妖艶なる黒髪の美女誕生秘話

 
 6月13日――

 

 リリス・フロンティア、妖艶なる黒髪の美女。

 この週末の数日間、ラムリーザは彼女とより密に過ごしてきたわけだが、彼女に対して多少なりとも興味を抱き始めていた。そして、もっと知ってみたいという気になっていたのだ。

 今日に至っても、大勢の人目に取り乱すというきっかけとなった過去のトラウマについては、リリスから聞いた昔話と、ソニアが何気なく呟いたことに対して焦りを見せたということで、ある程度はそういうことなのだろうと察することができた。

 だが、そういった内面と、現在のリリスの姿と結びつかないのだ。

 それと、ラムリーザには、リリスと知り合ってから徐々に感じていた違和感があった。

 リリスは美女である。何気ない仕草、しゃべり方、雰囲気などが、何から何までがまるで演技でも見ているかのような妖艶さを醸し出していた。

 それにもかかわらず、この二ヶ月間、リリスが他の男子生徒に誘われている所を見たことがなかった。それと、ラムリーザは、なんとなく感じる程度であるが、男子生徒の多くはリリスに対して遠慮しているような気がしていた。

 リリスが高嶺の花と思われているのなら、そうなのだろうと捕らえることはできる。あまりにも相手が美しいと、オーラのような物が凄くて手を出しにくい物だと思われがちであった。

 しかし、帝都に連れて行けば、ジャンはすぐに興味を示して口説こうとするし、リリスの練習のために一緒にステージに上がったグループからは、すぐに引き抜きのようなものも発生した。

 近づけば近づくほど謎が多いリリス。その過去を知るには、過去を知る者に聞くのが手っ取り早い。

 そう考えたラムリーザは、リリスの親友であるユコと話す機会を伺っていた。

 しかし本人の前で、あからさまに過去の話を聞くのもリリスは嫌がるだろうし、またソニアの傍でユコと込み入った話をしていると、嫉妬されてめんどくさくなるのが分かっていた。

 そこで、なんとか自然に二人きりになれる機会を狙っていた。

 そして、その機会は、とある休み時間に得ることができたのだ。

「うーん……、連れションする人この指とーまれっ」

 ソニアは席から立ち上がりながら、周囲に声をかける。

「行ってもいいわよ」

 指にとまる行為はしなかったが、リリスも席から立ち上がった。

「ラムは行かないの?」

 ソニアはラムリーザの方を見て声をかけてくるが、リリスはそうするソニアをからかって言った。

「あなたはトイレも『ラムが行くなら行く、行かないなら行かない』なの?」

「そういうわけじゃないけどー……」

「何だ? 裏庭で並んで連れションなら行ってもいいぞ」

 ラムリーザはめんどくさそうに、さりげなくとんでもないことを言ってのけた。

「あ、それいいね、行こうよ!」

 だがソニアの返しは、ラムリーザの想像のはるか斜め上を行っていた。まさか女の子と並んで連れションする破目になるとは想像していなかった。

「お前は恥じらいというものを少しは見せろ! とっととリリスと行ってこい!」

「ふえぇっ! リリス行こっ!」

 ラムリーザの怒鳴り声に、ソニアは驚いて、逃げるようにリリスと一緒に教室を飛び出して行った。

「全く……」

 むすっとしているラムリーザを、ユコはくすくすと笑いながら見ている。ラムリーザは、可愛らしい笑顔を見せるユコを見て、今二人きりになっているのに気がついた。ソニアとリリスが自分からこの場を立ち去ってくれたのだ。

 チャンスだ。

「ユコ、ちょっと付き合ってもらえないかな?」

「え? あ、はい。いいですわ」

「そうだなぁ、ちょっと散歩するか」

 なるべく二人きりで話がしたかったので、ラムリーザはユコを促して席を立つ。

「お前、最近多方面に手を伸ばすな。リリスに続いて今度はユコか」

 その様子を見ていたリゲルが、妙に嬉しそうに笑ってラムリーザを冷やかしてくる。まるでラムリーザがソニア以外の女の子に手を伸ばすのが、リゲルにとって面白いことのようだ。

「違うってば、ちょっと話がしたいだけだよ」

「健闘を祈る」

 ラムリーザは、その台詞にはあえて反応を示さずに、ユコを連れて教室から出て行った。そして、便所とは反対の方向に歩いていった。

 

「ラムリーザ様が、私を誘い出して話をするって、珍しいですわね」

「ああ、期待とかしていたら申し訳ないけど、今日はリリスのことについて聞きたいんだ」

「期待ってそんな……で、リリスですの?」

「うん、ユコはリリスと昔から仲が良いんだろ?」

「昔からと言っても、リリスと出会ったのは中学に入ってからでしたけどね」

「あ、そうなんだ。それじゃあ小学時代は知らないんだ……。いやね、リリスから小学時代についてちょっとだけ聞いたのだけど、どうしてもその時の雰囲気と、今の雰囲気とが結びつかなくてね」

「そうでしょうねぇ……」

「だから、何だか気になってきてね。それでユコなら詳しいと思って聞いてみたかったんだ」

「ラムリーザ様は、リリスに興味津々なわけですわね」

 ユコは立ち止まって、廊下の窓辺に両肘をついて、外を眺めながら、「いいですわ、話してあげる」と言って、昔話を始めた。

 

「三年前、私がこの町に越してきた時、隣に住んでいたのは暗くて地味な黒髪の女の子でした」

「えっ? そうなん?」

 ラムリーザには、今のリリスと暗くて地味だというイメージが結びつかなかった。黒髪に赤い瞳で暗い性格ときたら、地味というよりむしろ怖いのではないかと思ったりもした。それではまるで――、何だったっけ? 確か校庭ライブの時に、観客が言っていたような……?

「正直、初めて会ったときは、仲良くしたいとは思わなかったですわ。学校でもリリスは一人ぼっちでしたし、ほとんどしゃべらないし。でもね、なんだか親同士が仲良くなっちゃって、それぞれの家で会う機会が多くなってきたのよね」

「リゲルみたいに一人でギター弾いてたとか?」

「あ、いえ、リリスはその時初めてでしたわ。そうねぇ、ゲームばかりやってたかな」

「それは今も変わらないね」

「くすっ、それもそうですわね。でも、私はギターも持ってたのよね。だからリリスが遊びに来たときに、貸してあげて弾き方教えてあげたりしたのよ。でも彼女、左利きだったから、左利き用に弦張り替えてそのギターあげちゃった。だから、その時から私はキーボードオンリーですわ。あ、元々ピアノですから、そっちもできますの」

「その時からなんだね、リリスの言っていたお部屋ライブというのが始まったのは」

「そうですわ。それにほら、私は楽譜が書けますから」

 ユコは得意そうな顔をして、ラムリーザの顔を見上げてくる。

「うん、それはユコがすごいと思う。今もすごく頼りになってるよ」

「ありがと、えへっ。でもね……」

 ユコはラムリーザから視線を外して、遠い目をして言葉を続ける。

「……こうして一緒に過ごすことが多くなると、やっぱりリリスの暗くて地味なイメージがますます気に入らなくなってきましたの」

「ユコの言うこと想像したら、地味というより怖いイメージなんだけど」

「怖い……とも言えますわね。あの赤い目は、まるで吸血鬼のような……こほん。だから、私はリリスを作り変えることに力を注ぎましたわ。仕草、態度、表情、口調、その他諸々を指導してみました。そして長い時間をかけて、徐々にリリスは変わっていきましたの」

 吸血鬼。その単語を聞いたとき、ラムリーザは、先程頭の中に浮かびかけた言葉を思い出した。校庭ライブの時に観客席から聞こえた『根暗吸血鬼』という言葉を……。あれって、ひょっとしてリリスのことだったのか?

「え、それじゃあ……」

「そう、妖艶なる漆黒の美女、リリス・フロンティアは私の作品です」

 ユコは、自信たっぷりの口調で言い放った。それはまるで、死体を蘇らせると言った狂気に取りつかれた科学者のように――というのは大袈裟だし失礼かもしれないが。

「すごいな、ユコは。メイクまでできるなんて」

「いえ、メイクまではしてないわ。今思えば、元々素材は完璧だったのよ。表情とか、そういう表向きな所だけ手を入れましたの。それだけであそこまで仕上がった私の自信作よ。あれは芸術だわ、惚れるでしょ?」

 ユコは、嬉しそうな表情をして他人の事ながら、まるで自分の評価をラムリーザに聞くように言った。

「うん、帝都ではすごい評判だったよ。まぁ、それでもユコには敵わないかな」

 ラムリーザは、さりげなくユコを持ち上げてみる。すると、ユコはぷいと顔を逸らして、顔を赤くして言った。

「ふんっ、お世辞を言っちゃって。どうせソニアが一番なんでしょう?」

「あ、そうだ。ソニアをもっとお淑やか……というより、デリカシーが足りないところを、ユコの力で作り変えることできないかな?」

「嫌ですわ。私が何も手を入れてないのに、ラムリーザ様の一番の座を手にしているような女のどこに手を入れる余地があるんですの?」

 ラムリーザは、頭をかきながら「だめかぁ」と呟いた。

 そこで、始業のチャイムが鳴ったので、二人は教室に戻って行った。

「でも、私はリリスの外面を磨くことはできたけど、内面までは支えてあげることはできなかったみたいですわね……」

 その途中、ユコは少し残念そうに呟いた。

 確かにそれは言えてる。過去のトラウマからくる問題は、外面を磨いただけでは解決していない。

 だから、ラムリーザはユコを安心させるように言った。

「それは僕が何とかするから、ユコは気にしないで」

「ありがとう。リリスをしっかりと成長させて、ソニアと争わせてくださいな」

 ユコは、お礼を言いながら、意味深なことを呟いた。

 

「ラムとユコが居なくなってると思ってたら、なんで二人が一緒に帰ってくるのよ!」

 二人を教室で待ち構えていたのは、ソニアの怒声であった。

「偶然ですわ、あなたもどうせリリスと一緒に帰ってきたのでしょう?」

「二人で密会とかしてたんじゃないの?」

「してませんわ!」

 ユコは、追求を続けるソニアを、それ以上は無視して自分の席に戻っていった。

 この時は、ラムリーザとユコが二人で会っていたことはごまかしていたが、後に放課後の部室で、ユコの何気ない文句から、ソニアには分かってしまったのだ。

 

 この日の放課後、何故かユコだけ部室に現れるのが少し遅くなった。

 そして、ユコが遅れてやって来た時、彼女は不機嫌そうにむすっとした顔をしていた。

「ああもう、なんで風紀監査委員が文句言ってくるのよ。男の人と休み時間に二人で話していても、別にいいじゃありませんの!」

「風紀監査委員?」

 ソニアは、眉をひそめてユコの顔を見る。そして、すぐに何かに気が付いたように、「あーっ!」と声を上げて、ユコの方に詰め寄っていく。

「なんですの?」

「ユコ! やっぱりあんた、あの休み時間ラムと二人で居たでしょ!」

「ラムリーザ様と二人で居たら、あなたに何か不利益があるんですの? 知りませんわ」

「不利益有りまくり! 誤魔化しても無駄! だってあの風紀監査委員、ラムと一緒に居たらいちいち文句言ってくるもん。しかもラムの居ない所で女の方ばっかりに。だから、見た目何の問題もないユコがあのちっぱいに文句言われるとしたら、ラムと会っていた以外有り得ない!」

 ソニアの剣幕に押されて、ユコは黙り込んでしまう。少なくとも、ソニアの言っているラムリーザと会っていたというのは間違いではない。

 ラムリーザはその様子を見て、このままだと泥沼だと判断し「ユコと話してたよ」と言った。

「ラム……」と呟いて、ソニアは悲しそうな表情をする。

「ちょっと音楽のことで聞きたいことがあってね。ほら、楽譜書いてくれるのはユコだろ?」

「音楽? 楽譜?」

「うん。何か問題あるかい?」

 リリスの事を尋ねていたと言ったのでは、リリスに変に思われてしまうかもしれないので、思いつきで楽譜の話だということに仕立て上げてみたのだ。

 それが効してか、ソニアは「ん……それならいい」と言って、これ以上騒ぐことを止めたのであった。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き