わがままクリボー

 
 1月27日――

 
 ラムリーザたちは、ミキマルの犯罪確実な訪問販売という名の窃盗現場から逃げ出し、改めてクッパ国跡地へと向かった。

 ミキマルとの話の最中に思いついた、クリボー老人をフォレストピアに出没しているらしきクッパに会わせてみよう、そんな作戦が始まった。

 自動車で跡地まで行った後、あちこちを回ってクリボー老人を探し始めた。跡地の外周に沿って自動車を走らせてみたが、城壁伝いにぐるりと回るだけで一時間以上もかかってしまうほどの広さであった。

 しかし、これだけ探し回っても、すぐには見つからない。神出鬼没なクリボー老人であった。

 そもそもクッパ国跡地は荒れ果てており、人が住んでいるような気配は全く無いのである。

「クリボーは、実は亡霊なんかじゃないのぉ?」

 探すのに疲れたのか、ソニアはぼやいた。

「それなら次、お前触ってみろ」

 リゲルの言う通り、触れるなら生きている、霊媒師でも無い限り霊体は触れない。

「嫌よ、ユコが触ればいい」

「無駄口叩いてないで探す」

 また喧嘩になりそうなので、ラムリーザはさっさと横やりを入れて会話を中断させた。

 しかし、クリボー老人の住んでいそうな場所が思いつかない事実は変わらなかった。

 午前中はミキマルの犯罪を見ていただけで過ごしていたので、そろそろ日も天頂に差し掛かろうとしていた。日没が来たらフォレストピアに帰らなければならないので、あと数時間以内には見つけ出したいと考えていた。

「クリボー老人はどこにいるのだろうなぁ……」

「クリボーっ! でてこーいっ!」

 ラムリーザはぼやき、ソニアは大声で呼びかける。しかし、静まり返った廃墟の中にソニアの声が響くだけで、何も変わりそうになかった。

「そう言えば、最初にクリボーと遭遇した場所は、闘技場みたいな場所だったぞ」

 リゲルに言われてみて、ラムリーザは思い出した。確かハッキョイのリング――クリボー老人はドヒョーと言っていたっけ?――にソニアが上がった時に、クリボー老人が突然現れて怒鳴りつけたっけ?

 数分後、闘技場後へと辿りついた。

 そこでラムリーザは、ソニアにリングに上がるよう言ったが、また怒られるのは嫌だからユコが上がればいいと言う。仕方がないのでソニアを抱えてリングの上に上がってやった。

 しかし、クリボー老人は現れない。

 しばらくの間、ソニアは怒られないのでリングの上で飛んだり跳ねたり踊ったり。しかしやはりクリボー老人は現れなかった。

 この闘技場の近くに住み着いているわけではなく、あの時はたまたま傍を通りかかっただけだろう。

「ここも駄目かぁ……」

 ラムリーザは、他に行っていない場所を考えた。城の中も覗いてみたし、廃墟も城を中心に一時間で回れるだけ回ってみた。しかしそうしても見つからなかったのだ。

「お城の牢屋を見てないよ」

 リングの上で暴れるのに疲れたのか、ソニアはラムリーザに引っ付いてきてそう言った。

「牢屋か……」

 そう言えば牢屋はまだ見ていなかった。確か玉座の前に落とし穴があって、そこから牢屋に直行できたはずだ。クッパ王はそれを利用して、実の息子を投獄したという逸話はこの際どうでもいい。

「クリボーの遺骨が残っていたりして」

 ユコが物騒なことを言う。ユコが言うには、昼間は遺骨が転がっているだけだが、夜になると幽霊が復活するというのだ。そんなことは有り得てはならない。

 しかし他に見る場所も無いので、一同は再び城に向かって牢屋を探してみることにしたのだ。

 

 牢屋の入り口は、玉座の間中央にある落とし穴がその一つだ。しかしそこから飛び込むと、出られない可能性がある。そこで、落とし戸の場所を意識しながらその周囲を探り、さらに地下室への階段を探していた。

 すると、牢獄らしき場所にあっさりと出られたのだ。そのうちの一つは、天井に穴が開いている。ここが玉座から繋がっている牢屋だろう。

「ここが牢屋か……」

「ソニアを風船罪で入れてみましょうよ」

「ユコが人形罪で入ればいいと思う」

 リリスが居なくても、ユコが要らないことを言ってソニアと揉める。レフトールに「二人とも入れ」と押し込まれて、騒ぎは大きくなるのだ。そうして牢獄を見て回ろうとすると――

「そこでうろついておるのは誰じゃ!」

 急に素っ頓狂な声が上がる。神出鬼没な怪人――ではないが、お目当てのクリボー老人が姿を現した。

「なんじゃおぬしらか……」

「クリボー老人……」

 クリボー老人は、何故か牢屋に住み着いているようだ。鉄格子はそのままだが、壁の一部が崩れ落ちていて、そこから出入りできるようになっている。そして牢屋の一室が、みすぼらしいかもしれないが生活の場として使われているように見えた。

「クリボー老人、なぜこんな場所に?」

 尋ねてみてから、ラムリーザは別に不思議でもないことに気がついた。荒れ果てた外に比べると、牢屋は頑丈にできていたのか一部の壁が崩れている程度で部屋の形は維持できている。外の廃墟に住むよりは、断然マシだと言えるだろう。しかしクリボー老人の返事は、ラムリーザの想像していたものとは全然違う物であった。

「わしは懲役六百二十八年じゃ、あと五百年以上残っておる」

「なんでまた?」

 ラムリーザはそう答えてから、クッパ国の滅亡に関するクリボーについて思い出した。

 クリボーは、クッパ王によって国で発生した全ての犯罪に対して責任を押し付けられ続けた。懲役三年でも、百件押し付けられたら三百年だ。そんな感じに増えていったのだろう。余談だが、服役中で牢獄に閉じ込められていても、外で起きた事件の責任まで取らされたのだから驚きだ。国が亡ぶ所以である。

「もうクッパ国は無くなったのに、出てきてもよいのではないでしょうか?」

 ラムリーザはもっともなことを言うが、クリボー老人はさらにおかしなことを言いだす。

「わしはクッパ様を崇めておる。だからクッパ様が懲役を命じたのであれば、最後まで遂行するのが筋というもの。それがお亡くなりになられたクッパ王に対して、わしが報いる事のできる唯一の方法じゃ」

 何だか変な気分になる。クリボー老人はクッパ王に全ての罪を押し付けられていた。なのにクリボー老人はクッパ王を恨むどころか服役を受け入れている。クッパ王とクリボー老人の関係は、いったいどんな物なのか?

 その時ラムリーザは思った。ますますクッパ王の亡霊らしき物と、クリボー老人を会わせてみたいと。

「そのクッパでしたら、今フォレストピアの街に出没していますよ」

 亡霊のようなもので確証が取れているわけではないが、見たままの事を伝えてみる。

 するとクリボーは一瞬ぽかあんとする。しかしすぐに怒りだしてしまった。

「馬鹿にするでない! クッパ様はもう亡くなっておる! 死者を勝手に生きているように語るとは、なんたる不届き者か!」

「それが本当に居るのです。既に三人の目撃者がいます」

 クリボー老人に怒鳴られても、ラムリーザはひるむことなく話してみせた。クリボー老人は、今度は下を向いて考えているようなそぶりを見せ始めた。そして、しばらくの間沈黙が続いた。

 ラムリーザの背後で、ふわあぁと誰かがあくびをするような声が小さく聞こえた。振り返ってみると、ソニアが大きな口を開けている。いつもながらのんきな娘だ。

 そして――

「わしはクッパ国を離れない」

 クリボー老人は、低く唸るような声でそう述べた。

「なんで……?」

「わしはクッパ国の最後を見届ける義務がある」

 そこまで言い切ったクリボー老人を見て、ラムリーザはわけが分からなくなっていった。

 ここまでクッパ国に忠義を示している者に、クッパ王はなぜあのような仕打ちをしたのだろうか? それにクリボー老人は、王政が揺らいでクッパ王が失脚しそうになった時、王政復古を唱えたという話も聞いた。クッパはクリボー老人に対して何を考えていたのか? これはますます引き合わせてみたいものだ。

「旅行に行ったつもりで、フォレストピアに行ってみましょうよ」

 だからラムリーザは、もう一度誘ってみる。

「フォレストピアなど知らん」

「クッパ王が再降臨されたかもしれない地ですよ」

 クリボー老人の気を引くために、今度は作り話みたいなことも言ってみた。本当に再降臨されては困るのだが。いや、すでに被害は出ている。

「ならば、クリジュゲを持ってこい」

「はい? クリジュゲ?」

 クリボー老人はラムリーザの話を聞き入れる風に動いたが、その条件は謎な物であった。

 ラムリーザは一瞬何の事だかわからなかったが、横からユコが「あ、それ食べました。栗入りリョーメン」と言ったので思い出した。よく考えると、クリジュゲと言えば以前ごんにゃ店主に紹介された、インスタントリョーメンの一つであった。ただし、リョーメンと栗の組み合わせがいまいちで、食べたユコもそうだが、あまり評判が良くない物だ。

「それはうまかったか?!」

 クリボー老人は、ユコに詰め寄った。

「はっ、はいっ」

 少々ひきつった声で、ユコは同意する。おいしくないと言っていたものだが、どうやらクリボー老人の剣幕に押されて思わず同意してしまったようだ。

 そしてクリボー老人は、今度はクリジュゲを持ってこないと動かないと言い出した。わがままな老人だ。

 多少めんどくさいが、クリボー老人を動かすためだ。ラムリーザたちは、一旦街に戻ってクリジュゲを買ってくることにした。インスタントリョーメン一つで動いてくれると考えると、結構楽な部類だろう。

「まるでお使いクエストみたい」

 ソニアはそんなことを言っている。これが欲しければあれを持ってこい、確かにゲームではよくある話だ。

 それはそれでよいのだが、車で街に戻るのにも時間がかかる。クリジュゲを買って戻ってくるとなると、時間的にギリギリだ。急いで買って戻ってこなければ。

 

「なぁ、この話どう思う?」

 車の中でラムリーザはリゲルに聞いてみた。この話とは、クッパ王とクリボー老人との関係だ。

「誰かが嘘をついているな」

「なるほどね」

 これまでの話を整理しようとしても、おかしな話でしかない。

「それか、みんなが嘘をついているか――だな」

「なんでまたそんなことを?」

「大きな悪を隠すには、小さな悪を広めよという格言もある」

 リゲルは運転を続けたまま淡々と述べる。

「つまり?」

「クッパ国、そしてパタヴィアは何かを隠している」

「そうかなぁ?」

「それかあのクリボー老人は、噂通りの変人か――だ」

 リゲルの言う通りだとしたら、どちらに転がってもこの先めんどくさい。クッパ国とパタヴィアに陰謀があるのなら関わりたくないし、クリボー老人がどういしようもないのなら、フォレストピアでのくっぱの騒動を収束できるかもしれない手立てがわからなくなってしまう。

 ここはクリボー老人とクッパ王の関係でなんとかなると信じていくしかないのであった。

 

 パタヴィアについて、雑貨屋や食料品屋を探す。ムェット店は避けて三軒ほど回ってみたが、クリジュゲは見つからない。クッパタとメットゲ、ゲップクといったユライカナンから伝わった物は置いてある。確かそれらの名前はパタヴィア――ではなくクッパ国由来だと聞いたような気がする。しかし肝心のクリジュゲだけは、何故かどこにも一つも置いていない。

「あんなおいしくないリョーメン、売れないから販売停止になったのよ」

 クリジュゲの味を知っているユコは、そんな考えを述べた。

 それでもラムリーザは諦めずに、四軒目の雑貨屋に向かって行った。そこで今度は、店主に「クリジュゲは置いていないのですか?」と聞いてみた。

「クリジュゲとはまた、お客さん物好きですなぁ。それに久しぶりに聞きましたぞ」

 ラムリーザの問いを聞いた店主は、不思議そうな顔をした。

「栗入りリョーメンなんて、おいしくないから売るのやめたのよね」

「お嬢さんわかっているねぇ」

 店主はユコの話を聞いて、うんうんとうなずいている。それから「ここではリョーメンじゃなくらうめんだな」と付け加えた。リョーメンとらうめんの違いは――簡単に言えば同じものであり、ユライカナンではリョーメン、パタヴィアではらうめん、それだけのことだ。

 そしてクリボー老人は、求めるのは物好きだと言われるクリジュゲを求める物好きだと。変人説が高まって困る。

「しっかしクリジュゲかぁ……」

 店主はなんだか遠い目をしている。

「クリジュゲで何かあったのですか?」

 ラムリーザが聞いてみると、店主は「おっと兄ちゃん、この国の者じゃないね。旅行者かな?」と聞くので、「そうです」と答えておいて旅人ということにしておく。間違いではない。

「クリジュゲはな、ジュゲッソという者によって差し押さえられて販売停止になっているのだよ」

「ジュゲッソ?」

「よし、旅人さんにクリジュゲの歴史を語ってやろう」

 世の中にはうんちくを語りたがる者がいる。そしてこの店主も、そのうちの一人なのだろう。

 ラムリーザは、時間が無いのはわかっていたが、売っていないのであればどうしようもない。だからこの際、クリジュゲの歴史について聞いてみることにした。

 店主は、えへんと咳ばらいを一つしてから語りだした。

「クリジュゲはな、先程の話で出てきたジュゲッソという者と、もう一人の者との共同で開発されたものなのだ」

「もう一人の者、誰ですか?」

「この商品名がヒントなのだがな、ジュゲッソのジュゲと、もう一つはクリ、これで何か気が付かないかな?」

「クリ……、クリと言えば――クリボー?」

「ご明察!」

 なんと、こんなところにまでクリボー老人が関わっていた。商品開発までしていたとなると、変人ではないのかもしれない。

「それではなぜ販売停止になったのですか?」

「おいしくないから」

 横からユコが口を挟む。

「それもある」と店主は即答してから「クリボーがあれなのは知っての通りだ、それに巻き込まれないようジュゲッソがコンビを解消したのだ」と続けた。あれというのは、例のクリボー全責任論だ。

「その時に、クリジュゲの製造も販売も停止になったのだ」

「そんなことが……」

 妙な話かまっとうな話か、ギリギリのラインだ。

「もちろんクリボーも抵抗した。しかしジュゲッソは、コンビ解消の裁判まで起こしてまで、クリジュゲを無しにしてしまったのだ」

 これが、パタヴィアではクリジュゲを売っていない理由である。

「ユライカナンでは売っていましたよ」

「国外まではジュゲッソも手は回せなかったのだろう。だから国外では売られているみたいだね」

「ということは、このパタヴィアでは?」

「どこにも売っていないだろうねぇ」

 これが答えであった。売ってないとなると、どうしようもない。

「そもそも栗入りらうめんなんておいしくなかったさ。それよりも、クッパタを買いなよ」

 店主はあたりまえのことを言って勧めた。そしてユコも「うん、おいしくない」と同意している。

 しかしクッパタではダメなのだ。クリボー老人が求めているのはクリジュゲなのだ。

 クリボー老人は、クリジュゲの復興を目指しているのだろうか……

 

 ここにクリジュゲが無いのであれば、仕方がない。

 ラムリーザたちは、今週は一旦フォレストピアに戻って、次に来る時にクリジュゲを持ってきてクリボーに手渡せばよいと考えた。

 こうして四回目となるクッパ国の旅は終わった。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き