五分前精神
1月28日――
休日が終わると、すぐに学校だ。飛空艇のおかげで、移動での疲れはほとんどない。
朝、登校時、ラムリーザはいつものようにジャンと駅で合流して一緒になる。ジャンは休日は自動車の運転免許取得に勤しんでいるので、クッパ国探求の旅には参加できない。だから、こうして休日明けに進捗を聞くのがいつもの流れとなっていた。
ソニアは、リリスやユコとソフィリータと四人一緒に、何やら「ず~いずいずっころば~しは~なみ~そずいっ」などと、手遊びを楽しんでいる。
「どうだ? クッパのについて進展はあったか?」
「わからんなぁ……、でもクッパにクリボー老人をぶつけてみようと考えているよ」
「ほぉ~、噂のクリボーか。どんな人なのか見てみたいものだ。他は何かあった?」
「そうだねぇ、反クッパ同盟を解散させたかな」
「なんだそりゃ?」
クリボー老人の名前は、犯罪歴史学、クッパ国の滅亡の話で割と有名だが、反クッパ同盟はただの迷惑者集団であり、知名度は全く無い。だから、ラムリーザたちが解散させたからと言って、それほど名声が上がるわけではなかった。それに、評判の悪いムェット店は残っているし、ミキマルは泥棒まがいのことを、まだ続けている。
汽車で十分程移動して、ポッターズ・ブラフの駅に到着。ここで反対方面からやってくるリゲルたちと合流するのもいつも通りである。
「そうそう、イシュトさんのレコード、フォレストピアとポッターズ・ブラフ地方で売り出してみたけど、結構売れている感じだぞ」
クッパ国の話の次は、例のイシュトレコードについての話だ。独特なイシュト・ロックと命名された――ただし浸透しているわけではない――は、そこそこ人気があるようだ。
「結構売れてるって、どのくらい?」
「そうだなぁ、一週間でえ~と……、週間ランキング四十八位に入っているぞ」
上位ってわけではないが、無名なグループにしてはそれなりに売れていることとなる。
「またジャンが買い占めたんだ」
レコードの話を聞いて、ソニアが横から口をはさんできた。ここからは徒歩で通学するので、はなみそずいゲームは終わったようだ。
「してねーよ――ってか『また』って何だよ」
「あたしたちのファーストシングル、買い占めたくせに」
「しとらんわ!」
ソニアの言うファーストシングル、今年の夏休み前にユライカナンで出してみたところ、チャートの十七位まで登ったという結果を出していた。
「今度はラムがイシュトのレコード買い占めて一位にさせてあげるんでしょ」
「なんでやねん――あ、ひょっとして握手券入れたりした?」
ラムリーザは、ふと思ったことをジャンに尋ねてみた。
「何だそれは」
「ん、入ってないならそれでいいよ」
「握手券ってなぁに?」
新しい単語にソニアが食いついた。
「この前イシュトと会った時に話したんだけど、レコードを売る方法として付録として握手券ってのを入れるんだ。そしたらファンが握手できることを求めて、その付録目当てに買うってことさ」
ラムリーザは、イシュトとの雑談で語り合ったことを話した。
「その券があると、握手できるの?」
「そうだよ。ソニアも僕と握手できる券が有ったら欲しいだろ?」
「全部買い占めて、誰もラムと握手できなくしてやるんだ」
「ほら、完売できた」
要するに、おまけ目当てでレコードを買わせる作戦である。
「それ、使えるな」
ジャンは、小さく呟いた。
「使うのか?」
「ラムリーズのレコードにリリスの握手券を入れるんだ」
「いかんだろ? というかリリスに握手させるんだ」
「それはいかんな、ソニアに握手させよう」
ジャンは、自分の恋人を他人と握手させたくないのか、ソニアに押し付ける。
「ソニアなら喜び――いや、嫌がると思うぞ。それに一人でレコードを何千枚も買っても、どうせ捨てるだけだろが」
「捨てたレコードは回収して、再利用させてもらうさ」
つまりジャンは、捨てられたレコードを溶かして再び作り直すらしい。しかし、音楽ではなく握手目的なら別にレコードでセット販売する必要は無い。ライブを開いて、そこで握手券を売ればいいのだ。そんなことをしてレコードの売り上げ状況を、わけのわからないものにしたくないものである。
握手を押し付けられかけたソニアは、再びリリスたちの輪に戻って、登校する順番がどうのこうのと口論を始めている。やれあたしは戦士だから先頭だの、あなたは遊び人だから最後列だのと、まあ特に深い意味は無い。
「そんなに握手したいなら、ジャンの握手券入れろよ」
「仕方ねーな、サードシングルの売り上げは、俺が貢献してやるか」
「どういった層がジャンと握手したがるのだろうね」
ジャンはラムリーズでは裏方だろという突っ込みは置いておいて、それはラムリーザに取って興味があった。
「各界の有名人さ。そうだラムリィお前の握手券も入れておこう」
「やなこった。それよりも、二枚目のシングルはどれぐらい売れた? 前回のファーストシングルは十七位だったけど、いきなり一位になったりするん?」
「そううまくいかないさ、二十四位だよ」
どうやら一枚目は、領主様のバンドグループと言った所で知名度で売れたようだが、現実は甘くなかったようである。まぁこんなものだろうと捉えておくしかない。
「下がったね」
「一枚目は物珍しさで売れたけど、二回目からは真のファンが買ったり実力を評価されたりするからな。それでもトータルで七千三百十枚売れたからよしとしよう」
この売り上げ数が良いのか悪いのかは、ラムリーザにはわからなかった。ジャンはサードシングルは慎重に行こうと言っているが、そもそも帝国でオーディションを受けて合格したわけではない。素人バンドが勝手に隣国ユライカナンの交流都市で細々と活動しているだけだ。
よく考えると、そっちの方が問題視されるかもしれないのだ。
「オーディション受けるか?」
ジャンも気にしていたようで勧める。
「ん~、どっちでもいいや」
しかしラムリーザは消極的だ。今は自由な学生だが、いずれは領主の仕事が待っている。その内――数年後、バンド活動に全力で取り組めない日がやってくるだろう。
そんな話をしている内に、そろそろ学校に着く頃となった。
週の初めには、朝一で全校生徒を集めての朝礼がある。そのために、その日は遅刻したら結構怒られるのだ。
「あれ、めんどくせーよな、校長の話がまたなっげーし」
学校が近づくと、ジャンは頭の後ろで手を組んでぼやいた。
「帝立ソリチュード学院だから、院長先生だろ」
細かい突っ込みを入れるのはリゲルだ。
「なんだか病院みたいだねぇ」
そんな具合に、朝の朝礼をありがたがっているのは先生ぐらいで、朝礼が楽しいという学生はめったに見かけない。この寒空の中、校庭のグラウンドに並ぶなど、正気の沙汰とは思えない――というのはちょっと大げさすぎるか。
朝礼は朝の八時半から始まる。今は二十四分、ギリギリになるかもしれないが、十分間に合うだろう。少しでも外に並ぶ時間を少なくするためには、できるだけ開始ギリギリに参加するべきである。
ラムリーザ一行が校門をくぐった時、周りの生徒が慌てた感じでグラウンド目指して走っている。
「何だ? まだ十分時間はあるよな?」
ジャンは周囲をキョロキョロしながら、皆の動向を気にしているようだ。
「まだ五分あるみたいだねー、かったるいなー」
ラムリーザは思わず本音が出てしまった。ソニアの前ではきちんとしていないと彼女がつけあがるので、あまり否定的なことは言いたくなかったのだが、つい、である。こうなるとソニアは、「ラムが嫌と思うことは一緒に逃げ出そう」などと言い出すから困ったものだ。
「あっ、いけないっ」
その時、ロザリーンが驚いたような声を上げる。何かを思い出したような顔をしている。
「なぁに、忘れ物?」
ソニアは自分の事を棚に上げるようなことを聞く。例えば小学生時代のソニアなどは、――本人の名誉のためにここは割愛。最近は少なくなってきていると擁護しておく。
「新しいルールで、五分前精神ってのがあったような気がします」
「あぁ、あったな」
ロザリーンに言われて、リゲルも思い出したようだ。ソニアなどは、「クッパタを五分前に作るの?」などと、食い意地の張った的外れなことを言っている。リリスなどは、「おととい来やがれって、二日前精神かな」などと、これまたよくわからない。
「なんだそりゃ?」
ジャンも普通は分かっていないようだ。
「何か集会や行動をする時、余裕を持って行動するとか、常に先を見て行動するとかで、五分前行動、五分前精神というものを、生徒会からの新しいルールで提示されていました」
「えっと、今は四分前? これってどうなる?」
ラムリーザは、校舎の壁に備え付けられている大時計を見て、今現在朝礼開始四分前だということに気が付いて、意見を求めてみた。
「まずいと、思います」
ロザリーンは困ったような表情だ。
「でも番長来てないよ」
ソニアはレフトールを槍玉に挙げるが、彼は別格、模倣してはならない。
とにかく急いでグラウンドに駆けていく。すでに大勢の生徒が集まって、綺麗に列を作っていた。不平不満を言いつつ、それでも従ってしまうのが普通の学生である。不満だからと言って抗争などを始めてしまうようでは、ちょっとやりすぎな所もあるかもしれない。
それでも、一部の生徒は間に合わなかったようで、ラムリーザたちと同じくパラパラと駆けていく様子が伺える。
「全く、行動がだらしない!」
そこに、生徒会長ケルムの声が響く。ケルムは列を作っている生徒の前、先生たちと一緒に並んで遅れてきた生徒をしかりつけていた。
そのうちラムリーザたちも、彼女に見つかってしまった。
「あら、隣町の領主様は、ずいぶんとのんびり屋ですね」
しっかりと好機を逃さず、嫌味っぽいことを投げかける。
ラムリーザは「隣の国の領主の娘は、もっとのんびりしているよ」と言いそうになったが、ここはやめておいた。素直に、ごめんなさいをしておく。
予想通り、堅苦しい政権が始まったようだ。めんどくさいねぇ。
ちょっとしたトラブルはあったものの、ラムリーザたちも三分前には列に加わり、時間通りに朝礼は始まった。
朝礼の始まりには、いつも帝国の国旗に向かって敬礼するところがある。まるで軍隊だ。週番の先生の、「一同――敬礼!」の号令で、生徒全員はビシッと敬礼のポーズを取る。
ラムリーザの前に並んでいるジャンが振り返って、ラムリーザの顔を見ながら右手の人差し指と中指を自分の目の前に持ってきて、ピッと指を開いて見せた。敬礼は敬礼でも、ラムリーザが発案(?)したフォレストピア式敬礼――として定着してしまった――のポーズを取った。ラムリーザは地面を蹴って、ジャンの膝元に土と小石をぶつけることで、それを答礼として済ませた。
今日もその時がやってきて、号令をかける先生が一歩前に出た。
「一同――!」
そして、号令がかかる。
しかし今日は、「敬礼」の号令よりも少し早く、「ぶぉーっ」なる不思議な音が周囲に響いた。
ラムリーザは何も考えずに、惰性で(ちゃんとした帝国の様式にのっとった)敬礼を国旗に向けていた。周囲の生徒も、普通に敬礼している。
しかし何の音だったのだろう? 一同敬礼ではなく、一同ぶぉーっ。号令ではなくラッパで合図するように変えたのだろうか。
考えてもよくわからないので、ラムリーザは気にせずそのまま流すことにした。
その時、ラムリーザの隣で「ぶふっ」と噴き出す声が聞こえた。ソニアは音が面白かったのか、噴き出してしまったようだ。それを聞いて、リリスもつられて噴き出してしまう。
ソニアから始まった小さな笑いは、少しずつ輪を広げていって、そのうち生徒のほとんどが笑い出してしまった。
朝礼が終わった後、ケルムたち生徒会メンバーが、ソニアの近くに集まった。
「なぁに?」
怖い顔をして睨み付けるケルムを、ソニアはしれっとした顔で迎える。
「あなた、厳粛な朝礼を乱しましたね」
どうやら、全校生徒の笑いを誘発した元として摘発されたようだ。
「だって号令じゃなくて不思議な音が響いたんだもん」
脅されて脅えるソニアではない。あたしは悪くないとばかりに、不思議な音を槍玉に挙げて返す。
「あなたがやったのでしょう?」
「あたしやってない!」
「それではラムリーザ?」
「僕も違うよ。というより、あの音は何だったのですか?」
「それではジャン?」
ケルムは、ラムリーザの質問は無視して問いかけてきている。
「あの音なら、あっちの方から聞こえたぞ」
それを聞いたケルムは、一同をじろりと睨み付けた後で、不思議な音が発生したであろう場所へと向かって行った。
教室にて。
「あれ、誰かが屁をこいたな」
レフトールが、不思議な音について解釈を述べていた。
解釈の内容もさながら、レフトールが朝礼に出ていたのが驚きだ。ラムリーザたちの知らないところで列に加わっていたのかと思ったが、実際は離れた場所から見ていただけだったそうな。
「言われてみたら、そう聞こえんでもないな」
ジャンは納得している。つまり、不思議な音の正体は、誰かが朝礼の最中に特大の屁をかました、ということになってしまう。
「お前らは屁の合図で号令されたみたいなものだな」
いつもながら、リゲルの言うことは正論だ。だからと言って、称賛されるようなことではないこともしばしば。
「俺は動いてねーぞ」
そもそも参加していないレフトール、動いていたらそっちも不思議だ。
「やっぱりおならだったんだ。あたし間違ってなかった」
「あなたがおならしたのでしょう?」
「してない!」
ソニアもリリスも平気でおならの単語を述べる。
「ラムリーザあなた、おならの号令で敬礼していたね」
続いてリリスはソニア攻めではなく、ラムリーザ攻めをしかけた。
「ラッパの音かと思って……」
ラムリーザの台詞には力が無い。もしも本当に屁だったのなら、屁の合図で敬礼してしまったことになる。
「あのぶぉーっは、本当に屁だったのか?」
ラムリーザは、最後の望みをかけて皆に問う。
「屁だったな」真顔でレフトール。
「ああ、屁だな」と続けてジャン。
「いや、ジャンも敬礼していただろ」
ラムリーザは、自分の前でジャンが敬礼するのを見ていた。
そんなことを言うと、ジャンは再びラムリーザを正面に捕えてフォレストピア式敬礼を仕掛ける。
「おならで敬礼したソニア」
「おならの合図で動くリリス」
「ぶふっ」
ソニアとリリスの便乗口論を聞いて、ラムリーザは思わず吹き出してしまった。
後ろからはリゲルの「くっくっくっ」と笑う声も聞こえる。
「お、リゲルも敬礼していたからな」
離れていた場所から見ていたレフトールは、ラムリーザの後ろに並んでいるリゲルの行動も見ていたようだ。
「おならで敬礼するリゲル」
ソニアの一言がとどめとなり、ラムリーザは盛大に笑い出してしまった。後ろからど突かれたラムリーザを見て、ジャンとユコも笑う。
朝礼の時と同じように、ラムリーザの周囲で再び笑いの輪が生まれ育ってしまった。