イチゴ狩り ~詩創りの文芸部?~
3月15日――
「ラム~、おなかすいた~」
「イチゴ狩りが終わったらな」
朝食を食べて一時間も過ぎないうちに、ソニアは今日もずっとお腹を空かせている。
今日は十時に中央公園であるストロベリー・フィールズに集まることになっていた。フォレストピアの中央公園。そこにはイチゴがたくさん植えられていて、そろそろ収穫時期だというのだ。
「それじゃあイチゴを食べに行くか」
「早く行こうよ!」
「はいよ」
ラムリーザはソニアを連れて部屋を出たところで、妹のソフィリータに会った。イチゴの話をすると、連れて行ってもらいたいと言ったので、同行させてやることにした。ソフィリータはミーシャに連絡しているようだ。今日も賑やかになるだろう。
ラムリーザたちが中央公園に着いた時、既にジャンとリリスとユコが集まっていた。昨日誘ってくれたごんにゃ店主も来ている。ユコはレフトールにも誘いをかけているようだ。
みんなが集まるまで少し待つことになり、何かをして暇つぶしをしようという話になった。
「リリスがげきをやってくれるよ」
ソニアはそう言うが、演劇ではなく「げき」だ。例のお祭りダンスである。
「あなたがやりなさいよ」
このダンスは、みんなで馬鹿騒ぎするから楽しいのであって、一人でやっているのを見ると滑稽でしかない。
「じゃあのだまやろうよ、あたしとラムはチーム固定で」
ソニアはラムリーザと組めば、のだまで勝てると思っているらしい。
思い出してみよう、のだまに慣れていないラムリーザは、捕手をしていただけで打撃はうまくできていない。リゲルの投球がよかったから勝てたようなものだったことを。
「あなた逆立ちしなさい」
「そんなのリリスが――あ、イチゴだ!」
ソニアは反論しかけたが、すぐ近くに生っているイチゴを見つけてそちらへと駆けて行った。
「ちょっと先駆けはずるいわ」
ソニアと同レベルのリリスも、後を追いかけてイチゴの茂みに入っていくのであった。
そこにビートルがやってきて、リゲルとロザリーン、ミーシャが現れた。すぐにバイクが現れて、レフトールも到着したのである。
「バイクに乗ってありがとう部分の番長だ」
ソニアは既にいくつかイチゴを摘み取り、それを手に持ったまま振り返って言った。
「ありがとさ~ん、ありがとさんさんサンキューベンジョマッチ!」
なんだかレフトールも、今日は機嫌がいいのか意味不明だ。
全員集合のラムリーズ、こうしていちご狩りが始まったが、ソニアは既にいくつか食べ始めていた。
「いちごソニア」
リリスがいつものフレーズを取り出したる。
「何よ! だったらリリスはイチゴ食べんな!」
「別にあなたに許しは請わないわ。ラムリーザ、お願いイチゴ食べさせて」
リリスは、ラムリーザにすり寄ろうとする。
「そこはジャンに任せろよ」
「それでは意味がないわ」
要するに、リリスはソニアに対して嫌がらせをやりたいだけだ。恋人と「あ~ん」の類がやりたいわけではない。
そんなリリスを、ソニアは睨み付けている。その間にも、イチゴを食べる行為は止まらない。
「あなた、イチゴを食べる顔が妙だわ」
リリスの煽りは止まらない。ラムリーザはそんなはずはないと思ってソニアを見たが、思わず吹き出しそうになってしまった。
そこにはラムリーザの知っている、幸せそうに食べるソニアの姿は無かった。怖い顔でリリスを睨み付けながら、それでも食べている姿があったのだ。
ソニアは無言でリリスに近づくと、その指先でリリスの顔を撫でたのだ。撫でられるだけなら何でもないのだが、リリスはすぐに顔をしかめてしまった。
「ちょっと、何を塗ったのよ」
ソニアの手のひらには、つぶれたイチゴが一つ。つまり、イチゴの汁をリリスの顔に塗ったのであった。
「いちごリリス」
「不毛な戦いだな……」
そんな様子を見て、ラムリーザとジャンは顔を見合わせてため息をつくのであった。
「あなたが取ると、イチゴが全部潰れるわね」
それでもリリスは負けていない。ソニアがイチゴを潰したことを責めるのだ。
「ほらもう喧嘩していないで、イチゴ取って食べてろよ」
見かねたラムリーザは、二人の間に入って仲裁する羽目になってしまった。
「リリスがあたしがイチゴ潰すと言った!」
「潰れるわけがないだろう」
ラムリーザは、二人の目の前でイチゴを摘みに取り掛かった。しかし力の加減を誤って、握りつぶしてしまったのだった。
「……潰れるね」
「すごい力ね」
ラムリーザリリスは、二人して驚いていた。その一方で、ソニアは仲間ができたと思ったのか、機嫌が良くなったようだ。
「これを使ったら取りやすいぞ」
そこにごんにゃ店主が現れて、ハサミを差し出してくれた。これでラムリーザは馬鹿力でイチゴを潰すことは無くなるだろう。
こうしてしばらくの間、一同は周囲に散らばっていちご狩り、そして時々食べているのであった。
その内、またソニアとリリスが騒ぎ出す。
「この馬鹿リリス! あたしのイチゴを全部食べた!」
見ると、ソニアとリリスが取りついていたイチゴの茂みには、もうイチゴが残っていない状態になっていた。どうやら二人で全部取り尽くしてしまったようだ。
「あたしの分までちゃんと残しておいてくれないなんてひどすぎる!」
ソニアは、取り尽くしたのをリリスのせいにしている。
「うるいわね、あなたが全部取っちゃったくせに。私の分までとか、まともに取り分けもしなかったじゃないの!」
リリスも腕を組んで憤慨していた。
「うるさい! リリスが取るとイチゴが全部潰れる!」
「騒々しいなぁ、何を騒いでいるんだよ」
見かねてラムリーザは、再び仲裁に入ることになったのだ。一部話がループしているが、騒々しいことに変わりはない。
そして二人の取り掛かっていた茂みにイチゴが無いのが分かると、すぐに別の茂みへと移動させるのだ。するとソニアに続いてリリスもついてくるのだった。
二人はすぐに喧嘩するくせに、いつも一緒に居たがる。ラムリーザは、監視役と称して二人と行動を共にするのだった。
しばらくして、ラムリーザは十数個ぐらい食べたところで満足して、イチゴ狩りを休んで二人の監視に集中していた。今の所、二人はせっせと摘んでは食べるを繰り返していた。ソニアはともかく、リリスも食べるな……。ラムリーザはそう思っていた。
「お疲れですかな」
そこにごんにゃ店主がやってきた。同時に、リゲルとロザリーン、ソフィリータとミーシャもやってきた。他のメンバー、といってもソニアとリリス、ジャンとユコとレフトールだが、まだいちご狩りに夢中になっている。
「そう言えば、ユライカナンの文化に俳句というものがあるのだが、ご存知かな?」
ごんにゃ店主は、休憩時間に雑談を話しかけた。
「聞いたような聞かないような……」
「五文字、七文字、そして五文字の組み合わせで作り上げる詩でしょう?」
ラムリーザが考えている一方で、ロザリーンはいろいろと知っているようだった。
「そうそう、お嬢さんよく知っているな。そうだなぁ、花海棠、苺の色に、咲にけり。こんな感じだな」
「へー、そんなのがあるのですね」
いちご狩りの一方で、文学講座が始まってしまった。
食欲を満たす集団と、知識を披露する集団。ラムリーザは自分が後者に属していることを、理由もなくかっこいいと感じるのであった。
「山路来て、何やらゆかし、オキザリス」
ミーシャがすぐに思いついたのか、まるで詩の詠み合いでもしているかのタイミングで新しい俳句を作って披露した。何気にミーシャは、こうした発想力がすごいのだ。
「さすがだな」
その様子を見て、リゲルは満足そうだ。
「そんなのあたしもできるよ」
そこに、イチゴに取りついていたはずのソニアが割り込んできた。両手にはしっかりとイチゴを持っている。
「吸血鬼、役立たず魔女、リリス馬鹿、可哀想だな、可哀想だな」
「それだと短歌、五七五七七になっているぞ」
内容はともかく、数は合っているのでごんにゃ店主は深くは突っ込まない。しかしこれでリリスが黙っているはずがない。
「てんぷらに、ぎんなんいちご、くいしんぼ」
「むぎゃおーっ!」
リリスも負けていないし、ソニアは見事に発狂、また喧嘩だ。ラムリーザは、折角の文芸部が憤芸部になってしまったことを悔やみつつ、二人を引きはがすのだった。
ソニアとリリスは、お互いに何かを言い合いながら、イチゴ狩りに戻って行ってしまった。飛んだ嵐が吹き荒れたものだ。
「それでは領主さん、やってみなよ」
ラムリーザは、ごんにゃ店主に促されて考えた。
「てんぷらは、二つで十分、――――」
言いかけて、すぐに中断してしまった。最近の出来事を思い返して詩にしてみようとしたら、リリスと何も変わらないものが出来上がりそうになったのだ。
「朽ちた死体、太鼓の音で、蘇る」
「なっ?!」
すかさずリゲルの詩が詠まれ、ラムリーザは驚愕しつつ思わずのけぞる。太鼓の音に反応したが、よく考えるとそれは映画「ヨンゲリア」のネタだった。要するに、ゾンビだ。
こうなると、ラムリーザもしっかりと返さなければならない。
「十五夜の、お供え物を、つまみ食い、できた!」
「ソニアさんですか?」
すかさずロザリーンからの突っ込みが入る。
ラムリーザは何も考えずに思ったことを詩にしただけだが、ソニアが食いしん坊というのは周知の事実となってしまっているようだ。
「だんごもつまみ食いしたのだな」
リゲルにも突っ込まれた。月見の話はオフレコだったのに……
「それでは私も、朝食は、スイカと卵で、マキャベリの――あっ」
ロザリーンも参戦しようとしたが、文字が多くなって失敗、残念。
「ウェアウルフ、銀の弾丸、退治せよ」
リゲルは、モンスターの話なら得意だ。ごんにゃ店主が言うに、俳句には季節を現す言葉を入れなければならないが、別に入れなくても良い詩の種類もあるので、そこは気にしないようにしている。
「くたびれて、宿借るころや、アデニウム」
一方で、ミーシャの創る詩が一番できているように感じるのも当然だ。ミーシャは以前歌詞を作ったこともあった。この手の物はたやすいことなのだろう。
「ユコのも聞いてみたいな」
ラムリーザは、ユコが近くに来た時にルールを説明して詩作成を促してみた。
「そうですね、ココちゃんは、ぬいぐるみでなく、クッションだ」
結果はソニアも言い出しそうな内容だった。
ついでに一緒に来たレフトールにも促してみる。
「めんどくせ、めんどくさいな、めんどくせ」
適当に言っただけなのに、不思議と五七五になっていた。数さえ合えば何でもいい。ラムリーザはそう思った時に、一つ浮かんでいた。
「俳句とは、数さえ合えば、何でもいい。おお、なんかできたぞ」
しかし周囲の反応は、あまりよろしくなかったのである、残念。
そしてソフィリータは――
「ツンデレが、デレる前に、心折れ」
――なんやそれだった。
しかし、ラムリーザたちの俳句はまだまともと言えるものだった。
ソニアとリリスはお互いに何か言い合いながらイチゴ狩りに夢中になっているが、その内容とは――
ふえぇちゃん おっぱい膨らみ 破裂した
ラム曰く 大きいことは よいことだ
ふえぇちゃん どんどん風船 膨らむね
あらなによ 大は小を 兼ねるのよ
ふえぇちゃん 水から出ると へたりこむ
オークション ナリオカレーで 大失敗
ふえぇちゃん 彼氏の良いとこ 言えません
残念ね リリスとジャンは すぐ破局
ふえぇちゃん 量より質って 知っている?
吸血鬼 血を吸わないと 干からびる
過ぎたるは 及ばざるがと 言うものよ
魔女がいる まごまごまじょまじょ 魔女がいる
足元に 気をつけないと 転ぶわよ
魔女リリス 中途半端で 使えない
ふえぇちゃん ふえぇふえぇふえぇふえぇ ふえぇちゃん
魔女らしく 箒に乗って どっか行け
どうしたの? あなたのサイズ 不自然よ
いつだって 意地悪なのは 魔女の方
ふえぇちゃん 髪が緑は 不人気ちゃん
ちっぱいが 虚勢を張って 可哀想
そんなのじゃ 彼氏に嫌われ ちゃうかもよ
――不毛な争いだった……
しかし、その内考えるのもめんどくさくなったのか、二人は黙々とイチゴ狩りを続ける事になった。用意した籠も、そろそろいっぱいになりそうだ。
そんな時、リリスはまたしてもソニアをからかう方法を思いついてしまった。彼女はいつもの妖艶な笑みを浮かべながら、ソニアの方へと近づいていった。
「ねえソニア、ちょっといいかしら? そのイチゴ、ちょっと変な形に見えない?」
突然リリスが不思議なことを言い出したので、ソニアは丁度手に取っていたイチゴを見て不思議そうに眺める。
「えっ、本当? どこが変なの?」
リリスはクスクスと笑いながら、ソニアの困惑する表情を見て楽しんでいる。
「ほら、その先っぽがちょっと尖っているでしょう? もしかして魔法のイチゴかもしれないわ」
相変わらずのゲーム脳(?)のリリスだ。ちなみに彼女が気に入っているマインビルダーズというゲームに、エンチャントされた金のイチゴが出てくるということを知っている人は、ラムリーザの周りでは少ない。
ソニアは先程から変わらず不思議そうにイチゴを見つめ続け、少し戸惑いながらも面白そうな気持ちが湧いた。
「すごいなぁ、それならあたしも魔法を使えるかも!」
そしてイチゴをリリスに見せつけながら、指をくるくると回す真似をするのであった。ゲーム好きという面ではリリスに負けていないソニア、すっかりその気だ。
そんな様子を見たリリスは笑い出し、それにつられてソニアも笑う。二人は大笑いしながら、イチゴの形や魔法の話に夢中になるのであった。
なんやかんや罵り合いもするが、基本的に二人は仲が良いのだ。
しかし、その後もリリスは、再びソニアをからかうネタが思いつくのであった。
「どう? 今度はイチゴが空を飛ぶようになったみたい」
ソニアはリリスの冗談に乗せられて、自分のイチゴを眺めた。
「すごいそれ、飛んでみせて!」
リリスはクスリと笑いながら、「残念ながらイチゴには飛ぶ力はないんだけど、ソニアが面白い顔するから見ていて飽きないわ」と言った。
それを聞いたソニアは最初は驚いたが、次第にリリスのからかいに気づき、再び二人は笑い合う。どうやら先程の罵り俳句合戦でお互いを十分に攻撃しつくしたのか、二人の間にピリピリした空気は消え去っていた。
しかしそうでもなかった。ソニアはリリスにからかわれたことに気が付いて、彼女に向かってイチゴを投げつけたのだ。
「本当だ、イチゴが飛んだ」
自分で投げつけておきながら、ソニアは嬉しそうにしている。すると、当然のごとくリリスも応戦して、投げ返すのだ。
こうなると、全て元の木阿弥だ。二人は、言うなればイチゴ戦争を勃発させてしまった。
かつてのギンナン戦争を彷彿させるように、イチゴが空中を飛び交い、今度は甘い香りが周囲に広がった。この点は、独特な臭いがしたギンナンよりはマシと言えるかもしれない。
彼女たちは笑いながら走り回り、イチゴの残骸が周囲に散らばってしまった。
頼みの綱のラムリーザは、現在俳句作成に夢中になっている。そのために、仲裁に入ることはなかった。
そんなわけで最終的には疲れ果て、ソニアとリリスは苦しそうに笑いながらイチゴ畑に座り込んでしまった。
「やるわね、あなた」
「リリスも中途半端魔女にしてはできるじゃない」
彼女たちはイチゴの戦争が楽しかったことを認め合い、友情を深める素晴らしい時間を過ごしたような雰囲気を周囲に振り撒いていた。
その光景は、お互い全力で戦いあった後の、男の友情に近いものがあるのかもしれない。
それとも雨降って地固まるの類だろうか?
そう考えると、ラムリーザがすぐに仲裁に入るのも、少しばかり早急な考えだったのかもしれない。周囲に迷惑が掛かっていなければ、当人たちの気が済むまでやらせるのも手なのかも。
「なんじゃこりゃ?!」
その時、ごんにゃ店主の驚いた声がイチゴ畑に響き渡った。
周囲にはイチゴが散乱し、つぶれてしまっている物も少なくない。