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休暇中のとある日常

 

 日も暮れかけた頃、ラムリーザはドラムを叩いて過ごしていた。メトロノームの音に合わせて、チェンジアップとチェンジダウンを繰り返しながら、ソニアのプレイしているゲーム画面を眺めていた。

 ラムリーザは四分音符、八分音符、三連符、十六分音符、六連符、三十二分音符と繰り返し、ソニアはバッサバッサと画面上に出てくる大量の兵士を槍でなぎ倒しながら、戦場を駆け回っている。近い将来、ソニアはラムリーザに対戦を求めてくるのは目に見えていたが、今は一人で遊ぶので満足しているようだ。

 メトロノームの音を聞きながら無心で叩いているうちに、ラムリーザはぼんやりしてきて、昼間レフトールに合ったことを思い返していた。

 タン、タン、タン、タン、タタ、タタ、タタ、タタ、タタタ、タタタ、タタタ、タタタ、タタタタ、タタタタ、タタタタ、タタタタ――

 

 この日の昼、ラムリーザが適当にポッターズ・ブラフの田舎道を散歩している所、レフトールに遭遇した。レフトールもずっとラムリーザを探していたようで、ラムリーザの姿が目に入るや否や、駆け寄ってきた。

「やっと見つけた、ここで会ったが百年目!」

「おおう、今頃報復かい?」

「とんでもない! 今日はラムさんにいいもの持ってきたんだぜ、へっへつへっ」

「いいものねぇ」

 いいものとはえらく抽象的だ。それに、レフトールが持ってきたいいものと聞いて、あまり良い印象は伺えない。

「ほらっ、これどうやっ」

 そう言いながら、レフトールはラムリーザの前に金貨三枚をちらつかせて見せる。この休暇期間に、ストリートファイトや年始祭のスタッフとして稼いできた金だ。

「ああ、そういえばそういう話もあったね」

 ラムリーザは思い出して、レフトールから金貨を受け取ろうとして、ふとあることを思いその手を引っ込めた。

「いやいやいや、この金はちゃんとした金だぞ、奪った金じゃなくて洗浄された奇麗な金だぞ」

「洗浄するって表現はひっかかるけど、その金は学校が始まったらその時に受け取るよ」

 そう言ってラムリーザは、盗まれた金を受け取るのを先延ばしにしたのだった。

 

 タン、タン、タン、タン、タタ、タタ、タタ、タタ、タタタ、タタタ、タタタ、タタタ、タタタタ、タタタタ、タタタタ、タタタタ――

 ラムリーザは、レフトールが年始祭の時に働いていたことは覚えていた。だから、非合法で入手した金ではないことは知っていた。だが、返してもらうだけではなく、それ以上の効果をレフトールに与えようとしたのだ。

 チェンジアップの練習は終わりにして、次はメトロノームの速度を上げて自由にドラムを叩き始めた。晩御飯の時間まで、このまま過ごそうと考えていた。

 ラムリーザは、ソニアのプレイしているゲーム画面を見るのをやめ、目をつぶって自分の世界に浸っていた。そのまま、思いつくままドラムのリズムにあわせて歌い始めた。

 

 ――98cmのロケットおっぱいが、風船のように膨らんで1mに到達した。1mの風船は98cmのロケットをつけて飛んでいった、屋根まで飛んでいった。屋根まで飛んで、壊れて消えた。風船と一緒に屋根まで消えたから、雨が降ったら部屋の中が水浸し。ロケットおっぱいが、風船おっぱいが、僕を困らせる。ロケットおっぱいが、風船おっぱいが、みんなを困らせる――

 

「ラム!」

 一人悦に入って気持ちよく音楽に乗っていたラムリーザは、突然の怒声に現実に引き戻された。目を開くと、ドラムを挟んで正面に、ソニアの怒った顔がある。

「な、なんだよソニア、びっくりするじゃないか。練習の邪魔しないでくれないかなぁ」

「何よ今の歌!」

「ん、えっとね――」

 と言いかけて、おっぱいがどうのこうのと無意識のうちに口ずさんでいたことを思い出した。それほどまでに、ソニアのおっぱいは象徴的だったが、今はそれが原因で怒らせてしまっている。

「――ロケットばびゅーんって歌だよ。ロケットが飛んでいったけど、一緒に屋根まで飛んでいって、みんなが不幸になる悲しい歌なんだ」

 ラムリーザは、適当に言葉を選んでなんとかごまかした。しかしソニアは、ドラムセットの向こうから身を乗り出してラムリーザの両肩を掴んできた。

「嘘! 風船とか言ってた!」

 さすがにごまかしきれなかったか。風船おっぱいお化けという言葉が生まれてから、ソニアは風船という言葉に対して神経質になっている。

「このロケットの推進力は風船なんだ」

 我ながら苦しすぎる理論、とラムリーザは思った。リゲルならどう乗り切るか、いや、リゲルならそもそもおっぱいの歌なんて歌うはずが無い、などと解決しない理論も展開させた。

「1mとか言った!」

「ロケットの全長が1mなんだ」

「おっぱいって言った!」

「そのロケットの船長の名前がおっぱいなんだ――、あははははっ」

 ラムリーザは、自分で言った言葉に一人受けて笑ってしまった。ラムリーザの笑いは、ますますソニアを怒らせてしまうことになる。

「ラムの馬鹿!」

「うーむ、やっぱりみんなが不幸になる不幸の歌だったか……」

 ラムリーザは、うんうんと頷きながら、感心するようにしみじみと言ってのけた。どこにも感心する要素は無いのだが。

 ソニアは、ドラムセットを挟んでラムリーザの肩をつかんだままだ。そのまま前に動こうとも、後ろに引こうともしない。乗り出した体勢のまま動けなくなった、とも取れる。

 ラムリーザは、目の前に迫ったソニアの怒り顔の唇に、自分の唇を押し当てた。こうなったら、清くない交際でこの場を乗り切るしかない。ラムリーザの突然の行動にソニアはびっくりしたが、身体を乗り出したまま動けないでいるので、身を引くこともできず受け入れるしかない。ラムリーザは、スティックを脇に置くと、両手で無防備なソニアの胸に手をやった。そしてそのまま――。

「ふえぇ――」

 

 ………

 ……

 …

 

 ソニアの怒りは、いつの間にか消え去っていたようだ。ラムリーザの手を借りて、ドラムセットの上から開放されて立ち上がる。

 ラムリーザは、ドラムセットの傍に置いてあるベースギターを手に取り、ソニアに渡しながら言った。

「ほら、一緒に遊ぼうか」

 だが、ソニアはギターを受け取らずに首を振った。

「やだ、お腹すいた」

 おっぱいちゃんは、我侭だ。ラムリーザは、ギターを元の場所に置いて立ち上がった。ソニアの肩に手を回し、連れ立って部屋から出る。

「少し早いかもしれないけど、食堂に行ってみるか」

 食堂からは、厨房を見ることができる。

 シチューか何かをコトコト煮込んでいるようで、時間がかかりそうだ。

「おばちゃん、晩御飯はいつ頃できそうですか?」

「そうだねぇ、すね肉を煮込んでいるから、あと一時間もすれば出来上がるよ」

「やっぱりちょっと早かったかぁ」

 ラムリーザは、ソニアの様子を伺った。おっぱいの歌事件直後なので、あまり怒らせたくない。

「今すぐ食べたい!」

 今だけはソニアの機嫌を損ねたくないので、仕方なく料理中のおばちゃんに頼み込むことにした。

「おばちゃんごめん、二人分でいいから今夜は今すぐできるものを用意してくれないかなぁ……」

「そうだねぇ、それならは明日までじっくり煮込んで、今夜はビフテキにでもしますか」

 おばちゃんは、冷蔵庫から牛肉を取り出して、フライパンで焼き始めた。これなら二十分もかからない。

 まもなく牛肉ステーキが完成し、少量の野菜をいためたものと一緒に、ラムリーザとソニアの居る運ばれてきた。

「パンも置いておきますので、一緒にどうぞ」

 そう言い残して、おばちゃんは厨房へと引っ込んでいった。

 ラムリーザは、しばらくの間自分の肉には手をつけず、ソニアが食べているのを眺めていた。

「おいしい?」

「おいしいおいしい、あたしお肉大好き」

 またおっぱいが膨らむぞ、という言葉が出てきそうになるのをすんでのところで飲み込む。ソニアに対しては、「太るぞ」ではないところがミソである。

 ラムリーザは、ゆっくりと肉をナイフで切りながらつぶやいた。

「そういえば、この屋敷もあと三ヶ月だなぁ」

 次の春、四月からはフォレストピアの屋敷に移り住むことになっている。いまの生活もあとわずかだ。特にソニアと二人きりという点が、大きく変わってしまう。

「あたし、ここのお部屋気に入ってるんだけどなぁ」

 肉をほおばりながら、ソニアは残念そうに言った。

「まぁそれは部屋の内装、配置を同じにすることも可能だし、すぐに慣れるよ。しかし――」

 ラムリーザは、切った肉をフォークに挿して、目の前をゆらゆらさせながら言葉を続けた。

「――この一年もいろいろあったなぁ」

 実家では帝都での十六年を振り返ったが、ポッターズ・ブラフでのこの一年も、なかなかに濃い。

「リリスに会った事が、一番の汚点!」

「それ、メルティアの時も言ったね」

 ラムリーザは、ここでようやく肉にかぶりついた。長い時間待っていたことで、すっかり冷えてしまっている。

「どうしてあたしの周りには、嫌な女しか現れないのかなぁ!」

 それはソニアに突っ込みどころが多いからだ、という台詞を肉と一緒に飲み込んで、ラムリーザは別の事を言った。

「そういえば、昼レフトールに出会ったよ。僕から奪った金を返すと言ってきたけど、後日学校で返してもらうことにしたよ」

「あたしあいつ嫌い。なんで学校で?」

「その方が、彼にとっていいからね。それに、彼を嫌わなくてもいいよ、彼も新しい仲間じゃないか」

 ソニアは、最後に残った肉片にフォークを刺しながら、不満そうに言った。

「ラムを気絶させたのに?」

「それを言うなら、僕は彼の指を脱臼させ、顔に穴を開けたさ」

 ラムリーザは、持っていたフォークを柄の部分でぐにゃりと曲げて行った後、慌てて元に戻した。ソニアも真似しようとしたが、フォークの柄はびくともしなかった。

「む~……、まあいいや。ラムが敵言うなら敵だけど、ラムが仲間言うなら仲間でいい」

 ソニア得意の「ラムが行くなら行く」の別バージョンが発動した。ソニアは、ラムリーザが認めるものなら、無条件で認める節があった。

「ほんと、この一年は仲間がたくさん増えたね」

「増えてない! 魔女や呪いの人形は仲間じゃない!」

 パンをまっ二つにちぎるソニアを、ラムリーザは冷え切った肉を口に運びつつ微笑しながら眺めていた。

 本当にいろいろな出会いがあった。

 リリス、ユコを始め、リゲル、ロザリーン、レフトール、そしてユグドラシル、ニバス。ソニアは隣のクラスの誰かを気に入っていたっけ? 名前は確か、チロジャルだったかな。

「いい仲間達だねぇ」

 ソニアの叫びは無視して、ラムリーザはしみじみと思い入った。実りある一年だったと。

 新しい街、フォレストピアでも、みんなで力を合わせて仲良く、楽しくやっていこう、と。

 
 
 
 
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