カバサン・ユビ・クッピンゲリア
2月10日――
この日の朝食後、ラムリーザたちはクリボー老人が宿泊している宿屋に集まった。
集まったメンバーはフォレストピア組、ラムリーザとソニア、そしてユコ、ジャン、リリスに加えて、事の顛末を見届けようと昨夜はラムリーザの屋敷に泊まったリゲルの計六人だ。レフトールはクリボー老人やクッパ王にはあまり興味を示さず、休日を久々に子分たちと過ごすことにしたようだ。
リリスは、「本当にクリボーって人、居たんだ」などと言っている。
一部の人の間――例えばクッパ国やパタヴィアと繋がりの薄い帝国の民など――では、クッパ国滅亡の話に大きくかかわっているクリボーは悪者の代名詞。ただし、クッパ王によって作られた悪者だと認識しているものはほとんど居ない。
ソニアもリリスに「クリボーと付き合え」と言っていたし、リリスも「クリボーフォローチョ凝尿」の話を出したものだった。つまり、クリボーの知名度と言えばそんなものだったのだ。
「おはようございます」
宿から出てきたクリボー老人を見て、ラムリーザは挨拶をした。
初めてクリボー老人を見たジャンとリリスは、「ふーん」などとそんな感じだ。後から聞いた話だが、二人はクリボー老人もどこにでも居るような老人だとのことだった。
ラムリーザたちパタヴィア旅行で話を聞いた者は、クリボー老人は悪者ではなく、逆にクッパによって作られた被害者だと認識している。
クリボー老人を一目見たジャンとリリスは、満足したのかいつものように自動車教習所へと行くこととなった。ただし、自動車教習の名を借りたデートだという事実を知る者は少ない。
「トラックリリス、魔女の宅急便」
ここぞとばかりにソニアはいつもの仕返しを放った。
「その内ソニアのおんぼろ車を、大きなトラックで追いかけまわしてやるわ」
しかし、その程度で降参するリリスではなかった。いつも通りに幼稚な返しを放った。
「何よ! リリスなんか激突して崖から落ちたらいいんだっ!」
そして先に騒ぎ出すのは、ソニアとなるのがほとんどの場合だった。
二人は顔を合わせると、いつもこんな具合。リリスはジャンに引っ張られて去り、ソニアはラムリーザに押し込まれて黙り、ようやく二人の無用な争いは収まった。
その後、ラムリーザたちは、クリボー老人を伴ってフォレストピアの雑貨屋である勇者店へと向かった。今日はクッパのが見つかるだろうか。
ラムリーザはソニアとユコを率いて店に入り、クリボー老人は三人に続いた。リゲルは、店の外に立ったまま、店内での四人の動きをじっと観察している。
店内で、クリボー老人を除く三人は、クッパのを探してうろついている。これまでの住民からの報告では、「クッパの」はインスタントリョーメンを置いている場所にのみ現れると言うわけではなく、飲み物売り場や日用品売り場に現れたこともあるらしい。そんなわけで、三人は手分けして探すことにしたのだ。
そしてラムリーザがインスタントリョーメンコーナーを見ていた時だ。そこには一番手前に「クッパの」の文字が書かれた商品が置かれている。
いきなり見つかるとは、とラムリーザは手に取る前にクリボー老人を――と周囲を見回してハッとする。
一緒に入ったはずのクリボー老人はおらず、ソニアもユコも見当たらない。さらに店の外に居るリゲルも、先程までは外壁のガラス越しに見えていたのだが、その姿も消えていた。
これは以前クッパのを購入してクッパに捕まった時と同じだ。他の客どころか、音も全く聞こえない。まるで異空間に迷い込んだかのような感触。これが「クッパの」を目の前にした時に起きる事だ。
ひょっとして空間が歪み、時空にずれが生じてクッパ国に繋がるのだろうか。それも現代ではなく、七十年前程のクッパ国に。
ラムリーザは、自然と「クッパの」に手が伸びる。
しかし手に取った時に、おっといかんと思い直して棚に戻した。
クリボー老人を伴わずに「クッパの」に触れても意味がない。ここは仕切り直しにしようと――
「何をしているんですの?」
突然横からユコに話しかけられて、ラムリーザはびっくりして我に返った。
先ほど手に取った物を見返してみると、それはクリジュゲであった。
「本当にここにはクリジュゲが売ってあるんだのぉ」
クリボー老人は、クリジュゲを手に取ると、ラムリーザに買ってもらうよう要求した。
仕切り直しを考えていたラムリーザは、素直に与えてやる。
「クッパの」が見つかった瞬間、自分だけが異空間のような場所に飛ばされてしまう。それならば、クリボー老人にクッパのを買わせればよいのではと考えた。
しかし老人は、「クッパの」には興味が無い。あれはクッパ様が食べるものであって、下々の者が手に取るなどおこがましいなどと言って取り合ってくれない。
おこがましいことをしているから、クッパ王の亡霊が現れて奪っていく。そう結論付けるのはたやすいが、それでは解決に繋がらない。
そこでラムリーザは、改めてクッパ王とクリボー老人を対面させる方法を考えるのであった。
昼食後――
今度は場所を変えて、つねき遺跡の近くにある雑貨屋でクッパのを探すことにした。
フォレストピアに現在存在する雑貨屋は、先程の勇者店とこの雑貨屋の二軒のみ。そして住民からの報告では、そのどちらの雑貨屋にもクッパのやクッパの亡霊は出現するとのことだった。
ラムリーザは考えた結果、クリボー老人の手を引いて店に入ることにした。老人は、昼食にクリジュゲが食べられたので、すごく満足していてラムリーザに手を引かれることに抵抗は無いようだ。
そのまま二人は離れないようにして、店の中へと入っていった。
「なんであたしじゃなくておじいさんと手を繋いでいるのよ」
しかしソニアは不満があるようだった。
「クッパの問題を解決するためだよ」
「むー」
そんな理由で納得するソニアではない。仕方がないのでラムリーザは、反対側の手でソニアの手を握って、店内でクッパのを探し始めた。
しかし、店内を一回りしたものの、「クッパの」に遭遇することはなかった。
一人の状態でないと、出てくることは無いのか? それならば、何としてでもクリボー老人を説得しなければならない。
しかしクリボーは、かたくなにクッパのには手を出さないと言うので、ラムリーザは根気よく雑貨屋に入っては全部を見て回り出て、少し間をあけてはまた入って全部を見てを繰り返した。
今日見つからなければ明日探す。明日見つからなければ明後日探す。明後日も見つからなければ、見つかるまで探し続ける。
クッパの問題は、大きな被害が出ているわけではないが、住民を多少なりとも困らせている。そういった住民の不安を取り除いてやるのも領主の役目だ。
まだラムリーザは子供で大きなことはできない。でもこうしてできる事は、自分の力で解決していきたい。
そのような不退転の決意で――とまぁ大げさすぎる気もするが、クリボー老人をいつまでもフォレストピアに留めておくのも悪いので、なるべく早く解決しようとしているのだ。
そして太陽が西に傾き、雑貨屋などの建物が赤く染まり始めた頃――
「あった……」
それは、日用品コーナーであった。
はさみの隣、糊の置いてある場所の一番手前に、それはあった。
ラムリーザはそれを取るために、右手で掴んでいたソニアの手を放して取った。
周囲から人の気配や、聞こえていた音がなくなってシーンとしている。しかし、左手で握っているクリボー老人の手はそのままで、老人だけは傍に残っていた。
しかし、手を放したソニアの姿は、いつの間にか消えている。
ソニアが居なくなったのは気になるが、これは残されたチャンスかもしれない。
ラムリーザは、クリボー老人の手を引いたまま、それ――「クッパの」を購入した。
これで店から出ると、クッパ王の亡霊が現れるはずだ。現れたら、クリボー老人をぶつけてみる。
ラムリーザは、しっかりと老人の手を握って離さないようにして、店から出ていった。
やはりリゲルの姿は無い。ずっと入り口付近で店内を監視していたはずだが、その姿はどこにも無かった。
通りには人も車も無い、まさに異空間。「クッパの」を持つ者だけが入れる異世界。やはり「クッパの」に触れた瞬間に転移するのかもしれない。そして失った時に、戻ってこられると。
一人なら一人で、しかし誰かと手を繋いでいたら、その者と一緒に移動する、だろうか。
そして――
「おい、待て」
来た……、とラムリーザは声のする方向を振り返った。
目の前に、クッパ城跡地に掛けられていた肖像画の男性が姿を現した。クッパ王だ。
「これ、『クッパの』です」
ラムリーザは、じたばたせずに、素直に「クッパの」を差し出した。
「俺のだな、返せ」
「あなたは誰ですか?」
すぐには差し出さずに、初めて遭遇した時と同じようなことを尋ねる。
「クッパだ」
「そうですか」
確認が取れたところで、ラムリーザは左後ろを振り返った。そこにはクリボー老人が居る。
「クリボー爺さん、クッパ王ですよ」
ラムリーザは、クッパ王が「クッパの」を取り上げようとした手を引き、逆にクリボー老人を差し出した。
「クッパ様!」
クリボー老人の驚いたような声が響き、時間が止まったかのような空間で、さらに時間が止まったような気がした。
老人は、大きく目を見開いて、一歩前に歩み出た。
「ク、クリボー……」
するとクッパ王も驚いたような顔をして、一歩下がった。
ラムリーザの手には、まだ「クッパの」が握られたままだ。
「クッパ様、会いとうございました」
やはりクリボー老人の様子を見ると、クッパ王が横暴なだけであって、クリボー全責任説に疑問が生じる。
ラムリーザは、老人の右手を握ったまま、二人のやりとりをじっと見ていた。
「ク、クリボーよ、すまなかった。ああするしかなかったのだ」
「わかっております。あの青魔石の存在は――」
「あれは世に出してはならぬ。世に出る前に、クッパ国を終わらせねばならなかったのだ」
ラムリーザは完全に背景に押しやられ、まるでその場に居ないような感じで二人のやりとりが続けられていった。
「わしにはもうどうすることもできぬ。よってクリボーに命じる」
クッパ王は、クリボー老人を指して言った。
「クッパ城を潰して更地にせよ。クッパ国があったと言う痕跡を残してはならぬ」
「仰せのままに……」
「本来ならば、すぐにでも取り掛かるべきだった。しかし、わしの力では国を終わらせるところまでで精一杯だった。その後は権力をすべて失い、全て消し去ることはできなかった」
「大丈夫です。私が全て失くしてご覧に入れます」
「クリボー……」
「はい」
「すまなかった」
「いえ、クッパ様のためなら」
そして、クリボーは歌いだした。
クッパ様~ クッパ様~ 僕はあなたに付いてきます
何よりも~ クッパ様~ を愛します
クッパ様~ クッパ様~
不可解な光景に、ラムリーザは少し眩暈を覚えたが、クッパ王とクリボー老人の関係、真の関係を垣間見たような気がしていた。この二人は、実は強い絆で結ばれている。
そしてクッパ王は、光に包まれて消えていった。
気が付くと、雑貨屋の前にラムリーザとクリボー老人の二人が取り残されていた。
ラムリーザは、左手にクリボー老人の手を、そして右手にはまだ「クッパの」が握られていた。
いや、よく見ると、それはクッパタに変わっていた。
「ちょっと、いつの間に店から出たのよ」
店からソニアが出てきて、怒ったように言った。そういえば「クッパの」を掴んだ瞬間、それまで傍にいたはずのソニアは消えてしまっていた。
「ソニアの方が急に居なくなったのだけどなぁ」
「ラムの方が急に居なくなった!」
「不思議だねぇ……」
ラムリーザは、クリボー老人の手を放して、代わりにソニアの手を握った。
リゲルが見ていたことも、気が付いたらラムリーザとクリボー老人の姿が消えていたとしか言えないとのことだった。
とにかく、初めてクッパのを取られず、クッパタであるが手元に残った出来事であった。
クッパ王は消え、クッパのはクッパタに変わった。
そしてクリボー老人の、人生最後の任務が始まった。クッパ城、そしてクッパ国跡地を片付けて更地にするという大仕事が。
これですべては終わったのだろうか?
二人の言っていた青魔石とは何のことなのだろうか?
以前、隠された九つの風呂で見つけた青色の破片と何か関係があるのだろうか?
今の時点では何もわからない。
ラムリーザは、フォレストピアでの「クッパの問題」が解決してくれれば、それでよいと考えるしか無いのであった。
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