それに?」
ラムリアースは一呼吸おいて話を続けた。
「戦争でなくともこの戦艦でフォレスター家の威厳を示せるぞ」
「それで金の船なのね」
「この金はお前たちが見つけたものだぞ」
そう言われてラムリーザは何のことかと思ったが、兄の話ではマトゥール島で見つけた大量の金塊の一部を利用したものだという話だ。金自体で船は作れないが、薄く延ばしたものを貼り付けたらこのように金の船となったわけだ。
「それで、左右に引っ付いている船は何? 補助機?」
ラムリーザが差すのは、戦艦本体の左右に並行して付いている二隻の船だ。母艦よりも若干細く、高さは少し大きい。それでいて武装は全く付いていないようだ。あえて表現するならば、まるで壁のような船と言ったところか。
「盾艦だな」
「盾艦?」
「そうだ。母艦を守る方法として考え出された方法、この機会に試してみたわけだ」
「いや、戦争にならないからね」
確かにこの二隻が壁を作っていたら、母艦は横からの直撃を食らう心配は減ると思われる。しかし――
「この盾艦に乗るのは怖いよな」
レフトールの言うように、盾艦は主君を守る壁のような役割だ。敵からの攻撃を、母艦に直撃させないように盾となり、非常時には切り離して囮にすることもあるだろう。
「今週もこれから出発だろ? 準備させるからな」
ラムリアースの命令で、物資の一部を盾艦に乗せるために乗務員が乗り降りしはじめた。
「あっ――」
その様子を見ていたユコが、小さく声を漏らした。
「どうした?」
レフトールはユコに近づき、同じ方向を見た。そこには、物資を運び込む盾艦乗務員の内一人の姿があった。
「あの人――」
「んん?」
ユコは知っているようだが、レフトールは知らないようだ。
「ああ、あのテロリストだな」
「テロだぁ?」
リゲルの一言に、レフトールは驚く。そう、ユライカナンツアーのメサシアル・パーク公演で、ラムリーザに襲い掛かってきた暴漢の姿があったのだ。
「準備が終わったら調査するなり攻め込むなりお前の自由だぞ。帰りはこっちの巡航艦を使わせてもらう」
「いやだから攻め込まないからね」
ラムリーザ兄弟は触れないが、これが帝国のやり方の一つであった。そして、ある意味非人道的なことであった。
主人を守るためだけに存在するような盾艦、非常時には犠牲となるだけの乗務員。その搭乗員は、曰く付きの人々であった。例えば要人のテロを図った罪人、ユコが見覚えのあったユライカナンで襲い掛かってきた暴漢など。ラムリーザに襲い掛かった実行犯が、大人しく搭乗員として黙々と働いている。一体何が起きているかは想像に任せるしかない。
驚いたのはあまりそういう面に触れたことの無い一般市民のユコだけで、ラムリーザ兄弟やソニアは何も言わない。リゲルも察しているようだが、特に追求しようとはしない。帝国にある闇の一面である。
「そうだ、忘れていた。この戦艦は新造艦だからまだ名前が決まってなかったりするぞ。何か好きな名前でもつけてやれ、ラムリーザ、お前の船だからな」
「戦艦バッドバアロン!」
「なんやそれ」
いち早く名前を付けたのはソニアだったが、例にもれずよくわからない名前だった。この場にリリスが居たら、戦艦てんぷらだの、戦艦ぎんなんだのが挙がってきて一悶着あっただろう。
「ん~、それなら戦艦ソフィアで」
ラムリーザは無難なところで、母の名前を挙げてみた。
「呼びましたか?」
「おわっ!」
そこに突然ラムリーザの母親であるソフィアが現れた。戦艦がやってきたということで、屋敷を出て見に来たようだ。ソニアも素早くラムリーザの後ろに隠れる。これはソフィアに従ってついてきたメイドから、小言を投げかけられるのを避けるためというどうでもよいことだ。
「そうか、それでよいだろう。帝都の飛空艇艦長や司令官も、旗艦を母の名前にしている人が何人か居る。俺の母を大事にしろよ、じゃあな、マミー」
「いや、俺のってそれは――」
ラムリーザにとっても自分の母なのに、兄に俺の母と言われても困るのだ。
ラムリアースはそれだけ言うと、巡航艦ムアイクに乗り換えて帝都に帰っていった。その巡航艦も、ラムリアースを届けた後は戻ることになっている。旗艦となる戦艦ソフィア、それに従う巡航艦ムアイク、その二隻が今のところラムリーザの所有する飛空艇の艦隊となったのだ。
「私の名前を付けたのですね」
「うん、その方が安心できるかなって」
「マザコンラムさん」
ラムリーザは、ちゃかすレフトールを一瞥する。
「名前の使用料――」
「えっ?」
「なんでもありません。気を付けて行ってくるのですよ。そしてレイジィ、任せましたよ」
ラムリーザの後方に控えている護衛は恭しく頭を下げる。
「そういえば勝手に名前を使われることにもなるんだなぁ。じゃあ母さんの名前を借りたということで、この旅の間、そうですねぇ――」
ラムリーザは、自分がいつも大抵握っているゴムまりをソフィアに手渡した。
「形見――ってわけじゃないけど、それを預かっておいてもらいましょう。絶対に戻ってきて、受け取りにまいります」
戦艦の名前使用料とゴムまりが等価交換になるかはさておき、ラムリーザはどうでもいいことだけど儀式めいたものにしてみるのだった。
「なんだか死亡フラグみたい」
今度はユコが茶化した。ラムリーザが旅から戻ってこられないと言うことは、自分も戻ってこられないということを忘れているようだ。
そんなわけで、今回から戦艦でパタヴィアへの旅をすることとなった。ラムリーザたちは、早速乗り込んでみる。
「うーわ、巡航艦とは大きさが全然違うね」
艦の中も広く、搭乗員の数も多い。彼らはそのままフォレストピアの住民となる。
「ようこそ、戦艦――ソフィアになったんでしたな。皇帝陛下の妹君の名前を付けてもらえるとは立派なものです」
そこには、巡航艦ムアイクの艦長ムシアナスが待っていた。
「あれ、ムシアナスさん、巡航艦は?」
「あなたに付いて正解でした。繰り上がり人事で私がこの戦艦の艦長に任命されました」
「じゃあさっき飛んでいった巡航艦は?」
「副艦長だったヴァータセンが艦長に昇進して引き受けております」
「そうですか、それでは今後ともよろしくです」
これはラムリーザにとって、馴染みの人が仕切ってくれた方がやりやすいので、この人事には賛成であった。
「そうそう、輸送艦には敵いませんが、この戦艦は倉庫も大きいし、まだあまり物資でいっぱいじゃないので車の一台や二台詰め込めますぞ」
「あ、それいいね」
ラムリーザはリゲルに目くばせする。すぐに理解したリゲルは、自分の乗ってきた車を取りに一旦飛空艇から降りる。そして乗務員の指示に従って、格納庫に車を入れるのであった。
これでパタヴィアでの移動が楽になった。コトゲウメに頼らずとも、いろいろと移動できる。
その間にラムリーザたちは、船の先端にある艦橋へと向かった。
そこは大きな窓で前三方向の視界が開いていて、前方の様子がよく見える。そして合計七門の主砲と副砲の存在感が大きい。
「戦艦ですからなぁ、これ一隻で小さな村や町なら壊滅できますぞ」
「いや、だから攻めませんってば」
ラムリーザは思う、どうして好戦的な人が多いのだろうと。もっとも、好戦的な人が軍用の飛空艇の艦長を目指すのだろうというのはあるが……。
「それではパタヴィアに向けて、戦艦ソフィア発進!」