チョコレート頂戴

 
 2月1日――

 
 再び週末の休みがやってきた。今回の旅で、なんとしてもクリボー老人を連れてきて、クッパの亡霊にぶつけてみたいものだ。

 移動時間を簡潔にするために、学校が終わると旅行組はリゲルの住む家に向かった。レフトールは準備があると言って一旦自宅へ向かい、すぐにリゲル邸か駅に向かって合流するとのことだった。

 ユコは初めての訪問であるが、ラムリーザとソニアは一度行っていた。その時の目的は――

 それを思い出してか、リゲル邸に近づくにつれて不機嫌になっていく。何かと思えば、去年のオークション騒動を思い出しているのだ。

「どうしたんですか、苦虫を噛み潰してじっくりと味わっているような顔をして」

 すっかり似非お嬢様言葉の抜けたユコが、ソニアに尋ねた。ただしその内容は、少々気持ち悪い。

「リゲルが悪い」

 ソニアは不機嫌そうな顔のまま、短く答えた。

 一方のリゲルは、それらには反応せずに屋敷に入っていった。別にソニアがリゲルに文句を言うのは今更珍しくない。

「お邪魔します~」

 初めてのリゲル邸に、ユコはワクワクしているようだ。ラムリーザとソニアもそれに続いて上がり、とりあえず客室で待っていた。

 しばらくして、私服に着替えたリゲルが登場した。

「チョコレート頂戴」

 そんなリゲルを迎えたのは、ソニアのぶっきらぼうな一言だった。

「なんでだ?」

「あたしのおかげで命が助かったんだから、チョコレートの一枚や二枚は出すべき」

 リゲル邸に来た事で過去の嫌な出来事を思い出したのと、先週の旅で起きた出来事を合わせて言ったようだ。

「まだ言ってるのか、恩着せがましい奴だな」

 リゲルはめんどくさそうにしている。しかし、反クッパ同盟の攻撃から、ソニアに助けてもらったのは事実だ。リゲルはそれが事実であるゆえ、無視できないところが厄介だと感じていた。ソニアに借りを作ったのが、彼の一生の不覚――とは言いすぎである

「では、どうしろというのだ?」

「またチョコレートが欲しい」

 ソニアは、ようやくねだり先を正した。これまでは何度もラムリーザに「おなかがすいた、チョコレートが欲しい」と言い続けた。その都度ラムリーザは「リゲルに言え」と言って逃げ続けたものだ。

 そして今日、珍しくソニアの方がリゲルよりも立場が強くなったので、直接ねだれたというわけだ。偶然か、去年の今頃、ソニアがリゲルからチョコレートを貰っている。

「仕方ねーな、そんなにあれが欲しいのか。もっと南方の熱帯地方でしか原料が育たないのを知っているのか?」

 リゲルが言うように、チョコレートの原料であるカカオというものは、熱帯地方で育つ植物だ。帝国も南国で温暖だが、カカオが育つような気候ではない。だから、熱帯地方で育ったカカオを収穫して、そこから輸送して持ってくるしかないのだ。

 カカオの取れる国とはそれほど国交があるわけではない。だから、いろいろと金が掛かってややこしい。

 それゆえ、リゲルも簡単に手に入れられるわけではないのだ。

 しかしリゲルは、ここであることを思い出した。

「おいラムリーザ、夏休みに行ったマトゥール島は熱帯地方だよな」

「うん、あそこは常夏だよ」

「ふむ……」

 リゲルは、カカオの実や完成したチョコレートを入手するのではなく、苗そのものを頂いて熱帯地方に位置するマトゥール島で生産するのも悪くないと考えたのだ。

 それ程大きくない島なので、大規模の農園が作れるわけではない。だから収穫もそれほど多くは望めないだろう。

 しかし、ソニアの要求を満足させられるぐらいの収穫なら、十分に見込めると考えた。

 それに、チョコレートを国内で生産できるようになれば、民衆に知れ渡る機会も増えるだろう。そうなれば需要も増し、熱帯の国と取引しても採算が取れるようになるかもしれないのだ。

 それでもたちまちは、ソニアを黙らせればそれでいいのだ。

 まずはマトゥール島で小規模のカカオ農園を作り、いずれは外交ルートで大量に輸入すればよい。そのために必要な物と言えば――

「ところでラムリーザ、今日はこれからパタヴィアに行くのだな?」

「そうだけど何か思う所があるのか?」

「何か忘れていることはないか?」

「別に何も――あ、そうか、クリジュゲを買って行かないとな」

「そっちか。別に今日買わなくてもよいのだが、まあよい」

 リゲルは何か言いたげだが、それ以上言うことはなかった。

 

 リゲルの家でごそごそしているうちに、レフトールが準備を終えてやってきた。そのままリゲルの運転する車に乗って出発だ。

 最初の飛空艇と違って、新しい戦艦は内部が広い。それゆえに、車の一台や二台は余裕で積める。

 パタヴィアについてからも、移動手段としての車があったら便利だ。だから、今回はそこまで車で行こうという話になったのである。

 リゲルの住む屋敷を出発して、フォレストピアに向かう。

 ラムリーザの屋敷に行く前に、雑貨屋である勇者店に立ち寄った。クリボー老人がクリジュゲを求めているので、ここで買っていく。パタヴィアではいろいろあって、クリジュゲは販売停止になっているのだ。

 しかしソニアとユコは、「クッパの」を警戒して店に入らない。この二人のような人が増えたら、勇者店は大打撃を受けてしまうだろう。

「これはいよいよクッパの問題だな」

 そんな様子を見て、リゲルは呟いた。クッパが勇者店を狙った嫌がらせ攻撃なのかどうかはわからない。ただし、その影響はじわじわと悪い方向へ向かっている。

「リゲル、チョコレートリョーメン買ってきて」

 そこにソニアは、リゲルに無茶な注文をつけた。

「買ってきたらそれ食えよ」

 考えるだけで気持ち悪いと思ったリゲルは、適当に答えておいた。

 店に入るとラムリーザは、インスタントリョーメンの棚をじっくりと見てまわる。並んでいるのはクッパタ、メットゲ、ゲップク、クリジュゲの四種類のみ。クッパのなど、どこにも置いていない。そこで何の迷いもなくクリジュゲを選んでレジに向かった。

 ついでにレフトールもラムリーザに続いて、メットゲを持っていく。

「ラムさん、これも買ってくれや」

 どうやらたかる気満々の様である。

 残ったリゲルは、少しの間インスタントリョーメンコーナーを見つめていた。

「クッパの、か……」

 リゲルは並んでいるカップを再び見る。クッパタが一番売れていて、メットゲとゲップクがそれに続いている。そしてクリジュゲは、ほとんど売れていない。

「ん?」

 リゲルの目の前、ゲップクとメットゲの間に「クッパの」と書かれているカップが一つ。

 リゲルは目をこすった。瞬きを三度程してから再び見る。やはりクッパのと書かれたものが置いてある。

「本当にあるぞ」

 リゲルはラムリーザとレフトールを呼ぼうとした。しかし二人はもう店を出たのか、レジの前には居なかった。

 仕方がないのでリゲルは、クッパのを手に取ってレジに向かった。これを買わなければならない、そんな気がしているのだ。

 普通に購入して店を出る。店の外でラムリーザとレフトールの姿を探すが、どこにも居ない。店の前で待っていたソニアとユコも居ない。それどころか、周囲の通りにだれ一人居ない。この辺りはフォレストピアの中では繁華街で、日中人が居ないことはほとんどなかった。

「あいつら、車も動かしたのか?」

 それどころか、停めてあったはずの車さえ見当たらない。ソニア辺りが勝手に動かしたのだろうか。

「おい」

 その時リゲルは、突然誰かに話しかけられた。

 振り返った先には、いつの間にか一人の男性が。そしてリゲルは、それが誰であるのかすぐにわかった。

「クッパだな」

 リゲルはクッパ国の跡地でクッパの描かれている壁を見ていたのだ。これでソニアやユコの戯言ではなく、リゲル自身も見たことで事実としてより一層認識されることとなった。

「やはり生きていたか」

「そんなことはどうでもいい。それよりも、それは何や?」

 リゲルの問いかけに答えず、クッパらしき者は、リゲルの持つ「クッパの」に執着した。

 リゲルは、なるほどこれがソニアたちの言っていたことか、と改めて認識し、普通に答えてやった。

「クッパのだが、どうしたか?」

「俺のか、返せ」

 このやり取りも、散々ソニアに聞かされたことだ。クッパのと言えば、たしかにクッパの物と捉えることもできる。多少無茶なこじつけではあるが。

 リゲルはここで、クッパに反抗してみたらどうなるのか? そう考えた。力ずくで奪いに来るのか、それとも――

「おう」

 リゲルは身構える前に、クッパに「クッパの」を渡していた。頭では反抗しようと考えたが、何故か素直に渡してしまったのだ。

 しまった、と思ったときには遅かった。クッパは既に立ち去った後であった。

 気が付くと、リゲルの目の前にはラムリーザとレフトールの姿が。雑貨屋の前には乗ってきた車が止まっており、そこにソニアとユコが乗っている。

「リゲル遅かったな」

 ラムリーザはリゲルに話しかけた。

「ん? ん……、なるほど、そういうことか」

 リゲルは、いろいろと合点がいった。あのソニアが素直に渡すはずがない。しかし取られたと騒いでいる。リゲルも渡すつもりはなかったが、気が付けば素直に渡していた。

 クッパはクッパのを奪い取りに来ただけ。しかも、それは精神攻撃のように、素直に渡してしまう結果となる。そもそも買うつもりもなかったのに、何故か買わなければならないような気になったのだ。

 店側は売ってないと主張し、もともとそんな物は無いことになっている。しかし代金は支払っているので、物品と売り上げに誤差が生じてしまう。

 それに、クッパのを見つけてから奪われるまで、まるで別の次元に居るような錯覚に捕われていた。

 やはり霊的な何かなのか。

 リゲルは、いろいろと悟ったような顔で、車を運転してフォレストピア邸へと向かって行った。

 

 フォレストピア邸にて、飛空艇発着場。

 五人がそこに向かうと、巨大な戦艦ソフィアの前でラムリーザの母親であるソフィアが待っていた。

「母さんどうしたの? 今回は母さんも一緒に行くのか?」

 ラムリーザは、珍しいと思いながらも尋ねてみた。それと、母親に断らずに勝手に戦艦の名前に使ったことをどう思っているのか考えた。

 ソフィアは軽くため息をついて言った。

「明日は月初めの週末、フォレストピア会議の日ですよ」

「あ……」

 ラムリーザは、すっかり忘れていた。そう言えば、先月もその会議のために急きょ帰還したこともあった。

「大事な行事を忘れるのでは困ります」

「ごめん、気を付けるよ」

 ラムリーザは、仕方なく四人の方を振り返って言った。

「今回はお休み、明日の会議に出よう」

「だろうな。だからクリジュゲは今日買わなくてよいと言ったのに」

「ぬ……」

 ラムリーザは、それなら言ってくれればよかったのにと思ったが、忘れていた自分が悪いのでリゲルを責められなかった。

 罪滅ぼしってわけではないが、今夜は一同を屋敷に泊めることにした。レフトールなどはラッキーと言い、ソニアなどは泊めないで帰れなどと言っている。

 

 こうしてクリボー老人との接触は、さらに一週間延期となったのである。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き