帝立ソリチュード学院の闇、なんて大袈裟なものではないけどね

 
 9月21日――
 

「ところで、ロザリーンとはどんなん?」

「あれから特に変わらんよ。今まで通りだ」

「ん~、進展とか無いのか?」

「お前みたいにベタベタするような女じゃないんだ、ロザリーンは」

「いやいやいや、ベタベタしてくるのはソニアの方から、というより、その言い方おかしいよね? なんか僕が女みたいな言い方してない?」

「とにかくだ。俺はお前がやろうとして大失敗した清い交際とやらをやっているだけだ。ハーレム形成している奴と同じ扱いはしないことだな。だいたい、同棲しておいて清い交際しようという方に無理があると気がつかなかったのか?」

「いやまぁ、それは、な……、ん~……」

 昼休み、ラムリーザとリゲルは、学食の六人掛けのテーブルを二人で陣取って雑談をしていた。

 少し前までは、ソニアを始めとした女子四人衆も一緒だったが、今日は昼食が終わると四人揃ってどこかに行ってしまったのだ。

 食堂内には、まだ生徒がたくさんいてザワザワしている。

「そういった話は置いといて、そういえばお前はまだこの地方にどんな奴がいるのか詳しく知らんだろう」

 リゲルは、テーブルに肘をついて乗り出してきて、周囲に聞こえないよう少し声のトーンを落として問いかけた。

「初めての地だからね。でもクラスメイトぐらいは覚えたよ」

「いや、うちのクラスの奴らはたいしたこと無い。気に留めておくべき相手は……、俺ぐらいでいい」

「ふーん、リゲルはすごいんだね」

 リゲルは、そうじゃないと示すように首を横に振って話を続けた。

「そんなことより、とりあえずお前は、この学校でやばい奴を知っておいた方が良いかもしれんな」

「やばい奴、ソニアとか?」

「茶化すな、これは真面目な話だ」

 リゲルは眉をひそめ、いつもソニアに向けているような冷たい視線をラムリーザに向けた。

「わかった、話を先へ」

 そこでリゲルは、この学校でリゲルの知る限りでは二つの勢力が争っていてやばいという話をした。つまり無法者の集団というもの、所謂不良、ツッパリ集団だ。

「一つはウサリギ・ファイヤンダ。仲間はそれほど多くないが、本人の戦闘力が高い。それに冷酷な奴で、あまりいい噂は聞かない」

 ラムリーザは、冷酷ならソニアに対するリゲルみたいだね、と言いそうになるのをすんでの所でこらえた。そもそもリゲルは冷たいイメージなだけであり、冷酷な人間ではない。

「冷酷な人は苦手だな。一緒に居ても不愉快になるだろうし、仲間になったとしてもどう接したらいいのかわからないよ」

「俺もあいつは嫌いだから、仲間に入れなくていい。そしてその対抗勢力が、レフトール・ガリレイだな。こっちは仲間が多くてお山の大将って感じだ。常に二三人でつるんでいる。だが奴の足技には、ウサリギも舌を巻いている。ま、この二人は互角だな」

「ふーん、どっちと手を組んだらいいんだろ」

「組まんでよい。そもそもこいつらは、この地方の領主の娘ケルム、お前もパーティで話したことあるだろ? そいつに頭が上がらず、彼女の言いなりになってるみたいだ。まぁ、どっちもケルムの手先みたいなもんだ。あと、二人の裏になんか居るみたいだけど、それは俺も知らん」

「そろそろ出ようか、続きは外で聞くよ」

 六人掛けのテーブルを二人で占拠していては、後続の邪魔になるかもしれないということで、ラムリーザとリゲルは食堂を後にして校庭に出ることにした。

「ケルムさんって確か風紀委員だろ? そんな不良を認めていいのか?」

 並んで歩きながら、ラムリーザはリゲルに問いかけた。

「学校の風紀がどうたらは知らんが、ケルムみたいなこの辺りの支配者にとって、奴らは番犬みたいなものだろう」

「あーそれね、納得」

 ラムリーザ自身も、帝都ではツッパリ集団のボスであるアキラを番犬のように思っていた。アキラはラムリーザの権威を盾にしていたし、ラムリーザもアキラを警護のように扱い、お互いに利用しあっていたものだ。

「それじゃあ、ケルムさんと悪い関係にならなければ問題ないってことだね」

「まあそういうことだな」

「ソニアとは何だか悪い関係になっているみたいだが……」

「あれはあいつが制服をまともに着ないからだろ?」

「いやまぁ、おっぱいがね……」

 春先と違って1メートルに達してしまったのだ。カップサイズも確実に増えていて、最近はかなりブラウスのボタンが弾けそうで危うい。そもそも上二つはボタンが留まらない。なんともまぁ、驚きの胸だ。

 そんな事を話しながら、二人は飲み物を買おうと自動販売機のある中庭に入った。そこでは、二つの数人からなる集団が、にらみ合い、言い争いをしていた。

「ああ、丁度いい、あいつらだ。黒髪の方がレフトール、茶髪の方がウサリギだ」

「やれやれ、どこの学校にもこんなの居るんだね」

 帝都でも、ラムリーザの知っているアキラは、公園などで縄張り争いをしていた。これも似たようなものだろう。さしずめ中庭の奪い合いか?

「お前、前も言ったけど警護つけろ」

「そんな大袈裟な。帝都ではああいうのスルーできてたよ。僕に手を上げたら兄がうるさいってのもあったけどね……」

「ここでは無名だし、近くに兄は居ないだろ? あのユグドラシルもお前のことを知らなかった。何かが起きてからでは遅いのだ。お前の為でも、あいつらの為でもある」

 リゲルの言ったことには深い意味があった。

 ラムリーザがやられてしまったら、もちろんラムリーザに不利益は出る。だがそれだけでは済まない。ラムリーザは、そんなことになると間違いなく兄が報復に出ることを知っていた。兄のラムリアースは、身内がそういう目に合わされると、最悪の場合では社会的に抹消するところまで報復するのだった。

 ラムリーザにとって兄のラムリアースは、頼りになる人生の鏡となるように見ていたが、名誉を重視することにちょっと極端な所があることを知っていた。

 つまり、そうなれば彼らにも知らなかったでは済まされない不利益が出るということだ。

「じゃあ、平和的に話してみるか」

「やめとけ、いらんことするな。あいつらは、普段いがみ合っていてもケルム信者だ。ケルムが止めろと言ったら止めるし、さっきも言ったが彼女の言いなりだ」

 二人が話をしている間も、ウサリギとレフトールは今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気だ。ずっといきり立ったまま、よく疲れないものだ。

「やれやれ、あいつらは仲良くできんのか」

「無理だろうな。それぞれ派閥作ってるし、どちらがよりケルムに気に入られるかばかり考えているような奴らだからな」

「どこにでもある話か。上から見ると滑稽なんだけどね」

 ラムリーザは、帝都でアキラたちの争いを高みの見物していたのだ。がんばれよ……というのも変だし、怪我しないように……というのも妙だし……。とりあえず、死人を出さないようにと思うのが精一杯だった。

 その高みの見物ができる立場に居るのが、この学校では風紀監査委員のケルムだということだ。ソニアには、あまり反発するなと言っておく必要があるかもしれない。

「ああ、そういえば」

 リゲルは、また何かを思い出したように話を続けた。

「レフトールの方は、割と扱いやすいかもな。あいつはケルムだけに関わらず、権力に媚を売るような奴だから、俺みたいな相手にも手は出してこないし大人しいもんだ」

「ふーん、やっぱりリゲルはすごいんだね」

 ラムリーザは、自動販売機に銀貨を一枚投入してジュースを手に入れた。

 缶ジュースが下の取り出し口に落ちたときに「ガタン」と音がしたので、ウサリギとレフトールはこちらに気がついた。しかしリゲルがじっと見据えると、再び何事もなかったかのように争いが再開されるのだった。

 

 

 

「ちょっと何これ?」

 放課後、ラムリーザから交換日記を受け取って、中身を見たリリスは不満の声を上げた。

「ん? 交換日記だろ?」

「ラムリーザとリゲルの二人、真面目にやってくれないかしら」

 真面目に、か。

 一巡目からあまり真面目にやってないのだがな、とラムリーザは思う。それに、リリス、ユコ、ソニアの流れも真面目とは言い難い内容なのだが……。

「やり直し」

 そういうとリリスは、身体を乗り出してリゲルの席に交換日記を戻した。

 リゲルは、人を見下したような笑みを浮かべてリリスに向けて言う。

「ひょっとして文字が見えないのか? お前は頭が悪いんだな、ふっ」

「あ、僕のも見えないのなら、リリスは心が汚いんだ」

「ふざけないで」

「あたしは見えるよ! リリスと違って頭良いし、心は綺麗だし」

 ソニアは見えるらしい。しかしこれは、別の意味で頭が悪い。

「ほう、それなら俺の日記を朗読してみろ」

 リゲルは、ソニアに日記帳を差し出して言い放った。

 ソニアは日記帳を開き、中を覗き込んだ。その瞬間、目が点になる。そりゃそうだ、頭の悪い奴には見えないインクなどが存在するわけがない。実際には何も書いていないのだから。

「えーと……、い、以下に頭の悪い奴には見えないインクで書き記す……」

 ソニアは困ったような顔で日記帳を見ているが、リゲルの「それで?」という言葉に、キッと顔を上げる。

 そして、ベラベラと話し始めた。

「あたしは、いや俺はラムが、いや、ラムリーザがホントは一番好きなんだ。俺の固くてぶっといものを、ラムリーザのケツに――あいたっ!」

 ラムリーザとリゲルの二人掛かりで頭をはたかれて、ソニアは朗読を中断してしまった。

「アホかお前は……」

「なによー、そう書いてあるんだから仕方ないじゃないのよー」

 ソニアは、不貞腐れたように口を尖らせて睨み付けた。

「僕は腐ったような女子は嫌いだから別れ――ないけど、近くに置いておきたくないから一人で帰ってね」

 このようにラムリーザは、夏休みのとある事件以降、「別れる」という言葉を禁句にしていた。だからその言葉は使わないようにしているため、一部不自然な話し方になってしまう。

「なによー、あたし腐ってないよ」

「じゃあ僕の所には何て書いてある?」

「えーと……、リリスとユコは嫌いだから付きまとうなって書いてある!」

 リリスはため息をついてソニアから日記帳を取り上げると、再びリゲルの所に置いてきつめに言った。

「とにかく! 普通のペンで書いて頂戴。頭がファンタジーなインクを使うことは禁止」

「お前らの頭の方が、よっぽどファンタジーだろうが」

 リゲルも辛辣な事を言い返す。

「リゲルさん、私もリゲルさんのちゃんとした日記が読みたいから、普通に書いて欲しいな」

 ロザリーンにたしなめられて、リゲルは仕方ないなといった感じで鞄に日記帳をしまいこんだ。

「当然ラムリーザも書き直しだよな?」

「えっ? 僕も?」

「当然ね」

 ラムリーザもリリスにきっぱりと言われてしまった。

 めんどくさいな、と思ったが仕方ない夕暮れのひと時だったとさ。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き