思い出の地で二人は何を思う? ~後編~

 
 8月12日――
 

 ラムリーザとソニアの二人は、帰省してせっかく帝都に戻ってきたのに、だらだらと屋敷で過ごすだけではもったいないと考え、なんとなく思い出の地である良く遊んだ公園に来てみたのだ。

 

 ソニアが悲鳴をあげたのでシーソーで遊ぶのは止めて、次は公園内に展示されている蒸気機関車に行ってみることにした。

 老朽化して使われなくなった機関車を、解体せずに公園に持ち込んで遊具にしたのは、この公園の持ち主が機関車を好きだったらしいという話もある。

 遊具用に危ない場所を取り除いた機関車には、自由に登ったり入ったりして遊ぶことができ、ラムリーザも昔は運転手ごっこなどをして遊んだものだ。

 それ以外にも、機関車の外壁に沿って落ちないように移動して遊んだり、車体の下に潜り込むと、そこはちょっとした玉座の様になっていて、皇帝ごっこもできたものだ。

 そんな思い出深い機関車も残っていて、これも手入れが行き届いている。

 ラムリーザは、ソニアが早速機関車の上に登っていこうとするので、注意を促すことにした。

「ソニア、くれぐれも足元が見えないことは忘れるなよ。お前の身体は、昔ここで遊んでいた頃とは大きく変わったんだからな」

 ソニアは一瞬「う……」と言葉を失ったが、すぐに「平気だよ、登るぐらいなら」と言って、下着があらわになってるのも気にせずボイラーの上に登っていってしまった。確かに、大きな胸は上方向への視界の妨げにはなっていない。

「ラムも登ってきてよー」

 ソニアが上から楽しそうに呼びかけるので、ラムリーザは仕方なくソニアの後を追って機関車の上によじ登るのだった。

 遠くから見るのではなく、実際に触れてみると、汽車ってこんなに小さかったっけ? と不思議に思う。小さい頃遊んだ時には、この汽車もまるで巨大要塞のように構えていたものだ。必死によじ登った場所も、今では楽々乗り越えられる。

「ねぇラム、機関車の上でキスしようよ?」

「何でまたそんなことを……」

「わかってるくせにー」

「汽車とやれ」

「何よもう、リゲルみたいにそっけない返事して」

「見ていてあげるから、そこで汽車とキスしてごらん――、これでいいかい?」

 ラムリーザはその情景を想像して、妙な光景だと思うと同時に、汽車にソニアを取られてしまって残念だ、などと思っていた。

「むー……、それじゃあたし汽車フェチの変態さんじゃないの」

「そんな他の人も見ている所でチュウチュウやるわけにはいかないだろ?」

「山岳地帯にある田舎町を舞台にしたチュウチュウドラマがあったじゃないのよー」

「僕はそのドラマの登場人物じゃないっ!」

 ラムリーザは、発情しかけたソニアから逃げるように、さっさと機関車から降りていった。

 ソニアは、しばらく機関車のボイラーの上にまたがって遠くを眺めていたが、一人で居てもつまらなく感じて、降りようとした。だがしかし……。

「えっ? あ、そんな……」

 ソニアには、下を見ても登るときに足場にした手すりや機体のでっぱりが見えなかった。下方向の視界に入るのは、自分の大きな胸だけだったのだ。

 機関車の下からソニアの様子を伺っていたラムリーザは、ソニアが降りようとしておそるおそる足を下に伸ばして、足場を探しているのが目に入った。

「やっぱりそうなるよねぇ」

 ラムリーザはそう呟くと、ソニアが足を踏み外して落ちてきても大丈夫なように、ソニアの居る下側に近寄って行った。決して下から下着を見上げるためではないことは、あらかじめ断っておく。

 ソニアは、身体を横に向けて、なんとか足場が視界に入るよう工夫しようとしていた。胸を抱えようとしても、それでは片手がふさがってしまい、それはそれで危険だ。

 ラムリーザは、ソニアが横向きになってなんとかしようとしているのを見て、あることに気がついた。それは階段を下りるときのソニアの奇行だ。

 いつもソニアは階段を下りるとき、それまで引っ付いていたラムリーザの傍を離れて、壁に背を預けて横向きに降りていくのだった。

「あ、そういうことか。おっぱいが邪魔で、階段が視界に入らないのね」

「ラムー、何をぶつぶつ言ってるのよー?」

 機関車の上からソニアの泣きそうな声が聞こえてくる。

「あ、いやなんでもない。いろいろと合点がいっただけ」

 ソニアは、足を伸ばしては足場が見つからずに引っ込めて、また足を伸ばして足場を探してという行為を繰り返していたが、とうとう音を上げてしまった。

「ふえぇ、降りられないよ……、助けてラム!」

「それ見たことか、だから最初に言ったのに」

 ラムリーザは、しょうがないなといった感じで再び機関車の上に登っていった。

 そのままソニアを背負うと、「こっちは支えないからしがみついてろよ」と言って、背負ったまま機関車から降りていった。

 結局、公園の遊具四つで遊んで、その中の三つでソニアは困ったときの決まり文句「ふえぇ」を発してしまったことになる。楽しむための遊具で困って、一体何をやってるのだか……。

 その後しばらくの間、二人は機関車の近くに座って休憩しながら談話していた。

キャラクター画像提供元 画像作成AI

「ねぇ、また皇帝ごっこしようか」

 ソニアが言い出したのは、先程ラムリーザも思い出していた機関車の下に潜り込んだ場所で遊ぶことだ。

 ラムリーザは潜り込もうと屈んだが、車輪と車輪の間を潜るには身体が大きくなり過ぎていた。首を突っ込んでみると、そこには小さい頃に座った場所がそのまま残っていた。

「ラムは入れないから帝位剥奪、あたしが皇帝になるんだ」

 ラムリーザが入れないので、ソニアが代わりに潜り込んでしまった。そのまま玉座に腰掛ける。そして皇帝ではないラムリーザから、帝位を簒奪したという不思議なことをやったのであった。

「なんだか悪いことして追われているので、地下に潜った大将みたいだね」

「何よそれ! あたし悪いことしてない!」

「機関車帝国の女帝ソニア、領地は機関車の中だけね」

「あんまりかっこよくないなぁ……」

 これは幼少時に夢中になったことでも、大きくなるとそうでもなくなる物が出てきてしまうのも仕方がないことなのかもしれない。
 

 

 気がつくと、正午を回っていた。

「さてと、そろそろ昼御飯の時間だ。一旦帰るか、どこかで食事しよう」

「ラム、その前にトイレ」

「ん、わかった。そうしよう」

 公園のトイレにしては奇麗だった。そこから出たところで、二人は何人かの集団と出くわした。

 集団は髪を立たせたり、サングラスを掛けている者が居て、妙にガラが悪い。ステレオタイプのつっぱり集団といったところか。

「あれ、ラムリーザ? 久しぶりに見た。ソニアも居るじゃん」

 見た目と裏腹に、その集団の大将らしき人物は、親しそうに気さくに話しかけた。

「ああ、アキラか。え? この公園をたむろ場所にしてるの?」

「そだよ。こいつら使って遊具とかトイレを奇麗にしたしな」

「え? マジ? これお前らが?」

 アキラと呼ばれたつっぱり集団の大将とラムリーザは知り合いだった。

 お互いの関係は、権力者に媚を売っているだけなのと、番犬代わりなだけなのといった感じで、友人というよりお互いすっぱり割り切ったドライな関係ではあったが、特にトラブルは起きていなかった。

 この集団は、昔から反社会的なつっぱり集団であるにもかかわらず、こういったボランティアみたいなことをやる変わった集団だった。そんな所が、ラムリーザは嫌いじゃなかったので、毛嫌いすることもなく普通に接していた。

 それに、思い出の公園を奇麗にしたと聞いて、うれしくなっていた。

「思い出の地を奇麗にしてくれてありがとう。おかげで最後にいい思いができたよ」

「あたしは嫌な思いばっかりした!」

 ソニアの叫びにアキラは「ん? 何か問題あんのか?」と尋ねたが、ソニアは「なんでもない!」とさらに叫ぶだけだった。

「そう言えば、さりげなくソニアの肩に手を回すようになってるけど、お前らそんな関係になったん?」

 アキラは、二人の様子がつい半年前と違う点に気がついて尋ねた。半年前は、ラムリーザとソニアは一緒に居たとしても、ソニアがラムリーザの周りをうろちょろしているのが自然で、引っ付いていることは無かった。

「ああ、この春から正式に付き合ってるよ」

「そっか。まぁ時間の問題だとは思っていたけどな。あーあ、おっぱいちゃんはラムリーザの物になっちまったか。ラムリーザが手放したら、掻っ攫おうかと密かに狙ってたんだけどな」

「だっ、誰がおっぱいちゃんよ!」

 その時、集団の中から女の子が一人歩み寄ってきた。濃いアイシャドウが目立っている。そして、その女の子はソニアの胸に手を伸ばした。

「ちょっ、何?!」

「大きすぎるから本物かどうかと思ってさ」

 するとアキラはニヤニヤしながら説明した。

「おめーはソニアと初対面だから驚いただろうが、こいつの巨乳は本物だ。正真正銘究極のおっぱいちゃん。すげーぞ、俺にも触らせろっと。そういやメルティアが言ってたな、ソニアはおっぱいが弱点だって」

 何だか空気がおかしくなったので、ソニアはラムリーザの後ろに隠れてしまった。帝都では誰に出会っても胸を狙われてしまう難儀な娘だ。

「こらダメだ、嫌がってるだろ」

 ラムリーザは、きっぱりとソニアに手出しするのをやめさせた。逆に、アキラの喉元に手を伸ばして掴む素振りを見せてみた。

「おっと、冗談だ。だがソニアもラムリーザと別れたら、遠慮なく来いよ。可愛がってやるから」

 アキラは、まるで掴まれたくないかのように、ラムリーザの腕から逃れるように少し身を引いて、その腕を払いのけながら言った。

「絶対別れないもん、べーだっ!」

 ソニアは、ラムリーザの後ろから顔だけ出して、あっかんべーをして見せるのだった。

 

 そんな事を話ししている時だった。

「てめーらまだそこに居るのかよ!」

 なにやら怒鳴り声が聞こえたと思ったら、そこに別のつっぱり集団がやってきたのだった。むろんその集団も、ラムリーザには見覚えがある。

「あっ、てめーらまた来たな!」

 元から居た集団も、後から来た集団に凄んでいる。

 新しい集団の大将らしき人物の前にアキラは躍り出て、相手の胸倉を掴む。相手も掴み返してきて仲間も含めて壮絶なにらみ合いが始まってしまった。

「えー、ひょっとしてこの公園で縄張り争いしてるのか?」

 ラムリーザは少しだけうんざりして言った。

 相手の大将の顔も知っている。アキラの集団とずっと抗争している集団だ。

「ラムリーザか、ちっ、また今度にするか」

 相手の大将もラムリーザに気がついて、抗争を止める事にしようとした。どうやらラムリーザの見ている前で、争いごとはしたくない様だ。

「ああいいよ、こっちはそろそろ帰ろうと思っていたところだから。がんばれよ……というのも変だな、怪我しないように……というのも妙だし……。あ、そうだ、死人ださないように、な!」

 ラムリーザは、抗争に口出しする気は無かった。これは、ちょっとした陣取りゲームを大袈裟にやっているにすぎない。大袈裟が行き過ぎて、多少乱暴ではあるが。

 心の中では、遊具の手入れからトイレ掃除までしてくれた方が勝ってくれることを期待しながら、ソニアを連れて公園から出て行くのであった。

 

 この場所も、二人が残した大切な宝物。

 思い出は色あせずに残っていた、昼下がりである。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き