怪談後編 ~人それぞれの怖い話もあるもんだ~

 
 8月21日――
 

 街から人里離れた山地、クリスタルレイク脇のコテージで、「ラムリーズ」のメンバー六人はキャンプ生活をしていた。

 夜になり、怪談をしようという話になって、リリス、ユコ、ラムリーザと語り、それなりにおもしろおかしく、そして怖がりながら過ごしていた。さて、次はソニアの番だ。

「えーと、怖い話、何があるかなぁ」

「尻切れトンボや、気味の悪い話は簡便な」

「何ですの?! こうなったら二順目は、もっと気味が悪いのして差し上げますわ」

「怖い話……、四十台で職歴が無いとか?」

「いいから話をどうぞ」

 もたもたするソニアに、ラムリーザは早くするよう促した。しかしソニアは、ラムリーザに文句を言ってくる。

「話って、ラムは話してないじゃん」

「怖ければ何でもいいんだよ。リリスの話とユコの話と僕のパフォーマンスとで、どれが一番怖かった?」

 ラムリーザは、ここで一番中立な立場で考えてくれるロザリーンに意見を求めてみた。

 ロザリーンは、「それはそのぉ……」と呟いて、眉をひそめてラムリーザの手を見つめていた。

「ん? どうした?」

 ラムリーザがロザリーンの視線に気がついて手を差し出すと、ロザリーンは「あ、嫌……」と言って少し身を引いてしまった。明らかにラムリーザの手、正確に言えばその握る力を恐れている。

「何怖がってんのよ、あたしはその手で胸揉まれたのよ? ゲーム中とか寝る前とか……」

「えっ? 胸を揉むですって?」

 どうでもいいことを、リリスは耳ざとく聞きつけてしまう。まるでソニアの発言に対して、失言は絶対に見逃さない使命感を持っているように。

「こほん、早く話をしなさい。何でもいいから、ソニアが怖いと思う話をどうぞ」

 ソニアが余計なことを言いだしたので、ラムリーザはさらに話を促した。ゲーム中はともかく、寝る前は「寄ってきたら胸揉むぞ」と先に言ったのに、あえて寄って来たくせに、どうしたというのだろうね。

「あたしが怖いと思う話……、怖いと思う……、怖いこと……」

 ソニアは少し考え、深刻そうな顔つきでぽつりぽつりと語り始めた。

 

 

――シェイディンハルという緑に包まれた国がありました。その国の、とある領地の領主には、一人の息子が居ました。名前はレオンと言って、とても優しく皆に好かれていました。でも、彼が愛したのは一人の女の子だけでした。その娘はミーナと言って、レオンと小さい頃から仲良くいつも一緒に遊んでいました。ミーナは、優しいレオンに大切にされながら、楽しく幸せに暮らしていました。でもその幸せは、長くは続きませんでした。領主の息子と平民とでは身分が違いすぎる。レオンの両親はそう考え、だんだんとミーナを疎ましく思い始めていました。そしてとうとうレオンの両親は、権力を使ってミーナの両親を遠くに飛ばしてしまいました。ミーナは、レオンと離れたくないと泣いたけど、どうしようもありません。結局二人は離れ離れになってしまいました――

 

「ふえぇ……」

 そこまで語ると、ソニアはいつもの困ったときに飛び出すフレーズを発した。何が困ったとでも言うのだろうか?

 ラムリーザたちは、ソニアの心情など知らぬといった感じでぼんやりと聞いていたが、リゲルの瞳は、怪しく、険しく光っていた。

 ソニアは、続きを語り始めた。若干涙声なのが謎だ。

 

――でもっ、でも……、ミーナは諦めませんでした。いつの日かまたレオンと一緒になって、そう再開の日を願っていました。でもそれは永遠に叶わなくなってしまいました。レオンは、両親の勧めで貴族の令嬢と見合い、結婚してしまいました。ミーナの中のレオンは、もう思い出の中にしか――

 

「思い出のな……、な……、ふえぇっ、ふえええぇぇーん!」

 そこまで語ると、ソニアは頭を抱えてうずくまってしまった。全身ががたがたと震えている。マジ泣きした? 何故?

 ギリッと歯軋りが聞こえた。リゲルは、憤怒の形相でソニアを睨みつけている。ソニアの話が気に入らなかったのだろうか?

 他の人はぽかーんとして、うずくまっているソニアを見下ろしている。

「それで、何? どこが怖いのかしら?」

 リリスは冷めた目でソニアを見つめながら尋ねたが、ソニアは頭を抱えたまま答えようとしない。

「これからミーナがヤンデレ化して、貴族の娘を殺しに来るんですの?」

 ユコも尋ねたが、やはりソニアはガタガタ震えたまま答えない。

「たぶん、ソニアさんにとっては恐ろしい話かと。ねぇ、ラムリーザさん」

 ロザリーンは、何かを察したかのように、ラムリーザに同意を促すと、ラムリーザも「しょうがない奴だな……」とため息を吐くのだった。

「えっ? ロザリーンはこの話の怖いところが分かったの?」

「レオンをラムリーザさん、ミーナをソニアさんに置き換えたら、何故ソニアさんが脅えているか分かると思うよ」

 リリスの問いに、ロザリーンはさらりと答えた。この話は、ソニアの人生においてバッドエンド的な事を語っただけなのだ。確かにソニアにとっては「怖い話」ということになる。しかし他の人が聞いたところで、叶わぬ恋のよくある話の一つとしか受け取らないだろう。

「ふーん、ラムリーザ様の、ロザリーンルートストーリーですのね」

 納得したユコは、またしてもギャルゲー風に例えてくる。

「ほんと困った奴だ。僕の親が、引き離すためだけの理由で、長年仕えてきた執事とメイドを左遷とかするわけ無いじゃないか」

「その話はもうよせ、くだらん奴だ。次行け、次」

 リゲルは、面白くないといった感じに吐き捨てると、盛大に舌打ちして不機嫌そうにして、みんなから身体を背けてしまった。

「じゃあ次は私ね」

 ロザリーンは、ソニアの話が終わってからリゲルが妙に不機嫌なのを気にしてか、その雰囲気を吹き飛ばすために次の話し手を買って出た。

「これは、ここクリスタルレイクに語り継がれている話です。信じるか信じないかはあなた次第」

 あなた次第――、怪談ではよくあるフレーズを使ってきた。

 ソニアは相変わらずうずくまったままだが、ロザリーンは静かに語り始めた。

 

 

――昔、この湖で一人の少年が溺れ死んでしまいました。その事件以降、この湖近くのキャンプ場では、不可解な事件が勃発し、ついにキャンプに来ていた若者が、何者かに殺されてしまいました――

 

「リゲル、まじ? ここってヤバい場所?」

「そんなわけないだろ。そもそもこの場所は民間に貸し出してないぞ」

「ラムリーザ様は、ほんと人の話の腰を折るのが好きですのね」

 ラムリーザがはっと振り返ると、リリスとユコとロザリーンの三人が、不満そうな目つきでラムリーザを見つめていた。

「ぬ、すまん」

 

――キャンプに来ていた若者たちは、一人、また一人と、さまざまな方法で殺害されていくのです。こうした事件が続いたため、キャンプ場は閉鎖されてしまいました。しかし数年の月日が流れ、みんなの記憶から事件の事が風化されようとしていた頃に、再びクリスタルレイクのキャンプ場は再開されました。これが新たなる惨劇の幕開けだと気がつく人は居ませんでした。そう、この話の最大の問題は、まだこの殺人鬼が捕まっていないということなのです。今年も六人の男女がやってきましたが、殺人鬼はずっと待ち構えていたのです。溺れ死んだ少年の霊に取り付かれて気が触れてしまった殺人鬼は、「新しい仲間が欲しい、仲間を増やせ」という幻聴を聞きながら、殺す機会を伺っているのです。そして今夜もまた――

 

 

 ロザリーンはここで一旦話を切った。ロザリーンにとっては、一息ついただけであった。

 しかしこの時、コテージの外で遠くに車が止まったかのような音がした。外の音が気になって、みんな黙り込んでシーンとしてしまうのだ。

「誰か来た?」

 小声過ぎて誰がしゃべったのかわからないが、その言葉を聞いてますます耳をそばだててしまった。ドクドクと、隣の人の鼓動音が聞こえるかのようだ。

 その時、ラムリーザはリゲルと目が合った。リゲルの目は、「やるぞ」と言っているようだった。

 ラムリーザは軽く頷いて、先程仕掛けた紐を手繰り寄せた。これで紐の先の電球を持ち上げたことになる。

 続いてリゲルも、そっと紐を手繰り寄せた。すると、音も無くすーっとコテージの入り口のドアが開くのであった。

 リリス、ユコ、ロザリーンの三人は、ビクッとして入り口を見つめていた。三人からしたら、何も無いのに突然扉が開いたことになる。

 その時、丁度いい具合に外から風が吹いてきて、残っていたろうそくの火を全て消してしまったのだ。周囲は一瞬のうちに闇に閉ざされ、三人の息を呑む音がかすかに聞こえた。

 そのタイミングで、ラムリーザは手繰り寄せた紐を手放した。するするっと紐は手から離れて行き――

 

パリーン……。

 

――コテージの入り口のすぐ外で、何かが割れる甲高い音が響いた。

「ひっ!」「ひいぃ!」

 誰からともなく悲鳴が上がり、続いてどたどたとリビングから逃げ出す足音が続いた。ガタンと音がして、「痛い!」と叫び声も上がる。誰かが椅子か何かに躓いたか?

 それから、ガチャッと寝室のドアが開く音がして、すぐにバタンと閉まる音。「閉めないで!」という声と、ドアを開閉するする音が二度続いた後、再び周囲に静寂が訪れた。

 しばらくした後、リゲルは「ふっ」と小さく笑った。釣られてラムリーザも「ははっ」と笑う。

 陳腐な仕掛けだったが、女の子たちはかなり怖がってくれたようだ。ここまでうろたえてくれると、やった甲斐もあるというものだ。

 ラムリーザはソファーから立ち上がると、リビングの電気をつけて振り返った。

 テーブル脇の椅子が一つひっくり返っている。それと、ソニアはうずくまったままだ。

 リゲルは、ソニアがまだ居ることに気がついて、嫌そうな目をソニアに向けていた。

 ラムリーザは、やれやれとばかりにソニアの方に手をやって引きずり起こした。ソニアの顔色が悪い。自分の話で相当脅えてしまったようだ。何をやっているのやら……。

 すぐにソニアはラムリーザに抱きついてきて、訴えるような声で懇願した。

「ふえぇ、ラム、あたしを捨てないで……」

「なんでそうなるんだ……」

 ラムリーザは、ソニアの頭を撫でかけて、ふと思いなおして、胸の先端をつまみあげることにした。

「ひゃうん!」すぐにソニアは反応する。「なっ、何?!」

「ほら、もう正気に戻って。みんな寝室に戻ったよ、ソニアも行きなさい」

 そう言ってソニアをリリスたちの所に送り出した。リゲルの方を振り返ると、その様子を呆れたような顔で見ていたので、ラムリーザは肩をすくめて苦笑いするしかなかった。

 ソニアが寝室のドアを開けると、とたんに中から悲鳴があがった。続けてドカドカと音を立てて枕が飛んでくる。

「ちょっと! 何で枕投げつけるのよ!」

 ソニアは叫びながら、部屋の中に枕を投げ返す。すると悲鳴は止み、「早く入ってきて閉めて!」という叫び声が部屋の中から帰ってきた。

 その様子を見ていたラムリーザとリゲルは、これ以上は怪談を続けられないと判断して、自分たちも寝室に向かうことにした。

 こうして、キャンプ一日目の夜のイベント、怪談は混乱の中で幕を閉じたのであった。
 
 
 
 




 
 
 前の話へ目次に戻る次の話へ

Posted by 一介の物書き