そう言えば交換日記はどうなったんだろう

 
 12月7日――
 

 休み時間のいつもの光景。

 ソニア、リリス、ユコ、ロザリーンの四人は、それぞれ座席の場所を移動して集まって雑談している。

 その横でラムリーザは、傍に引っ付いてきているソニアに背を預けてもたれかかり、外の景色を眺めていた。今日も屋根の上からほっちょんほっちょんと、ほちょん鳥の鳴き声が聞こえている。

「ココちゃんぷにぷにクッションって知ってるかしら?」

 リリスの問いに、ソニアは「知ってるよ」と答える。同時にラムリーザも、何だか聞き覚えのある名前だなと思う。

「あのぬいぐるみ可愛いと思うんですの。でも、なかなか懸賞に当たらなくて……」

「持ってるよ」

 あっさりと答えたソニアにリリスたちは驚く。

 ココちゃんと言えば、夏休みに実家でソニアが貰ったぬいぐるみだ。白くてずんぐりむっくりしていて、帽子をかぶったぬいぐるみ。いや、クッション?

「うわっ、ソニアいいじゃないの。私たちも欲しくて何度も応募しているのに当たらなくてね」

「はぁ、早くあのぬいぐるみ、欲しいですわ」

「ココちゃんはぬいぐるみじゃない、クッション!」

 相変わらずソニアは、ぬいぐるみとクッションの違いに拘っているようだ。家で居る時に時間をもてあますと、ココちゃんを抱えて「クッションらしくしろ、クッションらしくしろ」と説教めいたことをやっている時がある。

「そう言えば、ちょっといいかしら?」

 次にリリスは、ちょっと深刻そうな顔をして尋ねてくる。じっと三人の目を見つめながら言った。

「交換日記、回ってこないんだけど、誰が止めているのかしら?」

 そう言えば夏休み明けに交換日記をやろうという話になって、ラムリーザから順に仲間内で回しながら書いてきたものだ。なんだかんだでずっと続いている。

「あたし書いたよ、書いてから回ってきてない気がする」

 ソニアは、自分は悪くないと言った感じで自己肯定し、ソニアの次の順番になっているロザリーンを睨みつける。

 ロザリーンは、「私も日記帳を持っていません」と言って首を横に振る。

「そうとも言い切れないでしょ? あんたもここに何度も入っている!」

「入っているって、何の台詞? 疑うのはやめてください」

「日記を捨てたのはあんただろ、最後にテストする」

「はぁ……」

 ロザリーンに対して、よくわからない台詞でソニアは噛みついている。ロザリーンは、肩をすくめてため息を吐くだけだ。

「ラムリーザ、あなたが止めてないかしら?」

 リリスは、傍で騒いでいるソニアを無視してラムリーザを疑った。

 ラムリーザはそんなはずはないと思ってリゲルに問いただしてみる。ただ、最近日記を書いた記憶は無かったので、少しばかり不安を感じていた。

「リゲル、君が止めているんじゃないか? そんな気がするけどなぁ」

「俺は持ってない。お前が鞄の中や机の中を探してみるがよい」

「むむむ……」

 ラムリーザは、ますます嫌な予感がして自分の鞄の中を探してみた。しかし、そこに日記帳を発見することはできなかった。

 次に机の中を探してみると……。

「あ……」

「あ?」

 ラムリーザのつぶやきに対して、リリスは怪訝な目を向けてくる。

「あ、いや、何でもないよ。ユコが止めているんじゃないかなぁ、あはは……」

 ラムリーザは、自分の机の中から交換日記を発見してしまったのだ。自分が止めていたとなると決まりが悪い。机の中から日記帳を取り出して、前の席に居るユコの引き出しへこっそりと差し込もうとしてみた。

「ラムリーザ様!」

 その手をユコはガッと掴む。残念ながら、ラムリーザの企みはあっさりとばれてしまった……。

「何をしているのかしら?」

「交換日記はラムリーザ様が止めていました。私の机に忍び込ませようとしないでください!」

「ラムリーザ、あなたねぇ……」

 リリスはラムリーザをじっと見つめてくる。その妖艶な眼差しは、リリスと出会った頃はすごく魅惑的に見えたものだ。しかし、ソニアと精神レベルが同じ程度に低いとわかった今では、なんとか見つめ返すことができた。

 実際リリスの妖艶な外面と雰囲気は、ユコによって作られたものだ。しかしその中身は、ただのお茶目で賑やかな女の子に過ぎなかった。

「いや、交換日記なんか必要ないでしょ? 何か連絡したいことがあればメールでいいんだしさ」

 ラムリーザは、自分に集中した視線に慌てながら、言い訳をする。

「連絡じゃないわ、これは交流を深めるものなの」

 しかしリリスは、ラムリーザの言い訳を跳ねのけてくる。

「交流って、部活とかで十分じゃないか。それにこの日記の内容さ、リリスとソニアはお互いに煽りあっているだけだし、ユコはゲームの感想文ばかりだし。いや、ゲームは悪くないよ。でもね、エロゲのレビューばかり書かれても困るよ」

「何ですの? エロゲは抜きゲと違いま――」

「了解了解、その主張はわかった。いや、よくわかってないけどわかった。で、ロザリーンはレシピ紹介ばかりだし、リゲルは論文? ダークマターが開いた宇宙とか閉じた宇宙とか聞いてもわからんって」

「あら、おいしい料理を紹介してあげているのにラムリーザさんはお気に召さないのね?」

「ふっ、ダークマターの量が少ない開いた宇宙となり、宇宙は永遠に膨張し続ける。逆に少ないと宇宙は収縮をしはじめ、一点に向かい――」

「天文学はわかったから。いや、よくわかってないけどわかった。兎に角、こんな交換日記に意味はあるのかい?」

 最初の頃はそれなりに日記っぽかったけど、そのうちみんな自分の好きなことばかり書きだして、よくわからないノートと化しているのだ。

「交換して書くことに意義があるのよ」

「ええ、自分の趣味の面白さを、他の人にも知ってもらう場ですわ」

「レシピは役に立つと思いますよ」

「字の練習になるし」

 グループの女子メンバーは次々に自分の主張をラムリーザに述べる。しかしソニアの言った「字の練習」って何だ?

「とにかくそういう物は、今後はメールで――」

「だめよ」「だめですわ」「だめです」「だめだー」

 四人から一斉に反論される。この集団は、リゲルにラムズハーレムとからかわれているが、反乱を起こされてしまった。

「リ、リゲル、君の意見はどうなんだ?」

 仕方が無いのでラムリーザは、リゲルに救いを求めて聞いてみた。リゲルなら、こんなくだらないものはやめろ、と言ってくれるかもしれない。

「俺の所で止まるならともかく、お前の所で止まるのは納得いかん。お前は、書け」

 どういう理屈かわからないが、要するに続けろということだ。

 ラムリーザはため息を吐いて、日記帳に目を落とした。

 

 

11月某日 リリス

 ソニアが試験で50点取れない件について

 

11月某日 ユコ

 ゲームレビュー、チョコラ・メイド・イン・ワンダーランド

 

11月某日 ソニア

 リリスって根暗で性格悪いよね

 

11月某日 ロザリーン

 シュール・ストレミングの作り方

 

11月某日 リゲル

 ビッグクランチ 特異点

 

 

 タイトルを見るだけである程度内容の予測は付くが、これは日記なのだろうか……。

 それらがラムリーザが止める直前の日記なのだが、誰も日々の話をしていない。自分の好きな事を、勝手に書いているだけだ。

「とにかく、明日までにラムリーザは急いで書いてくることね」

「くっ……」

 ラムリーザは、交換日記を握りしめて呻く。許されるならこの場でこのノートを引き裂きたいものだが、無暗に平地に乱を引き起こすことはないだろう。

 そこでラムリーザは、日記の中で精いっぱいの反抗をしてみることにした。

 

 

 12月7日 ラムリーザ

交換日記について

考えてみたけど、この企画ってすばらしいよね

日記をつけるってのはいいことだと思うし、みんなが何を思っているかよくわかる

記録を付ける感じってのもいいよね。知識をみんなに広めることができるし

もっとみんなのこと知りたいし、いろいろ教えてほしいな

うん、僕もいろいろ楽しい事書いていくよ

やっぱり日記は続けよう

めんどくさがらずに、思ったことを書けばいいんだよね

読みかえしてみると、みんな面白い事書いているね

うっし、今日はここまでにしておきます

ねこ大好き

 

 

 ラムリーザは、日記を仕上げるとにんまりと笑みを浮かべた。

 これからは、この書き方でみんなを批判してやれ。

 普通に読めば肯定的な文章を書いているが、こっそりと否定的なことを忍ばせてやろう。どうせ誰も気がつかないだろうが、少なくとも自分の留飲は下がる。

 そう思いながら、独りよがりな満足感を感じたラムリーザは日記帳を閉じたのだった。
 
 
 
 




 
 
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Posted by 一介の物書き