ジャンの依頼と週末旅行
2月8日――
今日は待ちに待った週末。フォレストピアの会議も無いので、パタヴィアにあるクッパ国跡地に向かえる。
週末探検隊のメンバーは、学校が終わり次第、ラムリーザの屋敷の裏にある飛空艇を停めてある場所に集まった。
今日も戦艦ソフィアはかっこいい。
「盾艦か、この発想が独特だよな」
リゲルは、この戦艦をそのように評する。
戦艦ソフィアは、飛空艇が三隻並んでいるように見える。中央の一回り大きな船が、ラムリーザたちの乗り込む母艦となっている。そして左右の盾艦は一回り小さい。
「敵の弾避けにしたり、いざとなったら切り落としてトカゲのしっぽ切りにするとか……」
リゲルには、その盾艦の利用方法は十分に分かっていた。その上、もっと凄惨な使用方法も――
「切り離して敵の陣地に墜落させれば、かなり大きな爆弾だな」
そんな非人道的な船に乗せられる主な搭乗員は、捕えられた要人に対する刺客を洗脳して――こほん。
「それじゃ、夕食を食べてから行く? それとも船内の客室で船内食を食べる?」
ラムリーザの提案に、ソニアは「屋敷で夕食を食べてから、船に乗って船内食を食べる」などと言いだす食いしん坊。
リゲルはどちらでもいいと言い、ユコは屋敷の食事がいいと言い、レフトールは船内食が珍しいようだ。
多数決で行くと、ここはラムリーザの一存で決まる。贔屓にしたいソニアは両方だと無茶を言っているので、屋敷か? 船内食か? それとも――?
「食べていきなさい」
そこに現れたのは、ラムリーザの母親であるソニアと、専属メイドでありソニアの母であるナンシー。
そんなわけで、夕食は屋敷で食べていくことになったのである。
夕食が終わって飛空艇に乗り込もうと再び停めてある場所に向かった時のことだ。
外から車が入ってきて、ラムリーザたちの前で停まったのだ。
「よーう」
助手席の窓が開いて、ジャンが顔を出した。運転しているのはリリスだ。
「なんだジャン、二人もパタヴィアに行くのか?」
「んや、これから教習所」
ジャンの言うように、二人は自動車の教習所に通っている最中だ。ジャンは普通車の免許を、リリスは付き添いだけでは時間が勿体ないので、大型車の免許を狙っている。そんなリリスを魔女の宅急便と呼んだのはソニアだったか。
「あのさ、パタヴィア行くならバンドグループを探してきてくれよ」
ジャンがここに来たのは、ラムリーザに旅のついでに頼まれごとを引き受けてくれとのことだった。
「バンドグループ?」
「異国のグループをゲスト出演させてみたいのさ。出来がよかったら、ちゃんとした契約もしてみたい。頼むよ」
ジャンは、イシュトの独特な音楽を奏でるバンドを聞いて以来、色々なジャンルの音楽に興味を持ち始めたと言う。パタヴィアもこれまで国交のなかった国である。ひょっとしたら、これまでに聞いたことの無い雰囲気の音楽に出会えるかもしれないというわけだ。
「わかった」
ラムリーザは快く応じる。クリボーをクッパの亡霊にぶつけるために連れて帰るだけではあまりやることはない。ジャンの店のためにバンドグループを探す手伝いをするのもいいし、珍しい音楽が聞けるのも悪くない。
「じゃあな、任せたぞ。そうだ、急に連れてくるのは無理でも、音楽をテープに録って帰ることはできるかな」
ジャンは、思い出したかのように車からカセットデッキを取り出した。これに歌を録音して帰ればよいのだろう。
リリスが運転する車が、アンテロック山脈の途中にある自動車教習所へと向かって行った。入れ替わりにリゲルのビートルを飛空艇、戦艦ソフィアの車庫に入れて準備完了。
「バンドグループを探すのは大変だな。ここはユコに手伝ってもらうか」
「お任せあれですの、ラムリーザ様も気に入るようなバンドを探しますわ」
こうして、何度目になるかわからなくなったが、再びパタヴィアへの旅が始まった。
飛空艇に乗り込んで、艦橋と呼ばれているメインブリッジへと向かった。
艦橋は広々としていて、壁の前半分は強化ガラスで覆われていて、180度程周囲の景色を見渡せる。艦橋の中央は少し高くなっていて、艦長や司令官など指揮する者の座る席が設けられていた。そして今は、フォレスター家に派遣された艦長が座っていた。
艦長のムシアナスは、元々は以前まで使っていた旧式の巡航艦の艦長をしていた者だったが、今回移動手段が戦艦ソフィアになった時に、そのままスライドしてそのまま艦長になったのだ。
もしも二隻とも飛ばす必要ができた時は、巡航艦の副艦長だった者が艦長を引き受けることになっていた。
「領主さん、一日艦長やってみますか?」
「ふぇ?」
唐突に艦長体験を持ちかけられたので、ラムリーザはまるでソニアみたいなふえぇちゃんになってしまった。
艦長が席を立った瞬間、その場所にふえぇちゃ――ソニアが滑りこんでしまった。
「あたしが艦長する」
「こらこら」
艦長は困った顔をするが、ソニアは「発進せよ!」と調子良く命じてしまった。
操縦士はこちらの様子をうかがっているが、艦長が頷いて目配せしたことで、飛空艇は動き出した。一応ソニアの号令で、飛空艇は空に舞った。
夜空に飛び立つ飛空艇。艦長になり損ねたラムリーザは、艦橋の先端へと歩いて行った。艦橋は結構広く、三十歩以上歩かなければ先端に到達しなかった。
星空の中を飛んでいる飛空艇は、まるで宇宙船だ。
ラムリーザは、司令部を振り返った。そこには、司令官の席に座っているソニアと、その隣に控えているのがリゲルとレフトールとユコの三人。
この場合、控えしは参謀長と親衛隊、ユコは何だろうか? 専属看護婦だろうか? まさかメイドを戦艦に乗せることは、あまりないだろう。専属看護婦が必要な病人が司令官をしなければいけないのも気の毒な話だが……
「主砲、斉射三連!」
調子に乗ったレフトールは、攻撃を命じている。一体誰と戦っているのだろうか?
当然のごとく、客人の指令では主砲は発射されない。だが戦艦という名の通り、普通に主砲を完備しているところが怖い所だ。これ一隻で、小さな村なら一瞬で制圧できてしまうだろう。
「あれ? 撃たねーのか?」
「撃つか馬鹿」
レフトールとリゲルが何やらやりあっている。しかし、本当にこの戦艦が戦場で使われることが無いよう願いたい物であった。
そんな感じに司令官の雰囲気を堪能――主にソニアが――した後で、ラムリーザたちはあてがわれた個室へと向かって行った。
パタヴィアの宿と同じように、大きな部屋を借りてそこに陣取っている。大きなベッドが一つあるだけだが、ソファーも立派だし絨毯もふかふかだ。五人が寝る場所には困らないだろうし、必要ならば簡易ベッドを用意することも可能だった。
「戦艦にしては居住区が立派だな」
「僕ら向けにデザインされたのだろうね」
もしもラムリーザが戦場に駆り出されることとなったら、この戦艦のこの船室を割り当てられることとなるだろう。先程も述べたが、戦場で使われないに越したことはないが……
寝る時間までの間、ユコの用意したゲームで遊ぶこととなった。ふかふかの絨毯の上で輪になって――とはいかず、リゲルはソファーに座ったままだしレフトールは寝転がっている。輪になっているのはラムリーザとソニアとユコだけだ。
「それでは行きます。世界中の誰もが豊かになり、三百年の間栄華を極める。しかし三百年後、人類は滅びます。さぁ受け入れますか? 受け入れませんか?」
まるで究極の選択に近いものがある。
「三百年後など知らん、繁栄する」
そう答えたのはレフトールであり、リゲルもそれに追随する。
「でも僕は、フォレストピアには千年都になって欲しいね」
人類の存続を選んだのはラムリーザだった。
「千年後なら滅びていいのか?」
リゲルの問いに、ラムリーザは「滅びて欲しくないね」と答えた。
「何故だ?」との問いには「この世界が好きだから」などと恰好付けてみる。
「俺らには関係ないだろ? 三百年後には自分はもう死んでいるし」
レフトールはそう言った。確かに彼の言うことは間違っていない。
「あ、それヌマゼミ的考え。かの国では、老い先短い老人たちが権力を握り、若い世代を無視して自分たちだけが逃げ切れるようこの先十年分ぐらいしか考えていない政治をしているって噂だよ」
ラムリーザは、噂だけで反論してみた。単なる噂であり、そんな短絡的思考の持ち主が国の頂点に居るのは不幸なことだからありえないと思いたいが。
「三百年も持ったらいいだろ?」
「三百年後の君の子孫はどうなるんだい?」
「三百年前の先祖の顔すら知らないのに、子孫の顔なんて知らねーよ」
意見は二手に分かれ、ただのゲームなのにいつの間にかすごい討論となっていた。
「それならソニアはどう思う?」
ラムリーザはずっと黙っていたソニアに問いかけた。お題が難しかったのか、ソニアはここまで何も意見していない。
「あたしはラムとあたしが幸せなら、それ以上は求めないかな」
なんだか綺麗なことを言っている。それを聞いて、ラムリーザは少しほっこりしたりしていた。
「なるほど、それならソニアもこっち派だな」
しかし、リゲルはそんなソニアの考え方を味方に引き入れて、ラムリーザを孤立無援にしてしまった。確かにソニアの意見だと、この先五十年ぐらいのことしか考えていない。
「く……」
ラムリーザはしてやられたと思ったが、そう言えば以前レフトールと話をしたことを思い出したりして反撃してみた。
「残念だなぁレフトールくん。五百年ぐらいしたら流石に飽きるだろうと言うことで、ソニアを譲ってあげるつもりでいたけど、三百年で世界が滅びるなら受け取れないね」
そう、かつてレフトールとの会話で、ラムリーザが飽きたらもらってやると言っていた。
「む……、やっぱり人類は永久に発展してもらわんとなぁ」
あっさりと鞍替えするレフトールであった。一応彼は、五百年後にも生きているらしい。
なんだかユコは不満そうな顔をしているが、どうしたものだろうか。
二対二で落ち着いたところで、ユコは二問目を出した。寝る時間までに、もう一問ぐらいできるだろう。
「それでは行きます。あなたは世界的に有名な英雄となります。しかし四十歳で暗殺されます。さあ受け入れる? 受け入れない?」
またしても究極の選択みたいな感じになっている。
「やだ、ラムが四十歳で居なくなっちゃうのはやだから、受け入れない」
今度はソニアが即答した。ユコが提示したのは「自分が」なのに、なぜかラムリーザを引き合いに出した。
「そうだね、僕もソニアが四十歳で居なくなるのは嫌だから、いつまでも二人で仲良くしていたいから受け入れられないね」
熱々な二人に、レフトールはチッと舌を鳴らす。
「四十年後に死ぬと言うことは、それまでは死なないのだな?」
何かを思ったのか、リゲルはユコに質問を投げかけた。
「そういうことになりますの」
「なるほど……」
リゲルはその答えを聞いて、少し考えている。
「となると四十歳……、つまりあと二十三年……、十分楽しめるかな?」
「どういうことだ?」
リゲルの不穏な発言に、ラムリーザは不安になって聞いてみる。
「つまり、この二十三年はどんなことがあっても死なないんだ。例えば、五分五分の確率で死ぬか生きるかという賭けをやったとしても、たとえ生き残る可能性が一割ぐらいの賭けに挑戦しても、絶対勝てるということだ」
ユコの提示した設定通りなら、リゲルの言うことにも一理ある。四十歳まで死なないのであれば、命を懸けた勝負には絶対に勝てるよう動くこととなる。
「すげーな、俺も乗った」
レフトールはリゲルの案を受け入れた。
「自爆テロやっても自分は生き残るんだよな」
「するなよ。というか、それ自爆になってないから」
レフトールの暴論に、ラムリーザは呆れかえる。しかしその時、先程自分が提示したことを思い出したので、切り返してみた。
「残念だなぁレフトールくん。五百年ぐらいしたら流石に飽きるだろうと言うことで、ソニアを譲ってあげるつもりでいたけど、四十歳で死んでしまうなら受け取れないね」
「む……、やっぱり五百歳まで長生きしないとな」
またしてもあっさりと鞍替えするレフトールであった。やはり五百年後にも生きているらしい。
やはりユコは不満そうな顔をしているが、どうしたのだろうね。