パーティ会場で、フォレストピア開発の進捗を聞こう

 
 11月5日――
 

 今日は、月に一回あるパーティの日だ。

 ラムリーザとソニアの二人は正装に着替えると、下宿先の屋敷の前で、迎えに来るリゲルを待っていた。

 ラムリーザは、隣に立っているドレスに身を包んだソニアを見つめながら考える。

 既に五回はパーティに一緒に行っているのだが、彼女はちっとも淑女らしくなっていない。もともと無理だろうとは思っていたが、ソニアはソニアでしかなかった。

「ソニア、あのさぁ……」

「ん~? なぁに?」

「もっと行儀良くできん?」

「あたし行儀良くするよ、するよ」

「そうか……」

 まあ無理だろう。

 もっとも、そんな無邪気なソニアがラムリーザは好きだったのだが。

 

 待つことしばらくして、リゲルの運転する車、ビートルが現れた。いつもながら、丸っこくて可愛らしい車で、リゲルの雰囲気とアンマッチだ。

 ラムリーザは、いつものように後部座席に乗り込もうとしたら、そこにユグドラシルが居ることに気がついた。

「あ、ユグドラシルさんこんばんは、今日は一緒なんですね」

 ラムリーザが挨拶すると、ユグドラシルは片目をつぶり親指を立てたポーズを取って見せるのだった。ラムリーザが気に入ったのか、ソニアが気に入ったのか、最近はユグドラシルも行動を共にするようになっている。

 後部座席中央にラムリーザが座り、後からソニアも入ってきたところで出発することになった。

 

 アンテロック山脈中腹にあるオーバールック・ホテルに向かう途中、ソニアが余計なことを言ってくる。

「なんだかロザ兄だけ浮いてるよ」

 ロザ兄、ロザリーンの兄を省略したソニアのユグドラシルの独特な呼び方だ。ちなみにラムリーザの兄ラムリアースも、略してラム兄と呼んでいる。

「どういうことだい?」

「あたしとラム、リゲルとロザリーンのペアなのに、ロザ兄だけぽつん」

 ソニアの一言に、ユグドラシルは眉をひそめて言った。

「むっ、それはいかんな。よし、ソニア君を抱くことにするから、こっちにおいで」

「イヤ」

 ソニアが拒否するので、ユグドラシルは妙な行動に出ることになった。

「それじゃあラムリーザ君を抱こう。そうしたらソニア君がぽつんになるね」

 そんなことを言いながら、ユグドラシルはラムリーザの肩に手を回してくるのだった。さらに抱き寄せようとするので、ラムリーザは慌てて抵抗する。

「いや、引っ付いてこないでください、ユグドラシルさん。ってソニアも押すな、てこら。えーい、まとわりつくなぁ!」

 左右から引っ張られるので、ラムリーザは二人を振りほどいて前部座席の間から身体を乗り出してその場から逃げ出した。

「何だお前は、何をやってる。ソニアみたいに首振りながら行こうとか言い出すんじゃないぞ」

「違うって、ユグドラシルさんとソニアが僕を奪い合うんだ……」

 ラムリーザの答えに、リゲルは「何だそりゃ」と答えるのだった。

 

 今日のパーティは、これまでとは雰囲気が違っていた。

 これまでは、ラムリーザの周りにはいつもの仲間が居るだけで、ほとんど身内で過ごしていたのだ。ソニア、リゲル、ロザリーンのバンド仲間と、ロザリーンの兄ユグドラシルの五人だけだった。

 しかし今日は、ラムリーザの周りに初顔の人が何人か集まった。

 最初に挨拶してきたのは、赤髪のどっしりした体格を持った男性だった。彼は、ガラガラとした声でラムリーザに話しかけた。

「君がラムリーザ君だったかな?」

 ラムリーザが「はい、そうです」と答えると、その男性は自己紹介をして話を続けた。

「私はジョン。帝都の外れで麦畑を経営しているクオリメン家の三男だ。代々継がれてきた畑は長男が引き継ぐので、私は新開地で一旗揚げようかと思いやってきたんだよね。今は単身赴任って形になってるけど、来年新開地に住居を構えることができたら家族を呼び寄せます。息子もちょうど高校生になるから、君と同じ学校に通わせようと思っているよ」

 声の割には言葉遣いは丁寧だ。ラムリーザは、握手しながら答えた。

「麦は一番基本的な食料になるから、よろしく頼みます」

 挨拶をするラムリーザの傍らで、リゲルは手帳を取り出すとなにやら書き込んでいる。人員と生産量、このバランスを考えなければならない。そういった細かい調整は、リゲルが得意なので引き受けることになっていた。ラムリーザは代表として挨拶回りに徹することにしたのだ。

 次に話しかけてきたのも、農業従事者の一人だ。

 ポール・スウィングスと名乗った男性は、主に畑で芋や豆を生産している者だった。

 彼の話では、これから急いで開墾すると、エルドラード帝国の気候だと来年までに一度収穫できるのだと言う。これだと、本格的に居住が始まった時に、主食にできるかもしれない。

 ラムリーザは、ポールとも握手を交わし、リゲルはまた手帳に書き足す。人当たりの良いラムリーザと、几帳面なリゲル、お互いの長所を生かした組み合わせだった。

 この後も、食糧生産者以外にも、商人や職人が集まっていたのだ。

 中には、シャングリラ・ナイト・フィーバーと契約したのを知った他の有力者が、自分の店も売り込もうとした。

 しかし、ラムリーザは事前にリゲルと話し合い、ある方針を打ち出していたのでそれを聞かせた。

 それは、帝国既存の物を多く取り入れたら、隣国ユライカナンの文化交流があまり出せない。フォレストピアは、娯楽、食等、ユライカナンの異文化を表現する街にしようということにしていたのだ。

 そうなると、彼らのやることは決まった。

 彼ら自らユライカナンに赴いて、自分たちの分野に沿った技術者や職人と契約して、文化を持ち込むことだ。

 リゲルとの事前話し合いのおかげで、話し合いはスムーズに進んでいった。

 スムーズな理由の一つに、ラムリーザは若輩者だが帝国宰相の息子だということで、有力者とは言えあまり強引に話を進めるわけには行かないというものがあるのだが……。

 一通り挨拶が終わった後、ラムリーザは生産業者に聞いてみた。これも、ついさっきリゲルに聞くように言われたことだった。

 この春までに、どのくらいの収穫が期待できるか。

 ラムリーザが聞いた話をリゲルに伝えると、リゲルはすぐになにやら計算を始める。その結果、最初に開発できる面積からの生産量では、千人が一年食べていける量だという。

 千人か。街のスタートとしては十分な人数だ。これだけ人数があれば、いろいろ試したりもできるだろう。

 このように、フォレストピアの出だしは順調に行っているようだった。

 ラムリーザは、上手く動いていることに満足していたが、こちらをじっと見つめているケルムの視線に気がつかないでいた。

 その一方でソニアは、ラムリーザが話し合いをしている間、ずっと食事をしているのだ。気楽なものだ。

 話し合いが終わったところで、母のソフィアの所に行って、「間違ってないよね?」と聞いてみる。

 ソフィアは「あなたのやりたいようにやりなさい」と言うだけだ。特に意見が無いということは、間違っていないのだろう。

 

 話し合いが終わると、ラムリーザの周りは今までと同じような雰囲気となった。

「お疲れ様」

 ロザリーンの労いの言葉で、ラムリーザはようやく一息つけた。ふーっ、と自然に溜息が出る。

「こういう労いは、本来ソニアの仕事なんだけどな。まぁソニアは知性が足らんので、そういうところはロザリーンに補助してもらったらいい。これもまた、適所適材」

 リゲルは煽られたソニアは、むっとして「ラムお疲れ!」と叫んだ。その勢いの良さに、ラムリーザは思わず「疲れとらん」と言いそうになるのを堪えた。

 それはそれでいいのだが、将来的にはまずいかもしれない。ラムリーザが領主になるに当たって、ソニアもパートナーとして意味がある人材に成長しなければならない。今のソニアは、ラムリーザが可愛いくて好きと思うから傍に置いているマスコットのようなものだ。

 まぁ、大人になればソニアも変わるだろう。

 最後にユグドラシルから、前回のパーティ時に渡した楽譜と演奏について聞かれたが、その件については今は文化祭の準備で忙しくて手が付けられてないですと答えておいた。

 それにしても、学校生活と領地開発の両立をしていると、退屈しないで済む。

 ラムリーザは、心地よい充実感を感じながら、ソニアの大きく膨らんだ胸に指を突き刺してみるのだった。

「ふえぇっ――、なっ、何を?」

「ソニアのドレス、触り心地が良さそうだなって思ってね」

「じゃあなんでピンポイントで頂点を突くのよ――というか、なんで場所がわかるのよ?!」

「なんとなくこの辺りかなぁ――ってね」

 そこまで言ったところで、ラムリーザはリゲルとロザリーンの冷めた視線に気がついて、そそくさとソニアの傍から離れるのであった。

「おもしろいことしているね」

 その一方で、ユグドラシルは何だか楽しそうだ。

「おもしろくない!」

 ソニアはユグドラシルに舌を出して見せた後で、ラムリーザの後ろに隠れてしまった。

 ラムリーザはまだリゲルたちがこちらを見ているので、ソニアを連れて会場テラスへと出ていった。

 今日も良い天気、夜空の星が美しい。

 星空の下、二人はそっと唇を重ねるのであった。
 
 
 
 




 
 
 前の話へ目次に戻る次の話へ

Posted by 一介の物書き