雑談部の主要人物勢揃い、あれ雑談部? まいっか

 
 4月18日――

 

「でね、でね、本当にいい歌だったよ」

「へぇ、聞いてみたいですわね」

「うん、今度録音してきてユコにも聞かせてあげるよ、ドキドキパラダイスのエンディングテーマ。きーらきーらとかで始まるの」

「いい歌だったら、スコアに書き出してみますわ」

「ボーカルは私に任せてもらおうかしら」

「ダメよ、この歌はあたしが見つけてきたんだからあたしが歌うの!」

 放課後の部室にて。

 楽器は届いたものの、メンバーそろって雑談しているのはここのところいつものことで、この場はすっかり雑談部と化してしまっている。向かい合った二人掛けのソファーに陣取り、ラムリーザとソニア、リリスとユコの四人が集まっていた。

 昨夜のこともあって自信を持ったソニアは、リリスとユコ相手にも臆することなく、仲良さそうに雑談に花を咲かせていた。

 これでは軽音楽部ではなく雑談部だ。でも最初は、こうして親睦を深めるのもよいだろう。

「ところでさ、それって確か男性向け恋愛ゲームじゃなかったかしら? ソニアはそういうジャンルもプレイするの?」

 リリスのもっともな質問に、ソニアは慌てて答える。

「え、あ、いや、ラムがプレイしていたのを見てたんだ」

 ちゃっかりラムリーザのせいにしてしまった。

「おいこら……」

「ラムリーザが?」

「あらあら、ラムリーザさんも好きですのね」

「ちが……いやまぁ別にいいけどね、やれやれだ」

 ラムリーザはその場に居辛くなり、ソファーから立ち去り一人でドラムを叩き始めた。

 少し憤りを感じながらも、ソニアが二人と仲良くしてくれているので、それはそれで歓迎だと思うラムリーザであった。

 実際にソニアにとっては初めての地というものもあり、友達はおろか顔見知りすら居なかった。そのために余計にラムリーザに依存するしかなくて、必要以上の不安感をもたらしていたのだった。

 ようやくそれが解消されたということだ。本来の姿である勝気で元気なソニア、そういうのがラムリーザは好きだった。

 そして今度は、ラムリーザの奏でるリズムを背景音に、相変わらず雑談が続いている。

「ところでソニア、あなたブレスレットと指輪しているのね」

 リリスは、ソニアの両腕を見て言った。確かにソニアは、右手にエメラルドが数珠繋ぎになったブレスレットをはめていて、左手の薬指にこれまたエメラルドの指輪をはめている。

 これまでは、リリスとユコに対して自信が無さそうに両手を下ろして俯き気味だったのだが、先述の通り自信を取り戻したソニアは、両手をテーブルの上に乗せて、前に乗り出すようにして向かい合った二人と話をしているのだ。

 そのため、両手にはめたアクセサリーが、リリスの目に留まったというわけだ。

「いいでしょー、どっちもエメラルドよ」

 ソニアはうれしそうに手をかざして見せびらかす。

 その時リリスは何を思ったのか、鞄から携帯型の情報端末を取り出して何かを調べ始めた。

「……ネットで調べた同じような物、ブレスレットが金貨八枚で、指輪が……ええっ? 金貨六十枚? 嘘でしょ……」

 驚きながら、ソニアの指と携帯端末の画面の間で視線が行ったり来たりしている。

「左手の薬指にはめてますわね、その年でもう結婚しているのかしら」

「ちょっとよく見せて」

 リリスは、ソニアの左手を掴んで引き寄せて、指輪をじっくりと確認する。そして、携帯型情報端末の画面と並べて見て、まったく同じ物だということが確認できた。

「……模造品よね? 本物だったら金貨六十枚近くするものかもしれないのよ」

 ちなみに、ここエルドラード帝国では貨幣が主流で、一番価値が低いもので銅貨。次に銀貨。一番高価なものが金貨となっている。それぞれの関係は、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚である。

 価値を例えると、ゲームのガチャ一回が、銀貨三枚と言ったところか……。

 分かりにくい? 缶ジュース一本、銀貨一枚でどうでしょう?

「あたしは緑でいっぱいになるの」

 リリスはいぶかしむ目つきでソニアを見ているが、ソニアは一向に気にしていない様子である。むしろラムリーザに貰ったものなので、自慢の品でもあったのだ。

「あなた、一体何なの……?」

 

 

 その時、部室のドアをノックする音が聞こえた。

「先輩かな? どうぞー」

 ラムリーザは一人演奏していたのを中断して声をかけた。

「よう、来てやったぞ」

 そこに姿を現したのはリゲルだった。

「めずらしいな、一緒に音楽やる気になった?」

 ラムリーザは、ドラムの演奏を一旦中断して、リゲルの傍へと向かっていった。

「それもある。というのも、こいつと話していたらな」

 と言って、リゲルが外に向かって手招きする。それに応じて、一人の女の子が入ってきた。

 その女の子は、濃いめの金髪を括ってポニーテールにしていた。髪型は活動的に見えるが、その顔はメガネをかけていて知的なイメージだった。

「ロザリーン・ハーシェルです」

 ロザリーンと名乗った女の子は、リゲルと同じ天文部に所属していた。そして、リゲルがギターに興味を持っていたのと同じように、ロザリーンの方も音楽にも興味があったのだ。部活で暇なときに、よくリゲルは一人で演奏していたが、それを聞いていたロザリーンも彼に興味を示すようになったのだ。

「あ、君は確かパーティの日に?」

「ラムリーザさんですね、覚えていますよ」

 やはりそうだった。

 この月初めにオーバールック・ホテルで開催されたパーティに、彼女も参加していて挨拶したことをラムリーザも覚えていた。確かこの地方の首長の娘だったはずだ。

 ラムリーザは二人をソファーの近くまで案内して、ロザリーンを自分が座っていた場所に座らせた。ラムリーザとリゲルは、それぞれ一人掛けのソファーに座り、これで六人で輪を作ることとなった。

「ロザリーンは何を演奏できるのかしら?」とのリリスの問いに、

「主にピアノよ。後は趣味でオカリナを少々」と答える。

 ピアノならば、学校内にあるとしたら合唱部の部室とここぐらいである。そこで、リゲルの提案でどうせならラムリーザの居る軽音楽部に顔を出してみようという話になったのであった。

「へー、ピアノって聞いたらなんだかお嬢様ってイメージね」

 リリスは冗談めかして言ったが、リゲルはニヤリと笑い、

「当然だ。ロザリーンはポッターズ・ブラフ地方の首長の娘だからな」と答える。

「本当にお嬢様だった!」

「首長の娘……」

 手を叩いておどけてみせるリリスと、対照的に表情を落としてつぶやくソニア。

 ソニアの頭の中によからぬ心配事が広がっていく。フォレスター家にとって、この地方の首長の娘と政略結婚みたいなことになった方がよいのかな、ラムリーザを取られちゃうんじゃないか……と。

「ソニア」

 その微妙な表情の変化を察したラムリーザは、声のトーンを落として呼びかけた。はっとラムリーザの方を見るソニアに、そのままの口調で続けた。

「いい加減にしろよ」

 突然普段と異なる厳しい口調に、リリスとユコは何事か? という表情をする。

 ソニアは一瞬しまった、という表情をしたが、すぐに満面の笑みを浮かべ力強く言った。

「ロザリーンよろしくね!」

「は、はい!」

 高く澄んだ声で突然大声をかけられてびっくりするロザリーンと、それを見てやれやれ……とため息をつくラムリーザ。

「でもいいですわね、ピアノにオカリナとなると、スコア作成の幅が広がりますわ」

「そういえばさっきも言ってたけど、ユコってスコア作成の才能があるんだ」

「そうよ、私も結構書いてもらって弾いたから」

 と、代わりにリリスが答える。

「いいねいいね、ラムがプレイしていたギャルゲーのエンディングテーマ、まじでいいからよろしくね!」

「お前な……」

 

 というわけで、メンバーが二人増えたのである。

 ただし、増えたからと言ってこの日に演奏をすることは無かった。

 結局のところ、軽音楽部ではなく雑談部なのであった。
 
 
 
 




 
 
 前の話へ目次に戻る次の話へ

Posted by 一介の物書き