軽音楽部終幕
3月18日――
今日で、ラムリーザたちの二年目の学校生活もおしまい。
午前中に終業式があり、午後はもう学校は終わり、自由時間となったのである。
明日からは春休み、しばらくの間学校に来ることはなくなる。
「ちょっと部室に寄ってから行くね」
今日はソニアはラムリーザと一緒に下校しなかった。
ラムリーザはジャンやリゲルと共に、現在の部活動の舞台となっているジャンの店にあるスタジオへと向かっていた。
しかしソニアは、リリスやユコと共にしばらく訪れることがなくなる学校の部室へと行くことにしたのだ。
「部室に用なんて無いだろ」
ラムリーザは、自分で言いながら妙な気分になる。これから部活を始めようと言うのに、部室に用が無いとはどういうことか。
でもソニアたちは、前述した理由で部室に行くのだった。
「やはり地味ですね」
部活として使わなくなってからかなりの月日が経った部室。
ラムリーザはスタジオを使うようになってからは訪れたことはない。今日みたいに、時々ソニアたちが雑談するためにだけ使われていた。
楽器は全てスタジオに持ち込んでいるので、部室にあるのは元から備え付けられていたピアノだけだ。
そんなわけで、設備としては明らかにスタジオの方が上だ。だからユコは、地味と評したのだった。
「でもここであたしたちは出会ったのよね」
ソニアの言うように、約二年前、この部室でソニアはリリスとユコと出会った。
「あの時はJカップだったけど、今はどうなのよ」
「リリスが霞むぐらい!」
一年目、Jカップ様と呼んでいたリリスが懐かしい。それが今ではエル(L)なのだから、人生は何が起きるのかわからない。
「でもあの時に私たちが入部しなかったら、軽音楽部は廃止されていたっぽいのよね」
ユコが言うのは事実で、その時は三年生の先輩が二人居るだけになっていて、人数が揃わずに廃部寸前だったのだ。
それが現在十名まで持ち直して、国外ライブなど部活動の範疇を超えた活動をしたのだから、人生は以下同文。
「こうして目を閉じると、これまでの活動がいろいろと思い出されるねー」
「それ、あなたがこれから死ぬからよ」
「何よそれ!」
折角ソニアが良い事を言うのに、根暗吸血鬼と称されていたリリスは酷い事を言う。
「でもホント、いろいろありましたねぇ……」
それでも、ユコも目を閉じていろいろと思いを巡らせている感じだ。
「なんだかもうあたしたち、これで最後みたいな雰囲気だね」
まだ二年生が終わっただけなのに、卒業式の後に部室に集まったような雰囲気になってしまった。
「ところで、結局部長はどちらがやることになったの?」
折角感傷に浸った感じで良い雰囲気だったのに、ユコは余計なことを言ってしまった。あえてラムリーザがこれまで避けてきた話題を出してしまったのだ。
「そりゃあ私が部長をやっているけどね、ソニアは雑巾係で」
部長のリリスと、雑用係のソニアと言いたかったのだろうか。
「何でよ! あたしが部長で、リリスは吸血役!」
良い雰囲気が一転して騒々しい雰囲気に早変わり。結局のところ、もう一年が経過したのに部長は決まっていないのだった。
部長不在の部活って大丈夫なのかな、などとユコが至極当然のことを考えた時である。
「丁度集まっていますね」
突然部室の入口が開き、そこから何人かの生徒が入ってきた。
「げっ、風紀委員?!」
訪問者は、元風紀委員、現生徒会長のケルム・ヒーリンキャッツだった。
ソニアは、慌てて身支度を整える。例えばくるぶしの辺りまでずり降ろして履いていたサイハイソックスを直したり。
ケルムと一緒に入ってきたのは、クラスメイトのレルフィーナだった。それに続いて、男子生徒が何やら大きな機材を持ち運んでいるのと、後はクラスメイトだったり知らなかったりする女生徒が五人と、教師一人だった。
「何の用かしら?」
ソニアと違ってケルムをそれ程脅威と思っていないのか、恋人ができて気が強くなったのか、リリスはいつもと同じ雰囲気でケルムに接する。
以前にもケルムが軽音楽部の部室に現れたことはあった。例えば、男子バンドと女子バンドに分ける提案を持ってきたことがある。リリスは、どうせ今回も何か難癖をつけに来たのだろうとしか考えていなかった。
しかし、ケルムが今日持ってきた話は、リリスが予想しているようなことではなかった。そして、先程ユコが少し危惧したことに関連することだった。
「この部屋は、コーラス部が使うことになります。部外者は、即退室しなさい」
ケルムがそう言った直後、ソニアたちは彼女が何を言い出したのか瞬時に理解できなかった。
それでも数秒後、言われた意味を理解できた。
「ちょっと何でよ、ここは軽音楽部が使っているんだから!」
「そうよ、コーラス部って何かしら? 合唱部なら上でやっているじゃないの?」
ちなみにこの音楽系部活用校舎は、一階が軽音楽部、二階が吹奏楽部、三階が合唱部となっている。
「コーラス部は、演奏に合わせて歌を歌うことを活動とします」
リリスに言われて、ケルムは部活の説明を始めた。しかしそれは、ソニアたちを納得させるものではなかった。
「何それ、合唱部と何が違うのよ。合唱部でよくない?」
「合唱部は、ピアノの演奏に合わせて複数のメンバーが複数の声部に分かれて各々の声部を歌う声楽を行う部活です」
「じゃあコーラス部は?」
「機械演奏に合わせて、ボピュラーソングを歌う練習をする部活です」
ケルムは、落ち着いた感じでソニアたちの説明に答えた。
「それってカラオケと何が違うのよ?!」
ソニアはそう言ったところで、男子生徒が持ち込んできた機械が何なのかすぐに理解した。それは、カラオケ機材そのものだった。
「とにかく、コーラス部はレルフィーナを部長に、アミーポテト先生を顧問として生徒会が部として認めました。コーラス部に関係ない人は、即刻立ち去りなさい」
再び退室勧告をするケルムは、ソニアたち三人を鋭い目でじっと見つめた。
「じゃあ軽音楽部はどうなるのよ!」
「それならば――」
鋭い剣幕でまくしたてるソニアを見て、ケルムは軽く笑みを浮かべて聞いた。
「その部活の部長は誰ですか?」
「あたし!」
「何を言っているのよ、私でしょう?」
この期に及んで、部長の座を争っている二人。
「顧問の先生は誰ですか?」
「知らないわよ!」
ケルムは、ふっと笑って言葉を続けた。
「部活動規則。部活動として認められるものは、部員が六名以上必要、部長が一人必要、可能ならば副部長一人ないし二名、ただしこれは部活の規模により無しでもよい。そして顧問の先生が一人。これを満たさない物は、部活動として認められません」
「勝手に決めないでよ!」
「このルールは、何年も前から決められている物です。さあ、答えなさい。顧問は誰ですか? 部長は誰ですか?」
ケルムはじっとソニアたち三人を見据えた。
しかし、それに答えられる者は、誰も居なかった。
ケルムと機材を運んできた男子生徒、つまり生徒会のメンバーが立ち去った後。
部室のステージ上にカラオケ機材は設置され、いつでも歌える状態になっていた。
「レルフィーナ、どういうことよ!」
突然舞い込んできたコーラス部の部長に、ソニアは噛みついた。
「ごめんね、あちきも夢みたいだと思っているんだけど、生徒会長のケルムさんと話をする機会があってカラオケの話をした時、コーラス部の設立を勧めてきたのよ」
「何よ、あなたケルム派なの?」
「そういうわけじゃあないのだけど、あちきも部活として認められるわけないと思って申請書出してみたら、すんなり通ったのが不思議すぎるぐらいなの。顧問もすぐに用意してくれたし」
「でもさ!」
「ごめんね、カラオケに行くとなるとお金がかかるけど、ここだと何時間歌ってもタダなのよ」
「…………」
こうなると、ソニアたちは退散するしかない。顧問の先生など知らないし、部長が決まっていないのも事実なのだから、文句が言える立場では無かった。むしろ今まで見逃されていたことが奇跡のような物だ。
三人は、それぞれ不満顔をしたまま、思い出深い部室から出ていった。
軽音楽部の看板は、コーラス部のそれに置き換わっていた。
背後で部室の中から音楽が流れ、それに合わせた歌声が聞こえた。
生徒会室にて。
ケルムが窓から外を見ていると、ソニアたち三人が帰っている姿が見えた。
その姿を見て、ケルムはにやりと笑った。
「ラムリーザ、貴方の持っている物は全て奪ってあげる。手始めに、貴方の部活を奪ってやったわ」
そうつぶやきつつ、満足そうに空を見上げるのだった。
ラムリーザを恨むケルムの復讐が始まったようなものである。
ジャンの店にあるスタジオにて。
ラムリーザは、ソニアたち三人を除くメンバーで、軽く演奏していた。ソニアとリリスが居ないので、ミーシャは誰にも文句を言われずにリードボーカルを担当出来て楽しそうだ。
そこにソニアたちがやってきた。
「ちょっとラム! 風紀委員が酷いのよ!」
スタジオに入って来るなり、ソニアはドラムを演奏しているラムリーザに詰め寄った。
「風紀委員って、今は生徒会長だろ。ケルムさんがどうしたんだ?」
ラムリーザは、ソニアに邪魔をされて演奏を中断されながら話を聞く。
「軽音楽部が無くなった!」
「なんやそれ?」
「レルフィーナが来て乗っ取った!」
「話が見えんぞ?」
ソニアは興奮していて、上手く説明ができないでいた。そこで代わりに、ユコが説明することとなった。
その話を聞いて、ラムリーザは驚くと言うよりは、やはりな、と思う気持ちの方が強かった。
「確かに顧問の先生って誰だったんだろう? 一年生の時もあまり気にしなかったし、いつの間に居なくなったのだろうね」
部長の件は、ソニアとリリスが争っているのを知っていたが、顧問の先生については全く知らないことだった。
「そういう場合って、生徒会から注意があるか、顧問を用意するはずだがな」
リゲルも、それ程驚いていないし、焦ってもいない。
「それは兄から聞きました。元々リセッテ先生が担当していましたが、産休から育児休暇に入ったので、別の顧問を割り振ると」
ロザリーンは、ユグドラシルから何かを聞いていたそうだ。
「そう言えば、ユグドラシル先輩に聞いたこともあった気がする。どうなっていたのだろうね?」
「兄に限って適当に扱うとは思えませんが……、ちょっと聞いてみます」
そう言って、ロザリーンは携帯型端末キュリオでメールを打つ操作を始めた。
「部室乗っ取られたー!」
「ここがあるからあまり関係ないじゃないか」
「でも~……」
実際の所、ラムリーザは学校の部室をほとんど使っていないのだから、そこで練習できなくなっても何の問題も無い。むしろここの方が設備が良いのだから、部室の存在意義などとっくの昔に無くなっていた。
ラムリーザから見たところでは、軽音楽部の残党が雑談部として部室を使っていた。そういう認識でしかなかった。
「返事が返ってきました。兄は、ケルムさんに軽音楽部の顧問を調整するよう依頼したそうです」
「それ変! あの風紀委員なにもしてこなかった!」
ソニアの言うとおりである。どの時期にユグドラシルがケルムに依頼したのか知らないが、ユコの話では今日突然顧問が居ないから廃部になったということだ。
「なるほど、裏が見えてきたぞ」
そうつぶやいたのはリゲルだった。
「ケルムの奴、軽音楽部を潰すために、わざと顧問の問題を放置したに違いない」
「なんでわざわざそんなこ――」
ラムリーザは、ケルムがそこまでする理由が――と思いかけて、ふと夏休み明けのことを思いだした。
「どうした?」
「ひょっとして僕のせいかも」
「何をした?」
「夏休み明けに、ケルムさんから縁談を持ち込まれたんだ。でもソニアを優先して跳ね除けたんだ。それで恨んでいるからかもしれない」
リゲルは、それを聞いて「う~む」と唸った。
「でも、それと軽音楽部の廃部と何が関係あるのでしょう?」
ロザリーンにも、ケルムの意図はつかめないようだ。
「それって、あ――なんでもないよ。俺は~、知らん」
レフトールの反応は微妙だ。
「まぁ部活があろうがなかろうが、僕たちの活動は変わらないからね。でも――」
「そうだな、ケルムの動向には注意しておいた方が良いかもしれん」
ラムリーザとリゲルは、顔を見合わせて頷き合うのだった。
部活が有ろうが無かろうが、このステージで活動は続けられる。しかし二人が思ったように、ケルムの行動は何やら胡散臭いものがあるようだ。
その一方でスタジオにあるステージでは、ミーシャからマイクを奪ったソニアがリリスに奪われて奪い返してと、先程まで沈み込んでいたのが嘘のような、熾烈なリードボーカル争いが繰り広げられていた。