妹の友人は変わった女の子

 
 12月21日――
 

 帝都シャングリラの、フォレスター屋敷にて。

 年末年始の休暇に帰省してきたラムリーザとソニアの二人は、実家のラムリーザの部屋で朝からのんびりと過ごしていた。学校から帰って、急いで帰省したので、ソニアはゲームの類を持ってくるのを忘れていた。ラムリーザもゲームは持ったか? とは確認しなかったので、なおさらだ。

 そういうわけで、ラムリーザはお気に入りの窓辺に置かれたリクライニングチェアで、外の景色を見ながらくつろいでいる。ソニアは、ラムリーザに覆いかぶさるように重なって、「ふにゅ~」などと言いながらうつらうつらしているだけだ。

「あー、そういえば週末はライブとお前の誕生日が重なったね」

 ソニアの誕生日は、今週末の十二月二十四日である。その日は帝国では、何のイベントも無い平日だ。

「んー、リリスの時みたいにステージで祝ってくれるの?」

 フォレスター家にとって誕生日とは、これまで生み育ててくれてありがとうございます、と両親に感謝するというのが風習だったが、ユコたちに出会い、ユコの誕生日を祝って以来、当人を祝うというイベントが発生し始めた。

「両親への感謝はライブまでに済ませて、夜はステージでお祭りといこうか」

 ソニアの両親は、フォレスター家に仕える執事とメイドだ。そのような繋がりがあり、二人は物心が付いたときから一緒に、兄妹のように育てられてきたのだった。

 その時、ラムリーザの部屋をノックする音が聞こえた。

「入ってます!」

 まるでトイレにでも居るかのような返事をするソニア。外から聞こえてきたのは、ラムリーザの実妹、ソフィリータだった。

「リザ兄様、入りますよ」

 ソフィリータには二人の兄が居るので、上の兄ラムリアースはリアス兄様、下の兄ラムリーザはリザ兄様と呼び分けている。

 ラムリーザは、ソフィリータが入ってくる前に引っ付いているソニアを引き剥がそうとしたが、遅かった。扉を開いたソフィリータは、窓辺のリクライニングチェアでいちゃついている二人と遭遇することになったのだ。

「――清くない交際ですか?」

 少しだけ間が開いた後、ソフィリータは尋ねた。

「きっ、清くない交際したらどうなるん?」

 この問いにラムリーザは、夏季休暇に兄ラムリアースが、両親に尋ねたことと同じ質問で質問に答えた。

「私は知りません。リザ兄様とソニア姉様のモラルに任せます」

 帰ってきた答えは、これも夏季休暇に先ほどの問いに答えた母親ソフィアの台詞とほぼ同じだった。

「それよりも――」

 ソフィリータは、別にラムリーザたちの不貞行為を糾弾しに来たわけではなかった。それに、そのようなことはラムリアースの方がもっと酷かったのを知っている。

 そこで彼女は、本来の目的である、二枚の紙切れを差し出しながら窓辺に近づいた。

「このチケットを差し上げます」

 ソフィリータが持ってきたものは、映画のチケットだった。聞く話では三枚持っているので、余った二枚をラムリーザたちに提供したのだ。

「映画かぁ、よく三枚も持ってたな」

「先日福引でミーシャが当てたのです。家族でご招待って形だったけど、リザ兄様たちが帰って来ることになっていたので、四人で行こうって話にしたのです。ミーシャの両親は忙しくてゆっくり映画を見ている時間は無さそうですし」

 ミーシャとは、ソフィリータがこの春に知り合って以来の友人である。それにラムリーザたちも、六月に帝都へ来た時に、帝都中央公園でソフィリータと一緒に野外ライブをしているのを遠目に見たことはあった。楽器は演奏しないが、甘えたような媚びた歌声が印象に残っている。

「ところで映画は何だい?」

「ヨンゲリアだったかな? ミーシャの好きなジャンルだって。あ、もうすぐ時間ですよ、そろそろ屋敷前でミーシャと待ち合わせて行くことになっているの」

 ヨンゲリアとは何だろう、どういう意味だろう。ラムリーザはソニアに聞いてみたが、ソニアも初耳だそうだ。

 とりあえず、そろそろ時間だというので、ラムリーザたちは急いで外行きの衣装に着替えて部屋から出た。

 

「この子がミーシャ。そしてこちらが私のお兄様のラムリーザと、えーと、その彼女? のソニアです」

キャラクター画像提供元 キャラクターなんとか機

 ソフィリータの紹介で、ラムリーザはミーシャを間近で見ることとなった。紫色の長い髪をツインテールにして両側にたらしている。白いリボンが可愛らしい。それと前頭部から伸びる一房の毛、所謂アホ毛が目立っている。服装は少し幼い気がするが、それほど気にするようなことではない。アクセサリーはネックレスを身に付けていて、先端にレンズのようなものが付いていた。

 お互いに軽く挨拶して、そのまますぐに映画館に向かうために街へと出かけた。

「ミーシャちゃん、ヨンゲリアって何?」

 ラムリーザは、道中映画についてミーシャに尋ねてみた。初めて聞くタイトルだが、あまり良い響きではない。

「ヨンゲリア? んーとね、んーとね、ウガオーッが出てくるの」

 かつて聞いた歌声だけでは無い、普段の会話まで甘えたような媚びた声だ。

「ウガオーって何だい?」

「お楽しみなのだぁ!」

 そう言われたら仕方が無い。ラムリーザは、見てのお楽しみということにして、歩みを進めた。

 そういえば映画館という所にはほとんど行ったことは無かった。ソニアと映画を一緒に見ることはあまり無かった。

 

 しばらくした後、帝都の繁華街にある映画館に到着した。

「ウガオーッってこれ……」

 ラムリーザは、映画館に貼られている映画紹介のポスターを見て唖然とした。

 そこには、所謂ゾンビと呼ばれる物が、おどろおどろしく描かれていたのだった。どうやらとある島が舞台で、蘇った死体が襲い掛かってくるらしい。

「えーと、ミーシャちゃんの好きなジャンルだって、ソフィリータが言っていたけど……」

「うん、ミーシャこういうの好きだよぉ」

「やれやれ、最近ゾンビばかりだなぁ」

 つい最近遊んだテーブルトークゲームでも、ゾンビに支配された村で発生した騒ぎを解決するものだったっけ。

「ラム兄やんも最近ゾンビに襲われたのん?」

 相変わらず甘ったるい声でミーシャは語りかけてくる。それにラム兄やんとは何だ? 妙に馴れ馴れしいところもある。

「いやいやゲーム。テーブルトークゲームというもので、ゾンビに襲われた」

 そこでラムリーザは、ミーシャは好きそうなのでゲームの内容を聞かせてやった。村自体がゾンビだらけで、その黒幕は葬儀屋を兼ねている村長で、ゾンビを作っていたのはその村長だったと。

「あっ、それずっと前に見た映画と内容そっくりだねー。確か去年見た――」

 そこでミーシャは甘ったるい声を止め、何かを思い出したかのように視線は遠くを見つめていた。

「ん? どうしたの?」

 ミーシャは、ハッとラムリーザの方を振り返り、「なんでもなかとですばい」とよくわからない返事を返した。

 

 ラムリーザとソニアは、物心ついたころからずっと一緒で、恋人同士という関係になる前から機会さえあれば一緒に出掛けていた。だから今日も今更二人きりでデートしようという気にもならず、ソフィリータたちと四人で出掛けることにしたのだった。二人でいるのが当たり前な二人にとって、そこにソフィリータとミーシャが加わったところで、今更何の不都合も無かった。この二人は新しいことは特に求めていない。変えたくないだけなのだ……。

 映画中、ソニアは気味悪がってラムリーザにしがみついてくる。一方ラムリーザは、これまでにいろいろなゲームで慣らされてきたので免疫はついていた。むしろ、女の子にしがみつかれるというベタな展開を楽しんでいた。

 さらにラムリーザは、映画は気味が悪いが、みんなの様子を見る余裕があった。バンドグループラムリーズのリーダーをするようになってから、メンバーの様子をうかがうのが癖になっていた。

 ソニアは不満そうな顔でラムリーザにしがみついている。

 ソフィリータは、口をへの字にしてじっと見据えている。気味が悪いのは承知のうえ、怖さを克服する修行でもしているつもりか、微動だにせず目を逸らさない。

 逆にミーシャは楽しそうだ。目を輝かせて、凄惨な光景をどきどきわくわく楽しんでいる。映画の登場人物の女性が、ゾンビに捕まって目を木片で貫かれるシーンでは、何故かガッツポーズまで見せている。

 変な娘だ。

 こんな女の子と付き合う男性は、割と変わり者かもしれない。むしろ、可愛らしい見た目に騙されて、付き合っていくうちにドン引きするかもしれない。映画の趣味と、人物の雰囲気が合っていない。

 ラムリーザは、ミーシャに少し興味を持って、二人で話し合える機会ができないものかと考えた。しかしミーシャは常にソフィリータと一緒にいて、どうしても二人きりで込み入った話はできなかった。無理して二人きりの場面を作り出すことも可能だったが、そうすると間違いなくソニアが騒ぎ出すので、今は諦めることにした。

 

 映画を見終わった後は食事をして、その後買い物等をしているうちに、そろそろ日が沈み始めたので今日はここらでお別れすることになった。

「またねー。いや、またなのかなー、ラム兄やんたちは休みが終わったら居なくなるんだったねー。まあいいや、またねー」

 ミーシャは相変わらず甘ったるい声で別れの挨拶をすると、手を振りながら帰っていった。面白い娘だったので、ラムリーザはまた会えたらいいな、とか思いながら、遠ざかっていきながらピョコピョコ跳ねるツインテールの後姿を見つめていた。

「ラム? どうしたの?」

 傍からソニアに声をかけられて、ラムリーザはハッと気がついた。ソニアは、不安と不満を混ぜたような視線を向けている。

「あ、いや、んー、あ、そうだ。二十四日の週末のライブ、ミーシャと一緒に見においでよ」

 ラムリーザは、ソフィリータに話しかけてミーシャに気が向いていたことをごまかした。

 ライブを行なうシャングリラ・ナイトフィーバーは一流ナイトクラブだが、ソフィリータなら顔パスで入場することができる。メルティアが遊びに来ているのも、ジャンやラムリーザの友人だからというのがあってで、コネでも無い限り、一般人は初見ではあまり入ることはできない場所だった。

 ミーシャは初見だが、ソフィリータに誘ってもらえば、一般視聴席に入場することぐらいは可能だろう。

 そういうわけで、ラムリーザたちは週末のライブに備えることにしたのだった。
 
 
 
 




 
 
 前の話へ目次に戻る次の話へ

Posted by 一介の物書き