今日の世迷いごと その四
3月5日――
学年末試験も終わり、追試さえ発生しなければあとは自由だ。
今日は試験明けの休みというのもあり、ラムリーザたちは午前中からジャンの店に集まっていた。
スタジオにはフォレストピア組とリゲル・ファミリーが集まっている。レフトールは子分たちと遊んでいるようで、今日この場所には居ない。そして店は夜まで開かないので、ジャンも来ている。
雰囲気は部活そのもの、今の軽音楽部は、学校ではなくこのスタジオが活動場所になっている。スタジオは三部屋並んでいるので、空いている部屋を自由に使っているのだ。
そして適当に輪になって集まり楽器を合わせて練習したり、ユコはテーブル席で楽譜を書いていたり、ロザリーンは背景音楽になるようにピアノを奏でていて、いつもの部活動の光景だ。
リリスがラムリーザに近寄ると、ソニアが「近寄るな」と怒り、ジャンがソニアに近寄って「これでお相子」と言えば「近寄るな」と怒る。今日のソニアはハリネズミと化していた。
「ラムリーザって、ドラムの天才よね」
ソニアに怒られても平気って感じでラムリーザの近くにいるリリスが、いつもの誘惑するような目つきで話しかけた。
「てっ、天才?!」
そこまで持ち上げられて、ラムリーザは恐縮してしまう。
「佞言絶つべし!」
またソニアが一人、怒っている。
「急に何?」
ラムリーザは、騒ぐソニアを抱えながら、リリスの意図を探ってみる。こうして急に持ち上げるということは、裏に何かあると警戒してしまうところだ。
「ドラムの天才なら、イシュトのコピーも容易いよね」
「は?」
リリスは、いつもの怪しげな笑顔を向けて、首をすこしかしげて可愛く見せるかのように振る舞いながら続けた。
「イシュトのコピー、聞きたい」
「またかよ……」
これで何度目だろうか。
先日のイシュト・リサイタル以降、やたらとラムリーザにその演奏のコピーを迫って来る。
「無理だってば」
ラムリーザはそう言うが、リリスは期待を込めた目を向けながら、例の曲のイントロをギターで奏で始めた。
そこにソニアが、リリスを睨み付けながらベースで合わせる。ラムリーザと雑談をしながら演奏するソニアは、リリスを怒りながら演奏を合わせる技術を持っていた。
ラムリーザに期待のまなざしを向けるリリスを睨み付けて怒っているソニアがギターを共演している。だからラムリーザも、仕方なくそれに合わせてドラムを叩き始めた。
そこでロザリーンも、ピアノの演奏を切り替えて、曲に合わせた伴奏を奏で始めた。
かなりのハイテンポで激しいイントロ、やりすぎると指にマメができてしまうかも。そして――
はあぁ~あ、ユライカナン名物~かず~あれ~ど~
「あ、ドラムのリズムが乱れましたよ」
聞いていたユコが、まるで指揮者のように指摘した。
「無理! 無理だってば!」
ユコの指摘したように、歌が始まるとすぐにラムリーザの演奏は乱れた。身体の動きと声のテンポが、どうしても合わないのだ。
「くすっ」
その様子を見て笑うリリスに対して、ソニアはさらに怒った。
「ラムを笑うぐらいなら、リリスがやってみろ!」
「ソニア、これはイシュトにしかできないよ」
ラムリーザは、憤るソニアをなだめながら言った。自分が上手くできないのは悔しいのもあるが、逆にラムリーザにできてイシュトにできないこともある。みんながお互いの短所を補い合いながらやっていけたらいいのだ。
「イシュトさんってすごいよね、ラムリーザにぴったりだわ」
なのにリリスは、再びソニアを煽る。
「イシュトはたたゆっくりと歌っているだけ、全然すごくない!」
「じゃあ、あなたやってみなさいよ」
「はいそこまでね」
いつまでたってもつまらぬ諍いを止めぬ二人に呆れながら、ラムリーザはそう言えば思い出したことがあって、その二人に聞いてみた。
「ところで、そろそろ部活の二年目も終わるけど、部長は結局――あっ、来年は新入部員来るかな?」
――と思ったが、部長の話を出すとまた場が荒れると考えて、話題をずらしてやった。部長が決まったという話を聞いていないのだ。どうせまた二人で奪い合いを始めるに違いない。
そもそも部活動と言っても、バンドグループやライブでのリーダーはラムリーザだ。部長が居たとしても、部活動としての体裁を整えるだけで、実質ラムリーザが部長なのと変わらない。だから、このまま放置していても、活動自体に何の影響も無いのである。
だからラムリーザは、部長の話がそれ程重要だとは考えていなかった。
「部長はあたしがやってて、副部長はラム。新入りねー、ボーカルは要らない。リードギターが弱いから、リードギター募集中」
しかし遅かった。一瞬言いかけた部長の話をソニアはしっかりと聞いていて、すぐに早口でまくしたてた。要するに、リリスを追い出す作戦だった。
だがそんなことで屈するリリスではない。
「何を勝手に決めているのよ。部長は私で副部長はジャン。ソニアは除名処分で決定よ」
「まっ! なっ! 誰が除名よ!」
ソニアよりも直接的に追い出しにからかうリリスであった。
ラムリーザの言いかけたことであったが、もう後の祭りである。
イシュトの話はどこかにすっ飛んでいき、部長争奪戦がまた始まってしまった。二年目がそろそろ終わろうとしているのに、である。
「それよりも、プロレス同好会に来いよ」
リリスに指名された副部長のジャンは、除名とか追放ではなく、引き抜きを仕掛けた。
ジャンは軽音楽部とプロレス同好会を掛け持ちしているのだ。この夏に南の島で、一発芸大会が転じてプロレス大会になって以降、ジャンはプロレスの方に興味が向いている。ただし現在のプロレス同好会は、学校ではまだ同好会レベルで主だった活動はできず、主に自主トレーニングが活動のメインとなっている。
「ラムリィはもう身体は出来上がっているようなものだろ? 技術だけ学んでプロレスしようぜ」
ジャンの言う通り、ラムリーザは護衛のレイジィや、妹のソフィリータと独自のトレーニングを積んできた。その甲斐もあって、ラムリーザの格闘技術は並み以上はあるだろう。
「ダメ、ラムは副部長だからあげない」
軽音楽部には、部長と副部長が二人ずついる。ソニア派とリリス派がお互いに譲らず、二つの派閥として存在しているのであった。そしてソニアは、ラムリーザを手放そうとしなかった。
ジャンに言わせてみると、派閥抗争はプロレスとして丁度いいストーリーになるのだと。ソニア軍団対リリス軍団、男女であるということは置いておくとして、普通にあり得る構図ではないか。
「ねーねー、ゲームしようよ」
そこにミーシャが割り込んでくる。歌うだけで楽器をあまりやらないミーシャは、演奏してくれないと暇なのだ。
「何よ媚び媚びミーシャ!」
いろいろと立て込んでいるソニアは、ミーシャの乱入に対応している場合ではない。部長争奪戦もあるし、ラムリーザの引き抜きにも抵抗しなければならないのだ。
「とても美しい存在として、どこに行っても注目される。しかし内面が評価されなくなる」
ミーシャはソニアの暴言は気にもとめず、何やら哲学的なことを言った。そして「それを受け入れる?」と聞いたのだ。
「リリスそのものじゃん」
しかしソニアは、答える前にリリスに押し付けた。
「何?」
リリスは不満そうな顔を向ける。
「でもリリスが美しい存在ってのは認めているんだな」
プロレス同好会の回し者ジャンは、なんだか満足そうだ。内面が評価できなくなるのは良いのだろうか?
「違う! 不細工リリス! どこに行っても馬鹿にされむーっ! むーっ!」
ラムリーザはソニアの口を塞ぎ、「僕なら逆の方がマシかな」と答えた。つまり、とても醜い存在だが、人々から内面を評価されている道を選んだのだ。
「それだと醜い存在として、どこに行っても爪弾き」
ミーシャは嬉しそうに言った。
「内面は見てくれないのだね」
ラムリーザは抵抗するが、ミーシャは嬉しそうにしているだけだ。
「たとえラムが野獣だとしても、あたしはラムを選ぶ!」
ラムリーザに抱えられながらも、ソニアは自分の意見を言い切った。
「美女と野獣? あなた自分のことを美女だと思っているのね、くすっ」
しかしリリスは煽る煽る。ジャンは「こっちが悪役みたいじゃん」と言って、少し残念そうだ。
「悪役は吸血鬼のリリス」
「リリス良いじゃん、内面も良いぞ」
ソニアはリリスを下げるが、ジャンはしっかりと持ち上げる。しかしソニアは攻撃することを止めない。
「内面は根暗吸血鬼だからむーっ! むーっ!」
また要らんことを言い出しそうになるので、ラムリーザはソニアを押さえ込んでやった。そしてミーシャに「次、言ってみよう」と促すのであった。
「次? んーとね、んーとね……」
ミーシャは次のお題を考え出したようだ。何だろうか? ある物を得るが、ある物を失うといった、究極の選択みたいなゲームをやろうとしているのか。
「そうだ、水が何よりもおいしくなる。しかし、他の飲み物を心から楽しめなくなる。さあどうだー? 受け入れる?」
「やだ! 豆乳が飲めなくなる!」
今回もソニアはすぐに反応した。確かにラムリーザの部屋にある小型の冷蔵庫には、豆乳が数本常備してあった。
「水がおいしいなら、別にそれでいいよ。あまり飲み物にこだわりは無いからなぁ」
逆にラムリーザは、ものすごく経済的だ。
「酒が飲めるようになった時に後悔するぞ」
そんなラムリーザを見て、リゲルは笑みを浮かべながら言う。
「んだんだ」
それに同調するジャンは、飲んでいる可能性がある。
「水で酔うから大丈夫だよ」
――と言ってみたものの、それでいいのかと考えるラムリーザであった。
「あ、そうだ。イシュトさんの歌、ミーシャがカバーするよ、するよ」
言葉遊びのゲームに興じていたはずのミーシャは、思い出したかのように部活動の話をした。ミーシャとイシュトとでは雰囲気が違い過ぎるだろうというのはあるが、似せられるかどうかとなると、可能かもしれない。
「ダメ!」「ダメ!」
こんな時に反応が早いのがソニアとリリスであった。先程まで罵り合いをしていたはずなのに、共通の敵を目の前にすると、ものすごく息が合う。
「じゃあ歌ってみてよー」
ミーシャにせがまれて、もう何度目になるかわからない、イシュトバンドのメインテーマのコピーが始まった。二人ともうまくできないのはわかっていたが、ミーシャに歌われるくらいなら何とかしようといった気になるのも当然だ。
しかし、やっぱりどうしても曲のテンポと歌のテンポが合わない。二人とも交互にチャレンジするが、ちっとも合わせられないのであった。
「ダメだねー、ミーシャが手本を見せてあげるよ」
二人に代わって、ミーシャが今度はボーカルを取ることになった。ミーシャは、ゆったりとした舞を演じながら、それでも優雅に歌いきったのである。
「ほらできたー。ゆっくり歌うのって、全然難しくないよ」
ミーシャは得意げだ。
「あなたは歌っているだけで、演奏していないじゃないの。ちょっとラムリーザ」
しかしリリスは、ミーシャが歌えたカラクリにすぐに気づいていた。ミーシャはボーカル専念だから、楽器を演奏しないのだ。それだとカラオケと一緒で、歌えて当然である。
「なんね」
突然話を振られても、ラムリーザは困る。
「イシュトソング、やはりあなたが」
「嫌だよ」
「このままだとミーシャの歌になるわ」
「ええやん」
ラムリーザは、少し投げやりな気持ちで応えた。
元々ソニアとリリスが先輩風を吹かせて、ミーシャの歌は少なめになってしまっている。ラムリーザはこの三人を軸に、全員で歌おうといった形にしているつもりなので、今のままだとバランスが悪い。ここはイシュトソングはミーシャにカバーさせて、持ちネタを増やしてやるのも手だった。
何だか不満げな二人であったが、歌えないのは事実だから仕方がない。
結局イシュトソングは、ミーシャがカバーすることで話が付いたのであった。
「ミーシャも狼男探しをやってみたい」
ころころと話が変わる娘だ。今度は先日ラムリーザたちが遊んでいたテーブルトークゲームのような遊びを要求した。
「それは別に構わないが?」
「ならば太鼓打ちのお兄ちゃんが村長ね。そしてミーシャが狼男やるよ」
「それを話してしまったらダメだろ」
勝手に話を進めていくので、ラムリーザはちょっと遅れ気味だ。
「じゃあお題はだんごで」
「それも話したらダメだったはず。といよりも、だんごはダメだ」
「なんでなんでー」
「なんでと言われてもなぁ……」
ラムリーザは困って、リゲルに助けを求めようとした。しかしリゲルは、いつも通り傍観者に徹して、一歩離れた位置からこの騒ぎを楽しんでいるように見えた。
その内リリスは、ラムリーザがだんごを拒絶した理由に気が付き、すぐにそこを突いた。
「ソニアあなた、だんごを食べるのかしら?」
「何よ! だんごを食べたらおかしいの?!」
「だんごソニア」
「てんぷらリリス!」
「ぎんなんソニア」
「牡蠣リリス!」
折角ロザリーンが穏やかな曲をピアノで奏でているのに、スタジオ内は騒々しくなってしまう。
「狼男やろうよー、ミーシャ狼男でいいからー」
「狼男は狼男であって、なぜ狼女はあまり出てこないのかな?」
「じゃあミーシャは狼女、太鼓打ちのお兄ちゃんも狼男で、二人掛かりでみんな食べてやろうよ」
「もうそれでいいよ。よーし、食べちゃうぞ食べちゃうぞ」
「いやーん」
その一方では、狼男と狼女が誕生している。ソニアとリリスに喧嘩されるぐらいなら、自分が狼男になって注意をこちらに引き付けた方がマシだ。
スタジオ内には、てんぷらだのだんごだの、はたまたガオーだのウオオーなど、様々な騒音が飛び交っている。
リゲルは一人、まるでやれやれ系主人公にでもなったかのように、喧騒から離れて窓から外を眺めるのであった。