花見イベント ~焼き鳥ソニア~
2月24日――
今日は週末で、学校は休みだ。
そしてこの日、ごんにゃ店主から花見イベントに誘われていた。
帝国やユライカナンでは、この時期に桜の花が満開を迎えることが多い。
それでも帝国では、きれいだな、ふーん、で終わっているのが毎年のことである。だからラムリーザも、去年のこの時期にはソニアと一緒に桜並木を散歩した、その程度の文化であった。
しかしユライカナンでは、桜の木の下に集まって宴会をするといった習慣があった。これが花見イベントで、聞いた話ではバーベキュー大会のようなものだ。各々食べ物や飲み物、時には酒の類も持ち込まれて、賑やかに過ごす習慣があるのだ。
バーベキューならラムリーザたちも去年のこの頃に、ポッターズ・ブラフの屋敷でやっていた。しかし屋敷のバルコニーでやったものであり、桜の花とは何も関係ないものだった。
そんなわけで、今日はフォレストピアでのバーベキュー。みんなで集まって、桜の木の下で賑やかに過ごそうといった話になっているのだ。
宴会なので、フォレストピア組だけでなく、リゲルやレフトールも呼び出した。休日には久しぶりに集まる、ラムリーズ・フルバージョンだ。
ごんにゃ店主は前日に出かけて、花見イベントにちょうどいい場所を探してくれていたので、後はそこに向かうだけだ。
花見とは、前述の通りユライカナンの風習でありお祭りである。桜は春になれば山から下りてくる稲の神が宿る木とされていたと言われていて、元々は豊作祈願の行事で、主に農民の間で行われていたものだった。しかしいつの頃からか、みんなで楽しむようになっていたという歴史がある。
そんなわけで、この花見イベントを境にして、農民たちは各種農作物を植える仕事を始めるのだった。
フォレストピアの中央公園、ストロベリーフィールズにて。
桜並木となっている一角を散歩しながら、ラムリーザたちは花見イベント会場に向かっていた。
「お花なんか見ても美味しくない。早くバーベキューやろうよー」
食いしん坊のソニアは、風情よりも食欲の方が重要らしい。
「食いしん坊ですみません」
そんなソニアを、ラムリーザは頭を下げて謝ってみせるのだった。
「ははっ」と笑ったのは、ごんにゃ店主だけだった。
桜並木を通り過ぎ、ごんにゃ店主が見つけておいた花見に絶好の場所に辿りついた。
中央公園の一角に立っている桜の木は、他の木よりも一回り以上大きくてどっしりと構えている。これが店主の選んだ場所だった。
店主はてきぱきと木の根元に大きなシートを広げ始めた。それをロザリーンがすぐに手伝い始める。こういう時に気が利いてよく動くのはロザリーンだ。クラス委員も伊達ではない。
一方のソニアなどは、持ってきた食材の方が気になるようで、店主の持ってきた大きな鞄をいじくっている。
「今日は焼き鳥を披露してあげよう」
シートの引き終わった店主は、持ってきた鞄――所謂クーラーボックスという物で、内部は常に冷えている――から大きな鶏肉の塊をいくつか取り出した。鶏肉以外には、ひき肉のや野菜、主に太ネギの類が入っていた。
「焼き鳥ソニア」
焼き鳥という単語を聞いて、まだ食べてもいないのにリリスは先制攻撃を放って場を荒れさせようとする。
「まだ食べてない!」
ソニアは怒って大声を出す。それは間違っていないが、食べたら正しいことになってしまう。
これまでは大食いをした後に言われていたが、今回は食べる前から言われたのが大きな違いだ。
「どうせあなたが一番たくさん食べるわ」
そしてリリスは、よく分かっていた。
ソニアとリリスがつまらぬ諍いを始めてしまったが、他の者はいつものことだと気にする様子もなく、店主を手伝って料理の用意に取り掛かった。
それぞれ大きな鶏肉を切り分ける人、ひき肉をこねる人、野菜を切る人に分かれて作業が始まった。
「そのネギ要らない」
お肉にしか興味が向かないソニアは、ユコの切っている太いネギを見て眉をひそめる。
「だめだそ、そのネギを間に挟んだのも美味いのだからな」
ごんにゃ店主は、肉を切りながらそう言った。
その時何を思ったか、ソニアはまだ切っていない太いネギを手に取ると、そのままそれでリリスをぶった。
「なにすんのよ!」
リリスもすぐに別の太いネギを取って、叩き返す。嫌がるだけで収まらず、実際に殴り返すのがリリスだ。こんな二人だからこそソニアは手を出すし、リリスも隙あらば攻撃をしかける。
その結果、今日もここに、くだらない戦争が始まりかけてしまった。
「馬鹿なことはやめるんだ!」
ラムリーザは二人から太いネギを取り上げて、今日も騒乱の鎮圧に駆り出されるのであった。
「こちらのひき肉は何に使うの?」
好奇心の塊であるミーシャが、ボールに入った崩れた肉を撮影しながら尋ねた。
「これはつくねと言ってだな、こねて固めたものを焼き鳥と同じようにタレを付けて焼くんだ」
「肉団子みたいなものですね」
説明するごんにゃ店主と、ある程度の料理スキルを持っているロザリーンは話が合う。今日も、準備の主役はこの二人だった。
むろんソニアは、あっちを見てこっちを見て、手を出しては文句を言われてと邪魔ばかりしているのもいつも通りだ。
リゲルは去年やったときのように、火の準備をしているし、ジャンは調味料を店主の書いたレシピ通りに混ぜてタレを作っている。
「えーと、そょうゆが大さじ二杯、みりんが二杯、酒一杯、砂糖一杯。この割合で作っていくんだ。しかしそょうゆとみりんって聞かないよな」
ジャンは、丁寧に混ぜている。砂糖や塩、酢などは昔から帝国でも使われていたが、せそやそょうゆ、みりんはユライカナンからやってきた調味料だ。
「やっぱりジャンってタレだよね」
ソニアはまだ要らんことを言っている。たんなるこじつけにもなっていない、そもそもなぜジャンがタレなのだろうね。
「お前が作るか?」
ジャンもソニアに仕事を振ろうとした。
「やだ。なんか科学者みたい」
ただし、なぜ科学者みたいだと嫌なのかは不明だ。
「科学者かっこいいじゃん」
ジャンは、二巡目のそょうゆに取り掛かりながら科学者を持ち上げる。
「だめ、科学者は魔女と並んで役立たずの双璧。魔女のリリスと科学者のジャン、お似合いのカップルだね」
「ふえぇちゃんはあっちいけ」
ジャンに追い出されて、ソニアはラムリーザに引っ付いた。丁度ラムリーザは、作業の合間に桜の花を見上げているところだった。
ソニアはラムリーザに倣って桜の花を見上げてみた。白い花は満開で、少し風が吹くだけで白い花びらが少しずつ舞っている。桜吹雪という言葉があるようだが、暖かい南国の帝国では、吹雪という物に縁が無いので馴染まない。
その花びらが、ソニア目がけて降ってきた。
「わぁ、これいい。すごくいい」
なんだかソニアは楽しそうだ。
「これが花見の醍醐味だ」
ごんにゃ店主は、ソニアにそう言った。ソニアは芝生の上に落ちている花びらを集めて、真上にまき散らしてみた。白い花びらが、頭の上からたくさん降ってきた。
「すごーい、――ふえぇっ?!」
その時、突然ソニアの横から大量の花びらが飛び込んできた。
いつの間にかリリスは作業を止めていて、両手に山盛りになるぐらいの花びらをかき集めてきてソニアに投げつけたのだった。
なんだか花見の趣旨と言えるのかどうかわからないが、花びらのぶつけ合いというよくわからない争いが始まってしまったのである。
一方料理組は、次の段階に進んでいた。
ソフィリータはごんにゃ店主の指示に従って、ラムリーザの切った鶏肉と、ユコの切った太いネギを交互に刺している。これがネギマというものらしい。
ロザリーンは、肉団子のようなつくねの準備をしていた。
そして休憩を終えたラムリーザは、遊んでいるソニアとリリスは放置して、鶏肉だけを串にさしていた。
それらの串が三十本以上用意できたところで、リゲルが準備した火にかけていった。やっていることは、バーベキューとさほど変わらない。
そしてジャンは、焼き上がった物に作ったたれを刷毛で塗りつけ始めた。
そうすることで、周囲に香ばしい匂いが漂い始めるのだった。
すると、その美味しそうな匂いに引き寄せられて、「あ、できたの?」などと言いながら花びら戦争を放棄したソニアが戻ってきた。
「働かざる者には麦ではなく砂を与えよ」
などと、同じくあまり働いていないリリスが言うが、ソニアは文句を言わない。もう争うよりも、美味しいものにありつく方が重要になっているようだ。
ソニアは、既に焼き上がった肉の串を一本手に取って口に運んでいる。
「おいしー」
なんだか幸せそうなソニアが居るが、リリスとユコはいつも通りに接した。
すなわち声を揃えて「焼き鳥ソニア」の一言である。
しかし、焼き鳥の美味しさで夢見心地なソニアは、そんなからかいは全然耳に入っていないようだ。焼き鳥ソニアの面目躍如、二本目の串にも取り掛かっている。
こうして、花見イベントの本番が始まった。
みんな最初に敷いたシートで輪になって、綺麗な桜の花を見ながら焼き鳥を堪能していた。
ごんにゃ店主は、一人酒瓶を持ち込んで酒盛りを始めてしまった。もちろん他のメンバーは未成年なので、一滴も飲ませないようにしているのだ。
だから一同は、焼き鳥の味と桜吹雪の景色を堪能するだけに留めていたのである。
「桜の花ってこんなに美しかったんだ」
帝国ではわざわざ桜の花を見るために集まる文化はなかったので、ゆっくりと花見をするのはラムリーザも今日が初めてだ。
散った桜の花びらが焼き鳥についても、そのまま食べてしまっても気にならない程の美しさだ。
「もっと桜の木を増やしたら、春になると美しいですね」
中央公園は広いけど、それほど桜の木が植えられているわけではない。ここも点在する桜の木の中で、一番大きな場所を選んだようなものだった。
今はまだその文化が根付いていないが、今後多くの人が楽しむためには、今の木の数では少ないだろう。
ロザリーンの言う通り、ある程度の広さを持った桜の木エリアを作った方が良さそうだ。
「美しい桜を見ると、美味しいものが食べたくなる。美味しい焼き鳥を食べると、美しい桜が見たくなる。美しい桜を見ると、また美味しい焼き鳥が食べたくなる」
ジャンは、何やら理屈っぽいことを言いながら、花見を楽しんでいる。その理屈でいくと、何本でも食べてしまうことになるが、大丈夫だろうか。
しかし、こういった風流に興味を示さない者も居る。
「でも桜の花っておいしくない。もっと焼き鳥を食べようよ」
最初にも言ったような気がするが、その言葉通りにソニアは、焼き鳥を食べ始めてからは花を全然見ていない。焼き鳥とねぎまを合わせて、十五本は平らげただろう。
焼き鳥ソニアに加えて、ねぎまソニアの称号も独占するようだ。
むろんひき肉をこねて作ったつくねも例外ではない。
しかし人数も多いし大食いが何人かいる事を考慮した準備になっていたので、出来上がった焼き鳥はいくらか残って土産ができる程用意していたのだ。