マシュマロたくさん食べても良い日
3月14日――
「ラム~、おなかすいた~」
週末の休日、ラムリーザがリクライニングチェアーでのんびりしていた所、今日もソニアが引っ付いてきた。
「本当にすいたのか?」
ラムリーザは、最近ソニアが頻繁に同じことを言って寄ってくるので、近寄る口実に言っているのではないかと考えて聞き返してみた。
「すいた!」
「おう」
しかしソニアは力強い言葉で言い返したので、びっくりして思わず身を引く。
「そんなに元気があるなら別に腹など――チョコはもう無いか、アメは?」
ラムリーザは反論しかけたが、ソニアが睨み付けるので話を変えるのであった。同じようなやりとりを一ヶ月程前から繰り返しているような気がするな、などと思いながら。
「ハッカアメ要らない」
アメについて聞くと、この返事が返ってくるのもお約束となっていた。
ソニアは空腹感を感じるとゲームをやらなくなる。その代わりにラムリーザに引っ付いてきて食料をねだる。自分で取りに行くということを考えずに、ラムリーザに与えてもらうことを望んでくる。だからラムリーザはちっともリラックスできない。
また「てんぷら食べたい」とか言い出す前に、別の場所に行ってしまおうと考えたラムリーザは、「それじゃ、ちょっと出かけるか」と言って、座っていた場所から立ち上がった。
「てんぷら?」
ソニアは出かけると聞いて、てんぷらを想像したようだ。これでは完全に藪蛇だ。
「てんぷらは無し、今日は雑貨屋に行こう」
「雑貨屋? また『クッパの』を取られに行くの?」
「それはもう無い」
雑貨屋の勇者店にとって、これが問題であった。クッパの事件のせいで、妙な風評被害が立つこと。
ラムリーザは、その風評を吹き飛ばすつもりで――というわけではないが、休日なのにずっと部屋に居るのももったいないと考えて、今日はちょっと出かけることにした。
屋敷を出てから、ラムリーザは、今日はどのコースで街に向かうかソニアに聞いてみた。正門から出る表ルートか、つねき駅へ向かう裏ルートか。
「近くにある雑貨屋に行きたいから、表ルートがいい」
ソニアは、一秒でも早く何かを食べたいようだ。
その雑貨屋が勇者店で、ソニアは「クッパの」を取られ、ラムリーザは「クッパのばぁ」を取られた曰く付きの店であった。
しかし、クリボー老人を連れてきてクッパの亡霊にぶつけたところ、それ以降は同じような事件は発生していないし、聞くことも無くなった。
二人は高級住宅街であるブルー・ジェイ・ウェイを通り過ぎて、街へと向かった。街に辿りつく途中に、その勇者店は存在している。
店には数人の客が入っていて、それ程風評被害は酷くなさそうだ。
それでもラムリーザは、もしや? というのも考えてしまい、「クッパの」を探す癖がついてしまっていた。
ラムリーザが店内を見て回っている間、ソニアはお菓子売り場に直行していた。
「そうだ、アクマ式ドロップスをまた買ってあげようか」
丁度お菓子売り場で二人はぶつかったので、ラムリーザはソニアに提案してみる。
「ハッカばかり出てくるアメなんて要らない」
よほどハッカアメがお嫌いな様子で。
それでもラムリーザは、ソニアの「おなかすいた」を黙らせる口実の一つとして、そのアメの缶を手に取るのであった。
ソニアはラムリーザが手に持っている缶を少しの間不満そうな顔で見つめていたが、ラムリーザは「あっ、こんなのがある」と言って、別のアメ缶をソニアに差し出した。
「ラムのバカ!」
ソニアは怒ってその缶をすぐに棚に戻してしまった。それは、ハッカアメの缶だった。アクマ式と同じ所から出ているアメだが、いろいろな物が入っているのとは違い、ハッカアメだけが入っている物もあったのだ。
これはハッカアメを嫌っているのはソニアなどで、世間にはそれを好む人も一定数居るという証拠となる。
「あ、これ見たことないからこれがいい」
ソニアはお菓子売り場を離れようとして、何かを見つけたようだ。袋入りのそれを手に取り、ラムリーザの所に戻ってきた。
直前まで怒っていたのに、なんだかすぐに機嫌を元に戻している。つくづく気まぐれな娘だ。
ソニアが持ってきた袋は大きめで、中には白とか薄い黄色とか薄い桃色をした、なにやらふわふわとしていそうなお菓子が入っていた。
それは「マシュマロ」というものらしいが、ラムリーザは初めて見るものであった。
「最近ユライカナンからやってきた、新製品のお菓子ですよ」
「なるほど、そういうことでしたか」
勇者店の店長リネイシア・シャーミンが、ラムリーザの質問に答えてくれた。そういうことで、ラムリーザが初めて見るのも無理は無かった。どんどんユライカナンの文化が入ってきている。特に食文化において、その傾向は強まってきている。
「公園に行ってマシュマロ食べようよ」
ソニアは、街の外れにある小さな公園に行こうと言い出したので、ラムリーザは買い物を済ませてすぐに雑貨屋を出た。そしてそのまま公園へと足を向けたのである。
そこは中央公園と違って小規模だが、静かでゆっくりできる場所。主にブルー・ジェイ・ウェイの住民が、憩いの場として使っている場所だ。
二人は木陰になっているベンチに陣取って、マシュマロの袋を開けてみた。かすかに甘い香りがしてきたような気がする。
ソニアは、中から白いふわふわを取り出した。そのまま何も迷わず、初めてのお菓子を一口で食べてしまった。
「甘くてふわふわ~」
いつもながら、なんだか幸せそうな顔をしている。
ラムリーザは、その表情を見て微笑んだ。ソニアが美味しいものを食べている時の顔、それがラムリーザの好きな物の一つであった。
そんなラムリーザの様子を他所に、ソニアは二つ目に取り掛かっている。今度は薄い桃色のマシュマロだ。
「いちご味のふわふわ~」
ソニアはラムリーザに身体をぶつけながら、悶えるようにそのお菓子の味を堪能するのであった。
「おおっ、何か珍しいもの食ってるぞ!」
そこに現れた二人組に、ふいに声をかけられて、ラムリーザとソニアは目を上げた。そこにはジャンとリリスの姿があった。今日も二人でデートのようで、近くの公園という場所を選んだのだろう。ジャンはリリスの趣味などを聞き出そうとしているのか?
「地味な場所でデートしているね」
だからラムリーザは、ちょっとからかう気持ちで言ってやった。
「お前もなー」
しかし盛大なブーメランが帰ってきた。ラムリーザとソニアはもう意識していないが、恋人同士となった二人で出かけるのは、それをデートというのに気が付いていなかった。
「何しに来たん?」
「リリスの趣味とか聞きに来たと言ったらどうする?」
ジャンの返答は、ラムリーザが想像したのと同じだったので、ラムリーザは少しおかしく感じてしまった。
「そんなの店で聞いたらいいんじゃないか? 別にわざわざ近所の公園に出かけて聞くようなものじゃないだろ?」
「近所の公園で聞くのがいいんじゃないか。例えばあの木の幹に、昔二人で背比べした跡があったりしてだな」
「お前ら付き合いだしたのほんの数か月前だし、知り合ったのも去年だろ」
どうやらジャンは、ラムリーザとソニアに対抗して、リリスと幼馴染だったという設定を作り上げようとしているようだ。もっともラムリーザとソニアの背比べの跡があるとしても、それは帝都の公園だろう。そもそもフォレストピア自体が、できてからようやく一年が経過しようとしているのであって、歴史も何もあったものじゃない。歴史はこれからラムリーザたちが作り上げていくのだ。
「それじゃあリリスは?」
ラムリーザは、同じ屋根の下で生活している親友とその彼女が、どういった意図で近所の公園をデートの場所に選んだことを認めたのか聞いてみようと思った。
「そうねぇ……」
リリスは何か考えるようなそぶりを見せて、ソニアの方を見た。どうやら何も考えずに、ジャンについてきたようだ。
しかし次の瞬間、問題が発生。
リリスは、素早い手つきでソニアの持っている袋からマシュマロを取り出し、すぐに食べてしまったのだ。ソニアが止める暇もない、ほとんど自然体での行動であった。
「何すんのよ!」
当然のごとく、ソニアは怒り出す。
「ごちそうさま」
そしてリリスは、何の悪びれもしようとしなかった。
「泥棒猫! 泥棒魔女!」
また喧嘩が始まった。この二人が顔を突き合わせると、すぐこうなる。
ラムリーザとジャンは、お互いに各々の彼女を引き離す羽目になったのであった。
「俺が買ってきてやるよ」
ここから勇者店は近いので、ジャンはリリスの分も買ってくることにしたようだ。そのまま一人で公園から出ていった。
そしてすぐに、ジャンはマシュマロの袋を持って戻ってきた。
「さっき取ったの返して」
ジャンがリリスにその袋を渡すやいなや、ソニアは返済を迫って来た。お菓子は一つたりとも譲らない、ソニアの不退転な決意の表れだった。そんな大げさなことではないと思うが。
しかしリリスは、自分が手にした袋には手も付けず、再びソニアの袋から取り出して食べてしまったのだ。
ソニアも負けていない。リリスが手に入れた袋を取り上げて、開けて中身を食べたのであった。
リリスは取り返しながら、再びソニアのを食べる。ソニアも負けずにリリスを取りだした。
こうしてしばらくの間、二人はお互いを牽制しながら、それぞれ相手のマシュマロを食べ続けていたのであった。
「そうそう、ようやく車の免許取ったぞ」
ジャンは嬉しそうに報告した。ラムリーザたちが取ってから約一年半後、ジャンもようやく追いついたのだ。
「ジャンの運転する車、ドアを開けて空を飛びそう」
「なんやそれ」
マシュマロ戦争を繰り広げながらも、ソニアはなんだかよく分からないことを言う余裕はあるようだ。ソニアの中では、車が空を飛ぶらしい。
「私はトラックの免許取ったわ」
同じく戦争中のリリスも、嬉しそうに報告する。正確に言えば、大型車の免許のことだ。大きなトラックやダンプカーは、普通車と運転する要領が違うので、また別の講習を受ける必要がある。リリスはジャンに付き合って教習所に通っていたが、既に普通車の免許は取っていたので、折角だから大型車の免許を取ったのだ。
「やっぱりリリスは魔女の宅急便をやるんだ」
「トラックでドライブしましょう。ソニアは荷台に乗ってね」
「あたし荷物じゃない!」
「ラムリーザのお荷物になっているくせに、くすっ」
「うーっ!」
またにらみ合いが始まったかと思ったら、ソニアはリリスのマシュマロを奪っただけだった。戦争は今も続いている。
「おー、マシュマロ食べているのかー」
そこに現れたのが、ごんにゃ店主のヒミツだ。店主が言うには、マシュマロは焼いて食べるのも美味しいとのことだった。
そこでラムリーザとジャンは、公園に設置されているバーベキューのために使う場所に枯れ木を集めて火をおこすのであった。燃やす物は、木の下を漁れば枝などがいくらでも出てくる。
ソニアは早速マシュマロを火に当てようとするが、手で持っていたのでは熱くてうまく当てられない。そこで木の枝に刺して、火に近づけたのである。
すぐに、周囲にマシュマロの焼ける香ばしい匂いが漂い出した。それを見て、ジャンとリリスも倣うが、ラムリーザは熱い食べ物は要らないので見ているだけにしていた。
「へー、焼いたマシュマロも、柔らかくなって美味しいなー」
ソニアは嬉しそうに食べ終わると、すぐにもう一個マシュマロを焼き始めた。
「うわっ、火が付いた!」
その隣では、焼き過ぎたジャンが、枝の先に火の塊を付けている。
そんなトラブルも気にせず、ソニアは二つ目も上手く焼いて食べたのである。
「マシュマロ美味しいなぁ。そうだ、今日はマシュマロたくさん食べても良い日にしよう」
なんだかよくわからないが、ソニアの中で祝日のようなものが誕生してしまった。この分だと、てんぷらをたくさん食べても良い日や、ぎんなんをたくさん食べても良い日が誕生するかもしれない。
「マシュマロソニア、くすっ」
そしてリリスの口によって、新たなソニアの二つ名もしっかりと生まれるのであった。
「何よ! リリスは食べんな!」
怒ったソニアは、リリスの持っていた木の枝を奪って、その先についているマシュマロを食べてしまった。
するとリリスも負けていない。再び枝にマシュマロを刺すと、火にくべて燃やしたところでソニアの方へその枝を振り上げた。
ソニアも負けじと、マシュマロに火をつけてリリスに立ち向かう。
「馬鹿なことはやめるんだ!」
流石にこれは危ないので、ラムリーザは二人からすぐに枝を取り上げてしまうのであった。
「そういえば、そろそろイチゴが取れる時期だな」
そこで何かを思い出したかのように、ごんにゃ店主は言った。
イチゴと言えば、中央公園。ストロベリー・フィールズというその名称は、イチゴが大量に植えられているというところから来ているのだ。
「明日、イチゴ狩りしますか?」
ラムリーザの問いに、店主はそれがよかろう、と答えた。
こうして、今日は「マシュマロをたくさん食べても良い日」とソニアによって認定された。