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神のせそ汁

 

 フォレストピアは、隣国ユライカナンと文化交流をするために作られた街である。このため、次々にいろいろな物がユライカナンから紹介されつつあった。

 その中の一つに、「せそ」というものがあった。

 せそは、発酵食品の一つで、大豆や米、麦などの穀物に塩と麹を加えた物で、ユライカナン料理の代表的な材料と言われている。

 五大調味料にも加えられていて、定番の砂糖、塩、酢に、この「せそ」と「そょうゆ」を加えたものが、「調味料のさしすせそ」と言われているぐらい有名だ。

 それで今日、ラムリーザの住む屋敷の調理場で、このせそを使用した「せそ汁」というものを作っている二人の娘の姿があった。

 ソニアとリリスは、お互いに視線で牽制しあいながら料理を進めている。

 

 事の発端は、いつも通りのリードボーカル争奪戦。数日前に丁度ラムリーザの元にせそとせそ汁の作り方が伝えられた時。その時期が重なり、このせそ汁を作っておいしい方が勝ちというルールで始めたものだ。

 珍しくソニアが提案し、その味の判定はラムリーザがやるということで話はついていた。

 それから二人はせそ汁の作り方を調べ、そして今日、料理対決が始まったのだ。

 

 リリスは、今日のためにダシ汁というものを用意していた。数日前に話が上がってから、キノコや小魚を干したものを水につけたものを、沸騰させたり冷やしたりして作ったものだ。リリスは調べた結果、このダシという物で味がよくなると知ったので、事前に用意して持ってきていたのだった。

 ダシ汁を入れた鍋を火にかけて沸騰させながら、野菜や豆腐などを切り刻んでいる。

 一方ソニアは、独特な包丁の使い方が目立っていた。

 包丁で材料を切るときは、かがみこんで首から上を台所の高さに持ってきて切っている。これは普通に切ろうとしたのでは、巨大な胸が邪魔でまな板が見えないので、胸の位置を台所の高さよりも低くすることで視界を良好にするといった、苦肉の策とも言えた。

 二人とも料理をするのは、ほぼ初めてに等しかった。それでも、なんとなく楽しそうに料理をしている。

 しかし、腕の方はいかがであろうか?

 ラムリーザは食卓で待たされているが、ユコは調理場に入ってきていて二人を観察していた。

「たどたどしいですわね」

「黙ってて」

 ユコはからかってくるが、リリスは相手にしない。

「ソニアも変な切り方をしていますわね」

「黙ってて」

 ソニアもリリスと同じ事を返す。楽しそうではあるが、何気に二人とも真剣なのだった。

 二人とも、せそを使うと言った基本コンセプトは同じなのだが、具材はそれぞれ少しばかり異なっていた。

 ソニアは芋を使っているのが特徴的で、リリスはキノコ類が多い。野菜もニンジンを使っているのは同じだが、ソニアはタマネギを入れ、リリスはナスを入れている。

 それとは別に、ユライカナンではあまり使われないのだが、二人とも馴染みの豚肉を使っていたりした。これではせそ汁というよりは、豚汁と言った方が合っているかもしれない。

「ふ~ん、せそってこんな匂いなんですのね」

 しかしユコが何かを話しても、二人とも反応しない。黙々と料理を進めるだけであった。

 ………

 ……

 …

 

「できた!」

 ソニアとリリスはほぼ同時に叫び、ようやく料理が終わったことを告げた。

「すんごい真剣でしたのね」

「包丁を初めて使ったようなものだから、慎重にやらないとね」

 ユコの言葉に、リリスは当然のように答えた。

「さて、ラムリーザ様に味わってもらって、美味しいほうが勝ちってことですのね?」

「そういうこと。あれ? ソニアあなた、何をやっているのかしら?」

 リリスは、ソニアの不可解な行動に首をひねった。

 ソニアは冷凍庫を開くと、できあがったせそ汁を入れたお椀の中に氷を一掴みどぼどぼと投げ込んだのだ。これでは折角出来上がったせそ汁が水になってしまう。さらにソニアは、今度はおもむろに椀の中に指を突っ込んだ。

 リリスがソニアの行動をぽかあんとした顔で見ている内に、さっさとせそ汁の入ったお椀を食卓で待つラムリーザの元へと持っていってしまった。

「あたしが先攻ね、ラム、できたから食べてみてー」

 ソニアは、ラムリーザの口元へとお椀を近づけながら言った。

「そんなに近づけんでもいいから、そこに置いて」

「ちょっと待って、勝手に先攻後攻決めないで」

「いいの!」

 リリスは不満を漏らしたが、ソニアは鋭い剣幕で先に食べさせることを主張した。

「先に食べさせて満腹にさせて、リリスの評価を下げる作戦ですのね」

「いや、せそ汁一杯ぐらいで満腹にはならんて」

 ラムリーザは、リリスが用意している間にソニアのせそ汁を味わうことにした。

 とは言っても、せそ汁自体は初めて食べるものだったので、まぁこんなものかとか、これがせそ汁か、ぐらいの感想しか思いつかなかった。元々グルメ思考なわけでもない、それよりも、ソニアの手料理を初めて食べたということの方が感激的でもあった。

「おいしかった?!」

 ソニアは、ラムリーザの顔を覗き込んで真剣な表情で聞いてきた。

「うん、おいしかった……と思う。リリスのと比較してみないと、どっちがおいしいのかわかんないけどね」

 そこに、リリスが自分の作ったせそ汁を持って食卓に現れた。氷を入れたソニアのせそ汁とは違い、湯気が立っていた。

「こんどは私の番、冷めないうちにどうぞ」

「う……」

 湯気の立つせそ汁を見て、ラムリーザは少し眉をひそめたが、そこにソニアは大声を重ねてきた。

「ラム! 早く食べてみて!」

 ソニアは、何故かリリスのせそ汁を早く食べるよう急かしてきた。その態度に、リリスは少しばかり嫌な予感を感じたりしていた。

 ラムリーザは少し迷いながらも、リリスのせそ汁に入っている白くて大きな四角いものを箸でつまんだ。これは豆腐と呼ばれているものらしい。ユライカナンではよく使われている素材だが、エルドラード帝国ではあまり見かけないものだ。

「早く食べろーっ!」

 ソニアの大声に急かされる形で、ラムリーザはその豆腐を口の中へと運んだ。ラムリーザが豆腐を食べるのを確認したソニアは、突然食卓を離れて調理場へと駆け込んでいった。リリスとユコが不思議そうな顔でソニアの奇行を見つめていたその時――

「ぶふぉっ」

 突然のラムリーザからの奇声にびっくりさせられるリリスとユコ。ラムリーザは、テーブルの上に豆腐を吐き出していた。苦悶の表情を浮かべ、下を出してはぁはぁ息をしている。

「ええっ? マズかった??」

 リリスは何がなんだかわからなくなってしまった。そこにソニアがコップを持って戻ってきた。コップの中には氷の入った水が入っている。

「はいラム、氷水」

 ソニアはラムリーザにコップを手渡して、唖然としているリリスの方を振り返って不敵な笑みを見せてきた。

「ちょっと待って、おいしくなかったの?」

 リリスは慌てたように再び聞いてくるが、ラムリーザは「ごめん、熱いだけで味がわからなかった」と答えた。

「熱いだけって何ですの?」

「あっ、まさか――」

 そこでリリスは、ソニアがラムリーザにせそ汁を出す前に、氷を加えた意味を理解した。

 リリスはラムリーザに差し出したお椀を急いで回収すると、調理場へと戻り同じように氷を入れて再び持ってきた。

「こ、これでどう?」

「ラム、無理をしなくてもいいんだよ」

「あなたは黙ってて!」

 ラムリーザは、再びリリスの用意したせそ汁を食べてみた。しかし、熱さで舌をやられていたために、どうも味がわかりにくかった。

「うーん、口の中が痺れて味がわからない……」

「そ、そんなっ?!」

「どっちがおいしかった?!」

 そこでソニアは、ラムリーザの判定を求めてきた。なんとなく勝ち誇ったように聞こえるのは気のせいか?

「えっと、う~ん……」

 しかしラムリーザは答えられない。ソニアのせそ汁しか味わっていないのだから、判定のしようがなかった。

「あたしのは『おいしいと思う』って言ってくれたけど、リリスのは『味がわからない』って言っただけじゃん。おいしいのと味がわからないという結果で、どっちの料理が上手いか猿でもわかるよね?!」

「ちょっとあなた卑怯だわ、この勝負は料理の腕は関係なかったじゃないの!」

 リリスの言いたいこともわかる。

 ソニアの作ったせそ汁は、具材は不ぞろいだし、せその料は適当、おまけにニンジンの皮を剥いていなかったりする。

 一方リリスは、ダシ汁まで用意して、あらかじめ調べた分量でせそを加えたりしている。具材もなるべく整った形で用意していたりするのだ。

 普通に考えたら、リリスの作った物の方がいろいろな面で勝っているはずだ。

 しかし、ラムリーザは熱い食べ物が苦手という困った特性があった。そのため、ソニアは先に氷で冷やしたものを与え、その後リリスの用意した熱いものを、無理やり食べさせようとしたのだ。

 ラムリーザ以外が判定者なら、間違いなくリリスが勝っていたはずだ。

「何が卑怯よ! 食べる人のことを考えてあげないものを出すほうが悪いんじゃない!」

 ソニアも負けてはいない。そしてこの発言に、リリスは反論できなかった。

 リリスは、料理で負けた悔しさとは違い、何か別の敗北感を感じていた。

 これまでなら策を弄して手玉に取るのはリリスの方だが、今回はその策でソニアに負けたようなものだ。せそ汁がどういった料理なのかを知った地点で、ソニアは策を考え付いていたに違いない。

 それに、この策が成功したのも、策を編み出したのも、ソニアがラムリーザとの長年の付き合いがあり、何よりもよく知っているといったことから生まれたものなのだということも解った。

「いいわ、今回はあなたの勝ち」

 リリスはそれだけ答えると、食堂から退場して行った。その力無い後姿を見て、ソニアはガッツポーズしてみせるのだった。

「ふーん、ラムリーザ様は熱い食べ物はダメと、これはメモメモですわね」

 一連の様子を見て、ユコは何かを記録しているようだった。

 こうしてせそ汁対決は、ラムリーザの特性を知っていてうまく利用したソニアの勝利で終わったのであった。

 

 

 その夜、ラムリーザは口の中の痛みが気になって仕方が無かった。昼間リリスに食べさせられた熱い豆腐は、ラムリーザの口の中に様々な障害を残していた。

 硬口蓋は熱く、焼けたような感覚がし、頬の内側は粘膜が荒れ、皮が剥がれた様な感じになっている。

「まいったなぁ、口の中が痛い」

「リリスはラムのこと何もわかってないもんね。あたしはちゃんと、指を入れても平気な熱さにして出したよ」

「お前が急かしたからだろうが……。しっかし、なんであんな熱いものが好きなのかね」

「寒がりなんじゃないの?」

「はぁ、痛い」

「冷やせばいいと思うよ、アイスクリームでも食べたら?」

「ん、そうする」

 ラムリーザは、部屋に置いてある冷凍庫からアイスクリームを取り出して食べ始めた。冷たさが口の中を冷やしてくれて、心地が良い。

「冷たさで痛みを感じなくなったよ。また熱くならないうちに、今日はもう寝よ」

「えー、もう寝るの?」

「ん、寝る。まだ起きていたければ、自分の部屋に戻ってね」

「やだ、あたしも寝る」

 ソニアは、今の屋敷に引っ越してから、本当に一度も自分の部屋に戻ったことは無かった。まぁ、それは割とどうでもよいことであった。

 
 
 
 
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