うらにわにわにわにわとりがいる その五

 
 2月5日――
 
 
 
 放課後、ジャンはリリスと二人で教室を出ていった。まだ二人の時を過ごしたいらしい。

 ユコはレフトールを率いてゲームセンターへと向かった。ゲームセンターデートみたいなものを、まだ続けているらしい。

 主だったメンバーが居なくなると、リゲルはロザリーンと共に天文部の活動へと向かった。

 そして教室には、ラムリーザとソニアだけが残された。

「みんな自由奔放だよねぇ」

 などと、一番自由奔放なソニアが呟いている。

 そしてこうなると、軽音楽部の部活はお休みとなるのだ。活動しているような、あまり活動していないような、少なくとも学校では全然活動していないと言える。

 ラムリーザはソニアと帰ってもいいし、ジャンの店にあるスタジオに立ち寄って、二人だけで練習してもよい。ただし二人の練習なら、屋敷の自室でも十分できる。

「そうだ、裏山に行こうよ」

 思いついたようにソニアが言った。裏山でやることといえば、一つだけだ。自然の中でのんびりするといった選択肢も通常ではあるが、某氏が某目的で管理している今、そんな選択肢で立ち入ることは許されていない。

「やるか?」

「やろう」

「やれば?」

「やる時!」

 こうしてラムリーザとソニアの意見は一致した。今日は学校の裏山で遊んで帰ることとなった。

 

 

 学校の裏山を、知る人はカップルの聖地と呼んでいる。

 この地を管理しているのは、三年生のニバス。ここはカップルが誰にも邪魔されることなく、落ち着いて、落ち着かないことを自由にするための秘密スポットである。

 ラムリーザの知っている範囲では、ラムリーザとソニア、クロトムガとチロジャル、そしてレフトールのライバルであるウサリギが利用していた。

 ジャンとリリスが、ここのことを知ったらどうするかは見ものではある。

 裏山に行くまでは、なるべく誰にも会わないように。これがニバスから利用ルールとして提示されているものの一つであった。

 ラムリーザとソニアは、こっそりと、それでいて堂々と自然を装って、校舎から出て裏山へと向かった。

 放課後は、生徒は部活動をしているか帰宅しているかがほとんどだ。裏山への道にはほとんど誰も居ないので、特に誰とも会わずにふもとへとたどり着いた。

 そこで入口を見張っているニバスの息のかかった生徒と会う。しかしラムリーザたちは既に顔パス状態であった。

 二人はいつもの場所へと向かう。そこは川のせせらぎが聞こえる場所で、気分の落ち着く場所であった。ニバスに管理されていなければ、人気のスポットとなっていたかもしれない。ある意味今も人気のスポットではあるが……

 しばらく並んでのんびりしていると、そこにニバスが現れた。

「今日も盛んだねぇ」

「先輩が言わないでください、というかまだやってません」

 やるとかやってないとかはこの際気にしなくてよいが、思わず言ってしまうラムリーザの未熟さよ。今日はニバスと彼の連れてきた相手との四人で、少しの間たわいない雑談を繰り広げていた。

「ところで――」

 話が一段落したところで、ニバスは普段は見せない真面目な顔でラムリーザに語り掛けた。

「俺はこの春で卒業なんだよなぁ」

 三年生であるニバスは、言う通りこの春卒業式を迎える。

「ご卒業おめでとうございます」

「気が早いな」

 ラムリーザの祝辞に、ニバスは苦笑いを浮かべて話を続けた。

「そこでだが、ここの管理人後継者を決める時期になったわけだ」

「ここの?」

 ここは学校の裏山、カップルの聖地。木陰が多く、えーと、うーん……なことをこっそりとやるのに適した場所。

 その地を守ってきたのがニバス、しかし彼も今年で卒業。そこで次の世代となる管理人を探しているのだ。

「ラムリーザくん、ここの管理人やる?」

 ラムリーザは少し嫌な予感を感じていたが、それは事実となった。流れから言って、自分に回ってくるのだろうなとはうすうす感じていた。

「えー?」

 そしてそれほど乗り気ではない。ソニアとは無理に裏山でやらなくても、屋敷の自室でいつでも遊べる。ここは気が向いた時だけ来ればいい、そう考えているのだ。

「君ならみんな従うはずだから」

「でもケルムさん派は無理だよ」

 ここにはウサリギも遊びに来ているし、彼の息のかかった子分も来ているみたいだ。そんな彼らがラムリーザの言うことに従うとは思えなかった。

「その半分は俺が引き受けよう」

 そこに現れたのは、ケルムの右腕であるウサリギであった。特に噂をしていたわけでもないが、ウサリギのことを考えていたらウサリギが現れたとでも言っておこう。

「ええっ?」

 突然現れた彼の姿に、ラムリーザは驚く。しかし当のウサリギは、特に敵意を見せているわけではない。

 ここでは別に二人は敵対関係になっていない。共通の目的のために、同じ場所を利用している仲間だ――というのは大袈裟だが。

 それにウサリギはレフトールに対してはライバルであり宿敵であり、闘争関係にあるものだ。しかしラムリーザの公的な立場は、ケルムと同じ目上の人。ラムリーザに手を出すつもりはないようだ。

「これで俺も安心して卒業できるな。ここは二人に共同統括してもらおう」

 この状況をニバスは喜び、勝手に二人に後を託した。ニバスぐらいの立場になると、誰それが対立しているだの、誰それは共闘関係だのいろいろと情報が入る。そしてこの場では、対立関係の立場に居るものが手を組むと言っているのだ。それだと十分に任せられると考えている。

「ニバス先輩も、卒業後にもこっそりここに来て統治したらいいのに」

 ラムリーザはそう言うが、ニバスは「バーカ、ガッコから出られないから仕方なくここでやるんだよ」と言った。どうやら自宅の自室に鍵をかけて遊ぶという考えには至らなかったらしい。その代わりここから先は、金を稼いでちゃんとした場所で遊ぶと言うのだ。良い事なのか良くない事なのかはわからない。

 ニバスは満足したような感じで立ち去り、草むらにはラムリーザとウサリギ、そしてソニアとウサリギの連れてきた彼女の四人が残った。

 少しの間、遊ぶでもなく話すでもなく、静かな時間が流れていた。聞こえるのは鳥のさえずりと、川のせせらぎだけだ。

「そう言えばケルムさんは会長になれたね、おめでとう」

 最初に口を開いたのはラムリーザだった。しかしその言葉を聞いて、ウサリギは少し眉をひそめた。

「そうだな。そのことだが、お前気を付けろよ」

 そして、忠告めいたことを言う。

「なんで?」

「ケルムさんは、お前の全てを奪ってやると言っていた」

 内情を敵に話してしまうのはよくないかもしれない。でもこの場所を共同統治する仲間となった今、ウサリギにとってラムリーザは必要なのだ。だから警戒するよう忠告したようだ。

「そうかぁ」

 しかしラムリーザはあまり気にしていない。全てを奪うと言っても、フォレストピアを奪うことは不可能。もしも強引に奪いに来たら、それは帝国に反旗を翻す国賊だ。帝国正規軍相手に反乱を起こすといった規模の騒ぎになるだろうし、その戦いに帝国側が負ける要素が見当たらない。

 ソニアを奪うことも、ラムリーザの気持ち次第で不可能だ。長年付き合ってきた二人の信頼関係は、力づくでは引き裂けない。命を奪う暴挙に出たとしても、それは諸刃の剣。ケルム自身の未来も暗いものとなるだろう。

「ケルムさんは、お前のことをすごく嫌っている」

 あれだけ強引に見合いや逢瀬を持ちかけてきて、それを断ると途端に敵対化する厄介さ。そんな相手のことを気にかける必要は無いし、ケルムに嫌われてもソニアを大切にすることに対して何の障害にもならない。むしろ離れてくれて、ありがたい。

 普段はラムリーザのことを悪く言うと文句を言うソニアだが、さすがにウサリギが怖いのか、今はじっと黙ったままだ。

「そんなこと言われても困るな」

 だからラムリーザは、黙ったままのソニアを軽く抱きしめながらそう答えるしかなかった。全ての人に好かれるなんてことが夢物語なのは、フィルクル事件で了承済みだ。

「俺をけしかけるかもしれないが、その時はあきらめろよ」

「レフトール次第だね」

 結局のところ、レフトールとウサリギによる代理戦争だ。しかしこれは珍しい事ではない。帝国では、貴族同士の争い事では、代理人を立てて決闘するといった図式が取られていることも多いと聞く。中にはそれを、まるで見世物のようにして観客を集めて大騒ぎすることもあるとかないとか。

「ま、俺が手を出すというより、ケルムさん自分自身で手を下すみたいだがな」

 ウサリギの言うことも、それほど珍しくもない。本人自身がそれなりに戦闘力を持っていれば、そのような場合も普通にあり得る。しかし頑丈なラムリーザに対して、ケルムは勝算はあるのだろうか?

「じゃあ用心しとくよ」

 だからラムリーザは、あまり深く考えずにそう答えていた。言葉通り、結局のところ用心するしかない。嫌うのを止めろというのは妙な話だし無理な話だ。

「ま、俺はここでは争わないけどな」

 やはり裏山では、ラムリーザとウサリギは争わない。ここは中立地帯、本来別の陣営に属するものが、共通の目的で協力し合う場所であった。

 この日はそれ以上話をすることもなく、特に新たな決まりを作るでもなく現状維持を目的とするとなり、記録に残らない非公開の第一回裏山会談は荒れることも揉めることもなく、淡々と終了したのであった。

 

 

 こうして学校の裏山は、ラムリーザとウサリギの共同管理という話になったのである。

 しかし、ウサリギの言っていたことは冗談ではなく、ケルムによってラムリーザが困惑する状況に陥れられるのはそう遠くない未来の話となるのであった。

 そしてその騒動は、後に帝国初の内戦に発展してしまうといった事態となることを、今の時点でそれを予測するものは、誰も居なかった……
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き