夜のバーベキュー大会

 
 2月14日――
 

 今日は、夜にラムリーザの下宿する屋敷に集まって、食事会をすることになった。

 動画の再生回数戦争は、ソニア、リリス共に気まずい結果を生み出すだけとなってしまい、昨日の放課後は、二人とも気が抜けたようになってしまい、部活で遊ばずに帰ってしまったのだ。

 この微妙な雰囲気を修正するために、思い出作りの一環としてみんなで考えたことだった。それに、ラムリーザがこの屋敷で過ごすのも残り少ないので、屋敷に対する思い出作りもしておきたかった。

 みんなで一緒にどこかへ食べに出掛けるとか、一緒に何か料理を作るという案が出たが、前者は毎週末に帝都のクラブでバンド活動と共に集まって食事をしているので、一同にとっては新鮮味が無いということで無しになった。

 後者は、ロザリーンのみが一生懸命で、他のメンバーはあまり乗り気ではなかったので無しに。

 それで結局、今回の話になったのだ。

 食事会と言っても、何か料理をするわけではなく、リゲルの持ち込んだキャンプセットを使って、肉や野菜を焼く、所謂バーベキューをやろうということになった。

 ラムリーザとリゲルは、キャンプセットをラムリーザの部屋の外にあるバルコニーへ運ぶ作業をして、その間にソニアとユコは食材の買出し、リリスは燃料となる炭の買出しへ出掛け、ロザリーンは屋敷の調理場を借りて何やら素人にはわかりにくい食事の下準備をやっている。

 キャンプで使うバーベキュー・グリルの設置が終わり、ラムリーザとリゲルの二人が一息ついているところに、ロザリーンがなにやら壷に入った物を持ち込んできた。

「それは何だい?」

 ラムリーザの問いにロザリーンは、「秘伝のタレです」と答えた。

「何に使うのだ?」

 今度はリゲルが問う。

「肉を焼く前に、ちゃんと作ったタレに漬けるだけで味が良くなるのよ。本当は一晩とか漬けたいのですが、今日はそれほど時間がありませんからね」

「ふうん、なんだかいいにおいがしているね」

「いろいろ試しながら作っていった秘伝のタレよ、今度交換日記に作り方を書いておきますね」

 真面目に交換日記を書いていないリゲルは「こほん」と咳払いをし、ラムリーザはそういえばまた自分のところに回ってきていたっけと思い返していた。

 その時、ソニアとユコが帰ってきた。

「いろいろ買ってきたよ。どこにでも売っている牛さんに豚さんや、滅多に見られないオオグンタマやコンプソグナトゥス! あと野菜」

「オオグンタマの肉は下準備が必要だから、ちょっと貸してちょうだい。それと、肉は切ってからタレの入っている壷に入れておいてね」

 ロザリーンは、オオグンタマの肉を持って、再び調理場へと向かっていった。

 ラムリーザは、ソニアから肉を受け取ると、キャンプセットについている小さな調理台で適度な大きさに切っては、壷の中へと入れていった。

 コンプソグナトゥスは10cmぐらいの小動物なので、そのままくし刺しにして炙ることとなる。しっかり焼けば骨も柔らかいので、頭から丸かじりできる物だ。

「うわぁ、ラムクール!」

 ソニアは、肉を切り続けるラムリーザに、謎の言葉を浴びせかけてくる。それに合わせて周囲でクルクル踊るものだから、ラムリーザは邪魔で仕方ない。それに加えて刃物を扱っているので、危なくて仕方がない。

「踊ってないで、野菜を切るのを手伝って下さいですの」

 ユコに言われてソニアは野菜を切ろうとしたが、まな板の前に立ってもそもそと身をよじったあとで、何故かすぐに作業をやめてしまった。

「火が起こせないぞ、リリスは何をやっているんだ?」

 リゲルがつぶやいたので、ソニアは携帯でリリス宛にメールを打ってみた。すると、着信音が部屋の中にあるテーブルから聞こえた。どうやらリリスは携帯を置いて行ったようだ。

 その直後に、ようやくリリスが戻ってきた。食材を売ってる店と違い、燃料の炭を売ってる店は近くに無く、わざわざ隣町まで出掛けなければならなかったので時間がかかったようだ。

 早速リゲルは、リリスの買ってきた炭をおこし始めた。

「あたし火をつける」

 近寄ってきたソニアを、リゲルは「危ないし邪魔だ」と言って追い払う。

「お肉どんなん~?」

 近寄ってきたソニアを、ラムリーザは「危ないし邪魔だ」と言って追い払う。

「危ないし邪魔だ」

 リリスは、ソニアと目が合っただけで、同じ台詞を口に出した。

「何よ! まだ何もやってないじゃないの!」

「何かやって手伝って下さい!」

 ユコに責められて、ソニアは部屋に逃げようとしたところで、オオグンタマの下ごしらえを終わらせて戻ってきたロザリーンとぶつかりそうになる。ソニアは、邪魔ばかりしている。

 炭を扇いでは、上に手をかざしていたリゲルは、しばらくしてからバーベキュー用の金網を上からかぶせて振り返った。

「よし、火の準備はできたから適当に焼き始めろ」

「任せておけいっ」

 ソニアはそう言って、トングを使って食材を金網の上に並べ始めた。

「ちょっと、野菜ばかり並べないで、肉が置けないわ。――って、肉はどこに行ったのよ?」

 肉は切った先からロザリーンの作ったタレの入った壷に入れている。ラムリーザは、肉の入った壷をリリスに手渡した。

「アスパラ~、とうもろこし~、キノコ~」

「ちょっとどけなさい」

 リリスは、ソニアの置いた野菜を動かして、空いたスペースに肉を並べ始めた。

「邪魔しないでよ!」

「邪魔って何かしら? あなた野菜だけ焼くの? まぁ、おっぱいが膨らむのを恐れて肉は敬遠する気持ちはわかるわ」

 リリスの挑発に、ソニアはキッと睨み返し、今度はロザリーンが持っていたオオグンタマの肉を金網の上に並べ始めた。

「エヒフはしっかりと火を通してね」

 ロザリーンは、そう忠告してソニアに食材を渡すと、野菜を切っているユコに加勢した。

 しばらく経った後は、食材の準備は完全に終わり、六人ともバーベキュー・グリルを取り囲んでいた。それぞれ自分のペースで、焼けたものから順次胃袋に収めていっている。

「ラムリーザ、あなたは食べないのね」

 楽しそうに食材を並べたりひっくり返したりしているソニアを眺めているだけで、食事に全然手を出さないラムリーザにリリスが問いかけた。

「あ、いいから自由に進めてて」

 リリスは気がついていなかったが、ソニアは焼いて食べている合間に少しずつ焼きあがったものを別の皿に取り分けている。そして、しばらく経ってからラムリーザに手渡していた。ラムリーザは、直接金網から食材は取らず、もっぱらソニアの用意してくれたものだけを食べていた。

「生キャベツ好き~」

 ソニアは、時折キャベツを生のままボリボリやっている。

 それを見てユコはつぶやいた。

「生キャベツ好きなのね、バストが膨らむわけですわ」

 時には黙々と、時には肉の取り合いで、主にソニアとリリスが文句を言い合いながら、賑やかな宴会は進行していった。

 

 少し食べ疲れたところで、ラムリーザは箸を止めて一休みしながら、バーベキュー・グリルの傍から一歩離れてみんなに語りかけた。

「そういえば、ラムリーズを結成してから半年以上過ぎたけど、みんなどうだった?」

「面白かったよ。リリスがリードボーカルを奪う点を除いてね」

 ソニアは即答したが、すぐにリリスも反撃する。

「ソニアがリードボーカル奪う点は納得できないけど、ラムリーザ、あなたには感謝しているわ」

 反撃しつつ、ラムリーザに礼を述べる。器用な奴だ。

「一人でピアノ弾いていても十分だったけど、やっぱりみんなと合わせるのも楽しいものですね」

「俺も丸くなったものだ……」

 ロザリーンとリゲルが続き、ユコも「私の書いた楽譜で皆さんが演奏してくれるので、楽譜起こしのの意欲が高まりましたわ」と続いた。

「そうだねぇ、ユコが居ないと演奏できる曲はごく僅かなものになっていただろうね。ラムリーズの土台は、ユコにあるみたいだね」

 ラムリーザは、そう締めくくった。

「そういうラムリーザ様はどうでしたの?」

 おだてられていい気になったユコは、逆に尋ねてくる。

「僕は、来年フォレストピアへ移動してからが本番だと思っているよ」

「本番?」

「うん。いよいよシャングリラ・ナイトフィーバー二号店が、フォレストピアに完成する。今やっている一号店では、多くのグループの中の一つという立場でやっているけど、二号店が始まった直後は、僕たちが主役でやっていくんだ」

「なんかかっこいい!」

 ソニアは、合いの手を入れてくる。ラムリーザは、それに合わせて一息入れてから話を続けた。

「責任重大だけど、みんなならやっていける。これまで以上に、楽しみ、しっかりやっていこう」

 リリスは軽く拍手して、ユコのラムリーザを見る目はキラキラしている。リゲルとロザリーンは静かに頷き、ソニアはフォークに挿した肉にかぶりついた。

 そして、ラムリーザは最後の締めに取り掛かった。

「気合入れて行こう! ラムリーズはまだまだ終わらんぞ! ベヤングだ! ベヤング!」

「おいっす!」

 ソニアは、力強く返答した。しかし、ソニア以外のメンバーは、静まり返っている。

「ちょっと待って」

 静けさの中、リリスが突っ込んでくる。

「ベヤングって何?」

「ん? 以前CMでやっていたじゃないか、インスタント食品のアレ」

 リリスは、首をかしげてさらに突っ込んできた。

「あああれね、思い出したわ。でもそのCM古くないかしら? なぜ今頃に出てくるの?」

 なぜと言われても、ラムリーザは返答に困った。その場が盛り上がるだろうと思って言ったのだが、どうやらソニア以外にはその意気が通じなかったようだ。

「もっと今風のフレーズは無いのかしら?」

 その時、返答に困るラムリーザとリリスの前に割って入るようにソニアが立ちはだかった。

「何だっていいじゃないの、あたしは応答したのにリリスはしないんだ、乗りが悪いねー。そんなんでラムを乗っ取ろうと考えるなんて、ちゃんちゃらおかしいわ!」

 ソニアは、ラムリーザの肩を持ってリリスに反撃してくる。それを聞いて、ラムリーザとの意思疎通に失敗したと感じたリリスは動揺した。

「むっ、もう一丁お願い!」

 リリスは、今度こそラムリーザの乗りにのっかかるために、締めの掛け声をもう一度要求した。しかし、ラムリーザに代わってソニアがやると言い出したので、ラムリーザは任せることにした。

 ソニアは、リリスに対して意地の悪そうな笑みを浮かべると、ラムリーザの激を今風にアレンジして言い放った。

「まだまだ終わらんぞ! ナリオカレーだ! ナリオふりかけだ!」

「きっ、貴様ッ!」

 つい最近付けられた傷を刺激されてリリスは激高し、ソニアに対してフォークを掲げ上げた。ソニアも負けじと、トングを振りかざす。

「やーめーろ、内部抗争はグループ解散の始まりだぞ」

 ラムリーザは、ソニアからトングを奪い、壷から肉を取り出して並べる役目を交代した。

 それを見て、一同は再びバーベキュー・グリルの前に集まり、夜の食事会第二幕が始まった。

 南国ゆえ庭の桜の花が咲くのは早く、屋敷の明かりに照らされて奇麗な夜桜を作り出していた。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き