ゆらいかなんデンキKIRAKIRA合唱団
1月30日――
「あなた、今朝おねしょしたでしょ」
「してない!」
放課後、ジャンの店にあるスタジオにて。
部活動と称しての部活動のつもりだが、早速ソニアとリリスが意味の無い雑談をしている。雑談というよりは、根拠のない話――まぁどうでもいい。とにかくこれは、珍しくもなんともない日常の光景だ。
「ラムリーザ、今朝ソニアおしっこしていた?」
これがリリスの、女の子の台詞である。妖艶な見た目とのギャップの酷さを感じる言葉、しかしジャンはそこが良いなどと言っている。世の中にはギャップ萌えという言葉があるそうだが、この際どうでもいい。
こうしてラムリーザは、ソニアの生理現象についてリリスに返答しなければならなくなった。ラムリーザとソニアが一緒の部屋で生活していると言うのはもう周知の事実で、今更論議するような内容ではない。
「していた――と思うよ」
否定も肯定もできず、曖昧に返しておく。しかしリリスにとっては、それで十分な様であった。
「ほら、おねしょしているじゃないの」
笑みを浮かべた美しいどや顔を、ソニアに向けて攻撃をしている。ラムリーザは、そんな意味で言ったのではない、と訂正しようと思ったが、そもそもその会話が意味不明なのだから、勝手に口論させておくがままにしておこうと考えて黙っていた。
「おねしょじゃない! 便所でやった!」
「間に合わなかったのでしょ?」
「間に合った!」
「おねしょの後始末でしょう?」
「なんでそうなるのよ!」
どうやらリリスは、昨夜から今朝にかけてのどこかで、ソニアが寝小便をしてしまったことにしたいらしい。いつもながら、謎の展開だ。
怒ったソニアは、懐から小さな瓶を取り出して、中身の液体をリリスにぶっかけた。
「ちょっと何すんのよ!」
自分で攻撃しておいて、反撃を喰らって怒るリリス。振りかけられた液体を払うと、そこからエンエン音がする。相変わらずブタガエンを持ち歩いているソニアであった。
そこに、ジャンが店の準備の合間に現れた。
「珍しいイベントの予定が入ったぞ」
「珍しいイベント?」
ラムリーザは、思わずオウム返しに問う。
「ソニアが脱ぐのかしら?」
リリスはまだソニア攻撃の最中だった。ソニアの反撃である瓶の一振りは、今度はひょいとかわした様だ。液体はリリスの背後にある壁に当たり、エンッと音を立てる。
「むっ、リリスが全身縛られたらいいんだ」
ソニアはリリスにブタガエン攻撃をかわされて、次は同レベルな口攻撃を繰り出した。
それらの内容は、それはそれで珍しいが、ジャンがそんなイベントを用意するとは思えない。
「そんな十八禁なイベントじゃない、全年齢対象だ」
つまりそのイベントは、Z指定ではなく、A指定といったところか。そもそもナイトクラブというジャンの店が、全年齢対象とは言い難いが……
「わかったわ、ソニアがパンツの中に鉄球を入れて踊るのよ」
「リリスがビキニアーマーでフォレストピア駅前で待ち合わせ!」
「それはまだ年齢制限が入りそうだぞ」
二人に合わせるジャンは、話の先をなかなか切り出さず、二人のくだらない意見を楽しんでいるかのようである。
「ソニアがラムリーザに振られた慰め会かしら?」
「リリスがクリボーと交際開始おめでとう会!」
元々クリボーは適当な奴扱いであったが、クッパ国跡地で実際に会ってからは冗談に使いにくい。ただし、ソニアは気にしていないようで、普通に煽り攻撃に使う。
「惜しい、惜しすぎてソニアとリリスが付き合ってしまうほど惜しい。正解は――」
「ソニアがまー病にかかってしまった祝い」
ジャンの言葉を遮って、リリスは祝いになるのかどうかわからない祝いを作り出した。
「リリスの顔面にうん――むーっむーっ」
ソニアの答辞は、危険を察したラムリーザの手によって防がれたのであった。まー病だのソニアが言いかけたものなどは、最近流行っている――のかどうかはわからないが、アニメ番組で、確かエリマキ昆虫超人大集合だっけか? その内容は今は割愛。
「ジャン、話を進めてくれ」
放っておいたら、二人はいつまでも討論会を続けてしまうだろう。ラムリーザは、ジャンに話の先を促す。
「驚けよ――」
「ソニアがおむつ取れた祝い」
「やめようね」
ラムリーザは、ソニアの口を塞いだまま、声のトーンを落としてリリスを注意した。リリスもソニアの反論が来ないのがわかって、ようやくその意味不明な口を閉じた。
「ユライカナンに、新しいバンドグループが誕生して、活動を始めたそうだぞ」
「へー」
「今度そのグループのライブを、俺の店で開催するぞ」
「へー」
ラムリーザの返事は同じであった。
「なんだよ、あまり驚いてないな」
「よくある話じゃん」
ジャンの持ってきた情報は、ラムリーザの周りではよくある話だった。ジャンは、常日頃から店のステージで演奏するバンドグループを集めていた。それは帝国だけでなく、隣国ユライカナンからも募集をかけていた。その話をラムリーザは、ジャンからよく聞いていたのだ。
「ならばそのバンド名を聞いて驚くなよ」
「すっごーい!」
「まだ言ってねぇ!」
ソニアはラムリーザによって塞がれている手をかいくぐって、茶々を入れた。
「わかったわ、風船というグループ名でしょう」
ソニアの口が復活したら、早速リリスは煽りを入れた。
「全然違う」
「何ね」
二人がうるさいので、ラムリーザはその口を遮って話を促した。ソニアが「魔女組」とか言ったような気がするが、ここはスルーだ。
「ゆらいかなんデンキKIRAKIRA合唱団!」
「なんやそれ」
ラムリーザは、えらくキラキラとした派手なバンド名だなと思った。しかし、どこかで聞いたことがあるような気もしているのだった。
「まだ驚いてないな。それならこれでどうだ、そのグループのリーダーはイシュトだ」
「なんですと? ――というか、そういえばレコード出していたな」
一瞬驚きかけたラムリーザだったが、すぐに先日聞いたレコードを思い出した。それに、イシュトと会ったときにも言っていたような気がする。確か「いずれはフォレストピアで公演してみたい」と。
しかしその時の話では、メンバー各々のパートは話していなかったと思う。そこでラムリーザは、ジャンにメンバーについて知っていることを尋ねてみた。
「そこは公演当日のお楽しみなのだとさ」
どうやら秘密にしておくようである。
「イシュトさんは、専属ボーカルに違いありません」
「そうね、あの歌を演奏しながらは無理よ」
ユコとリリスはそんなことを言っている。確かにラムリーズでコピーしようとした時、演奏しながらではリリスもソニアも歌いきることができずに、結局それなりにコピーできた時は、リリスがリードギターを捨てて歌に専念した時だけだった。
「それと、イベントの計画を受けた時に、お礼としてこんなものをもらったぞ」
ジャンがテーブルの上に置いたものは、ウォーターゲームというものだった。これは、イシュトの部屋に泊まった時に、ソニアが夢中になって遊んでいたものだ。
その時遊んでいたものは、水の中でする輪投げの様な物。今回プレゼントされたものは、ボタンを押した時に生じる水流で玉を吹き上げるもの。それを枠の中に入れる玉入れのようなものだった。
幼稚なソニアはすぐに飛びついて、玉入れで遊びだす。そしてこれまた幼稚なリリスも寄ってきて、興味津々な様子を見せている。
「そうそうラムリィ」
「なんだようれしそうな顔をして」
「俺、仮免取ったぞ」
「仮免? ――ああ車か。一か月もかかっ――いや週末とか学校が終わってからだけだとそんなものか」
「おうよ、春までには俺も運転できるようになってやらぁ」
ジャンは、自分以外が運転免許をすでに取得していたことが、よっぽど悔しかったようである。今回のパタヴィアでのイベントを無視してまで、教習所通いを続けている。その成果は順調に出ているようであった。
「――ということは、リリスも?」
「おぅ、リリスはトラック運転できるようになるぞ」
「私も春までにトラック――あるのかしら?」
ソニアのプレイする輪投げゲームをちらちらと見ながら、リリスはトラックの存在を尋ねた。一方のソニアは、玉入れゲームに熱中している最中だ。水の中で赤や青の玉がふよふよと動いていて、それはそれで美しいものがあるのかもしれない。
「輸送関係はリゲルに聞いた方がいいけど、今日は来ていないなぁ」
リゲルは、週末に行っているパタヴィア探索の関係で、ロザリーンやミーシャと御無沙汰になっている。そこで最近は、平日は二人との時間を優先しているのだ。均等に平等に……
「リリスには、将来俺の店での輸送関係は任せようかな」
ジャンはリリスの仕事を斡旋しようとしている。
「宅急便かしら?」
リリスの問いに、ジャンは「それもある」と答えた。
そこにソニアが「魔女の宅急便」などと余計な一言を挟み込んでくる。
「怪しげな薬とか、好きでもないニシンのパイとか運んでそう」
むっとしたリリスは、ソニアからウォーターゲームを奪って、部室代わりのスタジオから走り去ってしまった。
「こらぁ、待たんかぁ!」
おもちゃを奪われたソニアは、リリスの後を追って飛び出していく。この状況では、今日の部活は中止もやむを得ないところだろう。
「やれやれ、ウォーターゲームは後で隠しておくとして、それよりもラムリィ、最近この街でトラブルが多発していると聞くぞ。店に来る客も、時々その不満を漏らしていたりするんだ」
二人が出ていった扉を見ていたジャンは、急に真顔になってラムリーザに話した。街でトラブルが発生しているのなら、その対処に取り組むのも領主の務めとなっている。領民の悩みを放置するか解決してやるかで、領主の価値を問われる。
「どんなトラブルが発生しているんだろう」
しかしラムリーザの手に余るトラブルだと困る。騎士団なり憲兵なりを的確に動かさなければならない。
「お前らの追っている奴だよ。クッパと『クッパの』の噂とトラブルが広がっているぞ」
「あちゃーっ、犠牲者拡大中かぁ~……」
ラムリーザは、自分の手に負えそうなトラブルだったと言う安堵と、そのトラブルの原因がクッパのだったという事に対する脱力感に捕われた。
それでも「クッパの」に関しては厄介だ。客が品物を取られたからと言って店主に不満をぶつけるわけにもいかない。そもそも店ではクッパのなど、記録の上では売っていないのだから。
「たぶん次の会議で議題として挙がるぞ。客も店主も困っている」
「客はともかく、店主も?」
「売り上げ金の帳尻が合わなくなるのだよ」
つまり、売っていない物を買ったために、商品は減らずにお金だけが増えている。クッパのが売れれば売れるほど、在庫と資金のつじつまが合わなくなるのだ。
「まったく、『クッパの』って何だよ」
ジャンはぼやくが、ラムリーザも噂で聞いた話でしか知らない。
クッパが実は生きていて、店にこっそりとクッパのを置いて、それを買ってしまった不幸な客から取り上げる。そんな意味の分からないことをやっている、としか言えないのだ。
「早くクリボー老人を連れてきて、クッパをなんとかしないとね」
ただし、クリボー老人がクッパの亡霊を消せるとは限らない。最悪この一連の出来事が、パタヴィアによるフォレストピアを混乱に陥れる陰謀である可能性もあるのだ。
「クリボーなぁ、歴史の教科書に載るような奴だぞ、クッパ国の滅亡要因として」
パタヴィアでの話を知らないジャンは、歴史でしか知らないからこの認識である。しかし、そこからいろいろと話を聞いてきたラムリーザは、
「クリボー老人は被害者な、クッパ王がアホなだけだったんだよ」
犯罪発生率や検挙率が酷いので、全責任をクリボーに負わせただけである。数字の上でのみ解決を図ったというアホな政策を行い滅亡しただけだ。
しかしそのクッパ王が、フォレストピアで何故か甦って騒ぎを引き起こしている。全く困ったものだ。
こうして、ゆらいかなんデンキKIRAKIRA合唱団の公演を、ジャンの店で行う話が決まった。