休みの計画を立てながら、エロゲソングを演奏するよ

 
 7月6日――
 

 今週の始めから行われていた三日間の定期試験は終了した。

 帝立ソリチュード学院の試験科目は、語学、数学、歴史学、古典学、地理学、化学、生物学、物理学、世界史、宗教学、以上の十科目を三日かけて行ったのである。

 そして、試験が終わると、今度は週末まで学校は休みということになった。

 

「やったー、終わったーあっ」

 ソニアは声を張り上げて大きく伸びをし、リリスは黙ったまま大きくため息をついた。

「それで、手ごたえは?」

「ばっちり!」

 ラムリーザの問いに、ソニアは力強く答える。だがその瞳は、ラムリーザを直視していなくて、どこか遠くを見つめているといった感じである。

「それならいいけどな」

 ラムリーザは、ソニアの目つきが気になったが、それ以上問わずにおいてあげた。そして、そういえばずっと一緒に居たけど、ソニアと試験の話をこれまでやったことないな、と思い返していた。そもそも、勉強自体、ラムリーザはそれほど興味を持っているわけではなかった。

 

 今日の部活は、この休みをどう過ごすか、という話し合いの場にすることにしていた。

 そう決めたとき、リゲルは「雑談部なら帰る」と言ったのだが、ロザリーンに「親睦を深める機会じゃないですか、リゲルさんも楽しみましょうよ」と諭され、断ることができなくなり付き合っていた。

「それでは、第一回部活レクリエーション企画決定会を開催します」

 ラムリーザの適当に名づけた開催の言葉で、話し合いが始まった。

「お前ら六月に入るまで、レクリエーションばかりやってたじゃねーか」

「はい、突っ込んでないでリゲルの意見からどうぞ」

「ちっ、……学校の裏山で昼寝」

 リゲルは全然乗り気ではなく、適当に答えた。だがラムリーザは、それだ、と言わんばかりにリゲルの案に賛同する。

「おっ、それ最高。採用!」

「「「「却下!」」」」

 ラムリーザの採用宣言に、女の子たちは声を揃えて抗議した。

「なんだよもー、それなら安全策でロザリーンから」

「えーと、こういう時の定番って、カラオケとかですよね?」

「なるほど、カラオケかぁ」

「歌を歌うなら、セッションしない?」

「……それもそうだな」

 ロザリーンの案は、リリスの代案で無しということになった。

 ラムリーザも、レクリエーションの時は、音楽から離れるのも気分転換になるなと考えた。

「次は、えーと、ソニア」

 危険なところは早めに済ませておこうと思って、次はソニアの意見を聞くことにした。ソニアは何を言い出すか分からない所がある。

「遊園地!」

 その答えは割と普通だった。

「一人で行って来い」

「なによー……」

 だが、リゲルはソニアの意見に速攻で反論するので、彼女は剥れてしまった。

「じゃあそういうリゲルの意見はなんなのよ!」

「昼寝以外で」と、素早くユコが追加する。

「ならば海釣りだ」

 リゲルは、自分は好きだがソニアが嫌がりそうなことを提案する。だがソニアは、「海!」と叫んで嬉しそうな表情をした。その顔を見てリゲルは、ソニアを喜ばせたことにに気が付いて、「ちっ」と舌打ちする。

「えーと、海? 海に行くで異議はないかな?」

 ラムリーザは、一同を見渡して言った。提案したリゲルと、嬉しそうに賛同したソニアはもちろんのこと、ラムリーザと目が合うと、残りの三人も頷いて返す。

「俺は泳がずに釣りをするだけだぞ」

「それじゃあ、反対意見も出なかったということで、明日は海に行くことに決まりました。これにて閉廷!」

 パチパチパチと拍手が上がる中、リゲルは一人「これは裁判だったのか?」と突っ込み、ラムリーザは、「こほん、えーと、みんな水着は持ってるよね」と話を逸らしてごまかした。

 水着なら、六月の頭に買いに行っている。学校の購買で買おうとしたら、ソニアの胸が収まるサイズの水着がなくて、ちょっとしたトラブルが発生したことが記憶に新しい。そして、その規格外の胸が、ソニアの衣装選択の邪魔をしていて、それを知っているからソニアは服を買いに行くのを嫌がるのだ。

「って、そういえば水泳の授業で着てたな……」

「うん、買ったよ、大きいサイズのビキニ」

 ラムリーザは、水着を買おうと決めた夜にソニアに見せてもらっていた。しかし前情報があったにも関わらず、水泳の授業では、ソニアが実際に水着で動いていると、目の毒レベルだったのを思い出した。

 その上リリスに「Jカップ様」と呼ばれているソニアに注目が行きがちだが、リリスもF~Gカップサイズはあるのだ。むしろ、ちょうどいい巨乳はリリスの方であり、ソニアは極端すぎる。ちなみにユコとロザリーンは並……などと、胸の大きさだけで女の価値を決めてはいけない。大きいのも小さいのも、愛で方が違うだけだということだ。

 そういうわけで、明日は海に行く、ということで話し合いは終わった。

 

 

「そういえば、そろそろ夏休みですわね。皆さんは予定とか立っていますの?」

 ユコは、一人キーボードで音楽を奏でながらラムリーザに聞いた。奏でるといっても、断片的に奏でているだけで、曲として完成したものではない。片耳にはイヤホンが差し込まれていて、彼女自身は何か別の音楽を聞いているのか。それとも、時折何かをノートに書き込んでいるのを見ると、楽譜作成でもやっているのだろうか。だが、そのメロディーを聴いて、リゲルが訝しげな顔をしたのには、だれも気が付かなかった。

「えっと、これは僕だけが考えている予定なんだけど、夏休みに入ると同時に、合宿に入って自動車の免許を取ってしまおうと思っているんだ」

「ほう、それはいいな。俺も乗った」

「あなたたちは金持ちでいいわね、私は親と相談しないと、ね」

 ラムリーザの提案に、リリスはそう答え、ユコとソニアも頷く。ロザリーンも親と相談と言っているが、そちらはリリスたちと意味合いが多少違う。

「あのね、ソニアも一緒に頷いているんじゃないわ。あなたどうせラムリーザに出してもらうのでしょう?」

「俺はソニアの運転する車には、死んでも乗りたくないけどな」

 リリスとリゲルにからかわれて、ソニアは不満顔になってしまった。

「なによー、あたしの車に乗れないって言うの? ウルトラCな運転を披露してあげるのに」

「それ、大事故になってるから……」

「まぁ、運転免許持ってて損は無いから、ぜひみんなで行けたら行こうよ」

「そうね、いざとなったらラムリーザに出してもらいましょう」

 リリスが以前言った、「頼りにしてます」の解釈が、徐々に拡大されつつあるのは気のせいだろうか。このままラムリーザは、リリスのパトロンと化してしまうのか。

 そんなこんなで話に一区切りが付き、部室にはユコの奏でるメロディーだけが鳴り響いていた。

「うん、できた。こんなところかな」

 ユコはペンを置いてノートを立てると、曲の前奏らしきフレーズを弾き始めた。キーボードの音はピアノに設定している。そして、「なんとなくーであって、なんでかなーきがあってー」と曲の出だしを気楽な感じに歌い始めた。

「新しい曲だね」とラムリーザ。

「お前、何でそれを知っている?」とリゲル。

「あら、リゲルさんも知ってますの?」というユコの問いに、リゲルは「いや知らん、どうやら聞き間違いのようだ」と否定する。

 早速ボーカル争奪戦を始めるソニアとリリス。テーブルに右腕の肘を叩きつけて腕相撲を挑むソニアだが、リリスはそれには乗らずに鞄からトランプを取り出している。

「楽譜は完成しましたので、後でコピーを取って配りますわ」

「ああ、それはいいけど……」

 ラムリーザは、ユコのノートを取り上げたリゲルが、それを見て神妙な面持ちで眺めているのが気になった。

「……リゲルは何か思うところでもあるのかい?」

 リゲルはラムリーザを手招きして、みんなから少し離れた所に行った。そしてラムリーザの方に顔を寄せ、小声で話しかけた。

「これは18禁のエロゲソングだ」

「なんだそりゃ……」

 ラムリーザは、リゲルが手にしているユコのノートを覗き込んだ。それは五線譜ノートで、それぞれのパートを示している音符と、繊細な文字で歌詞が書かれていた。

「なんでユコがこの歌を知っているのやら」

 リゲルは、楽譜とそれを書いたユコを交互に見ながらつぶやいた。

「まぁ、とりあえず気にせずに、僕たちは音楽のことだけ考えよう」

 ラムリーザからすればごく普通の歌だから、特に否定する所はない。エロゲソングだと言われても、卑猥なことを歌っているわけではないのだから。

 こうして、ユコの用意した新しい曲の練習が始まった。

 リゲルは、この曲の裏事情も知らんのだろうなとでも言いたそうな顔で、笑みを浮かべたままソニアとリリスの二枚看板を眺めながら演奏している。

 そしてしばらく経った頃、ソニアが席を立ち、リゲルの陰になるようにラムリーザのすぐ傍に移動した。

「どした?」

「なんかリゲルがニヤニヤしながらこっち見ていて怖い……」

「うむ……、もうちょっと離れてくれ、手が当たる。それで、歌はどっちが歌うことになった?」

 とりあえずラムリーザは、リゲルの意図することはわかっていたので、ソニアから聞いたことについては触れないでおくことにした。

「ん、本番までに勝負方法決めることにして、今日はまだ決めてない」

「そうか、トランプは避けろよ」

 ラムリーザは、少しだけソニアにアドバイスしてやる。この先、トランプの勝負でボーカルを決めていたら、全てリリスが歌うことになってしまうだろう。ベストな方法は、ラムリーザが担当を割り振っていくことなのであるが。

 

 下校の時間までに、ボーカルを除いてそれなりにモノにできるまでは仕上がっていた。

 ある種の才能を持った集団なのか、新しい曲の飲み込みは速い。テイクもそれほど重ねる必要もなかったのだ。

 ラムリーズのレパートリーに、また新しい一曲が加わった日であった。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き