なっとうソニア
2月7日――
この日もラムリーザたちは、ごんにゃの店に集まっていた。面白いものがあるとまた呼ばれたのだ。
急な話で学校帰りだというのもあり、来たのはフォレストピア組に加えて、ソフィリータと遊ぶ約束でついてきたミーシャの七人だ。
「また豆をぶつけられるのかなぁ」
店の入口に到着したものの、先頭に居るソニアが動かない。
どうでもいいことだが、豆まき騒動の後日談としてしょうもないものがある。事故で十八個目を食べてしまったソニア。別に腹が爆発するとかそんな物騒な話は無かったが、後でリリスに十八個も食べた十八歳と言われ始めたのだ。高校二年生で十八歳ということで、留年ソニアなどと名付けられて揉めたりもした。
「別に豆ぐらい大したことないだろう?」
誰が一番に入るかなどはどうでもいいし、店の前で固まって動かないのも妙なので、ラムリーザはソニアを押しのけてさっさと入ってしまった。
「おお、来たか」
時間は学校が終わった十六時頃というのもあり、店の中には客はほとんどいない。
ラムリーザたちは、空いているボックスシートを陣取って、店主が何を出してくれるのか待つことにした。
少しして、店主は残っていた他の客の注文を済ませた後で、ラムリーザたちの所へとやってきた。
「今回は何をぶつけるの?」
一番に口を開いたのはソニアだ。
「ん~、ぶつけると大変なことになるぞ」
「ぶつけるんだ」
店主の答えを聞いて、ラムリーザは呟いた。
「いやいや、ぶつけることはしないぞ。それよりも諸君――」
店主は、一旦言葉を切って集まった人たちの顔を見渡した。
「なっとうをご存知かね?」
視線が注目したところで、なんだかえらく堂々とした感じに言葉を続けた。何やら紹介したくてしたくてたまらないようだが。
「なっとう?」
「初めて聞くなぁ」
リリスとユコが答える。ラムリーザはジャンに聞いてみたが、知らないと言った。
「それって、他所の巣に卵を産んで、帰った雛が他の卵を捨てて、代わりに育ててもらう鳥でしょうか?」
「それはかっこうだ!」
わざとなのかどうかわからないが、ユコがボケて店主が突っ込む。
「剣を抜くこと?」
「それはばっとう!」
今度はリリスと店主。
「あっちの方角?」
「それはなんとう!」
「大勢で喧嘩――」
「らんとう!」
「迷い悩むこ――」
「かっとう!」
「戦うこと」
「せんとう!」
「一番」
「いっとう!」
なんだか知らないが、一人一人が好き勝手言うと店主が突っ込むという形になっている。
席順にぐるりと回り、今度はラムリーザの番になった。
「ねっとう!」
「お湯――ってええええ?」
店主に先に突っ込まれて、ラムリーザは狼狽した。店主も血走った眼で鼻息が荒い。まるで予知能力だ。
「さっとう!」
「集まってくること!」
「せっとう!」
「盗むこと――ってちょっと待って、なんで突っ込みが先になっているのだ?」
ラムリーザの番で、何故か攻守が入れ替わってしまった。
「初めて聞きます、何ですか?!」
なんだかよくわからない言葉の応酬が終わらないので、ラムリーザはなっとうについてさっさと聞くことにした。
「ふっふっふっ――」
店主はなにやら笑いながら息を整えている。そんなに疲れてまでボケツッコミを続けなくていいのに。
「ユライカナンの三十六大珍味の一つである!」
息を整えた店主は、得意げに答えたものであった。そして満足げに一同を見回そうとした時――
「いっぱいあって、珍味と言っても珍しくなさそう」
ぼそりとリリスが呟いたのであった。
「罰当たりめ! 早速作るぞ」
店主は怒りかけたが、そこは留まって話を先に進めた。
「なっとうっておいしいの?」
「そりゃあおいしいさ」
「作ろうよ!」
食べ物だと知ると、途端にソニアは張り切りだす。そんなソニアを見て、リリスはくすっと笑う。
そんなわけで、今日は急きょ納豆を作ることとなったのである。
「なっとうの材料は何ですか?」
ラムリーザが聞くと、店主は待ってましたとばかりにそれをテーブルの上に転がした。それを見たソニアは顔をしかめ、リリスは素早く手を伸ばして一つ取ると、ソニアの口元へと持っていった。ソニアは抵抗し、何だかどうでもいい勝負が始まっている。
二人以外のメンバーも、それを見て一瞬身構えた。
それは、先日ぶつけ合うといった騒動に発展した、大豆の実であった。
「豆まきだけでは余ったので、これをなっとうにするぞ」
静まり返った一同とは違い、店主はやる気満々であった。
こうしてなっとう作りが始まった。
「さてと、まずはこれを用意してだな」
店主が持ってきたのは、藁の束であった。
「これ? 藁をどうするのですか?」
「ゆでる」
ラムリーザは聞いてみたものの、何が何だかわからなくなった。
店主は大きめの鍋に藁を入れると、ぐつぐつと煮始めてしまった。隣の鍋では、大豆を蒸している。
「藁を食べるの?」
そんなことを聞くのはソニアぐらいだ。あまり変なことを言うと、リリスに藁ソニアなどと名付けられかねないということを未だに学習していないようだ。
「違う、わらづとを作るのだ。こうして必要のない菌を殺すのだ」
店主の言葉は、まるで異国の言葉であった。聞いたことの無いもの、まさに異国文化そのものであった。
少しゆでて柔らかくなったところで、鍋から取り出すと端を縛ってしまうのであった。
物は試しと、ラムリーザも一本作ってみた。続いて他のみんなも作り、そこに八つの藁の束が出来上がった。
次は蒸している大豆だ。頃合いを見計らって、店主は蒸し大豆を取り出した。何だかいい匂いがしているようだ。
「お豆できたの? 食べようよ」
ソニアは食べる気満々、最初は藁を食べようとしたものだ。
「まだ早い、熱いうちにわらづとの中に入れるぞ」
店主は見本を見せるように、藁の束を開いてその中に蒸し大豆を入れて見せた。
ソニアが一粒食べようとするのを見て、リリスは「十九歳」と呟いた。それだけで食べるのを止めるのだから大したものだ。
もっともそのリリスは、こっそりと蒸し大豆を三粒食べて、みごと二十歳になったというのは隠れ話。
しばらくして、みんなのつくった八つの藁の束の中に、蒸し大豆はすっかり入ってしまった。
「それで食べるの?」
すぐに食べようとするソニア、やはり藁を食べたいらしい。
「いや、次はこうしてだな」
店主はそう言いながら、八本の束をむしろでくるんでしまった。
「それで食べるの?」
一つの工程ごとに、ソニアは食べることを聞く。今度はむしろを食べたいらしい。
店主は今度は無視して、こちらへどうぞとむしろを持って店の裏庭へと一同を案内した。
裏庭には穴が一つできていて、そこには藁を燃やした後なのか灰が溜まっていた。流石にソニアも、灰は食べようとは言わないようだ。
そこにわらづとをくるんだむしろを置いて、上から灰と土をかぶせて埋めてしまった。そのまま、上に目印の棒を立ててから振り返った。
「よし、これで完了。ニ~三日後に取り出すと、なっとうができているはずだからね」
店主は満足そうにそう言うが、ソニアは不満そうだ。
「なんでよ、それだと今食べられないじゃないの」
お預けを喰らってしまったのでは無理もない。
「そんなこともあろうかと、こっちに三日前に埋めておいたものがある」
要するに、店のメニューに追加しようとしていたものを、今回丁度いい機会だから作り方を見せてあげようといった話になっただけのようだ。
店主は埋めてあったむしろを取り出して、中から先程作ったのと同じようなわらづとを取り出した。
「んん?」
その時、ユコが変な顔をする。何か異変を感じたようだ。
「何か変な臭いがするわ」
リリスも異変に気が付いたようだ。
「やっぱり?」
二人は、その変な臭いの元をさぐりはじめた。それはどうやら、店主の取り出したむしろの中にあった物が原因の様だった。
「できているな」
店主はわらづとを持って、店内に戻っていった。
一番に付いて行ったのはソニアで、早くその新しい珍味にありつきたい気満々のようだ。
しかしリリスとユコは警戒している。そのわらづとからは、異臭が漂っているのだから。
そのソニアも、好奇心満々だったのは、店主がわらづとからなっとうを取り出すところまでだった。
わらづとを開くと、そこには蒸した大豆――だったものが入っていた。
「くさっ!」
ソニアはそれを見るなり逃げ出してしまった。
大豆は無残にも糸を引き、異臭を放っている。
店主は警戒する一同を尻目に、わらづとの中の大豆、なっとうらしきものを皿へと移した。妙にねばねばした豆だというのは、見ただけでよく分かる。
「これが、なっとうだ」
やはりなっとうであった。
店主は、異臭もなにも気にしない感じで、得意げに一同を見回している。
なっとうを盛った皿を差し出すが、どう表現したらよいものか、いかにも残念と言うべきか、そんな豆をみんな警戒した目で見守っていた。
「どうした? 食ってみろよ、美味いぞ」
だが誰も動かない。
それでもラムリーザは、少し迷った末に手を出してみることにした。店主が勧めるものだ、流石に毒ということは無いだろう。
思い切って手を伸ばそうとしたところを、ジャンに止められた。
「まずは誰かに毒味させろ」
ジャンはそう言う。
「じゃあジャン食べてみる?」
ジャンはう~んと言ったあとで、ソニアの方を見た。
「おい、藁食いソニア、食ってみろ」
ジャンは、毒見役をソニアに押し付けた。
「な、何が藁食いよ、やだっ」
藁を食べようとしたくせに、追及されると怒って否定する。
「食べろっ!」
「ふえぇっ!」
またどこかで見たような光景が繰り広げられた。
そうなると、動くのは第二の好奇心ミーシャだ。
誰も気づいていなかったが、作業工程の一部始終をミーシャとソフィリータは動画に納めていたようだ。
明日にでも「なっとうを食べてみた」なる動画が公開されることとなるだろう。
「ミーシャが食べるの」
ソニアを押しのけて食べようとするミーシャに、ソフィリータはカメラを向けた。
「本当に大丈夫なのですか?」
あまりにも異質すぎるこの食べ物なので、ラムリーザは念入りに聞いてみる。
「大丈夫だよ、ユライカナンではこれに生卵をかけたものを混ぜて米に乗せた、たまごかけなっとうごはんが流行っているぞ」
これで卵大好きミーシャが飛びつかないわけがない。
ミーシャは、店主に卵と悟飯も用意してもらい、なっとうを意にも介さず食べてしまった。
「ん~、ちょっとくさいけどおいしいよ」
じっと見守る一同に、ミーシャは満足そうにレビューした。
それを聞くと、ソニアはすぐに飛び込んできた。たまごかけなっとうごはんだけでなく、リリスやユコが要らないと言ったなっとうまで食べてしまった。
ラムリーザとジャンも体験してみたところ、「独特な舌触りだけど、味は良いね」という結論で落ち着いた。
こうして、ごんにゃにサブメニューとしてなっとうや、たまごかけなっとうごはんが追加されたのであった。
余談だけど、この時ソニアはさらになっとうごはんを二杯もお代わりをして、リリスから晴れて「なっとうソニア」の異名を頂いたのであった。
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