クリボーと共に
2月9日――
もう何度目になるかわからないパタヴィアの旅。
しかし今回初日の午前中は、パロディーズのスカウトに時間を取られていたが、期待できない物であり時間の無駄だった。
ひょっとしたらジャンの感性次第では使えるかもしれないが、たぶんそれは無いだろう。
昼食は、かばやき屋という場所で食事をした。かばやきというものは初めて聞くが、どうやらクッパ王の本名、フルネームである「カバサン・ユビ・クッピンゲリア王」という名前からきた名残らしい。何やらクッパ王が振る舞った料理を、カバサンの作った「かばやき」と呼んでいたらしいのだ。
かばやきとは、身の細い魚を開いて骨を取り除き、それを串に刺した状態で素焼きをし、濃厚なたれをつけて食べる料理のようだ。
魚はいろいろな物が使われているが、ソニアやレフトールなどは最初から高級なものを要求する。最初から最後までラムリーザの金だと思って贅沢三昧をしているのだ。
特にソニアなどは、大きくて高級な川魚であるウナギというものを、既に三本も食べてしまった。
ここにリリスが居たら、「かばやきソニア」という異名が新たに追加されていたかもしれない事案であった。
「結局まだクッパは見つからないのですよね」
小さめの魚を食べながら、ユコはぽつりとつぶやいた。
「誰に聞いても、文献を漁っても、やはりクッパ王は過去の人。そう、クッパ王は死んだんだ。いくら呼んでも『クッパの』は帰ってこないんだ」
「でもリゲルも取られた」
四本目のウナギに取り掛かりながら、ソニアは言った。
「クリボーに賭けてみる」
名前を出されて言い返したリゲルも、いつもの力強さが無い。さすがに今回の事は、リゲルにも自信が無いようだ。どうしても論理的に考えられないし成り立たないから仕方ない。
そうしているうちに、昼食は終了。ソニアは結局ウナギのかばやきを五つも食べてしまった。
「かばやきソニア」
リリスは居なかったが、レフトールが言った。結局誰かが言う。
「番長も六匹ぐらい食べた! かばやき番長」
「うわっ、だっさ!」
自分で自分の事をダサいというレフトールであった。
店を出てから、一同はリゲルの車に向かって行った。
戦艦レベルの大きさだと、車の一台や二台は軽く積めるので助かる。
そして乗り込もうとしたとき――
「おおーい、待ってくれぇー」
振り返ると、反クッパ同盟――いや、パロディーズのリーダーがこちらに駆けてくるところであった。
「なんだよミキマル、パロディーズはもういいよ」
ラムリーザは、期待外れだったパロディーズを邪険に扱う。あまり評判も悪そうだし、親しくしていたらこちらの評判も下がりかねない奴らだ。
ミキマルはラムリーザの前に近づくと、懐から大きめの板状の物を取り出した。よく見ると、レコードのジャケットにも見える。
「これ、パロディーズのファーストアルバム、これをもう一度聞いて、ぜひ俺たちを!」
やはりミキマルが持ってきたのはレコードだった。しかし俺たちをと言いながら、ミキマル一人しか来ていない。他のメンバーにはそれほど熱意は無いのかもしれない。
それでも、折角のレコードを聞かずに捨てるというのも横暴なので、ここは土産代わりに貰っておく。
ユコの録音したテープデッキと、このレコードの二つで、ジャンの判断材料が増えるのは悪くないだろう。ひょっとしたら、レコードだともっと良いものに仕上がっているかもしれない。
そんな感じでミキマルと別れて、車に乗り込んでクッパ国の跡地へと向かって行った。
クッパ国跡地にて――
うまく行けばこれが最後の訪問になるかもしれない。
クッパ城のすぐ傍まで車で入り込んで、入口の傍に停める。そして車を降りて、一同はクッパ城に入って行った。
もう反クッパ同盟は居ないので、安心して城の中を進んで行ける。他の野盗が現れるかもしれないが、反クッパ同盟が消えてからまだそれ程経っていない。入れ替わるにしてもすぐには現れないだろう、と期待したい。
クリボー老人は、相変わらずクッパ城の牢屋の中に住んだままだった。
「クリボーじいさん、お誘いに参りました」
ラムリーザは、あまり老人を刺激しないように語り掛けた。
「お前たちか、クリジュゲはどうした?」
「ああ、そうですね」
ラムリーザは、荷物を持っているレフトールを振り返った。レフトールはすぐにカバンの中からインスタントリョーメンを取り出した。栗入りリョーメンクリジュゲだ。
「どうぞ、これは差し上げます」
「おお、これはクリジュゲ! 本当のクリジュゲだ!」
クリボー老人は、妙に感動している。クリジュゲを上から下までじっくりと見ていた。
しばらく見た後に、火にかけていたやかんを取ってきて、沸いていた湯を中へと注ぎ込んだ。お湯を入れて三分で出来上がる、これがインスタントリョーメンだ。このことから、即席麺とも呼ばれている。
「それで、わしに何をしてもらいたかったんかの?」
待ち時間に、クリボー老人は尋ねた。
「エルドラード帝国に来てほしいのです。面倒は我々が見ますので、旅行だと思ってくれれば幸いです」
「帝国か……」
「帝国に新しくできたフォレストピア、そこに来て頂いて会ってほしい人物がいるのです」
正確に言えば人物と言えるのかどうかわからないが、この場ではとりあえず人物としておく。
それと、今の時点ではクッパの名前やクッパの亡霊という言葉は伏せておく。フォレストピアで混乱を引き起こしているクッパ王の亡霊らしきものにクリボー老人をぶつけてみるのが目的である。しかし今は、そのことを語ることは避けている。クッパ王の名を聞けば、興奮して収拾がつかなくなるかもしれないので……
そうこうしている内に三分が過ぎ、クリジュゲは仕上がった。早速クリボー老人は頂いた。
「うむっ、うむうむっ。このクリが良いのだよ。実にらうめんに合っている!」
「合ってませんの!」
すかさずユコは反論した。一度食べたことがあるので、その合わなさは身に染みているようだ。
確かに普通は合わない――のだろうか? 食べたことの無いラムリーザには、結論を出すことはできなかった。
クリジュゲを食べ終えたクリボー老人は、非常に満足している様子だった。
「わかったぞ、約束だから行ってやろう」
どうやらうまくいったようだ。ラムリーザが改めてお願いする前に、自分から同行を受け入れてくれたのであった。
クリボー老人は立ち上がり、ラムリーザを待っている。
「それでは参りましょう」
ラムリーザも、クリボー老人の気が変わらないうちに連れて行こうと、長居はせずにクッパ城の外へと向かって行った。
飛空艇、戦艦ソフィア艦橋にて――
「す、すごいのう」
初めて見る飛空艇、ひょっとしたら空を飛ぶのも初めてのクリボーは、非常に驚きの模様である。
「クリボーじいさんは、今でもクッパ王の事を?」
ラムリーザは、興奮気味のクリボー老人に話しかけてみた。
クッパ様~ クッパ様~ 僕はあなたに付いてきます
何よりも~ クッパ様~ を愛します
クッパ様~ クッパ様~
しかし上機嫌なクリボー老人は、突然歌い始めた。
ものすごくクッパ王に陶酔しているのがわかるし、少しおかしくなっている気もする。そしてパタヴィアの歌は独特だ。
しかしこれだけは言えるということで、パロディーズの歌よりは、ずっとずっと歌になっている。
それにしても、これほどまでにクッパ王の事を慕っていたのに、なぜクッパ王はクリボーに冷たかったのだろうか。
「どう思う?」
ラムリーザはリゲルに聞いてみた。何か裏があるような気がしてならないのだ。
「クッパは五歳児が好きだっただけだ。当時のクリボーは青年かおっさん、つまりそういうことだ」
「そうなのかなぁ。僕は何か裏があるような気がするのだけど」
「お前もそう思うか? 昔から言われているが、大きな悪を隠すには、小さな悪を広めよ、と」
その言葉はラムリーザも知っている。犯罪歴史学上、まさかあの小者があんな大それたことを? といった事件も過去に起きたことがあった。その者は、小さな悪で有名になりすぎていて、その裏に隠された大きな悪に結びつかなかったために解明に時間を必要としたのだ。
「それではクッパ王は、クリボーに罪をかぶせることで何かを?」
「それはわからんな」
今の段階では、何を考えても推測にしかならない。それに、今すべきことは、フォレストピアを混乱に貶めているクッパ王の亡霊をなんとかするのが先決だ。
「どうだったかな?」
そこにクリボー老人が割り込んできた。飛空艇の驚きと感激と、歌い終わった満足感でぼんやりしている。
「えっ? あ、うん。クッパ様だね」
咄嗟の事だったので、ラムリーザは微妙な反応しかできなかった。歌と言ってもひたすらクッパ様を賛美するだけの歌だ。聞いていて面白いわけがない。
「そう、クッパ様は城に大切なものを隠しているのだ」
「大事なものって、九つのお風呂でしょう?」
ラムリーザは以前見たことのある隠された風呂を思い出していた。しかしその時、リゲルに肩を掴まれる。振り返ると、リゲルは真剣な顔で頷いた。
「それは何でしょうか?」
リゲルの言おうとしていることがわかったラムリーザは、ぼんやりしているクリボー老人に尋ねてみる。この機に聞き出せることを聞いてしまおうという魂胆だ。
「わしは一度だけ見たことがある。青く輝く石、青魔石を」
「あおませき?」
「左様、青魔石。もう過去の話だがな。それよりも、フルーツ牛乳は無いかね?」
クリジュゲに続いて、今度はフルーツ牛乳だ。初めて会った頃、牛乳だの凝尿だので揉めた経緯があるので、ある意味デリケートな話題だ。
クリボーの作ったフルーツ牛乳より、尿を凝縮して作った凝尿の方が広まっているというのも、大きな悪は小さな悪で隠せということか。
「無いなぁ。それよりも青魔石とは何ですか?」
だからラムリーザは、すぐに謎のアイテムの話へと戻そうとしてみた。
「フルーツ牛乳を作ってやるぞ」
しかしクリボー老人は、フルーツ牛乳の話しかしなくなってしまった。どうやら青魔石は、思わず口に出してしまったことなのか、それともただの戯言なのか。
「フルーチャ牛にゃあは?」
そこにソニアが割り込んできた。フルーチャとは何か? 牛にゃあとは何か?
どうせ何かのゲームに出てきたアイテムなのだろうが、ソニアはすぐにゲームの出来事を現実に持ち込んで来るから困る。
「そんな物は無い!」
しかし、思いに反してクリボー老人は激しく反応した。フルーチャという意味の分からない物に反応したのか、牛にゃあという意味の分からない物に反応したのかは分からない。それともソニアの身体に反応したのか?
「フルーツだとクリブーだよね」
「やめろ」
ソニアは続けてよく分からないことを言う。
「あ、クリボーフォローチョ凝尿!」
続けて思い出してはいけないことを思い出してしまった。
「やめろと言っている」
「クリバーファラーチャぎゃあにゃあ、クリビーフィリーチぎぃにぃ、クリブーフルーツ牛乳、クリベーフェレーチェげぇにぇえ、クリボーフォローチョ凝尿だよね」
調子に乗って謎の物体を次々に作りだすが、言葉の母音はきちんと合っている。よくこんな物を思いつくものだが、牛乳と凝尿が合ったのは偶然か?
とうとうクリボー老人は、頭を抱えてしまった。
「そこまでにしとけ」
ラムリーザは、ソニアを抱え込んで黙らせた。
「クリジュゲならフォレストピアに行けばたくさんあるよ」
これ以上は会話にならないと判断したラムリーザは、ソニアを抱えて個室へと戻って行った。
クリジュゲがたくさんあるというのは事実だ。売れ残りという意味で、小売店は在庫を抱えている。
夕方になって、飛空艇はフォレストピアに到着した。
クリジュゲを求めるクリボー老人を、勇者店に連れて行ってみる。ここでクッパ王に遭遇したらチャンスであった。
しかしクッパの亡霊は、毎日現れるわけではなかった。
今日は外れ。
しかしクリボー老人は連れて来られたわけだから、機会はいつでも生まれるだろう。その時を地道に待っていればよいのだ。待つしかないのが事実ではあるが。
結局今日はクッパの亡霊は現れず、クリボー老人はラムリーザの手配で宿を借りて、フォレストピアに泊まることとなった。
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