イシュト・リサイタル
2月30日――
週末の休みの日、今日はジャンの店であるフォレストピア・ナイトフィーバーは、妙な盛り上がりを見せていた。
日が沈みかけた頃、フォレストピアの住民ほとんどが集まるぐらいの騒ぎになっていた。
今日は、ユライカナンの東部の領主の娘であるイシュトが作ったバンドグループがやってきて、ここでライブをすることになっていた。所謂イシュト・リサイタルというものだ。
この日に限って、ラムリーズもローリング・スターズも前座だった。
これは、今年の夏休みに、ユライカナンで開いてくれたラムリーズの異国初のコンサートに対するお礼のような物。フォレストピアの領主ラムリーザのグループと対になる形で、同じように領主の娘であるイシュトのコンサートを行うのだ。
イシュトはこの年末辺りからバンドグループの話をしていたし、年が明けてからファーストシングルのレコードをリリースしていた。
そのレコードを聞いた時、早速ユコが楽譜を作ってコピーしようとしていた。しかし、激しいロックのビートと、イシュトのおっとりとした歌の組み合わせがどうしてもうまくコピーできず、ラムリーズには再現できなかったということもあった。
そして今日、そのイシュトのグループがユライカナンからやってくるのだ。
ジャンの店にあるステージ脇の控室にて。
ここでラムリーザたちは、イシュトのバンドと対面したのであった。
ラムリーザがイシュトと直接会うのは、年末にパタヴィアに向かっている途中で、ユライカナンで一泊した時以来だ。
「ラムリーザさん、パタヴィアの旅行は如何でしたか?」
相変わらずの、ゆったりとした口調である。思わず甘えてしまいたくなるような、というかなんというか、とにかくそういった雰囲気だ。
ラムリーザはイシュトに、パタヴィアでの出来事を語った。反クッパ同盟という野盗集団なのかごろつきなのか、なんだかよく分からない連中とやりあったこと。「クッパの」という物における、クッパ王とクリボー老人の関わり合いについて。パロディーズというバンドを紹介されたが、中身は反クッパ同盟が名前を変えただけで、結局バンドグループとしてもなんだかよく分からなかったことなどを話したのだ。
そのラムリーザの活躍を聞きながら、イシュトはおっとりゆったりと相槌を打つ。
そんな口調や雰囲気で歌うイシュトだが、音楽は激しいロックンロールなのだからわからない。その独特な雰囲気が、イシュトバンドの特徴であり売りでもあった。
そのうちローリングスターズの出番が終わり、ラムリーズの出番となった。
入れ替わりの際に、スターズのリーダーレグルスとリゲルはハイタッチを交わしながらステージを行き来していた。
今日は前座だから、新曲の披露は無し。もっとも新曲と言ってもオリジナルではなく、ユコがあらたに楽譜起こしできた既存の曲なわけなのだが。
だから、主に客のリクエストに応える形で選んだものを演奏することにしておくのだった。これは文化祭でのカラオケ喫茶に向けた練習のおかげで、結構広い範囲で演奏できるようになったラムリーズの強みであった。
そしてラムリーズの演奏も終わり。
さあ、いよいよイシュトバンドの登場だ。
「今日はユライカナンから友人が訪れてくれました。お待たせしました、それではようこそ! ゆらいかなんデンキキラキラ合唱団です!」
ジャンの紹介で、大勢の客が拍手する中、今日初めて入るグループが、ステージに登場した。
最初にステージに上がったのは、ギターを持った三人だった。そしてラムリーザは、そのうちの二人を知っていた。以前イシュトの住む屋敷で会ったことのある、兄のアッシュと妹のウルフィーナだ。
「兄妹でバンドやっているんだ。昔のあたしたちみたい」
その様子を見て、ソニアはそう言った。彼女は数年前、ラムリーザの兄妹に交じってバンドをやっていたのを思い出した。そしてそれが、ソニアやラムリーザのバンド活動の原点でもあった。
「確かイシュトはボーカルメインでリーダーなんだね」
「兄のアッシュがリーダーじゃないんだ」
「僕たちのバンドも、兄さんがリーダーじゃなくて、ソニアが仕切っていたじゃないか」
三人のギタリストが準備をしているのを観客席から眺めながら、ラムリーザたちは話し合っていた。
そこに、ジャンのさらなる紹介が入った。
「メンバーの紹介です。リードギターのウルフィーナ、ベースギターのアッシュ、そしてリズムギターのヨサミンです」
一人ずつ紹介が入り、その都度お辞儀をしたりガッツポーズを取り、拍手が沸き上がる。
「ドラムが居ないんだね」
その様子を見て、リリスはつぶやいた。
「えっ?」
それを聞いたラムリーザは、ステージの上を見返した。まだ最初に上がった三人しか、ステージに上がっていない。
「お休みかな?」
ソニアはそう言うが、そんな話はジャンから聞いていない。
その会話を聞きながらラムリーザは、去年リゲルの友人が通う学校の文化祭で、ドラマー代行として動いたのを思い出していた。
「それでは続きまして、リーダーのイシュト・シロヴィーリの入場です!」
なんだかプロレスの入場みたいな雰囲気でジャンが紹介する中、イシュトがいつものようにゆったりとした動きでステージに現れた。
彼女は優雅に歩き、ステージの中央に立って観客の方へ向き直り、深々とお辞儀をした。その途中で、ラムリーザはイシュトと目が合ったような気がした。彼女もそれに気が付いたのか、微笑み返すのだった。
「ちょっとあれ!」
その時、ユコがイシュトを見ながら驚いたような声を上げた。
ラムリーザは、何だろうと思いながら、イシュトの姿を見返してみた。そして、彼女の手にドラムスティックが握られているのに気が付いた。
「まじか?」
ラムリーザはそうつぶやくが、ソニアたちの視線が自分に向いているのにも気が付いた。
「なんね?」
「いや、なぜあなたみたいにスティック持っているのかなって」
リリスはそういうが、ラムリーザの知ったことではない。そもそもイシュトからレコードが送られただけで、メンバー構成については聞いても「うふふ」とはぐらかされるだけで、本番のコンサートの日まで内緒にされ続けたのだから。
「たぶんレコーディングとライブは別物だよ」
だから、ラムリーザはそう答えておいた。そしてそういったことも、何も特別なことではない。レコーディングの時は、演奏と歌を別録りにして、それぞれに異なるエフェクトをかけることもある。
それでもイシュトは、挨拶が終わるとゆっくりとドラムセットの方へと向かっていった。どうやら本気らしい。
そしていよいよ、「ゆらいかなんデンキキラキラ合唱団」の演奏が始まった。
「まじか……」
ラムリーザは再び呟いていた。最初のは驚きの、今回は驚愕の――ってどちらも同じような物だろう。
とにかく、ステージから流れてくる曲は、以前聞いたことのあるデビューシングルに入っていたものだ。
かなりのハイテンポなロックンロール、イシュトの口調はおっとりでも、行動派なのだろう。
「ゆったりと動いていると、ゆったりとしか動けないは別物だからな」
リゲルはそう評する。ゆったりと動くのが特徴なら、大半の老人はそれに合致してしまうだろう。
動こうと動けば激しく快活に動くことはできる。しかし、おしとやかさを重視して、普段はゆったりと動く。それがイシュトなのだろう。
この演奏に関しては、ユコも聞き取って楽譜に起こせたし、ラムリーザたちも演奏できた。演奏だけはできるのだ。しかし――
「はぁー、ユラ~イカナ~ン名物数あれど~」
それは、歌が始まると思わずズッコケそうになってしまう。この歌い方が問題なのだ、音楽のノリとテンポと、歌声のゆったりさが一致していない。
それは、ラムリーザたちがコピーしようとして、誰も成功できなかったことなのだ。
しかし今現在、イシュトは激しいロックに合わせてゆったりと舞うような感じで歌っているのだ。
実際にそれを目の当たりにして、ラムリーザは驚愕しつつ思わずのけぞる。全然適当に歌っているわけではない。雰囲気が合っていないだけで、曲としては完成しているのだ。
それはもう、イシュト自身の天性の天然さでしか再現できない芸当なのだろう。
ゆらいかなんデンキキラキラ合唱団の演奏が終わり、再び控室でラムリーザはイシュトを迎えた。
「お疲れさま、すごくよかったよ」
ラムリーザがイシュトを労うと、イシュトは笑顔で「ありがとうございます」と答えた。
「まさかドラム担当だったとはね」
ラムリーザは、驚いたことを素直に伝える。
「ラムリーザさんを見て、わたくしもやってみようと思ったのですよ」
「夏休みのユライカナンツアーかな?」
「ええ、あの時のラムリーザさんは、すごくかっこよかったですよ」
イシュトに素直な気持ちで持ち上げられて、ラムリーザはなんだか嬉しくなってしまった。
「でも僕はそんなに歌ってなかったけど」
「歌の方は、ソニアさんを意識してみました。どうだったですか?」
「あたしあんなにゆっくりと歌わないもん」
ソニアはとんでもないといった感じで口をはさんで来るが、イシュトは「そうですか……」としか答えなかった。
「イシュト、あなたすごいわ。ソニアの代わりに入ってきなさいよ」
そこにリリスが入ってきて、さりげなくメンバーチェンジを提案した。
「あたしじゃなくてリリスが出ていったらいい! リリスはパロディーズに移籍! 決まり!」
「ふうせん、ふえぇ~、ふえぇ~、ふえぇ~~」
リリスがおどけて歌った即興の歌は、内容はソニアをからかう物であったが、その音楽はミキマルが歌ったものとほとんど同じであった。
何だったっけ、「ゆうびんしょうしょうしょう~」だったっけ?
リリスは実際に生ライブは見ていないが、ユコの持ち帰ったテープを聞いていたのだ。歌としては成り立たないつぶやきだが、ソニアを攻撃するには十分な材料だった。
事実、意味の分からないフレーズであったが、ソニアを怒らすには十分であった。
「お~れ~はリリス、吸血鬼~」
対抗してソニアが歌ったのは、モートンという奴の歌だ。モートンがラムリーザにやったのと同じように、リリスの正面に立って顔が引っ付くぐらいに近づいて大声で歌う。
つばが飛んだのか、リリスは顔をしかめて横を向いた。
「あらあらまあまあ……」
突然騒ぎ出した二人に、イシュトは困惑の表情を浮かべる。
「気にしないで、いつものことだから」
ラムリーザは、二人とイシュトの間に入って壁になり、騒々しい争いからイシュトを守る。
「でも、楽しそうでいいですね。わたくし、賑やかなのも好きですよ」
騒いでいる二人が視界から消えたためか、イシュトは再び笑顔を見せて言った。
「もう騒ぐな」
ラムリーザは、騒いでいるソニアを捕まえて抱えて、イシュトの横に連れてきた。つくづくソニアとリリス、混ぜるな危険だ。
「ソニアさんは、ドラムをやってみないのですか?」
騒ぎも落ち着き、イシュトはソニアに尋ねた。
「やだ、ラムが叩かないとあたしベースやらない。だからドラムはやらない」
ソニアはいつものように答える。彼女的には、ラムリーザと組んでバンドの土台を演奏するのが好みなのだ。
「じゃあイシュトがドラムで、ラムリーザがベースで――」
そこにリリスが入ってきて、またソニアを外してしまおうと陰謀を張り巡らせた。
「やだ、それだったらあたしはボーカル専念。歌うのはあたしだけで、リリスは口にガムテープを張って塞いでステージに上がればいいんだ」
「あなたとイシュトが入ると、おっぱいの大きさの合計が許容値を超えるわ」
「ラムリーズに吸血鬼という妖怪は要らない!」
「風船おっぱいお化けは?」
二人はまた無益な口論を始め、イシュトは再び「あらあらまあまあ」と呟く羽目になってしまった。
「はいっ、騒ぎはそこまでだ」
そこにジャンがやってきた。
まだ少し時間に余裕があったので、いきなりではあるが緊急イベント、ラムリーズとゆらいかなんデンキキラキラ合唱団の共演をやってみようといった話になったのだ。
演奏する構成を二つのバンドで軽く決め、ラムリーザとソニアが二人でボーカルに専念することになったのである。
永遠に愛してるよ
横切る空に二人は愛を誓い合ったのさー