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帝立ソリチュード学院文化祭始まる
- 公開日:2016年11月13日
11月13日――
帝都シャングリラからポッターズ・ブラフに向かう列車。そこに、三人の男女が乗っていた。
一人の男性はジャン・エプスタイン。ラムリーザが帝都に住んでいた頃からの親友だ。
ジャンの連れは二人の女性。名前は、メルティアとヒュンナ。帝都でソニアと仲が良かった二人だ。
ソニアから、学校で文化祭があるよとメールで話をしていた二人は、金持ちのジャンに頼み込んで、ソニアの住むポッターズ・ブラフへと向かうことにしたのだった。
ジャンも、ラムリーザに会うのは悪くないと考えて、二人の要望を快く引き受けたのだ。
いつもライプの為に帝都のクラブに来てもらうばかり。たまにはジャンの方から乗り込むのもおもしろい。
そういうわけで、ジャン達は朝の八時から列車に乗り込み、二時間ほどかけてポッターズ・ブラフにたどり着いた。
「田舎だな」
「田舎ね」
「つまんなさそうな所」
三人とも同じような感想を抱いたようだった。
駅から見る光景は、帝都とは違い大きな建物は無く、のどかな田園風景が広がっている。
隣町の繁華街、エルム街に行けばもう少し賑やかなのだが、ここはこの地方最西端、とくに目立った施設は無い。
都会の帝都で暮らしてきた三人の目には、ここはものすごい辺境の地に映ったようだ。
「こんな何も無いところに住んでるんだ、ソニアもかわいそー」
メルティアは、建物の少ない風景を見てそう言った。メルティアにとって、ポッターズ・ブラフは三日もしたら飽きてしまいそうな所だった。
「そういえば、去年の終わりが近づくにつれて、ソニアは元気なくなっていったねぇ」
「ラムリーザについて田舎に行くのが嫌だったんだろうね」
メルティアとヒュンナはそのような会話をしていたが、ジャンは否定する。
「いや、あいつはラムリィと離れ離れになる方が可哀相だ。ラムリィと一緒だったら、どこにだって行くだろうさ」
「それじゃあなんでソニアは落ち込んでいたのよ」
「それは――、何だろうねぇ」
ジャンは、元々の話ではソニアはラムリーザと一緒に行かないことになっていたのは知らなかった。ソニアは、田舎に行くのが嫌だったのではなく、ラムリーザと離れてしまうのが嫌だったのだ。
そのことについては、ラムリーザの計らいで、一緒に行くことになったのは周知の事実である。
そんな事情を知らない者にとっては、ここに来てから元気になったとしか見えなかった。
だから、ジャンはこう答えた。
「ソニアは田舎が好きだったんだろう」
ジャン達一行は、駅を出て案内地図を見ていた。ポッターズ・ブラフにはあまり建物が無いので分かりやすい。
「えーと、帝立ソリチュード学院だったっけ。ここか、駅から近いな」
「何その名前、田舎の癖に校名だけはすごくいいじゃないの」
「帝立シャングリラ学院のパクリっぽいけどね」
実は帝立の高校は、全て学院で統一されているというのもあったりする。
「えーと、こっちだな。ああ、あの小山のふもとに学校らしき建物が見えているね」
建物が少なくて見晴らしがいいので、少し離れた場所にある学校が、遠目によく見えていた。
ジャン達は、迷いそうにも無い分かりやすい道を通って、ラムリーザ達の通う学校へと向かっていった。
よく考えたら、新開地は何も無い0から始まるのだ。この程度の田舎で驚いている場合じゃないな、ジャンはそう考えながら歩いていた。
帝立ソリチュード学院の文化祭。
この日は、他校の生徒や一般の市民も遊びに来る。田舎町の数少ないイベントの一つだったりするのだ。
生徒会長ジャレスの計らいで、パンフレットには『目玉は生演奏によるカラオケ喫茶』などと書かれていたりして、今年の目玉ですと大きく宣伝している。
そのカラオケ喫茶というものが珍しくて、ラムリーザやクラスメイト達は、朝から大忙しだった。
「いらっしゃいませー。カラオケ喫茶、ドラゴンズヘヴンへようこそ! おいしいお菓子は如何? それとも、ラムリーズと一緒に歌ってみますかー?」
レルフィーナの元気のいい声が、喫茶店へと変貌を遂げた軽音楽部の部室に響き渡る。
クラスメイトは、客引きからホールでのお菓子の配膳など、役割分担していて休む間もなく動き回っていた。
「あ、チーズケーキが少なくなってきた。買出し班出動よろしく!」
接客の合間、レルフィーナは提供するお菓子の配分にも気を配っている。在庫が少なくなれば、すぐに買出し班を出動させるのだった。買出し班は二人組みで五つ程作っていて、必要になれば交代で近くのケーキ屋に出向いているのだ。
歌うもの、休憩するもの、お菓子を食べるもの、客はいろいろだが、ほとんどの客は、明らかにカラオケ目当てのようだった。
生演奏など初めてといった人も多く、ラムリーザ達は、ずっと部室内の簡易ステージで演奏を続けていた。
文化祭開始から、そろそろ三時間になろうとしていたが、まだメンバーの演奏に乱れは無い。
まず、ラムリーザとソニアの二人は、長時間の演奏に慣れていた。
去年などは、ジャンの店で一日演奏を続けたこともあった。
ラムリーザに至っては、一日中叩き続ける体力をつけるために腕を鍛え続けてきた。ただ、鍛え過ぎたためか加減が分からず、レフトールに大怪我をさせてしまったこともあった。
一方ユコも、長時間演奏に慣れていた。
小さい頃からピアノをやっていて、一日に八時間近く練習したこともあったのだ。
リリスも、徹夜でギターを弾いて翌日授業中寝て過ごしたといったこともあったので、大丈夫だろう。
みんな若く、体力も有り余っていた。
生演奏のカラオケはやはり珍しく、客の入りはすこぶる良かった。この地方に住む人達は、生演奏を目にすること事態あまり無かったのだ。そういうこともあって、校内のイベントで一番盛り上がっていて客が入っているのはここだろうというぐらい、大盛況だった。
「おハロー、ソニアたん」
昼前、喫茶店ステージの傍で、メルティアのおどけた声が響いた。
その声を聞いて、ソニアは驚き演奏が乱れる。
「なっ、なんでメルティアがここに? ヒュンナも……」
思わずベースギターを持ち上げて胸を隠す。ソニアにとって、メルティアは遠慮無く胸を攻めてくる厄介な相手だった。
「こら、演奏中に取り乱して余所見しない。集中しろ」
注意してきたのはジャン。ナイトクラブの支配人の跡継ぎを目指すジャンは、従業員の手綱を握ることに慣れてきているようだ。
「なっ、清らかさの低いジャンのくせに……」
ソニアは、後ろでドラムを叩いているラムリーザの方を振り返って、困ったような顔をしてみせる。しかしラムリーザは、ジャンの言うとおりだ、そう目で語りソニアに演奏を続けるよう促した。
ソニアは、アヒルのように口を尖らせて、あからさまな不満顔をしたが、演奏を止めてしまっているのは事実なので、仕方なく演奏を再開するのだった。
しかし、今ステージ上で歌っているのはレルフィーナだったりする。予想通りレルフィーナは、業務の合間合間に自分で歌っているのだった。どれだけカラオケ好きなんだろうね。
ジャン、メルティア、ヒュンナの三人もカラオケ喫茶に入り浸り、メルティアとヒュンナは実際に歌ったりしていた。
メルティアがステージに上がると、ソニアはメルティアに背を向けて演奏したりする。
「壁際向いて何やっているんだ?」
ラムリーザの問いにソニアは、「メルティアは歌の最中絶対に胸揉みに来る」などと答えるのだった。
ラムリーザは、そんなわけないだろと思いながらも、演奏に支障が出ているわけじゃないので、好きにさせることにした。今日は別に演奏を見てもらってるわけではない、お客さんが楽しく歌ってくれればそれでいいのだ。
こうして午前の部では、客の入りも良く忙しすぎるといった具合で、充実した時間を皆過ごしていたのだった。
まだまだ文化祭は始まったばかり、一番目立った出し物目指してがんばろう。
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