パロディーズ!

 
 2月9日――
 
 
 再びパタヴィアでの一日が始まった。今年に入ってからほぼ毎週来ていたので、羽ばたく亀亭のマスターとも顔馴染みになっていた。

 今回の旅の目的は、クリボーをフォレストピアに連れて帰って、クッパ王の幻影に会わせてみることである。しかしクリボーに会うのは午後に回して、午前中は別の仕事をこなすことにした。

 今回ラムリーザは、ジャンからパタヴィアのバンドグループをスカウトして欲しいと頼まれていた。しかし、どうやってスカウトしたらよいものか。ジャンの店で使うバンドグループのスカウトは、全部ジャンがやっていたことでラムリーザはその手法を知らない。

 そこで、とりあえず聞き込みから始めることにした。

 まずは、宿屋のマスターから聞いてみる。暇をしているバンドグループを知っているかどうか、世間話でもするかのように話しかけてみた。

「う~む、居たかのぉ?」

 マスターはそれ程音楽に精通しているわけではないらしく、返事は曖昧なものであった。

「酒場で演奏してくれる吟遊詩人とかは違うんかのぉ?」

「それはちょっと違いますねぇ……」

 地方の田舎にある小さな酒場などでは、リュートを使って弾き語りをする旅の吟遊詩人などが、宿を求めて立ち寄ることがある。

 しかしジャンの店では、そういった雰囲気では合わないのだ。

「や、今週も来ましたね」

 そこに現れたのは、コトゲウメだ。今ではすっかり顔なじみ。

「丁度いい所に来てくれた、コトゲウメさんこの辺りで暇しているバンドグループってありますか?」

「バンドグループ? 歌かぁ……」

 コトゲウメは、少し視線を斜め上にやって考えている。

 ラムリーザは、コトゲウメが歌について何か思う所があるようなので、少し踏み込んで聞いてみることにした。

「歌がどうかしましたか?」

「この国では、他の国と比べて歌はあまり発展してこなかったんだ。それもクッパ国絡みの話なのだけどね」

「それは珍しいですね。歌うことを禁じられていたとかですか?」

「う~ん、どう説明したらよいものやら。クッパ国とは本当に独特な文化が多すぎて、何とも言えないよ」

「簡単でいいから言ってみてください」

 クッパ国絡みの話と聞いて、ラムリーザは少し身を乗り出す。クッパ王についてなら、一つでも多くの歴史を知りたいところである。

「君は誹謗中傷について、どう思うかい?」

「あまり褒められたことじゃないよね。帝国でも禁止されているよ。まぁ最も――」

 ラムリーザはそこで言葉を止めた。禁止と言っても厳罰化されているわけではない。実際にソニアとリリスなどは、いつもお互いを誹謗中傷しているようなものだ。

「もちろんクッパ国でも、他人に対する誹謗中傷は禁じられていたさ。ただ一つの例外を除いて、ね」

「ただ一つの例外……」

 その時ラムリーザの脳裏に浮かんだのは、クリボー老人の姿であった。

 かつてクッパ国のクッパ王は、全ての責任をクリボーに押し付けて、結果として国が滅亡することとなった。つまり、クリボーに対しては何をやってもよい、と捕えられていたかもしれない。

 しかしコトゲウメの言ったことは、ラムリーザが想像した物とは違う物だった。

「歌として発表する場合においてのみ、誹謗中傷は許されていたんだ」

「ふぇ?」

 コトゲウメの信じられない物言いに、ラムリーザはまたふえぇちゃんのような声を出してしまう。ふえぇちゃんの近くに居過ぎたために、ふえぇが伝染してしまいつつあるようだ。

「だから歌というものには、攻撃手段という意味合いが持たれていたんだ。もちろんパタヴィアになってからは、その文化は廃れつつあるけど、未だに歌で相手を攻撃する人は少なくないんだ。あとは歌というか意味のない言葉の羅列というか――、上手く説明できないね」

 異国文化ここにあり、だ。

 ユライカナンの文化も珍しい物ばかりだったが、遠く離れたクッパ国でも独特な文化が発展していたのだ。歌を攻撃手段と取って誹謗中傷が許されている国、ラムリーザは聞いたことが無い話であった。

 これは、もしもラムリーザが当時のクッパ国に生まれていたら、例の「風船ロケットおっぱいの歌」は合法で堂々と歌えていたわけだ。

 その時ラムリーザは、宿の広間でリュートを奏でながら歌っている人が居るのに気が付いた。少し聞いた感じでは、誰かを誹謗中傷しているような感じではない。

「コトゲウメさん、あの人は?」

「旅の吟遊詩人ですね」

「ああ、旅人かぁ」

 ラムリーザとしては、旅の吟遊詩人を見るのは初めてだった。帝都に住んでいた時は、ラムリーザが行くような店は旅人が泊まるような場所では無かったし、ストリートミュージシャンとしても、帝都の臣民が遊びでやっているものばかりだった。

 ポッターズ・ブラフに住んでいた時も旅人はあまり見かけなかったし、フォレストピアも旅人が来ると言えば、つねきの炭鉱近くにある宿に出稼ぎの旅人が来るぐらいだった。

 それに、ジャンが求めているのは一人での弾き語りではなく、グループバンドだった。

「それならば、街で聞き込みしてみよう」

「バンドグループか、面白そうだから同行するよ」

 こうしてラムリーザたちは、朝食を終えて少ししてから市街地へと繰り出すのであった。

 

 パタヴィアの街は帝国よりもずっと北に位置しているので、いつも住んでいる場所よりもずっと寒かった。

 この国へ旅行する時は、この国で買った暖かいコートが必須である。

「ところで、誹謗中傷の歌とはどのような感じになるのですかね」

 通りを歩きながら、ラムリーザはコトゲウメに聞いてみた。

「難しいことを言いますね。え~と……、『ラムリーザはあーほーだー♪』とか、こんなレベルですよ」

「な、なるほど……」

 コトゲウメの言った、あまり歌が発展してこなかった理由が見えたような気がしたラムリーザであった。

 すると後方から「ゆーこーはのろいーのにんぎょうー」などと適当な歌が聞こえた。すぐにソニアは乗ってしまった。

 ユコがあまり相手しないのですぐに静まり返ったが、ラムリーザはここにリリスが居ないことをそっと感謝するのであった。

 そして聞き込みを繰り返すこと数十分、ラムリーザはようやくバンドグループらしき物の情報に辿り着いたのであった。

「新しいバンドグループとか知りませんか?」

 古いバンドグループだと、クッパ国から続いている謎の歌文化に浸っている可能性が高い。だからできるだけ新しいグループを求めてみたのだ。

「新しいバンド……、パロディーズかなぁ?」

 その市民がちょっと眉をひそめているのが気になるが、聞く話によれば先週の終わりごろに新たに結成されたバンドグループらしい。

 パロディーズという名前からして、楽しそうな雰囲気を感じる。それに、新しくできたばかりでどことも契約をしていない独立したグループらしい。

「でも――まあいいか、今では心を入れ替えて……」

「え? 何?」

 市民がちょっともごもごするのがやはり気になる。

「なんでもないです、パロディーズを見てやってください。今日インディの宴会場で公演するらしいです。それじゃっ」

 市民は逃げるようにその場を立ち去って行った。

 こうしてラムリーザは、使えそうなバンドグループを見つけたのだった。それに、ちょうど今日これから公演があるらしい。

 通りにある地図を見て、インディの宴会場という場所を確認して、そこに向かうことにした。

 しかし気になるのは、これから公演が始まるというのに、そちらの方向へ向かっている市民は今の所見かけなかった。ほとんどの市民はもう集まっているのだろうか?

「できたてで知名度の無いバンドとは、精々こんなものだ」

 その様子を見て、リゲルはそう評した。そしてラムリーズが最初からうまくいったのは、ジャンの店というバックアップがあったからというのと、ラムリーザが領主だからだというのが大きいと言う。それらがなければ、盛り上がるのにもっと時間がかかったか、未だに盛り上がっていないかだと。

 しかし今は違う。バンドさえ見つかれば、ジャンが店で持ち上げてくれるだろう。それが売りだと言えば、そのパロディーズも異国に行くことになるが喜んでついてきてくれるだろう。

「パロディーズか……、ごめん、僕は遠慮しとくよ」

 コトゲウメがバツの悪そうな顔をして別れていった。そのことでラムリーザはまたしても嫌な予感を感じたが、見るだけはみてみようとその宴会場に行くのは止めないでおいた。

 

 十数分歩いて、ようやくインディの宴会場に到着した。

 しかし中に入ると、一同は首をかしげることとなった。

「ほとんど誰も来てねーじゃねーか」

 一番に入ったレフトールは、ステージの方へと進みながらそう言った。

 彼の言う通り、そろそろ開演だというのに客はほとんど居ない。パラパラとまばらに居るだけだ。

「盛り上がってないね」

 ラムリーザのつぶやきに、リゲルは「無名の新人とはそんなものだろう」と答えた。

 ソニアとユコは、お互いに「あなたがソロでやったらこのぐらい」などとふざけ合っている。それを歌でやるのは、クッパ国では合法だ。

 それでもラムリーザは、掘り出し物とはこういった場所で発掘されるのだろうといった夢を見て、ステージの傍へと向かって行くのであった。

「そのニューフェイス、パロディーズとはどのようなグループ――おわあっ!」

 丁度ラムリーザたちがステージの傍にやってきたときに、パロディーズのメンバーがステージの脇から現れたのだ。そして現れた五人の顔を見て、ラムリーザは思わず驚きの声を上げることとなった。

 それは、初めて見る顔ではなかった。

「てめぇら反クッパ同盟じゃねーか!」

 すぐにレフトールは威嚇し始めるし、ラムリーザも腰にぶらさげたブランダーバスに手を伸ばす。

「けっ、妖術師とその取り巻き!」

 反クッパ同盟の中で声の最も大きいモートンが、ラムリーザのことを妖術師と呼んできた。ブランダーバスの遠距離攻撃が、妖術に見えるらしい。

「誰が妖術師だ!」

 ラムリーザも思わず言い返してしまった。

 ステージには、ミキマル、マンハ、ヒメン、モートン、ハナマの五人が集結していた。ただしヘイホーンは雇いの傭兵だったので、もう居なくなっているようだ。

「まぁ待て、俺たちは心を入れ替えてこれからはバンドグループとして生きていくことにしたんだ」

 リーダーのミキマルは落ち着いたもので、反クッパ同盟ではなくパロディーズだと主張した。

 しかしここでラムリーザは合点がいくものがあった。市民に聞いたとき、眉を顰めたり心を入れ替えたりとか言っていたような気がする。そうか、反クッパ同盟が鞍替えした姿だったのかと。

「しかしお前ら楽器を持っていないようだが?」

 リゲルは、彼らが何も持たずにステージに現れたのを見て、的確な突っ込みを入れた。

「金が無いんだよ。これから歌で稼いで楽器を買うから」

 ミキマルはそう言うが、順序が逆なような気がする。しかし金が無いのなら仕方ないか。

 気が付くと、ラムリーザたち以外の客は、全て出て行ってしまっていた。出てきたのが反クッパ同盟だと知って逃げ出したのだろう。そして一度見て知った者は二度と行かない。無名以上に注目度が低い理由はここにあったのだ。

「まあいいや、聞いてあげるから歌ってごらん」

 パタヴィアでの悪名はいざ知らずだが、心を入れ替えたのが本当ならば、フォレストピアで捲土重来できるだろう。まずはその歌の出来を聞かなければ、話が先に進まない。

「え~、こほん」

 ミキマルは、ラムリーザの前に一人歩み寄った。レフトールが警戒して間に入ろうとするが、ラムリーザはそれを押しのけてミキマルと対峙した。そして――

 

 ゆうびんしょうしょうしょう~

 

 ラムリーザは、ミキマルが歌いだすのを待っていた。

 しかしミキマルは、喉慣らしのためかよく分からないことを言っただけで、なかなか歌い始めない。

「早く歌ってくれないかな?」

「歌ったよ」

「えっ?」

 ラムリーザには、何の事だかわからなかった。まるで自分が突然難聴になってしまったのかと一瞬思ったぐらいだ。

「ごめん、もう一度お願いします」

 するとミキマルは、大きく息を吸い込んで――

 

 ゆうびんしょうしょうしょう~

 

 そして沈黙。

 ラムリーザは周囲に居る仲間たちの顔を見た。ソニアとユコは首をかしげているし、レフトールは聞いていないようだ。そしてリゲルは、小さく「なるほどな――」と呟いていた。

「え~と、歌は?」

「もう歌ったよ」

「え? いつ? ごめんもう一回」

「ゆうびんしょうしょうしょう~」

 

 ――何だこれは?

 ラムリーザは、一瞬恐怖を覚えた。これが歌だと言うのだろうか?

 ミキマルはふざけた顔をしていない。ものすごく真面目な顔をしている。つまり歌なのだろう。

「――ありがとう、次の歌を聞かせてくれ」

 らむりーざは、ぞわぞわする気持ちを抑えながら、他のメンバーの歌を聞いてみることにした。

 次に出てきたのは、大きく太った男ヒメンだ。ヒメンはミキマルと入れ替わるようにラムリーザの前に立ち――

 

 にょう!

 

 そして沈黙。

 ラムリーザはまさかな――と思いながら、もう一度歌ってもらうよう促した。

 しかしヒメンから返ってきたのは、「にょう」の一言のみ。

 ラムリーザは何も言えなかった。これがこの国の歌というのだろうか。文化が違い過ぎて、理解が追いつかない。そしてこれでは、ジャンの期待に応えられない。

 そもそもこれはバンドではない。ラムリーザの前に一人ずつ立って、呟いているだけだ。いや、バンドではなく、歌ですらない。

「次は俺が行くぞ」

 ラムリーザはうんざりしかけたが、目の前に立ったハナマを追い返す気力は無かった。

「どうぞご自由に」

「それではこのハナマより、クック行きます」

 

 クッククック、ククックック~
 クッククック、ククックク~
 ある日 僕は 出かけた
 どこに 出かけたのだよ?
 どこにも 出かけないよ
 じゃあどうして言ったんだよ

 

 ラムリーザは、暗い廃坑の中で一輪の花を見た気分になった。

 ようやくラムリーザの知る「歌」が出たのだ。単調な歌詞だが、二人が会話しているような歌だった。

「ユコ、録音できてる?」

「最初からしていますのよ」

「ミキマルから?」

「はい」

 ユコから見ると、ミキマルの歌(?)も歌扱いなのだろうか。それとも歌い始めると言ったから、ずっとレコーダーを動かしているだけなのだろうか。恐らく後者だろう。

「そこで、出かけたのか? 出かけないのか?」

 ラムリーザはハナマに聞いたが、彼は何も答えずにすぐに二番に取り掛かった。

 

 クッククック、ククックック~
 クッククック、ククックク~
 ある日 僕は 出かけなかった
 どこにも 出かけなかったのか?
 どこにも 行ってきたよ
 じゃあどうして言ったんだよ

 

「で、行かなかったのか? 行ったのか?」

 

 クッククック、ククックック~
 クッククック、ククックク~
 ある日 僕は 出かけて出かけなかった
 どこに行ったのか 出かけなかったのか?
 どこにも行くよ 行かんよ
 じゃあどっちなんだよ

 

「どっちだよ!」

 一応歌の形にはなっていたが、歌詞は難解であった。

 ハナマは満足したようにラムリーザの前から立ち去り、今度はモートンが立ちふさがった。

「次は俺だ!」

「近いよ!」

 モートンは、ラムリーザの顔の真ん前に自分の顔を持ってきて大声を出す。近いしうるさいし最悪だ。

 

 おーれーはモートン、モートンよ!
 モートンモートン、モートンよ!

 

 そして、大声で一気にまくしたてた。

「うるさいなぁ、それに名前を連呼しているだけじゃないか」

「次二番!」

 

 モートンモートン、モートンよ!
 モートンモートン、モートンよ!

 

「もういいよ」

 一応メロディーはできている。

 しかし、モートンという者がモートンと言っているだけの歌だ。

 さらに顔の正面至近距離で大声で歌うので、正直言って怖い。

 最後に出てきたのはマンハだ。

 ラムリーザはあまり期待はしていなかったが、マンハに最後の夢を託して――

 
 ハンブロハンブロハンブロ一番
 ハンブーロハンブロ一番
 ハンブロハンブロハンブロ一番
 ハンブロ一番 ゲロらうめん

 

 ユライカナンから伝わった、インスタントリョーメンクッパタのCMのパクりだった。

 しかもゲロらうめんという気持ち悪い物。

 違うのは文化の違いで呼び方がリョーメンとらうめんでぶれているところだけ。

 汚いだけのものだった。

「は、はは……」

 ラムリーザにとっては前衛的過ぎて、全く理解できない世界だった。

 リゲルが言うに、コトゲウメの言っていた「歌というか意味のない言葉の羅列」の正体がこれらだったということだ。

 後はテープを持ち帰って、ジャンに委ねよう――いや、押し付けよう。

「もっと聞けよ! ゆうびんしょうしょう――」

「黙れ!」

「にょう!」

「黙れ!」

「クッククック~」

「わかったから!」

「モートンモートン」

「うるさいんだよ!」

「ゲロらうめん」

「死ね!」

 ラムリーザは、まとわりつくパロディーズを押し返して逃げ出すのであった。

 

 結論――
 

 時間の無駄だった!
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き