チョコレート記念日 ~チョコレートを一杯食べてもいい日~
2月14日――
昼休み、学校にある食堂にて――
ラムリーザたちは、今日は男性陣と女性陣とに分かれて、二つのテーブルを占領していた。
まずは女性陣のテーブルから見てみよう。
テーブル席には、ソニアとリリス、ユコ、ロザリーンが輪になって座っていた。
「ポンポンって知っているかしら?」
今日も相変わらずリリスのうんちく披露が始まっている。その内容は大抵は謎な物だったが、今日はそうでもないらしい。
「知っています、ポンダイパークのマスコットキャラですね」
ポンダイパークとは、エルドラード帝国では有名な、アミューズメントパーク――いわゆる遊園地の名前で、帝国内にチェーン店のように広がっている。そしてフォレストピアでも、その地方に作ろうという話になって、現在街のさらに西側を開拓して建設中だ。
そしてそういった遊園地には大抵マスコットキャラが居るもので、ポンポンという猫型ぬいぐるみがポンダイパークでは有名になっていた。
その辺りの文化については、ロザリーンはよく知っている。
リリスは、知っていると聞いてちょっと顔をしかめる。彼女的にはみんなが知らないことを、まるで自慢でもするかのように説明するのが好きなのだ。
「ポンポンには大きいぬいぐるみと小さいぬいぐるみがあって、それぞれポンダイ、ポンショウとあだ名されているのは?」
「知ってますよ」
ぬいぐるみとなると、ユコはある程度の物知りさを持っていた。ソニアが持っていたココちゃんも知っていたし、固執すると二十個も三十個も集めようとする困ったちゃんだ。
ちなみに大きいからポン大、すなわちポンダイ。小さいからポン小、つなわちポンショウといった名称なのは、いまさら説明の必要は無いだろう。
さらに言うと、そのポンダイが、ポンダイパークから取られているというのも、その名称から察せられるであろう。
「ではスーパーポンポン、ニューポンポン、ビッグポンポンは知っているかしら?」
「聞いたことある」
「その意味は?」
リリスの問いに、ソニアとユコは「知らない」と答える。するとリリスはうれしそうな顔をするのであった。
「スーパーとは、上のとか超とかいった接頭語を現す竜語よ。つまり、優れたポンポンになりたいという、ポンポンの願望を現したものなの」
「願望ですか……」
ユコはちょっとがっかりしたようだ。彼女的には、かっこいいポンポンがあるのを期待したのだろう。
補足すると、ポンポンとは帝国では歴史あるぬいぐるみで、その一方では古臭い過去のぬいぐるみだと言われている。人によっては、四十年近くそのぬいぐるみを持っている人も居るとか、居ないとか。
リリスの得意げな説明は続く。
「次にニューポンポン。ニューとは、新しいといった意味を表す竜語。つまり、古臭いぬいぐるみであるポンポンが、新しいものになりたいなぁといった願望を現したものなの」
「何よ、願望ばかりじゃないの!」
期待して聞いていたソニアは怒り出す。古臭いポンポンでなく、素晴らしいポンポンや新しいポンポンがあれば、どれだけ良い事か。そんなことを考えながら。
「じゃあビッグポンポンとは何ですか?」
ユコの問いに、リリスは残念な事実を突きつけた。
「ビッグとは大きなという意味の竜語。つまりポン大そのものの竜語表現よ」
「面白くない!」
ソニアとユコは、声を合わせてリリスを非難するのであった。
一方男性陣はというと、ラムリーザとリゲルとジャンが輪を作っている。レフトールは子分たちと一緒で、ここには居ない。他のテーブルで、カードゲームに興じている。
「結局クッパとは何だったんだ?」
被害にあっていないジャンは、二人に聞いた。
「亡霊だったのかなぁ?」
ラムリーザは自信無さげにリゲルの顔を見た。
「亡霊だな」
今回はリゲルも被害を受けていたので、亡霊事件、非科学的なゴースト系も馬鹿にしてこない。
クッパの亡霊事件、先週までは「クッパの」という謎のインスタントリョーメンを巡って、フォレストピアで混乱を引き起こしていた。しかし先週末の休日に、クッパの亡霊とクリボーを引き合わせてからは、クッパの事件の被害はぱったりと聞かなくなっていた。
「俺もクッパのを見てみたかったなぁ」
ジャンは残念そうにつぶやくが、ラムリーザは「被害にあっていないからそう言えるんだ」とやり返してやった。
「『ジャンの』という名前の酒とか売り出して、客が買った瞬間にそれ何だ? ジャンの。俺のか返せとやってやれ」
リゲルにクッパの事件のあらましを、自分がやった場合に置きかえて例示した。
ジャンは「なんだそりゃ?」と言うが、まさになんだそりゃ? という事件であったのは間違いない。
「事件は解決したし、もうクッパ国跡地やパタヴィアに行くことはないかなぁ」
ラムリーザは、大きく伸びを詩ながら感慨深そうに言った。
その時である。
「思い出した!」
そこにソニアが割り込んできた。どうやらリリスの話がつまらなかったようで、こちらの話に耳を傾けていたようだ。
「なんだ? おもらししたことを思い出したか?」
「違う! 氷柱!」
リゲルの突っ込みに、歯をむき出して反論する。そこまで怒ることでもなかろうに。
しかしリゲルは、最初からソニアと目を合わせていない。
ソニアは「無視するな!」と怒るが、リゲルは「俺は氷柱ではない」とあくまで冷静に返して来る。普通の者ならソニアの剣幕には思わず身を引くものだが、リゲルは慣れているのかちっとも動じない。
「じゃあリゲル! チョコレート持ってくるって言ってから、全然持ってきてない!」
「ちっ、覚えていたか」
リゲルは、クッパ国跡地に行ったときに、反クッパ同盟の攻撃でピンチになったことがあった。しかしソニアやユコの機転でそれを回避できたというのがあったが、そのことを恩着せがましくチョコレートをねだるソニアが居た、という経緯があった。
ソニアがいちいちうるさいので、リゲルは制服の上着のポケットに手を突っ込んだ。そして何か薄い板状のものを取り出して、ソニアの居るテーブルの上へと投げてよこした。さらに二枚取り出すと、同じように投げたのであった。その後で、同じものを一つロザリーンに手渡した。
「ほら、三馬鹿トリオにエサを与えてやったぞ」
「わあっ、チョコレートだ!」
なんだかリゲルに酷いことを言われたような気がするが、ソニアは念願のチョコレートに目を取られていて気が付かなかったようだ。
すぐにテーブルに戻って、一かけら口に運んでいる。
「甘くて苦くておいしい」
ソニアは幸せそうだった。
大人しくなった女性陣テーブル――主にソニアが騒いでいた――を他所に、ラムリーザたちもチョコレートの話が始まった。
「よく手に入ったな、四つも」
「ミーシャの分もあるぞ。お前も要るか?」
リゲルは先程ソニアたちに与えたのと同じような板状の物を取り出した。
「折角だから貰っておくよ」
ラムリーザは、これまではチョコレートはソニアに譲ったが、自分も興味が無いわけではない。頂けるものならば遠慮なく受け取っておくのも礼儀だ。
ただし、屋敷に帰ってからは、冷蔵庫の奥にでも隠しておかないと、ソニアに見つかるとすぐに食べられてしまうだろう。かと言って机の奥に隠していたのでは、温暖な気候である帝国では、そのうち溶けてしまうだろう。
「こんな短期間に手に入るとはすごいね」
リゲルに聞いた話では、チョコレートの原料となるカカオ豆は、帝国よりもずっと南にある国、ガナトジボドールという国で主に栽培されているそうだ。ほとんど国交がない状態なので、滅多に手に入らないはずだ。
「この間、飛空艇を借りただろう。あれのおかげで汽車や船の十倍以上の速さで行き来できたからな。それのおかげで、約束の品を仕入れて来れたわけだ」
「ああそう言えば、飛空艇を貸した話があったね」
フォレスター家は、現在二隻の飛空艇を所持している。一隻は旗艦となる戦艦ソフィアで、もう一隻は最初に受け取った巡航艦ムアイクだ。
リゲルは、現在使っていない巡航艦ムアイクを借りて、南国に仕入れに行っていたわけだ。リゲル自身ではなく、シュバルツシルト運輸の従業員たちを乗せて行ったわけであるが。
一方ソニアたちのテーブルでは、新たな話題が生まれていた。
「このチョコレート、増やせないかなぁ」
ソニアは、去年貰った時はあっという間に無くなってしまったので、今回は大事に食べているようだ。
「ポケットに入れて叩いてみると増えますわ」
ユコは、増やす方法を提案しているようだが、何の事だかよくわからない。
「叩いたら割れるじゃないのよ」
ソニアは反論するが、ユコはすまし顔で言う。
「叩いて割れたらチョコレートは二つになるわ。ポケットの中にはチョコレートが一つ、叩いて割れたらチョコレートは二つ。ほら!」
「ならない!」
ユコの言うことは、理論的には合っているが、ソニアはお気に召さないようだった。
「それならジャングルの木に植えなさいよ」
「ジャングルの木?」
今度はリリスがチョコレートの増やし方を提案したようだ。
ただし、これはゲームの中での話。以前ソニアが「たなからぼたもち球場」と言っていたのと変わらない。ソニアもリリスも、現実とゲームを混ぜたがる困った人だ。
「そうだ!」
そこで突然ソニアは大きな声を出す。クラスの何人かが振り返ったが、彼女は気にしていないようだ。
何か増やす良いアイデアでもひらめいたのだろうか?
「今日は、年で一度のチョコレートを一杯食べても良い日にしようよ!」
増やす前に一杯食べても良いと順序が逆なのもソニアらしいと言えば、そう言える。
「今日は――」ロザリーンはカレンダーを確認して、特に何でもない日だと確認した。
「チョコの日にするんですか?」
ユコも若干きょとんとした顔だ。
そしてソニアは、リゲルの方を振り返って言った。
「来年もこの日には、チョコレートを一杯持ってくること!」
「それでいいのだな?」
リゲルはソニアにつめよられて、うるさそうに顔を背けながらめんどくさそうに言った。
「飛空艇があれば定期的に仕入れられるが、この日だけでいいんだな?」
「やだ! 毎日食べたい! チョコを主食にしたいよ!」
無茶苦茶なことを言うソニアに、リゲルは一言「チョコソニアめ」と呟いた。
それを聞いたリリスは、「チョコソニア」と続き、ユコもそれに倣う。
「何よ! リリスにはもうチョコあげない!」
ソニアは、まるで自分がチョコレートの全てを取り仕切っているかのような事を言い出した。
「いいよ、リゲルに貰うから」
リリスはそう言うが、リゲルにとってはいい迷惑だ。
「で、どうして欲しいのだ?」
それでも聞いてくれるようになったのは、リゲルも丸くなったと言えるかもしれない。以前のリゲルなら、うるさそうに払いのけて終わりだったはずだ。
「定期的に持ってくること」
「じゃあ今日は何の日だ?」
リゲルに言われて、ソニアは少しの間考えた。そして、よくわからない結論を出した。
「チョコレート記念日!」
ソニアは、堂々と言い切ってしまった。ただし堂々たるだけで、その実体は何もない。
そんなわけで、何だか勝手に新しい記念日が誕生したのであった。
ついでにチョコソニアも誕生したが、それは割とどうでもよい。
それでもとにかくこれで、リゲルはソニアに対する借りを返したのであった。