堅気を目指すレフトール

 
 12月27日――
 

 レフトールは、年末年始の休暇に入ってから、ラムリーザに会えないのを不思議に思っていた。ラムリーザだけでなく、その取り巻きも見かけない。少しでも取り入ろうと仲良くしたいと思っているのだが、居ないものは仕方ないし、連絡先も知らなかった。

 そういうわけで、今日も親友兼子分兼取り巻きのマックスウェルと一緒に、ポッターズブラフの駅前を当ても無くぶらついていた。レフトールとマックスウェルは、中学時代に出合って以来、一緒に行動していることが多かった。

「あーもー、ラムさんやその仲間たちは、いったいどこに居るんだよ」

 レフトールは、マックスウェルにぼやいた。遊ぶ金が無かったが、他人から金を奪う所謂「カツアゲ」もラムリーザに禁止されて以来、律儀にそれを守り、そのため何もできずにうろつくだけになっていた。

「あのさぁレフよぉ。あいつら絶対レフのこと相手にしてないって。がんばっても無駄なような気がするぞ?」

 マックスウェルは、あくび交じりにレフトールに言う。マックスウェルにとって、ラムリーザたちとつるむことなど別にどうでもよかった。だが、どうでもよさそうなマックスウェルに、レフトールはきっぱりと言い聞かせる。

「俺は将来の事も考えているんだからな。ラムさんと親しくしていたら、絶対将来安泰だって。だってラムさんは、帝国宰相の息子で今度作られる新開地の領主になるって言うじゃないか」

 レフトールは少々権威主義な考えを持っていて、以前はこのポッターズ・ブラフ地方の有力な貴族の娘、ケルム・ヒーリンキャッツに媚を売っていたが、ラムリーザの方が、地位も肉体能力も格上と分かるやいなや、あっさりと鞍替えしたという経歴があった。

「帝国宰相ねぇ。ラムリーザはいいけど、他の奴等にまで媚を売る必要無いと思うけどねぇ……」

「いやいや、ラムさんの友人のリゲルは権力者だ。あの中に居るロザリーンも首長の娘だし、ソニアはラムさんの彼女だし、リリスとユコもその友人だ。誰一人として手を抜くことはできん」

「そうですかねぇ……」

 マックスウェルは、頭の後ろで手を組んで、まるで自分は関係ないといった感じに天を仰ぎ再び大きくのびをした。

 マックスウェルに取って、ラムリーザとつるむことより、ケルムと縁を切ることでウサリギと敵対関係になることの方が気になっていた。これまでは、同じケルム派の番犬のような立場で、ウサリギとは協力関係になることはなかった。そして、いがみ合いはあったが敵対することもなかった。

「だからこうして、ラムさんと交友を深めようと……。しかしいったいどこに居るんだよ!」

 この時、地団駄を踏むレフトールの背後に、マックスウェルは遠目に二人組の美少女を見つけることができた。

「レフ、見ろいい女だぜ、お前どっちを選ぶ?」

「はぁ?」

 レフトールは一瞬とぼけたような顔で振り返ったが、二人組の美少女を確認するとすぐに満面の笑みを浮かべて「よく見つけたぞ!」と言った。そしてすぐに、二人組の所へと駆け寄る。

「ごめんくさい、これはこれはリリスにユコじゃあ~りませんか」

 レフトールは、友好的な笑顔で挨拶する。しかし、二人組の美少女は、嫌な顔をしただけで返事を返してくれなかった。

「やめときな、無駄だよ」

 そう言いながら、マックスウェルはレフトールの肩を引いたが、レフトールはその手を振り払って、さらにリリスとユコに詰め寄った。

「なぁ、まだ怒ってるのかよぉ。ラムさんに忠誠を誓うって言ったじゃないかぁ」

「聞いてませんの!」

 先に口を利いてくれたのは、ユコの方だった。ユコはさらに付け加える。

「大体忠誠って何ですの、ラムリーザ様から奪った金貨三枚、返してない癖に忠誠も何もあったもんじゃありませんわ!」

「あ、しまった、それがあった!」

 レフトールは、学校の屋上でラムリーザを失神させた時に、懐から金貨を奪い、それをまだ返していないことを思い出した。ラムリーザに「カツアゲ」を禁止されたのは、その金を返すために、学校で他の生徒から無茶な取立てを行なったことがきっかけだった。

「それで、ラムさんはどこに居るか知ってるかい?」

「ラムリーザ様は、帝都の実家です!」

 それだけ言い放つと、ユコはリリスと共にレフトールの前から立ち去った。これではレフトールは諦めるしかなかった。

 

 レフトールはこの休みを利用して、ラムリーザから借りた――いや、盗み出した金貨三枚を返すために稼ごうと考えた。

 ラムリーザ自身は、前回の校内カツアゲ事件後に、金貨三枚はもういい、と水に流してくれたのだが、周囲――リリスやユコ、ソニア――の評価が最悪なので、レフトールはここは返しておくことに決めたのだった。

「くそぉ、何か金を稼ぐ当てははないものか、おいマックスウェル、なんとかしろ!」

「なんとかしろって、あそこを歩いている大人しそうな奴から奪ったらどうだ?」

「ダメだ! カツアゲはやらねぇ!」

「へぇ、堅気になるのね。それならバイト探すしかないな」

「バイトだぁ?」

 レフトールは、アルバイトの経験が無いので、どうすればいいかさっぱりだった。

 しばらくブラブラと歩いていると、隣町エルム街とポッターズ・ブラフの中間点、閑静な住宅街に辿り着いた。だが近所の公園では、人だかりができてきて賑わっている。

 レフトールは「何をやっているのだ?」と思いながら公園に立ち寄ってみた。人だかりの中心部には、四方に杭を打ち、そこに一本のロープが張り巡らされたフィールドが出来上がっていた。

「ストリートファイトだ、まだやってたんだな」

 マックスウェルはそういって、レフトールに立て看板に注目させた。そこには、参加料銀貨一枚、勝者には金貨一枚プレゼントと書かれていた。

「マジか?! おい、銀貨貸せ!」

「なんでだよー」

「見物料だ、俺のすごい戦いぶりを見せてやる」

「別に見たく――」「貸せよ!」

 レフトールは、マックスウェルから銀貨を一枚奪うと、ストリートファイトに参加する旨を伝えて、ロープをくぐってフィールドに立った。

 

 ………

 ……

 …

 

「よし、これで金貨一枚獲得。あと二枚、バイト探すか」

「さらっと流したけど、レフはやっぱり強いな。ポッターズ・ブラフ、悪の双璧と呼ばれているだけはあるねー」

 悪の双璧は、レフトールとウサリギの事だ。評判の悪さでは、この地方の札付きの二人とも言えた。蹴り技では、レフトールの右に出るものは居なかった。その蹴りが効かないラムリーザのボディが頑丈すぎるだけなのだ。

「どっかに金貨、転がってないかなぁ」

「銅貨ならともかく、金貨は無理だって。あ、それとさっき貸した銀貨を返してくれよ」

「明日返すってばさ、それよりも金貨だよ、金貨!」

「あなた金貨が欲しいのね?」

 不意に後ろから声をかけられて、レフトールは驚いて振り返り、その相手を見てさらに驚いた。

「げえっ、これはこれは風紀委員殿、あなたさまのおかげで学校はいつも整然としております、はい」

 風紀委員、ケルム・ヒーリンキャッツは、刺すような眼差しで、深々とお辞儀をして見せるレフトールを見つめていた。レフトールとしては、ケルムを振ってラムリーザに付いたわけだから、こうして向き合ってみるとばつが悪い。

「お金が欲しいのなら、貸してあげてもいいですよ」

 ケルムは、レフトールが自分を裏切っているのは知っているが、あえて恩を売るような事を言ってみる。これでレフトールの反応を見ようというわけだ。

「あいやや、お金はぁ、えーと、えーと、お呼びでない? こりゃまた失礼致しました!」

 レフトールは、逃げるようにこの場を立ち去った。以前は、ケルムから番犬料みたいな形でいろいろとお金の工面をしてもらったわけだが、ラムリーザ派になった今となっては、これまでのように借りを作るわけにはいかなかった。

 ケルムは逃げ去るレフトールを睨みつけていたが、フンと鼻を鳴らして同じように立ち去って行った。

 

 マックスウェルは、レフトールと一緒に逃げながら言った。

「やっぱまずいって、ケルムさんと縁を切るのは」

「まずいけどしょうがないだろ? まぁ一番俺にとって都合のいい展開は、ラムさんがおっぱいちゃんを振って、ケルムさんと付き合うこった。んでもって、おっぱいちゃんは俺がもらうと」

「それ、家柄的にはあり得るんだけどねぇ」

 マックスウェルの思うように、ラムリーザとソニアの関係が無ければ、順当に行ってケルムとの政略結婚が行なわれていたかもしれない。

 走っているうちに、レフトールたちは隣町エルム街に入っていた。帝都ほどではないが、ここまで来るとこの時期、この地方でもそれなりに賑わっている。

「ここならアルバイトあるかな?」

 レフトールは、街に張ってあるチラシを見ていったが、どれも長期間バイトだけで、年末年始休暇の間だけという物はなかなか見つからなかった。学校が始まってからも働くつもりはなかったのだ。

「レフ、遊ぶ金も無いし、日も暮れてきたことだし、俺もう帰るよ」

 気が付けば、空は赤く染まっていた。

「ん、俺はもうちょっと探してみる」

 年末年始の休日は限られているし、今年はもうそろそろ終わりかけている。レフトールは、一刻も無駄にしたくなかった。

 だが結局、日が暮れるまで街を見て回ったが、レフトールは良い条件の仕事を見つけることはできなかった。

 暗くなってきたので、今度は雑貨屋に入り、情報誌を読んでみる。だが、存在するのは長期間の仕事だけだった。だが次に、より新しい情報が載っている新聞紙を手に取った時、レフトールは期待する条件の仕事を見つけることができた。

「お、これは、何々? 新開地竜神殿年始祭スタッフ? 業務内容、テント等施設の設置と撤去、ゴミ掃除雑用、客案内及び駐車場整理、警備等。体力のある方歓迎。送迎有り。年始祭の五日間勤務、報酬金貨二枚、これだ!」

 レフトールは、勤務地や業務内容は置いておいて、ひとまず五日間で金貨二枚という報酬に目が行った。これだと休暇中に、先程ストリートファイトで稼いだ金貨と合わせて、ラムリーザから盗んだ分は返すことができる。

 そこで、持っていた携帯端末を急いで取り出して、新聞紙に書いてあった連絡先に電話をかけたのであった。
 
 
 
 




 
 
 前の話へ目次に戻る次の話へ

Posted by 一介の物書き