ユグドラシル卒業パーティ ~ゲバゲバ隊の謎~
3月16日――
この日は、帝立ソリチュード学院高等学校の卒業式の日。
去年はラムリーザたちにとって、縁の無い日だった。部活の先輩が卒業した年であったが、ほとんど先輩は部活に出てこなかったので、それ程印象に残っていない。
しかし、今年はしっかりと意味のある卒業式の日だった。
今日は午前中に卒業式があるだけで、午後からは休みになっていた。――というよりも、今週は卒業式に始まり、終業式まで午前中の短縮授業となっている。
そんなわけでラムリーザたちは、学校が終わるとすぐにジャンの店にあるスタジオに集まっていた。
ラムリーズのメンバーが勢揃いして、今日は特別なイベントを開くことになっていた。
ユグドラシル卒業パーティ――
今年は去年と違い、色々とお世話になったユグドラシルが、学校を卒業する日。
そんなわけで、卒業式が終わった後に、ラムリーザたちだけで特別なお別れ会をすることになったのだ。
かといって、たいそうな内容ではない。普通の料理を用意したり、お菓子を用意したり、あとはちょっとした騒ぎになるだけだろう。
料理はユグドラシルの要望でスシが選ばれ、そこはラムリーザの領主特権でスシ屋のツォーバーに出張してもらってきていた。
そうなると、「すしソニア」が誕生するのも時間の問題だが、今日の主役はユグドラシルだ。
ラムリーザは事前にユグドラシルの好みとなるスシのネタを聞いておいて、それを中心にツォーバーに用意してもらっていた。
玉子焼きとかクラゲとかありふれたものから、モケケピロピロとかムベンガといった珍しいものまで準備されている。
そんな感じに、ある意味豪勢に、ある意味学生チックに、ユグドラシル卒業パーティーが始まった。
「こういう日って、せんぱぁいとか言いながら泣く生徒も出てくるのよね」
リリスはソニアの方を見ながら、いつもの笑みを浮かべて言った。今日もいつも通り、煽る気満々だ。
「なんであたしがモテナイ先輩のために泣かなくちゃいけないのよ!」
「ひっ、ひどいなぁ」
ソニアはリリスに言い返すが、ユグドラシルはまともに受け止めてしまったようだ。
「だってユグド――むーっむーっ!」
すぐにラムリーザは、禍の門を閉じる。リリスの言うことも冗談にならないので、「そういうことは言うんじゃない」と窘めておく。
リリスの制御はジャンに任せたいところだが、そのジャンは先程スタジオを出て行ってから戻ってこない。店は夜から始まるのだし、昼食の時間辺りから準備する必要は無いはずなのだが。
「ユグドラシルさん、とうとうこの日が来てしまったのですね」
少し元気がない感じでそう言うのは、ラムリーザの妹であるソフィリータだ。彼女は、ユグドラシルと正式に交際している。
ラムリーザはそれを知っていたので、ソニアとリリスが茶化すのを止めたのだ。
「大丈夫、一年の辛抱だよ。一年経ったら戻って来るから」
ユグドラシルは、高校を卒業したら帝都に一年住んで、とある専門学校に通うことにしていた。何を学ぶかは戻ってきた時のお楽しみ、その先をどうするかも来年のお楽しみと言って内緒にしている。
しかしソフィリータにとって、一年間離れ離れになるのは事実だ。これからのことを思うと、淋しがるのも仕方がない。
今日のパーティーでは、そういったしんみりした空気を吹き飛ばす意味も込められていた。ユグドラシルの新たな門出を祝おうではないか。
「待たせたな!」
そこにジャンが戻ってきた。背後に控えた二人の従業員は、何らかの機械を持っているようだ。
「それは何だ?」
ラムリーザは、ソニアを抱えたままジャンの近くへ向かって行った。
「ちょっとした高性能な、録音装置だな。今日のこの騒ぎの一部でも、こうして録音してレコードでも作っておいたら、いろいろと記念になるんじゃないかなってね」
「へ~、面白そう」
ソニアはすぐに興味を示し、ラムリーザの腕から逃れると、ジャンの持ってきた機械に近づいた。
「スタジオの録音装置だと、マイクやケーブル越しにしか録音できないからな。これだと部屋中の音を拾うことができるぞ」
ジャンが持ってきたのは、ライブの様子を録音するために使う機材だった。有名なグループだと、ライブ盤なるレコードが出ているものだ。
「もう録っているのか?」
ラムリーザも、ソニアと一緒に機材を覗きこみながら聞いてみた。
「もう開始しているぞ」
ジャンがそう言った瞬間に、である。
「魔女が居る助けてーっ!」
「ななっ?!」
突然ソニアが騒ぎ出して、ラムリーサとジャンはびっくりする。
どこがマイクなのかわからないが、部屋中の音を拾えるということで、機材全体に集音場所がついているかもしれない。
「まごまご魔女魔女どこにいる――むーっ、むーっ!」
これではソニアが騒ぐだけのレコードになってしまうので、ラムリーザはソニアを機材から引きはがしてスシのならんだテーブルの方へと連れていった。
ソニアは単純だから、録音のことはどうでもよくなったのか、すぐにスシに手を伸ばすのであった。
「すしソニア」
リリスはいつも通りだが、これも録音されている。以後、全ての会話は録音されることとなるのである。
こうして、ユグドラシル卒業パーティーは始まった。
早春の光溢れる巣立ちの朝 希望に胸を膨らませて旅立つ――
まるで卒業式の送辞のようなセリフを、ソフィリータが読んでいる。
学校では別の人が送辞と答辞をやったのだが、この場では在校生代表として、まずはソフィリータが立ち上がった。
卒業パーティーは、一見まともな会に見えるように始まったが――
「胸が膨れるのは、ユグドラシルじゃなくて風船おっぱいお化けの方でしょう?」
「魔女はお尻が膨れ上がって浮かび上がるから! 尻が浮き上がる尻軽女!」
「これは特別な風船よ、膨らむと音楽が流れるわ」
「リリスの尻からも不思議な音がする!」
残念ながら、録音されているというのに、雑音が入ってしまうのだ。ソニアの言う不思議な音が録音されないことを祈ろう。
このように、結局のところ、卒業式の真似事っぽいのは出だしの部分だけであり、以後は所謂どんちゃん騒ぎと化してしまった。
折角ユグドラシルが答辞を述べているのに、ソニアとリリスは温泉がどうのこうのと関係ないことを雑談している。
送辞と答辞が終わると、在校生たちによる、ユグドラシルを送り出す歌を歌うこととなった。
「この歌は卒業式でも歌われたものだが、これをラムリーズ風にアレンジしたものをお送りしましょう」
マネージャーみたいなものと化しているジャンの方から、歌の紹介がされたのであった。
「やっぱアレをやるのか?」
「大丈夫だって、先輩も気に入ってくれるさるさるさるさ」
「いや、それが不安なんだよ。自分で残響音を作り出すんじゃない」
どうやらジャンは自信満々のようだが、ラムリーザは不安だった。
「それじゃあ、ロザリーンの奏でるピアノを中心にして、左右に聖歌隊とゲバゲバ隊に分かれてくれ」
ジャンはその場を取り仕切り、てきぱきと準備を進めていく。
数か月前に降竜祭を取り仕切ったこともあるし、既に店を経営しているのもあって、その手際は無駄がなかった。
ラムリーザは、ピアノから見て右側、ゲバゲバ隊の列に加わりながら、まだ納得いかないような顔をしていた。
隊は男女混合で、半分半分になるように分けられている。聖歌隊になりたがる人が多く、ここはくじ引きで分けられたのであった。レフトールなどは、「歌うのめんどくさいからゲバゲバ隊でええわ」とか言ってそちらを選んだのだが。
こうして準備が整い、ユグドラシルを送り出す歌が始まった。
「それでは皆さん、卒業パーティー楽しんでますかー?!」
ジャンの紹介は、いつもの店の雰囲気だ。その場の雰囲気は、合唱団そのものだ。
そしてロザリーンの奏でる伴奏に合わせて歌いだす。
以後、カッコ内はゲバゲバ隊、それ以外を聖歌隊として歌った歌を示す。
仰げば(げばげばげばげば――)尊し(としとしとしとしとし――)
わが師の(しのしのしのしの――)恩(おんおんおんおんおん――)
教えの(えのえのえのえの――)庭にも(にもにもにもにもにも――)
早(はやはやはやはや――)幾(いくいくいくいく――)年(とせとせとせとせとせ――)
ラムリーザのように困った顔で歌う者、ユコのようにすまし顔で歌う者、ソニアのように笑いをこらえて歌う者、様々な様子を作り上げながら、祝いの歌は歌われた。
要するに、ジャンが先程やったセルフ残響音を歌に取り入れただけだ。
その名前となった「ゲハゲバ隊」とは、最初の「げはげばげばげば――」という出だしから取って付けられた単純なものであった。
ちなみに聖歌隊とは、別に聖なる歌というわけではないが、響きがかっこいいからというだけのものだったりする。
発案者はジャン、それをラムリーズの演奏にも取り入れてみようという話となり、今回ここで試験的に歌ってみたのである。
問題は、ゲバゲバ隊をやっていると、自分は何をやっているのだろう、などとまるで悟りを開くような気分にさせられることだ。楽しんでゲハゲバ隊をやっているのは、ソニアぐらいかもしれない。
別れの歌ともとらえられるが、誰一人として歌っている最中に泣き崩れることも無く、淡々と真面目にセルフ残響音込みの歌が歌われる。
いざ(いざいざいざいざ――)さら(さらさらさらさら――)ば(ばーばーばーばーばーばーばー)
それでも「ばーばーばー」というセルフ残響音が徐々に小さくなり、聖なる歌――ではなく、送り出す歌を歌い終わった。
「どうですか、先輩!」
ジャンは上手くいったので、上機嫌になって感想を求める。
「そ、そうだなぁ……、独特で面白い――かもよ?」
ユグドラシルの反応は、微妙なようにも聞こえるが、独特で面白いというのがギリギリ好意的に捕える手段なのかもしれない。
問題は、ラムリーザやリゲル以外のメンバーに、このゲバゲバ隊が好意的に受け入れられている点だ。
このままではコミックバンドになってしまう可能性もあるのだが、メンバーの大半が望むのならばそれも致し方ない。
もう一つの問題は、これらが現在進行形で録音されていることだ。ライブ盤ラムリーズとして、ジャンはレコードを出す手段を持っている。
「それでは次のイベント、ユグドラシル先輩に、プロレスでラムリーズ全員を勝ち抜いていってもらいます」
「ええっ? 嘘だろ?!」
ジャンの進行にユグドラシルは驚くが、すぐに「冗談だよ~」などと言われ、からかわれただけになるのであった。
実際に戦うことになれば、女性陣は問題ないとして、ジャンはなんとかなるが、ラムリーザ、リゲル、レフトール、ソフィリータ辺りは戦闘力が高くて命がけな戦いになっただろう。
それはそうとして、最後に全員で一言ずつユグドラシル宛てのメッセージを送って終わりにすることにした。
「モテナイ残念な先輩、帝都では彼女ができたらいいですね!」
一番手を引き受けたソニアは、ソフィリータの存在を無視する内容であった。
「そうね、私が付き合ってあげてもよかったかしら?」
またしてもソフィリータの存在を無視し、なぜか誘惑してジャンとユグドラシルに変な顔をさせるリリス。
「次に会った時は、拳で語り合おうぜ」
何故か喧嘩仲間みたいにしてしまったレフトール。
「君は将来重要な駒となる、しっかりと力を付けることだな」
何故か上から目線で人を駒扱いするリゲル。
「ソフィーのこと忘れたら、ミーシャ許さないんだからね」
ミーシャは、まるで保護者みたいになっている。
「俺は一年間だけの付き合いだったが面白かったぞ、再来年またよろしくな」
ジャンは無難な内容を言った。
「帝都でしっかりと女性に慣れてきてください」
かと思えばユコは、何やら浮気を勧めるようなことを言う。
「お兄さん、お元気で」
毎日顔を合わせているロザリーンからのメッセージは短いものだった。
「二年間ありがとう、そしてこの一年間生徒会長お疲れさまでした。いろいろなイベント楽しかったです」
ラムリーザは無難な内容で済ませておいた。
「毎日手紙を書きます、そしてまた会える日を楽しみにしています」
こうして最後はソフィリータの贈る言葉で、ユグドラシル卒業パーティーは修了したのであった。