狼男探し
2月27日――
学校で授業が終わると、部活の時間だ。
今日もジャンの店にあるスタジオに集まっている。
今では、もう学校の部室は使っていない。時々ソニアやリリスが集まって、ソファーで雑談するだけだ。スタジオの方が演奏したり練習したりする設備が整っているので、部室に行くのは休みの日という扱いになっていて、今では雑談部になっていてもラムリーザは気にしていない。
それに、もうそろそろ一年が経過しようとしているのに、部長の座を未だにソニアとリリスは争っていて決まっていない。そもそも顧問の先生に会ったことも無い。部活動って――、軽音楽部っていったい……
そんなわけで、今ではもう学校の部活動としての軽音楽部は、その体裁を成していなかった。
しかし、スタジオにもソファーは置いてある。
「今日は狼探しゲームをやりますの」
この日集まったメンバーは、フォレストピア組とリゲルとロザリーンだった。去年までの定番メンバーだ。一年組は、今日もカメラを片手にどこかへ行ってしまったし、レフトールは本格的に参加するのか未だによく分からない。
「村の中には、村長と村人と狼男が居ます」
ユコの説明が続いている。
ちょっと息抜きということで、一同はソファーに集まっていたが、何の道具も必要ではない口頭だけで遊べる遊びがあるとユコが言ったので、それをやってみようという話になったのだ。
その狼男探しというゲームは、とあるお題を出して、それを知っているのは村長と狼男だけ。村人はお題を探るために質問をする。狼男も同じように質問ができる。ただし狼男はお題を知っているので、その答えに誘導するような質問ができて、答えに辿りつかせることができる。
「例えばどんな感じなのかな?」
ラムリーザは、例が欲しくて質問してみた。
「そうですねぇ、例えばお題が風船だとしてみましょう」
「何でよ!」
ユコが適当なお題を挙げるが、そこにソニアが噛みついた。このように、怒って噛みついた者が狼男――というわけではない。
「村人は、それは食べ物ですか? などと村長に質問をするのです」
ユコは、睨み付けるソニアのことは気にせずに話を進めた。
「でも風船は食べ物ではないので、村長は『いいえ』と答えます。次に狼男は答えを知っているので、ソニアのバストですか? と聞くのです。でしたらソニアのバストは風船だから、村長は『はい』と答えるのです」
「風船じゃない!」
「風船にしか見えないわ」
「風船なんか嫌だ!」
ユコの説明はどこかに行った感じになり、ソニアとリリスの言い合いと変化していってしまった。
「そんな感じにお題に導いて行って、お題が風船だと分かればクリアとなります」
「それで終わりなのかな?」
話を聞いていないソニアとリリスを他所に、ラムリーザはユコに聞いてみる。
「ここから狼男探しが始まるのです。この場合、ソニアのバストといった具体例を出した人が怪しいとなります」
「なるほど、露骨に誘導するような質問をしたらバレてしまうわけだな」
リゲルは呑み込みがよかったようで、このゲームのルールをすぐに理解したようだ。
そんなわけで、とりあえず一戦してみることとなった。
最初のくじ引きでは、ソニアが村長となり、ラムリーザが狼男を割り当てられた。むろん、ラムリーザが狼男だということは、誰も知らないことになっている。
そしてカードを引いたところ、お題は厄介なことに「吸血鬼」ということになってしまった。
答えの分かるラムリーザは、少し困ったような顔をして、同じく答えの分かっているソニアはニヤニヤしている。
こうして質問タイムが始まった。
「食べ物?」とロザリーン。
「いいえ」とソニア。
「武器?」とリゲル。
「いいえ」とソニア。
このように、人間か、動物かなどと最初は無難な質問が飛び交っていた。
そしてラムリーザも、村人に交じって最初は無難な質問を投げかけておこうと考えて言ってみた。
「それをソニアは好きか?」
「嫌い――いいえ」
ラムリーザは、嫌いと即答してから言い直したのを聞いて、なるほどなと思った。
ソニアは、無意識のうちに吸血鬼とリリスを結びつけて考えている。だからリリスの顔が浮かんですぐに嫌いだと言ってしまったのだろう。
「それは国か?」「それし道具か?」
まだ無難な質問は続いているが、答えに結びついて行っているとは考えにくい。
そこでラムリーザは、吸血鬼にどう持っていくかをふと思いついたので、言ってみた。
「この部屋にあるか?」
ソニアが本当に吸血鬼とリリスを結びつけているのならば、部屋に有ることになり、別物だとしていたら無いことになる。
「はい」
ソニアは肯定した。ここでラムリーザはそうきたかと考え、吸血鬼とリリスを結びつけていると確信した。
しかし部屋にあるということになれば、質問の範囲は狭まったことになる。
「ギター?」「ドラム?」「アンプ?」などと、村人たちはスタジオ内にある物に絞って聞き始めた。
しかしここで転機が訪れる。
「待てよ、さっきソニアは好きか? という質問で否定しているぞ」
考察力の高いリゲルは、少し前の質問と答えも考慮して考える。
ここでラムリーザは、さらにリリスに結び付けようと考えて「女か?」と聞こうと思ったが、すぐに思い直して考える。
あまりにリードし過ぎると、自分が狼男だと感づかれてしまう。
「男か?」
そこで逆のことを聞いてみたが、すぐにこれは愚問だったと気付いてしまった。
最初の頃に「人間か?」という質問に対して否定されていた。つまり吸血鬼だから人間ではない。人間ではないのに男女もあったものではないだろうか。
「いいえ」
結局ソニアは否定した。
どのみちラムリーザの質問は、結局リリスに結び付けようとしている。
「一応聞くが、女か?」
そこで何を思ったか、リゲルがそのように質問した。人間ではないと知っているはずなのに。
「はい」
ソニアが肯定したのを聞いて、リゲルは「んん?」と怪訝な顔を向けた。
この部屋にあって、人間ではない女とは何か? この部屋に居る女性は、リリスとユコとロザリーンの三人だけだ。しかし三人とも人間――のはずだ。
「リリスか?」
リゲルは消去法に出たのだろう。人間でないのはとりあえず置いておいて、女であるものを突く。
「はい」
ソニアは、当然といった顔で即答した。
「待って! 私は人間だ!」
リリスは、まるで何者かに同化されて置き換わったのを疑われたかのように非難した。
「そうとは言い切れんでしょう?」
ソニアは、ニヤニヤしながら言った。
リリスはその顔を見て全てを察したのか、むっとした顔つきになってしまった。
「答えがわかったのでしょ? 言ってみてよ」
ソニアはリリスに答えを促すが、リリスはソニアを睨み付けたまま答えない。
いや、リリスだけでなく、他の誰も答えない。言い出しづらくて答えられないのが事実か?
「答えは吸血鬼だろう」
しかし、そんな思いやりとは多少離れた場所に居るリゲルが、あっさりと答えてしまった。
「あたーりーーー」
そしてソニアは、嬉しそうに答えたのであった。
結局のところ、この話はリリスが吸血鬼であること前提で進んでしまっていた。
ラムリーザがそう誘導したというのもあるが、村長のソニアがそのように認識しているのだから、そうなるしかなかったのだ。
「それで、狼男は誰ですか?」
ユコが一同を見渡して聞いた。
「ラムリーザだろう」
これについてはリゲルは即答だった。
「なんでやねん」
ラムリーザは負け戦を自覚していたが、多少はあがいてみる。
「具体的にリリスに誘導していた。人間じゃないのに男か? とか鎌をかけていたしな」
「雄か? と聞けばよかったかな。この部屋には動物は飼っていないし」
というわけで、第一戦目は狼男をあぶりだすのに成功し、村人側の勝利となったのである。
第二戦目。
ラムリーザは、今度は村人だった。そして村長はリリスだ。
こうなると、ラムリーザは答えがわからない。質問を投げかけて答えを探りつつ、その質問の傾向から誰が狼男なのかを探り出さなければならない。
「人間か?」「動物か?」「国か?」「武器か?」
今回も最初は無難な質問から始まり、リリスは全て「いいえ」と答えている。
「吸血鬼か?」
そこでソニアは、前回の答えを投げかけた。
「全然違う」
リリスは、強く否定した。
「それじゃあ、魔女?」
ソニアは答えを求めているつもりで、リリス攻めしかしていない。
「違うわ、答えは風船おっぱいお化けよ」
リリスは業を煮やしたか、聞かれてもいないのに自分から答えを述べてしまった。
「そんなわけないだろう?」
ラムリーザは、その場をなだめるために言った。そもそも風船おっぱいお化けとは、リリスやユコが作った造語だ。公式に出ているカードに載っているはずがない。
「話を戻すぞ、リリスはそれが好きか?」
ラムリーザは、ソニアにしゃべらせないように抱え込んで、先程と同じ質問を投げかけてみた。
「いいえ――にしとくわ」
「しとくわ?」
リリスの返答は、なんだか微妙だ。好きでも嫌いでもないが、何か意図があって嫌いにしておいた風に取れる。ラムリーザはそう感じた。
「この部屋にあるか?」
この辺りは、先程の流れと同じだ。
「ないわ」
しかし、その答えは先程と反対であった。つまり、この部屋にあるものではない。
「食べ物ですか?」
ユコの問いに、リリスは「はい」と答えた。
ここで答えは絞り込まれた。食べ物の何かが答えだ。
「てんぷら?」
「いいえ」
「ぎんなん?」
「いいえ」
「やきとり?」
「いいえ」
ラムリーザが食べ物は何か? と考えている横で、ユコは矢継ぎ早に質問を投げかけている。ただしその問いは、全て特定の人物が大食いしたものだ。
当然のごとく、ソニアは不機嫌になっていく。
ラムリーザは、相変わらずこいつらはお互いに攻撃しかしないな、と思いながら「ソニアは好きか?」と聞いてみた。むろん、その問い自体が火種になる可能性を秘めているのだが、この場では気が付かなかったのだ。
「好きみたい」
相変わらずリリスの回答は微妙だ。リリスの知っている食べ物で、ソニアは好きだがリリスは嫌い。ということは、これまで一緒に食べてきた物ではないだろう。
「豆乳か?」
そこでラムリーザは、自分しか覚えていないだろうといった、ソニアの好きな食べ物を聞いてみた。
リリスの答えは「いいえ」だった。
「ならばハッカ飴?」
ラムリーザはそう聞いた後で、これはソニアの嫌いなものだったと思い出した。
チョコレートとかだったらリリスも好きなはずである。ここが答えに辿りつかない問題となっていた。
だったら「クッパの」とかかな? とか思って聞いてみようとしたところ、
「それは屋台で出ますか?」
ここでユコは、別方面の事柄を聞いた。屋台ならば滅多に出店されないので、ラムリーザもすぐには思いつかなかった。
「はい」
リリスの答えは肯定だった。
それを聞いて、ラムリーザは一つ思い当たる点があった。お祭りの屋台でソニアが固執する物を一つ知っていた。
「それはいかめしか?」
「正解!」
こうして、ラムリーザは見事に答えに辿りついた。しかし疑問が残る。
「リリスはいかめしが嫌いなのか?」
「あんまり食べたことないから知らないけど、ソニアと同レベルになるから嫌いということにしておくわ」
いや、既に同レベルだから――という言葉をギリギリの所でラムリーザは飲み込んだが、ソニアが黙っているはずがない。
「あれは聖なる料理だから、吸血鬼が食べたら溶ける」
「わかった、いやわからんけどわかった」
すぐに喧嘩になりそうになるのを押さえつけながら、ラムリーザは次のゲームを促した。
「待って、狼男が誰かが決まっていないわ」
ユコが、本当の勝負が残っていることを教えた。そう、これは狼男探しゲーム。村人の中に紛れ込んでいる狼男をあぶりだすのが目的だ。
「それはラムリーザでしょう」
「なんでやねん」
相手はユコだったが、今回も疑われたラムリーザは、心外だった。
「今回もソニアに絞り込もうとしていました。豆乳とかいかめしとか、私たちの知らないことを言っていた」
これがユコの言い分だ。
「いや、急に屋台とか持ち出したユコの方が怪しい。それに食べ物かどうか聞いたのはユコだった」
これがリゲルの言い分だ。
ユコとロザリーンは、先程の流れと同じように取ったのか、ラムリーザを怪しんでいる。
ここで全員で、投票して狼男をあぶりだすことになった。いっせーのーで、で各々狼男だと思う人を指さすのだ。
「いっせーのーで!」
そして六人は、お互いに思った人を指差した。
ラムリーザとリゲルはユコを指さし、ユコとロザリーンとリリスはラムリーザを指さしている。そしてソニアはリリスを指さしていた。
「ちょっと待てソニア、リリスは村長だぞ」
「じゃあリゲルで」
「何故だ?」
ソニアは何も迷うことなくリゲルを選んだので、リゲルはソニアに冷たい視線をぶつけて聞いた。
「それっぽい理屈を述べて自分が正しいと思い込んでいるリゲルが怪しい」
これがソニアの言い分だった。
こうして三対二対一で、一番疑われたラムリーザが狼男となってしまった。
「お前ら絶対に後悔するぞ」
二度も狼男にされたラムリーザは、声を低くして脅しをかけてみた。もっとも一度目は、正真正銘狼男だったわけであるが。
結果はユコが狼男でした。
ラムリーザは「ほらー」と言いながら顔をしかめ、ユコは狼男側で勝者となり喜んでいる。
「呪いの狼男人形」
ソニアはよく分からない造語を作り上げ、リゲルは一人ギターを手に取ってアルペジオを弾き始めた。