実家も下宿先も二人には変わらない日常?

 
 8月17日――
 

「ココちゃんはクッションなのだから、クッションらしくしなくちゃならない。なのに、ちっともクッションらしくしない。なんでクッションらしくしないの? と聞いても、バタバタバタバタするだけでちっとも答えようとしない。クッションらしくしないのなら表に放り出すぞ! と言ったら、ものすごい勢いでバタバタして、その勢いで帽子が吹っ飛んで、はげ坊主! はげ坊主!」

キャラクター画像提供元 あおみどり

 ソニアは、先程から何やらクッション? ぬいぐるみ? を抱えてぶつぶつ呟いている。毎度のことながら、おかしなことばかりする娘だ。

 ソニアがココちゃんと呼んでいるのは、白いぬいぐるみでずんぐりむっくり――というよりは真ん丸い形をしている。帽子をかぶっているが、取り外し自由になっている。帽子を取ってみると、真っ白な真ん丸い頭が出てきて、確かにソニアの言うとおり、はげ坊主に見えなくも無い。

 ソニアは、そのぬいぐるみを胸に抱えて、バタバタと左右に揺さぶったり頭を叩いたりしている。おっぱい好きな男子なら、その場所代われ、と言いたくなるだろう。

 ちなみにこのぬいぐるみは、ポッターズ・ブラフに戻ってくるときに、帝都の実家から持ってきたものである。ソニアの母であるメイドのナンシーが、何かの懸賞で当てたもので、折角だからソニアにあげるという話になったので持ってきたのだ。

 まあ、それでソニアはそのぬいぐるみが気に入ったのか、今朝起きてからずっと遊んでいるわけなのだが。

 

 

 夏休みも半分以上過ぎた頃、ラムリーザとソニアの二人は再びポッターズ・ブラフの屋敷に戻ってきていた。

 帝都の実家には、特に滞在期間を決めて帰っていたわけではない。

 適当にのんびりしていたわけだが、リリスやユコから「もっと遊ぼうよ」といった内容のメールが来るようになったのだ。そこで、残りの期間はリリスたち、新しくできた友達と夏休みを過ごすのも悪くないと考えて、下宿先に戻ることにしたのだ。

 丁度、ラムリーザの父と兄も休暇が終わり城勤めに戻っていったので、それに合わせてというのもあった。妹のソフィリータも、毎日のように友達と出掛けていたので、ラムリーザが居なくなっても特別寂しがることもないだろう。

 

 ソニアは、ココちゃんと呼ばれているぬいぐるみでしばらく遊んでいたが、やがてそれも飽きたのか、「クッションらしくしろっ」と言って、ソファーに放り出した。投げ飛ばされて帽子が飛んでしまい、はげ坊主、はげ坊主となってしまう。

 そして今度は、ゲーム機の電源を入れて格闘ゲームで遊びだした。

 このゲームは、実家に帰るときにゲーム機ごと持ち帰ったもので、ソニアは部屋でのんびりしている時は、大概このゲームをやっていた。結構上達しているのかもしれない。

「ねぇ、また対戦しようよ」

 ソニアは、ラムリーザを対戦に誘った。コンピュータ相手に飽きたのか、最近はよく誘ってくる。

「まぁ、いいけどさ」

 ラムリーザは、あまり乗り気ではなかったが、言うことを聞かないとソニアが不機嫌になるので、ソファーに腰掛けて仕方なく相手をする。

 ラムリーザが乗り気でないのにはいくつか理由がある。

 まず、ラムリーザがあまり勝ちすぎると、それでもソニアは不機嫌になる。もっとも、それは次の理由で最近はほとんどそうなることはなくなっていた。

 次の理由として、ソニアはどこで情報を仕入れてきたのか、プレイが姑息になっていて最近ではラムリーザが勝つことはほとんど無くなっていた。

 ソニアのプレイキャラは、最初からずっと変わらず緑の軍服を着た男だ。ストーリーモードのラスボスで、ヴェガという名前らしい。ちなみにラムリーザの方は、気分でコロコロとキャラを変えている。

 それはいい。問題は攻め方だ。攻め方がおかしい。

 キャラクターにはそれぞれ固有の必殺技が設定されているのだが、ヴェガの必殺技の一つに、光り輝いて横っ飛びに突進してくる技がある。食らってしまったら、青白い炎で燃え上がってダウンしてしまう。それはそれで、そういう技なのだから仕方がない。

 だが、ガードした時がおかしいのだ。

 その必殺技をガードしても、数回体力を削られ、そのまま投げ技に繋げられてしまうのだ。ガードしているのに何故投げられるのだろうか?

 この必殺技は、迎撃技で撃墜しないと、燃やされるか投げられるかの二択なのである。ただし、突進にあわせて迎撃技を出すのは難しい。ゲーム慣れしていないラムリーザなら、なおさらだ。

 ソニア曰く、「サイコ投げ」というハメ技だそうだが、ハメ攻撃を当然のごとく繰り出してくるのだから困る。

 ヴェガには、もう一つおかしい必殺技がある。

 前方に宙返りしつつ、二段蹴りをぶちかましてくる必殺技があるのだが、その技もソニアが操るとおかしい。その二段蹴りの必殺技と通常技を組み合わせて、こちらに反撃させないまま延々と攻撃してくるのだ。

 普通、通常技を連続で食らうと、徐々に間合いが広がって攻撃が当たらなくなるのだが、その二段蹴りは前方に突進しつつ蹴り技を繰り出してくるので、開いた間合いを一瞬で詰めてくるのだ。このため、攻撃が全然途切れない。

 ガードに失敗すると、グロッキー状態になるまで連続攻撃を食らい、ガードしていたとしても、必殺技には少しばかりガードの上から体力を削るという仕様があるため、延々と削られ続けてしまうのだ。

 ソニア曰く、「ダブルニーはめ」だそうだが、こちらもやはりハメ攻撃を当然のごとく繰り出してくるのだからこれまた困る。

 最近は、ソニアはその攻撃ばかりやってきて、ラムリーザはプレイしてもちっとも面白くない。一体何なんだろうね、この格闘ゲーム。人を楽しませる気が全く無いのではないだろうか?

「さすがにこれはおかしいだろ、これ。ソニア、何かずるをしてない?」

「何よー、赤子の方が、歯ごたえあるわ! 力無き者は、見るのも汚らわしい! ラムが下手なだけ!」

「こいつは……、それならハンデとして、おっぱい揉まれながら勝負とかどうだ?」

 とりあえずリリスでも呼んで、ソニアの胸を攻めさせながらゲーム勝負すれば、ソニアの姑息な攻めも多少は収まるだろう。

「イヤ! それ絶対ゲームにならない!」

 先日、胸を揉まれながらアクションゲームをクリアできたら、ご褒美に何でも買ってやるという遊びをしたことが記憶に新しい。

 ソニアはその経験から、自分は胸を攻められたら、ゲームのプレイが困難になるほど感じてしまうということは学習済みであった。

「だったらもう一人でやってろ」

 ラムリーザは、コントローラーを投げ出してソファーから立ち上がると、そのままドラムセットの方に向かっていった。

 ソニアは、むすっとした顔で去っていったラムリーザを見ていたが、今度はコンピュータ相手に戦い始めた。相変わらず姑息な攻め方で……。

 

 そこでラムリーザはふと思う。これって、場所が変わっただけで二人がやっていることって何も変わっていないのではないか、と。

 そもそも「帝都から戻ってきて」と要望を出したのはリリスとユコだ。その彼女らには、「戻ってきたよ」とメールを送って、「ありがと」と返ってきてそれっきりだ。

 しばらくしてソニアはゲームを切り上げて、ドラムを叩いているラムリーザの傍にやってきた。

「ダブルニーはめで、コンピュータ完封。だからもう最強」

 なんだかよく分からないが、ソニアはすごく得意げだ。ダブルニーはめって、酷いよね。

「そうか、それはすごいな」

 それでもラムリーザは、一応笑顔で感心してみせる。こういっておけばソニアは上機嫌になるのだから、全く扱いやすい。長年の付き合いで、その辺りの事は十分に把握していた。

 ソニアは、ベースギターの準備をしてラムリーザに引っ付いた。まぁ、ゲームばかりやっているのもアレなので、時々こうして一緒に演奏するのも悪くない。

「引っ付いてくるなって、演奏の邪魔になるだろ」

 引っ付いてくるだけでなく、ぐいぐいと押してくる。密着したい気持ちはわかるが、それではドラムを叩くのに邪魔で仕方がない。

「いいじゃないのよー」

「ダメだ」

 ラムリーザは、手に持ったスティックを、ソニアの胸に突き刺して追い払う。スティックは、たわわな胸にめり込んで、ソニアは「ひゃん」と小さく声を上げて離れていった。

「それじゃ、行くぞ。ワン、ツー、スリー、フォー!」

 ドラムとベースだけでもそれなりに成り立つ、テンポが速くてノリのいい音楽を演奏しはじめた。メロディアスなベースに乗って、ソニアは歌い始めた。古いロックナンバーである。

「彼女は丁度、十七歳――」

 しかし歌っている間はいいが、間奏部分にさしかかるとドラムとベースだけでは味気ない。だからラムリーザは、即興で思いついた事を歌詞にして、本来ならリードギターがかっこよく決めるメロディに合わせて口ずさんでみることにした。

「百のロケットおっぱいが、百個あって――」

「うるさい!」

「――ひゃくひゃくひゃくの、ひゃくひゃくひゃく」

「ラムの馬鹿!」

 からかいながら、そして怒鳴り返しながら、それでも二人の演奏が乱れないのはさすがといったところか。

 だが間奏が終わった後、ソニアが歌いだしたのは無茶苦茶な替え歌だ。

「ラムは脳筋、腕力馬鹿――」

 赤点まみれが平均点を馬鹿呼ばわり、不思議だね。

 こうして二人は、のんびりだらだらと休日を過ごしていくのであった。

 帝都に居ても二人きり、田舎の下宿先でも二人きり。

 変わらない日常がありがたいことに気づいたのは、ずっと先の話であった――などと書くと、不穏な感じがするのは気のせいだろうか?

 とにかく今は、誰にも邪魔されない二人の時を、ただ無邪気に楽しむだけでよいのである。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き